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本編
587 味気ない食事と役割と
しおりを挟む「どうでしょうか、クロイツ名物の伝統エールとソーセージは」
「美味しいです」
やや味覚というものを失いながらも、俺はソーセージを食べてそんな返事をした。
相手の立場が国の頂点でなければ、格別な味なんだとは思う。
しかし、俺にはどうしてもこの色んな人が見てる空間での食事は辛いものがあった。
いや、みんなが食事に集中してるとかだったら良いんだけど。
侍女や執事たちは、食事もせずアドラーや俺の機微に集中する。
「あの……申し訳ないのですが……見られてると食事がし辛いというか……」
「それについては、僕が良くても彼らがダメみたいなので」
「そうですか」
そうだよな、そんなもんだよな。
権力を握ると贅沢ができると俺たち庶民は思うが……。
そこにはギャップも生じるんだと思う。
位が上だとその分、敵も多く、俺の知らない苦労があるのだ。
まあ、とにかく食べながら話を先に進めよう……。
「本題に入りましょう、クロイツ王様」
「アドラーでいいですよ」
「無理です。アドラー様と呼びます」
これ以上、味覚を失ってたまるか!
俺は無関係だから勇者と飯食えよ。
仲良くしてやってくれ、俺の知らんところでな。
「では、本題ですが……」
水を飲みながらアドラーは言った。
「あなたの知るダンジョンというものについていくつかお聞きしたいことがあるのです」
「ダンジョンについてですか」
それは八大迷宮のことか、それともジュノーのことか。
俺の行動範囲はワシタカくんによって大いに広い、そして早い。
さすがにダンジョン内部、深層のことは把握されていないはず。
そこを加味して話すのはジュノーのような一般的なダンジョンについてか。
「まあ、ただの引きこもりですかね」
「引きこもり、ですか?」
「ええ、俗世から離れてダンジョンを深く深く作っていく習性を持つ生き物ですよ」
八大と呼ばれる迷宮は、一般的なコアとは少し違う一面を持つ。
しかし、一般的なダンジョンはだいたいがそんなもんである。
「面白い見解ですね。どうやってダンジョンを管理しているのですか?」
「自分の魔力と内部資源を用いて少しずつ拡張」
初拡張みたいなもんだな。
最初は自分の魔力を使い、一つの大きな部屋もしくはいくつかの階層を作る。
次に外部資源をその中に取り込んでさらに拡張を行うのだ。
で、生物を食らう体制を整えて、さらに獲物を呼び込むギミックを作る。
「それがダンジョンです」
「なるほどなるほど……と、いうことは、ダンジョンが作られた土地の資源はダンジョンが占有すると」
「まあ、そうなりますね」
ドアはどこでもなんでもありだが、中は別に四次元世界を作るわけではない。
穴を掘ったその内部資源は、ダンジョンが自分のストレージないに保持する。
「それはダンジョンコアから直接お聞きした情報なんですか?」
「ええ、まあ」
別にジュノーが教えてくれたってわけではない。
ただ今まで見て来た情報がそんな感じだったわけだ。
「ちなみに、どうやってダンジョンコアを使役するに至ったか話をお聞きしても?」
「えっと、別に大層な話は無いんですけど……」
単純にうちのダンジョンコアがとんでもなくアホだっただけだ。
ガーディアンの制御をミスって二進も三進もいかなくなった。
そこを偶然助けるような形となり、数日後俺の家に来ていた。
そして暇だったのか、そのまま居座って、従魔になっちゃった形。
「……そんなことがあるんですね」
伝えると、アドラーはなんとも苦笑いを浮かべているだけだった。
「ケースバイケースじゃないですか?」
たまたまファーストコンタクトがそんな感じだっただけ。
普通に殺しにくる感じだったら俺も逃亡もしくは倒していた。
あの時、たまたま最後の扉の前で飯を食っていたジュノーと出会い。
彼女が問題を抱えていて、それを解決して、倒す気がなくなった。
「世の中、話せば通じる奴も多いですよ。魔国と西方諸国のように」
「そうですね、その件は概ね同意します」
話が通じないことも多いと思われるが、その時は別に敵同士。
殺し殺される関係だと言えるだろう。
ただ、敵意を感じなければ、俺は敵対しないことにしている。
しかしそのくせ、魔物の大量狩りは行うんだから、世話ない。
ジレンマ?
多分自分の線引きの中の一つだろうな……。
もしくはゲーム感覚で生きているとか……。
うーん、この件について深く考えても仕方がない。
俺の欲を押し通す形にさせていただこうか。
「アドラー王、ダンジョン踏破する本意を教えていただけますかね?」
「そうですね、貴重な情報を教えてくださったあなたには真意を話しましょう」
「真意ですか」
「人類の平和もそうですが、勇者を用いたダンジョンの踏破および確保」
ポテトとベーコンの炒め物を水で流し込んだアドラーは続ける。
「それが成功したならば、僕たちは大いなる一歩を遂げると思いませんか?」
「大いなる一歩……」
「やはりダンジョンは全て管理下に置くべき、僕はそう捉えています」
管理下、ねえ。
ダンジョンが抱える資源が目的だというのだろうか。
「唯一なんですよ、唯一」
「とは?」
「魔物と人が一様に介して、敵だと認識していない空間が、です」
「ふーむ、少し言ってることがわかりません」
「少し抽象的すぎましたね。端的に言えば僕は魔物も人の資源だと心得ています」
「魔物も人の資源、ですか……」
「人類の繁栄には彼らの住む場所を奪う結果に繋がります」
彼は語る。
そうすると、スタンピードのような抵抗が巻き起こり。
人対魔物の戦いが幕をあける
ならば住処を提示してあげればいい。
「ダンジョンは空間も資源も、何もかも持っている」
「そうですかねえ」
ダンジョンに夢理想を追いかけるのもいいが、なんともそれは儚く思えた。
あいつら、ただの引きこもりだぞ……。
「このクロイツのように痩せた土地とは大違いですから」
「別にそうでもない気がしますが」
慣れて少しだけ味覚が戻ってきた。
そしたら、だいぶソーセージが美味く感じる。
クロイツは、ハムやソーセージが有名な国なんだそうだ。
マイヤーやリクールにお土産で持って帰っていいかもね。
「そんなダンジョンを私たちが確保できれば、世界は大きく発展し、経済も拡張するとは思いませんか?」
「管理下に置くと言ってますが、勇者には踏破とダンジョンを消すことを依頼していましたよね……?」
「ああ、豚の国に呼ばれたやつに対して、本音をぶつける訳ないじゃないですか」
アドラーはにこやかにそう告げる。
「それよりもトウジさん、あなたの境遇に僕は興味があるんですよ」
「え、俺にですか……なんもないですけど……」
「かの賢者と同じくダンジョンコアを従える人、何もないとは言わせません」
「そ、そうですか……」
「断崖凍土深層、深淵樹海ストリア側から魔国側まで、そして極彩諸島ではロック鳥を得る」
「……」
「味方にダンジョンコアが付いているからこその芸当でしょうか?」
どこで知ったんだろう、その情報。
こればっかりはギルドにも報告は入れていない。
押し黙っていると、アドラーはさらに続ける。
「あなたの役目は勇者とともにダンジョンへ向かい、秘密裏に交渉すること」
「交渉……」
「その通り。いやあ、大義名分を揃えるのに困りましたが、あなたも一緒に来てくれて助かりました」
「えっと、ちょっと話が読めないんですけど」
「はい。僕が最初から目的としていたのは、あなたの確保ですよ。ええ」
えー、そんなこと言われても。
マジか……。
困惑が胸を渦巻き、口に放り込んがソーセージから味が消えた。
「交渉の自信なんてありませんけど……?」
ダンジョンコアどもは、それぞれが一癖も二癖もある連中だ。
仲良くなれど、それを俺らのものにしろなんて言えるわけがない。
「俺には無理です。交渉決裂しますよ絶対」
「そうなったら勇者に破壊させます。僕を差し置いて、我が物顔でこの世を管理する輩はいりませんから」
あっけらかんとそう告げるアドラーの目の奥。
何かとんでもないものが宿っているように感じた。
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