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本編
474 小賢の実力
しおりを挟む「──セイジライト」
その言葉とともに、眩い光が俺たちの元へと降り注ぐ。
「チッ!」
ルイスを乗っ取った怨嗟の鎖は、警戒して飛び退いた。
光の影響か、俺たちを拘束していた鎖が弱まる。
未だ全身をきつく拘束されてはいるが、体の先端は動かせるようになっていた。
首を動かし夜空を見上げると、竜に乗った小さな隻眼の男の子。
「チビ、私のセイジサークルに合わせて、ガイアブレス」
「ギャオッ!」
夜空に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
その魔法陣に向かって上からチビと呼ばれた竜が口から豪炎を吹く。
ゴオオオオ!
すると、白い炎へと変貌し、飛び退いた怨嗟の鎖へ降り注ぐ。
「クッ! 聖属性か、厄介だな!」
白い炎にわずかに身を焦がされながらも。
怨嗟の鎖は遠くの木に鎖を打ち付け、ワイヤーアクションのように回避した。
距離ができたのを見て、竜に乗った男の子は俺たちの前へと降り立つ。
もうお分かりかと思うが、チビとウィンストだ。
「危ないところだったな、トウジ」
「ウィンスト、何でここに……?」
チビの頭から降りたウィンストは、怨嗟の鎖を見据えながら言う。
「端的に説明すれば、ワイバーンライダーを追って来た」
「追って来た?」
「トウジを見習って、実は私も冒険者とやらを始めたんだよ」
山を離れ、人の生活域で暮らしていくには、お金を稼ぐ必要がある。
冒険者という立場は都合が良かったんだそうだ。
俺の知り合いはトガルを守るために、魔物を狩るから一石二鳥である。
「その依頼としてワイバーンライダーの討伐を請け負った」
だが、一体だけデミドラゴン化しており、下手を打って取り逃がしてしまったそうだ。
そしてそれを追って、このギリス中央山脈まで空を駆け抜けて足を伸ばした訳である。
「なるほど、お前にしばかれてワイバーンライダーはこっちに逃げて来たわけか……」
「迷惑をかけたな」
「いや、いいよ」
実際、ウィンストがギリギリのところで来てくれなかったらヤバかった。
俺の息子はまだ健在である。
本当に、ウィンストは俺の未来を救ってくれたと言えるぞ、これは。
ありがとう、ありがとう、ありがとう。
心の底から感謝する俺がいた。
「怨嗟の鎖に取り憑かれている個体もいて、何としてでも討伐せねば、再びどこか別の地で厄災を振りまくだろうと心配していたが、そこで生き絶えているのを見るに杞憂だったか」
「いや、カースドラゴンやめてカースデーモンになってるっぽいから、杞憂でも何でもないぞ」
「ふむ……大丈夫だ、全て把握している。故に、杞憂という表現であっているだろう」
「うん?」
「パッと見、あれが怨嗟の鎖の一つの姿であることは理解できた。つまり、ここで完全に浄化しきれば、復活にはそれなりの時間を必要とし、しばらくの間は無用に運命を狂わされる様な惨劇は起こらないだろう」
「おお」
俺がやろうとしていたことを一瞬で見抜くとは、さすが小賢と呼ばれた男だ。
「何とも因果なものだろうか。私の危機をトウジが救い、トウジの危機を私が救うなんてな」
「本当だな」
俺だってまさかここでウィンストが来てくれるとは思っていなかった。
何らかの繋がりが、世界がここで片をつけろと言っている様にも思えてくる。
この発言を聞いた怨嗟の鎖は、顔を歪めながら言い返した。
「私に一度束縛された軟弱な魂を持つ人モドキ風情が、戯言をほざかないでもらいたいな」
「……確かに私は一度怨嗟の中に身を堕とした」
だがな、とウィンストは俺が渡した杖を握りしめながら続ける。
「私は知った。どれだけ堕ちようが、穢れようが、手を差し伸べてくれる者がいる限り……戻ってこれるのだ」
「ふん、だからそれが戯言だと──」
「──戯言でも何でも良い」
言葉を被せたウィンストの周りに、いくつもの巨大な魔法陣が生成された。
何重にも折り重なり、緻密に形作られていく魔法陣はすごく綺麗だった。
黄金比っていうのかな、こういうの。
何だかそれくらい見ほれてしまう、そんな魔法陣。
「救われた事実は何も変わらない」
怨嗟の鎖の言葉を一言で一蹴したウィンストは続ける。
「故に、貴様がいくらその邪悪で他の者の心を染め上げようと、私はこの命が尽き果てるまで手を差し伸べる。貴様の闇から、呪縛から、救い上げてみせる」
「やれるものならやってみろ、加勢に来たところで人モドキ程度にやられる私ではない」
ウィンストの展開した魔法陣に呼応する様に。
怨嗟の鎖の体から、黒い鎖が無数に出現した。
「まとめて拘束し、再び私のコレクションにしてやろう──カースバインド!」
再び地面から湧き出る拘束の鎖。
それを前にして、ウィンストは呟いた。
「セイジサークル。属性は聖」
俺たちを取り囲む様に、暖かい光の魔法の円が地面に出現する。
鎖は一瞬にしてかき消えて、ついには俺たちを拘束する鎖までもを浄化した。
「おおっ! 動ける!」
ようやく戻ってくる体の自由。
さて、みんなで加勢しようかと思っていると、キングさんが止めた。
どうやら、ウィンストに華を持たせてやれとのことである。
そんなことしてまた裏をかかれたらどうするんだ、と思っていると。
「セイジバインド。属性は聖」
光の剣がルイスに突き刺さった。
「グッ!? 貴様もバインド持ちだったのか……!?」
「一度は堕ちたとしても、賢者の名をいただいたのだ。持たない訳がない。もっとも、貴様に囚われている時は、ネクロマンサー系以外のスキルは使えなくなってしまっていたが、な」
チートクラスの死霊スキルを扱える代わりに、賢者チートを失っていたってことか。
ネクロ化は弱体化したとは決して言えないが、俺にとってはかなり都合が良かったらしい。
もしバインド使えていたら、負けていたのは俺の方だったんだな……。
俺と戦う相手って、もしかしたら全てが弱体化してる気がする。
だとしたら、めちゃくちゃ幸運な立場なのかもしれない。
禊のおかげかな?
ちょっとやそっとの面倒ごとも、今後の幸運への徳ってことで受け止めよう。
「この……! こんな拘束ごときで、私が、この私が……!」
「私のバインドを受けても無駄口を叩けるとは、なかなかの抵抗力だな。だがもう遅い、チェックメイトだ」
「チィ!」
動きを止められた怨嗟の鎖は舌打ちしながら叫んだ。
「良いのか! 私を殺せば、この男も問答無用で死ぬぞ!」
「その心配はない。貴様もよく知っているだろう? 聖属性を」
「グウッ!」
「聖属性は邪を払うのみにて、攻撃性は皆無。むしろ人は癒す様に組み込んである」
「くそ! 動け、動け、動けええええ!」
冷静に言い返された怨嗟の鎖は、必死に抵抗をする。
鎖を生み出し、自分の身を貫こうとする。
だが、のろのろとして思う様に動かせないようだった。
自害する可能性も含めて、バインドを先に施していたらしい。
さすが小賢、強い、強すぎる。
「終わりだな、チビ……魔法陣に向かってガイアブレス」
「ギャオ!」
巨大な魔法陣越しに、チビが口から業火を放つ。
真っ赤に燃える炎は、魔法陣を通って白く輝き光となってルイスを、怨嗟の鎖を包み込んだ。
「ォォォオオオオオオオオオオオ!!」
怨嗟の鎖は抵抗しようと声を上げていたが、ブレスの勢いでルイスの体から引っぺがされ……。
「オオオオオオオオオォォォォォォ──……」
あっけなく消滅した。
「ふむ、貴様との戦いは、止む事のないウロボロスの様な無限の争いかもしれないが、堕とす者、堕ちる者がいる限り、救う者と救われる者がいることを心に刻んでおけ……」
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