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本編
467 怨嗟の霧散の秘薬漬け
しおりを挟む「久しぶりだな──天敵」
血走った目は、怨念に取り憑かれた時のウィンストを思い出した。
「足掻いても無駄だぞ」
鎖に捕らわれながらも無理やり腕を動かし、首元を掴みながら言う。
「ジャードを操ってもお前の攻撃は俺には届かないからな」
ドルジをかばった際に、それは実証済みだった。
現に、鎖で俺の動きを完全に止めきれてない訳である。
霧散の秘薬は、基本的に俺の飲料水。
1日1回は欠かさず飲んでいるから、取り憑かれる心配もない。
それに、もし前のようにどこか別の空間にお呼ばれするならば。
またせっせと捕え続けた恨みつらみを浄化して荒らしてやろう。
「──無駄だと? 無駄なのは貴様の方だ、天敵よ」
「はあ?」
怨嗟の鎖は、ジャードの口を借りて告げる。
「見ての通りこいつの体力は残り少ない……この意味は分かるだろう?」
人質か、相変わらず汚い奴め。
「今すぐ訳のわからん攻撃をしてみろ、こいつはすぐに死ぬぞ」
どうやら俺が以前、幸せ攻撃によってウィンストの体からこいつを追い出したことを加味し、怨嗟の力によってあらかじめジャードのHPを限界まで低くしていたようだった。
「面倒だな、マジで」
ため息を吐きながらそう言うと、怨嗟の鎖は嘲笑う。
「まあそう怒るな、一つ取引といこうじゃないか」
「取引?」
「そうだ。もう一度言おう、私と組もうではないか、そうすれば望みの全てを──」
「──いい加減にしろ」
食い気味で言葉を返してやった。
今後に及んでまだ諦めてなかったのか。
まったくため息が出る。
「良いのか? このままだと、こいつは死んでしまうぞ?」
「一つ勘違いしているけどな……」
上から目線で言い放つジャード。
もとい怨嗟の鎖の首根っこを持ち上げた。
そして、インベントリから液体がたっぷり入ったバスタブを取り出して。
「──わぷっ!?」
「ハッピーアタックの他にも手立てはあるぞ」
シャバッ!
そこに顔ごと突っ込んでやった。
ちなみに、バスタブの中身は霧散の秘薬である。
なぜバスタブに秘薬が入ってるのかって?
特にこれといって理由はない。
単純に持ってる桶の中で、風呂桶が一番容量があるからである。
横着して利用して作っていたのだけど。
まさかこんなところで役に立つとはね!
「がぼぼぼぼぼ!?」
バタバタと暴れる怨嗟の鎖。
時折、ガバッと顔だけ外に出して息継ぎをさせる。
ほらほら飲め飲め。
浄水を嫌がることはルイスでなんとなくわかってんだ。
だったらさらに強力な霧散の秘薬ならばどうだ。
「や、やめ! がぼぼぼ!? やめろ! がぼ!」
ジャボジャボ霧散の秘薬漬け。
これで体から出ていくのかは知らん。
「本当に! がぼばっ! や、やめ、やめろぼぼ!」
だが、慌てふためく様子は効果抜群に思えた。
「こ、こいつが! こいつが!」
「こいつが何?」
「し、死んでも良いのか!? おい! 本当に死ぬかもしれんぞ! おい!」
「最悪、致し方ない」
「なっ──!?」
俺の故郷では、テロには絶対譲歩しない。
屈しないってのが国際常識になってんだ。
その考えに則って、ここはもうこうするしかない。
「それにどうせ回復阻害でポーションも効かないんだろう?」
「がぼぼっ」
「だったらこれしか選択肢ないな、うん」
「がぼぼぼっ」
「人質だって?」
「がぼぼぼぼっ」
「それをやって俺の選択肢を一つ消したお前が悪い」
「がぼっ──私のせいに──するな──がばっ」
「いやお前のせいだよ。恨まれたら次は俺がお前を恨むぞ」
「あばばばっ」
「よかったな? 俺とお前で恨みの連鎖反応だ」
それってもう、恨みの永久機関としても同義である。
俺は良いぞ、社会に義憤たっぷりの人生だった。
そのくらいの恨みだったらなんぼでも背負ってやる。
「路線変更。やっぱり取引に応じてやる。だから出てこいよ。ほらこっちこいや」
ただ、精神を乗っ取られるようなことは万が一にもない。
毎日飲んでるおかげで、霧散の秘薬の効果が途切れないからだ。
「おいなんか言えって、怨嗟の鎖さん、鎖の拘束解けてますけど?」
「……」
「ちょっとー? まだ飲み足りないなら、たくさんありますよー?」
「……」
「……逃げたか。まったく概念的存在は対応が面倒だな、マジで」
舌打ちをする俺にジュノーが言う。
「いや、ジャードが気絶してるだけだと思うし……?」
「う、うむ……盟主よ、それは少しばかりやりすぎでは……?」
人道的ではない、と言っているのかスライムキング。
だがしかし、無差別恨みテロを終結させるには慈悲はいらん。
ここで一思いに終わらせてやるのが、唯一の慈悲である。
つーか。
俺のところに来れば良いって言ってんだからそうしろよな。
取引に乗ってやってんのに、逃げるとかマジないわ。
それでも恐るべき悪しき者ですか?
禁忌の正体である怨嗟の鎖ですか?
マジでないわー。
「う、ぐ……」
「お、まだいたのか」
うっすらと開かれたジャードの目がまだ血走っていることから、怨嗟の鎖は未だ彼の中にいることが判断できた。
ザバッと顔をバスタブの中から持ち上げて、怨嗟の鎖に再び問いかける。
「さっさと出ていくか、俺の前に再び現れた目的を言え」
さもなくば、霧散の秘薬漬けで漬け殺す。
「や、やってみるが……良い……」
「オッケー」
まだ俺の言葉を虚勢だと思っている怨嗟の鎖。
俺はため息を一つつくと、ポチからフォルに切り替えてそのままバスタブに突っ込んだ。
「がばっ──ごぼぼっ──!!」
「ト、トウジ! さすがにやり過ぎだし!」
「大丈夫。信用しろ」
フォルを出してるからグループに入ってれば一回だけ死亡は免れる。
HPがゼロになって、そこから回避と全回復が入るのだ。
一度本当に死ぬことになるのだから、怨嗟の鎖も抜けるはずだ。
うむ、これは荒療治である。
「──ぶはっ!!」
俺の思惑通り、ジャードのHPが一度消えて完全に回復した。
意識も目覚めて赤く染まった目が元に戻っている。
成功だな。
さらにジャードの体から黒いもやもやが出てきて、霧散の秘薬風呂の中で蠢いていた。
「な、なんか風呂の中にいるし!」
「中にいた怨嗟の鎖の正体だよ。瓶詰めしてやろうぜ」
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