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本編

502 宿直と学院七不思議・その5 ヤベェ奴

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 さてと、先に戦果報告から。
 音楽室の七不思議となっていた魔物の名はハミング。
 音の精霊の眷属、ハミングである。

 音のある場所に自然と集まる精霊なんだそうだ。
 音楽室にいるのも、まあ頷けると言ったところ。

 敵性は低く、そもそも力をまったく持たない魔物。
 ならば何故、あんなに強そうだったのかと言うと。

 ソレイル王立総合学院の歴史はそれなりに古く。
 その頃より、選択授業で音楽は扱われて来た。
 年月を経て、小さな精霊は大きくなるんだとか。

 そこへさらに、ほぼ毎日。
 吹奏楽部がクラブ活動を行なっている。
 それも合わさって、いつの間にかって具合らしい。

 以上が、水島による音の精霊の見解である。
 なんでそんなこと知ってるのかは、俺も知らん。

「また集まって来て、意味ないじゃん」

「キュイ」

「一度倒したから、強い力を持つには時間がかかるってさ」

「なるほどね」

 今現時点では心配なくなるってことで良い様だ。
 そもそも敵意は持たない。
 だから俺みたいな奴がいなかったら安全である。

「トウジ、カード出た?」

「色々出たよ」

「む! それを早く言うし! 名前! 名前! 今なら他の連中がいないから勝率高いんだし!」

「んー、だったら活躍した水島あたりに名前をつける権利をあげても良いんじゃない?」

「えーーーー!」

「あたしだってトウジの耳とか塞いであげたし!」

「それは助かったけど、それでも今回一番頑張ったのは水島だよ」

「キュィィ」

 言い合う俺たちの間に、水島が割って入り首を横に振る。
 どうやら、ジュノーに命名権を譲るそうだ。

「水島ァ……」

 良い奴だな水島。
 俺の中では、雑用使いっ走り従魔ナンバーワンだったけど。
 なんとも今回で評価を改めなければならないとさえ思った。
 図鑑の連中って、なんだかんだ有能だよな。

「…………やっぱりあたし、次で良い」

 それを見たジュノーが、ややしょんぼりとしながら水島に言う。

「キュ?」

「そりゃ楽しみにしてたけど……頑張ったの水島だしっ!」

 それだけ言って、ジュノーは俺のフードの中に潜ってしまった。
 うんうん、偉いぞジュノー。
 次にサモンカードをゲットしたら、こっそりジュノーに名前付けさせてあげよう。

「よし……じゃ、水島はあの精霊の名前を考えてくれ」

「キュイ」

「ん? もう決まってはいたって? ならこのメモ帳に書いといて」

「キュ」

 ペンとメモ帳を渡すと、水島は迷うことなくさらっと書いて俺に返した。



【サモンカード:ハミング】名前:メロディ
等級:エピック
特殊能力:攻撃対象を10%の確率で2秒間混乱させる



「ふむ……俺よりセンスあるじゃん」

「キュッ」

 サムズアップする水島。
 ピアノ好きっぽいし、音楽要員として起用しようか。
 弾けるか知らないけど、全方位混乱攻撃は強いかも。

 ちなみに水島の特殊能力だけど……。
 それは彼のプライバシーに関わる問題なので秘密。







 さて、名前も決め終えて、俺たちは音楽室から出て巡回の続きを開始していた。
 フードからひょっこり顔を出したジュノーが言う。

「これで学院七不思議の内二つをなんとかできたし! やったねトウジ!」

「なんとかできた、か……」

 なんとも、やぶ蛇してしまった感が抜けない。
 なんかガチでそれっぽい魔物がいるっぽいからだ。
 故に、

「あまり手を出さない方が無難だと思うけど……」

「何言ってるし、ここまで来たら最後までやるし」

「えぇー」

「それに、一回七不思議を体験したら続けざまに向こうから来るって噂もあるし」

「うそだろ……」

 向こうから来るとか、それどんな勇者ですか。
 どうやら、俺はどんでもない物に手を出してしまったらしい。
 関わりたくない七不思議が向こうから襲って来るとか悪夢か。

「はあ……まあ良いか……2度と出てこない様に確り駆除しとこう」

「それが良いし。ライデンもマイヤーもこの学院にはいるんだから」

「パンケーキ師匠は友達思いだな」

「当然だし! えへへっ!」

「で、次の七不思議ってなに?」

 何気なしにそう尋ねるが、何故か俺の巡回ルートに七不思議が密集している。
 そっちの方が不思議なんだけど。

「次はね、この先にある使われてない実験室で、夜な夜な女の人の喘ぎ声が聞こえるんだって」

「喘ぎ声っておい」

 それ、単純に学院内で不純異性交遊が行われているだけじゃん。
 リア充系七不思議かよ、クソが。
 これは見つけ次第、颯爽と学院内から叩き出すに限るな。
 今の俺には叩き出す権限があるのだから!

「クソが、そう言うのはラブホでしろよ、クソが」

「トウジ、ラブホってなんだし?」

「……イグニールに聞け」

「えー、なんか気になるし。そのラブホって女の人が苦しそうに喘ぐ場所なの?」

「イグニールに聞け」

 そもそも異世界にそんなもんがあるのか知らん。
 避妊用具すらあるのか知らん。
 そんな世界で迂闊に不純異性交遊とは、けしからん。
 腹が立って来たぞ。

「さらにね、この噂って結構新しいタイプの七不思議らしいし!」

「新しい……?」

「もともと変な声が聞こえて来るのはあったんだけど、最近になってなんか荒い息遣いとか、なんかイグ、イグ、イグ……って聞こえて来るタイプに進化したって聞いたし」

「……えっ、なんで喘ぎ声訛ってんだよ」

 これは、田舎から入学のためにギリス首都に来た女子生徒が、浮ついた心の隙を狙われ、学院のイケメンに遊び半分で食われている可能性が浮上した。

 けしからん!
 けしからんぞ!

 全然羨ましくないし、勝手にすればって思ってるけど。
 そう言う浮ついた男には先生としてお灸をすえてやる必要がある。
 うん、全然羨ましくないけどな!

 悶々としていると、件の実験室からジュノーの言っていた女の人の声が響いて来た。

『──イグ……ま……イグ……様……ハアハアハアハア……』

 ほ、本当だ!
 なんかすっごい悩ましげな感じでイグイグ言いながらハアハアしてる!

「トウジ! さっさと倒しに──ぶっ!?」

「馬鹿、静かにしろ。こういう時は、しっかり事実確認からだ」

 断じて出歯亀ではない。
 しっかり事実確認した上で取り締まり。
 お互い本気なのか確認して追い出す。
 それが、大人である俺の責務な?

「こっそり背後から倒す作戦だし?」

「ま、まあ、そういうことで」

「キュィ……」

 俺とジュノーの掛け合いに呆れる水島だが、お前も鼻血出てるぞ。
 音楽室ではあんなに格好良かったのに、イルカの変態おじさんだ。
 それから、そーっと近づき、そーっとドアの隙間から顔を覗かせると……。

「イグニールお姉様、イグニールお姉様、ハアハア……お姉様お姉様」

 白衣に身を包んだ知ってる顔がそこにいた。
 赤い髪の人形を抱きしめて、何やら荒い息遣いを上げながらビーカーをかき混ぜている。

「ふふふ、うふふふふふ、これが完成すれば次のお休みの日にイグニールお姉様とお泊まり会で……うふふふ」

 怖っ。

「しかし、一緒に暮らしているあの男が邪魔ですね、邪魔ですよね? お姉様?」

 怖い!!
 人形に向かってほくそ笑んでるよあいつ!
 七不思議どころじゃねえ、もっとやべえ奴だった!

「なんなんですか、なんなんですか、一緒に住んでるのも腹立たしいのに、うちの研究所の出資者とか、デカイ顔してのさばって、ヤれないじゃないですか、ヤれないじゃないですか!」

 激しくテーブルを叩く音がする。
 パリンッとビーカーが割れる音がする。
 ヤれないってどういうことだよ。

「なんだか人が増えまくって他の人の目もありますし、この惚れ薬を作る暇さえないじゃないですか! ブラックですよ、ブラック。まあ、給料は良いからこうしてこの薬の材料を揃えることができたんですけどね? うふふふ、ふふふ、もうすぐですよイグニールお姉様、お姉様ぁ、ぁっ、あぁん……ハアハア……」

 …………俺はそっと回れ右した。
 それからできるだけ音を立てないようにして、巡回を再開する。

「ちょっとトウジ、倒すし」

「いや、あれは七不思議じゃないから、もっとやべぇ別の何かだから」

「もっとやばいってなんだし?」

 関わった瞬間、こっちの敗北が決定するナニカである。
 それをやばいと言わずして、なんと言う。

「イグイグって、イグニールの名前じゃなかったし?」

「もう忘れろ、記憶から消去した方が身のためだよ」

「なんか、そう言われるともっと気になって来るし」

「ダメ! あ、そうだ。お前が持って来たイグニールのパンツって今日はいてたやつ?」

「……トウジの変態」

「いや、そういう意味じゃなくて」

 もし巡回中に鉢合わせたら、それを対価に見逃してもらう。
 そういう算段なのだ。
 命の危険を前にして、変態の汚名でもなんでも被ってやる。
 心の底からこの依頼を受けたことを後悔した瞬間だった。
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