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本編

516 研究所前での一幕

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 さて、依頼である学院での業務もそこそこに、今日は研究所へと足を運んでいた。
 オスローからヒヒイロカネを用いた浮遊結晶の実験があるので見に来いとのこと。

 小石程度のちっぽけな結晶でも、周りの物を浮かす力を持つトンデモ物体。
 それがヒヒイロカネで作られたとしたら、いったいどうなってしまうのだろう。
 期待に胸が踊るようだった。

「ここがトウジさんの研究所ですか」

「うん、そうだよ」

 研究所へとたどり着くと、隣に立つライデンが「おー」と声をあげる。
 学院の依頼がない日、それは学院の休日。
 ライデンも1日空いているという訳で、さっそく研究所へと連れて来た。

「こんな場所にあるなんて、思いもしませんでした」

「まあ、大手は研究区画にあるからな」

 研究区画。
 変身の秘薬で大冒険した、行商区画を超えた先にある場所。

 敵対するというか。
 ライバル関係にあるC.Bファクトリー含め。
 ギリス国内で大手と呼ばれる商会の研究所はみんなそこにある。

 学生諸君はみんな大手を目指し。
 そして職場体験も大手を希望し見学に行く。
 だからこそ、住宅街の研究所って見向きもされないのだ。
 そもそもメーカーだって思われていることが少ない。

「まあ、今は弱小メーカーだけど……こっからだよ?」

 生活に役立つ便利商品とか。
 そういった類をマイヤーがプレゼンしてくれている真っ最中。
 広告塔となる飛行船、いや飛空船ができれば知名度は絶好調。

 他商会をごぼう抜きして、大きな利益を得られるだろう。
 金、金、金。
 金ができたら装備もたくさん強化できて最高だ。

 ◇10以降からの特殊強化とか、普通の装備でもべらぼうな金が飛ぶ。
 さらに、守護迷宮セットはエクシオル装備。
 そいつを主力全員に装備を身につけさせることを考えると……。

 特殊強化費用はいったいいくらだ?
 100億くらいリアルにかかるんじゃないかなってところだった。

 ぐふふふ、と取らぬ狸の皮算用をしていると、ライデンが言う。

「トウジさんの関わる場所だったら、なんでも上手く行く気がします」

「ええ、お前は俺をなんだと思ってるの……?」

 何でもかんでも上手くいってたら、俺は今頃マイヤーとイグニールを侍らせてリア充だ。
 元いた世界でのクソみたいな人生の反動で、とんでもないカルマを背負いまくっているだろう。
 それがなかったのも、色々と面倒ごとの渦中に苛まれ、それを反面教師として来たからだ。

 もし、人生が上手くいっていたら……。

 王城から放逐されたり、冒険者に裏切られて野盗に捕まったり、ネクロマンサーに逆恨みを抱かれたり、海賊に襲われかけたり、ネームドモンスターに焼き殺されそうになったり、邪竜の復活に巻き込まれたり……そんなことはないはずだ。

 思えば、語りつくせないくらい色々な目にあっている。
 それをみんなで乗り越えて来たからこそ、今がこうしてあるのだ。

 前の人生みたいに、自分の人生を俯瞰で見て、クソだクソだと嘆くより。
 こうして終わってから、あーあんなこともあったな、こんなこともあったな、大変だったな、とか。
 そんな笑い話にできるっていうのが、良いのかもしれないね。

 うん、上手くいっていたら俺はマイヤーに振られることもなかった。
 そしてイグニールともすぐにパーティーを組んで有名おしどり夫婦パーティーになっていた。

 ……はず。
 今こうして何にもないってことは、本当に何にもないんだな。
 どっちもビジネスライクなんだ。

 そう思うと、なんとも直線的な愛情表現っぽいことを俺に向けて来るのはジュノーだけかもしれん。
 子供染みたことばっかりしていると思うけど、ぶっちゃけ俺の枕の側にジュノーがいないと、違和感を感じるのだ。
 本人には絶対に言わんけどな……?

 ちなみにマイヤーに振られた事件は、個人的に俺が心の中でそう言っているだけである。
 トガルに来たばかりの頃、ワンチャンあるかと思ってマイヤーをご飯に誘った。
 が、なんだか儲け話ばっかりしていて、そういうのには全く興味ない感じでさらっと断られたのだ。

 そこから、距離感はしっかり保つようにしている。
 なんたって、ビジネスパートナーなのだからね。
 再び勘違いして、一つラインを跨いで……もし断られたら今の関係性が崩れる。
 そうなってしまえば、商会の伝手も何もなくなってしまいそうで怖かった。
 いや、彼女自身が手元から去って行く、なんてことがあれば伝手がなくなるよりも心にダメージを負うだろう。

 イグニールだって、今はパーティーとしてやっているが……。
 もし、パーティー解散をその口から告げられたら……たぶん立ち直れない。
 彼女は義理堅い性格だ。
 俺と一緒にいるのは、命の恩人に恩を返すというただそれだけなのだろう?

 わからんけど、この歳になると変化についていけなくなる。
 今時の若いもんは……っと口々にする中高年の気持ちが少しわかって来た。

 変化は怖いよ、うん、怖い。
 でも、変わらないことって何もないんだ。
 みんな、時代とともに変わって行く。

 俺の中でたったひとつ変わらないものと言えば、ポチたちくらい。
 あいつらはずっと味方で、たまにハメを外すけども、俺の近くにいてくれる。

「あの、トウジさん……?」

「ん? ああ、すまん。ついつい考え事してしまってた」

「そうなんですね」

「もう30歳だからね。この歳になると独り言とか考え事とか多くなるから気をつけて」

 ガクッと来るぞ。
 まず20歳の訪れとともに、ガッと来る。
 その後23歳でクッと来て、25歳でガクガク。

 そこからはもう、一年刻みだ。
 若い頃からしっかり健康に気を使い、適度な運動をし、そうやって維持してないと保たない。

 ああ、歳とは無情なものである。
 変わりたくないって思っているのに、争うことが許されないのだ。

「僕は……はやく大人になりたいですね」

「良いことないぞ……」

「トウジさんみたいな、すごい人になりたいんです。早く」

「俺、すごくないって、ぜんぜん」

 ただ装備が強くてレベル100越えの凡人である。
 真っ裸になったら、イグニールにも腕っぷしで負けちゃうのよ。
 もう、もしそういう関係だったらされるがままだ。

 ……そういう関係だったら、だけどね?
 個人的にはぶっちゃけあり。されたい。

「ライデン、いつだって周りがすごいって気持ちを忘れちゃいけないよ」

「周りですか……」

「うん。人間、一人じゃ生きていけないからさ」

「僕にも、友達とかできますかね……?」

「え、ライデンって友達いないの……?」

「はい……。前は色々と変な奴らに絡まれてて、ずっと一人だったんで……」

「あー、あいつらか」

 ライデンをいじめていた奴らである。
 同じクラスだったと思うのだけど、質疑応答の時はクラスの中に見かけなかった。
 どうやら、謹慎は未だ続いている、もしくは自主退学したとかそんな感じだろう。
 自業自得だ。

「なんか、ずっと友達いなかったんで、よくわかってないんですよね、友達の作り方とか」

「そっか」

 俺の周りの若い世代って、そういうやつ多い気がする。
 類友みたいな因果でもあるのだろうか。

「ちなみに俺もライデンくらいの時、友達いなかったよ」

「えっ、そうなんですか?」

「うん」

 リアルでは、という括りでだけどね。
 ゲームの世界にはいっぱいいた。
 顔も知らんやつらがいっぱい。

「寂しくなかったんですか?」

「なくても楽しいことは色々あったからね」

「武具製作とか、魔物討伐とかですね! さすがです!」

「いや……まあ、そんな感じだけど……」

「やっぱり今この時に一人でも努力する方が良いんですかね! トウジさんみたいな人になるには、友達ごっこに興ずるよりも、自分の将来を見定めて、確実に歩いて行く方が良いんですよね! やっぱり!」

「いや……」

 友達ごっこか。
 これは、ライデンもなかなかに重症かもしれん。

 もしかしたらオーガに襲われていた時だ。
 不良どもを守ろうとしていたのって、心のどこかでは友達になれるかもと思っていたからだったりするのだろうか?
 それを考えると、なんとも俺は無責任なことをしてしまったんじゃないかと思った。
 先生として、責任持ってライデンの友達作りに協力してあげた方がいいのだろうか、これ。

「ま、まあ……無理がない範囲でやるもんだよ。うん、無理がない範囲でね?」

「頑張ります!」

 前向きだなあ……。
 なんだかライデンを見ていると、学生の頃の俺はバカタレだったと思えて来る。
 こんなに良い子なんだから、俺もできる限りのサポートをしてやりたくなった。

「とりあえず、長話しすぎたし……そろそろ行くか」

「はい!」








=====
トウジが「されたい」という願望に目覚めたのは、多分介護されていた時でしょう。
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