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本編

583 クロイツ王の話

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「──そもそもの話だけど、勇者召喚用の魔法陣があるのはデプリだけじゃ?」

 勇者一行の賢者がそんなことを呟く。
 確かにそうだ。

 昔の西域と魔国の対決だって、手動になったのはデプリの魔法陣。
 しかも異世界から勇者を召喚するというもの故に、色々と違和感。

 なぜ、俺たちはすでに異世界にいるのに再び呼び出されたのか。
 疑問点の一つはそこに尽きるのである。

 クロイツ側の目的が何なのか。
 そこについても、この問いかけから見えてくる気がした。

「もったいないんですよ」

「なに……? ヨシノの質問の答えになってないぞ!」

 依然として鋭い視線を向ける勇者に、アドラーは言う。

「虚栄心しかない豚どもの肥やしになっていくのは、もったいないんです」

「だから答えになってないと」

「今から話しますから、聞いていただけますか?」

 笑顔を保ったまま、アドラーは凄む。
 少年のような姿だが、その覇気はなんとも言えないものを感じた。
 これが権力の作り出す威圧感なのだろうか。

「そちらの方は、随分と聞き分けがいいようですね」

「え、俺ですか?」

 急に話を振られてしまった。
 そんなこと言われてもなあ……。
 聞かなきゃわからないことなんて世の中たくさんある。

「それに俺はただ巻き込まれただけの一般人なんで、外野です」

 俺には別に勇者としての使命とか、そんなもんない。
 立場としては圧倒的弱者。
 だが、だからこそ弱者ゆえに守られて然るべきで強い。
 働いたら負けではなく、働かないゆえに勝ち、みたいな。

「嘘をつくなアキノトウジ! お前は国家詐称罪だ!」

「えー、でも追い出したのはデプリの王様だよね?」

「その国王を謀り、自らの使命を放棄したのが罪なんだ!」

「なんだそれは」

「今この場にいるから言っておくが、俺たちと一緒にこの世界を救うことに協力しろ!」

「だから、なんでだよ」

「その後、俺も一緒に罪を償ってやる。そうしたら、みんなで一緒に現世に戻るんだ!」

「いや、別にそう言うの求めてないです」

 現世に魅力があるかないかで言えば、ネトゲを続けたい気持ちはある。
 だが、たったそれだけだ。
 俺に取ってしてみれば、この世界自体がネトゲみたいなもんだ。

 新感覚、リアル体験型ネトゲみたいな?
 それに友達とか大切な人がいっぱいできたから、戻ることはない。
 俺だけが……そう“俺だけ”が戻ることはないのだ。

「まあまあ言い争いはやめましょう」

 俺と勇者のにらみ合いに、アドラーが介入する。

「こうしてお互いを憎むようになった事実も、また一つ豚国家らしいですね」

「そうでありますな陛下。これが勇者に格差をつけたデプリの罪」

「まったく遺憾でございます。勇者召喚術式に巻き込まれなんて万に一つもない故」

 アドラーに同調するような周りの貴族の声。
 どうやら俺の情報もすでに回っていて、デプリは愚かだと言われているようだった。

「うーん、だから俺は勇者じゃないんですけども……」

「豚の古い魔法陣でなくとも、あなたがここに呼び出されたこと、それが勇者の証です」

「いやいや、俺のステータスを見てもらえたら良いですよ。スキルも何もないし」

「いえいえ、僕たちはあなたを放逐したりすることはありません。責任は果たしますので」

「……」

 一番面倒なタイプだ。
 俺の今の立場からすれば、一番厄介なタイプだ。
 素直に放逐してくれた方が良かったよ。

「さて、話が逸れましたが……あなたたちにはしっかりと勇者としての仕事をしていただきます」

 仕事?
 正直、世界が荒れる存在だから、そっとしておいてほしい。

 仕事をするのではなく。
 そのまま連合国の飼い犬として居続けた方がいいのだ。

 でも、俺は別に帰る気ないからそれでいいけど。
 勇者御一行が親元に帰りたいなら、話は変わってくるな……。
 はあ、色々と混み合ってて面倒くさい。

「仕事? 俺たちは勇者として成長するべく鍛錬を重ねている」

 そして、と勇者は続ける。

「デプリ国内の脅威は着実に収めてきた。さらには、お前たちは知らないだろうが邪竜の復──」

「──ユウト、そこまで言わないで良い」

 熱くなる勇者を賢者が止める。
 聖女は依然として怯えたように勇者の後ろにぴったりで。
 剣聖は今にも剣を抜かんばかりの殺気を放っているようだった。

「……そうだったねヨシノ」

「そうよ。冷静に話を聞くのが一番よ」

「うん……とにかく、勇者としての職務は真っ当にして来た! その上でもう一度お前に問う、目的はなんだ!」

「目的ですか。それは貴方たちがちんたらやっているダンジョン踏破をもう少し早く行っていただくことですよ」

 ……ダンジョン踏破。
 またしてもホットなワードが来てしまったな。

「それはいまやっている途中で、俺たちは奈落墓標の未踏域まで足を進めている!」

「遅い。と告げているのです。あの豚の元では遅い」

「なに! 王国と教団は少しでも危険を避けてくれているんだ!」

 面と向かって言われ、憤慨する勇者。
 そんな彼にアドラーは言う。

「話を少し戻しますが、召喚魔法陣はデプリにしかないものと仰ってましたよね?」

「そうだな、ヨシノの疑問にも答えてもらおう!」

「ええ、経年劣化の激しい召喚魔法陣ではやはり召喚される勇者も劣化かと」

「なんだと!」

「いえいえ、怒らせたくて言っている訳ではございません」

「ユウト、なんかニヤニヤしててキモいよ~」

「そうだ、その笑顔やめろ! 今すぐに!」

 笑顔は関係ないだろうに……。
 この発言をしたのは聖女。
 俺に最初に嘲笑の視線を向けたのも確かあいつだった。
 聖女あるまじきなんだが、マジで。

「この度、僕の国で新たに作り出した召喚術式は、秘密裏に作り出していた魔国と合作術式。ステータスをオープンしていただけたらわかりますが、今の貴方達は混沌の魔王の力を同時に受けし者達となっております」
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