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1巻
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しおりを挟む第一章 勇者召喚に巻き込まれたけど
俺の名前は秋野冬至。二十九歳独身のフリーターである。
そろそろ三十代なのだが、まともな人生はもう諦めた。バイトを掛け持ちして、空いた時間はネトゲに費やす。
もうここまでくれば遊んで楽しんで生きていけば良いや、なんて思っていた矢先のことだ──単刀直入に言うが、勇者召喚に巻き込まれた。
事の発端は、バイト帰りにコンビニに立ち寄ろうと歩いていた時である。うざったい高校生ハーレムの隣を通ったら足元に謎の魔法陣。
光に包まれて、あっと気づいたらそのまま見知らぬ場所にいた。
王冠を頭に乗せたおっさんが「おぉ勇者よ」だってさ……マジかよ。
人生諦めたやつが勇者召喚されるだなんて、とんでもないなと思っていると、また新たな事実が判明する。どうやら俺は勇者ではないらしい。
あくまで俺は、巻き込まれただけの一般人だったのだ。
その証拠に、一緒に召喚された高校生ハーレムが勇者、賢者、剣聖、聖女っていかにもなスキルを持っているのに対して、俺だけ何も持たず、ステータスもチート補正なしで、異世界の極々平均だったのである。
例えば、各種ステータスの平均が100だとすると、勇者はオール1000で、珍しい雷魔法のスキルを覚えていた。
賢者は、MP(魔力量)とINT(知力)が勇者の二倍で、全ての属性魔法スキルを扱える。
剣聖は魔法スキルを覚えないが、代わりにHP(体力)、VIT(耐久力)、STR(力)、そういう近接向けの数値が勇者を超える。
残った聖女は、なんかすごい回復魔法とか、あらゆる状態を治療する癒しの魔法を使えるとのこと。
うーん、みんなチート過ぎて、俺の立つ瀬がないな……。
ハーレムの主であるイケメン高校生くんからは、なんだか哀れみの籠った視線をもらい、その周りにいる美少女達からはクスクスと嘲笑された。
結論。日本での人生もある意味終わっていたけど、異世界に来ても終わっていた。
仰々しい勇者召喚の魔法陣で呼び出されても、俺の物語はなんら始まらなかったのである。
右も左もわからない状況で、いったいどうすりゃいいんだと頭を抱えた。
異世界で使える現実の知識とか持ってたらまだチャンスはあったのかもしれない。でもあいにく、ゲームばっかりやっていたフリーターの俺には、何の知識もないのである。
そうしてあたふたしている内に、俺は王城を追い出された。
王様曰く『巻き込んでしまってすまないが、今は魔王軍との戦乱の時で余剰の人材を抱える余裕はない。一時金を用意するから街で暮らすと良い』とのこと。
要するに、お金やるから出てってくれってことだ。
まあでも、こういった勇者召喚を扱った物語では、そのまま奴隷のように犠牲を強いられ、強制的に戦わされる話もある。だから下手に拘束されるより、結果的に自由を得たというのは、ラッキーだったのかもしれない。
デップリと肥えまくった王様から、戦乱の時と言われても信用できないしな……と、そう自分に言い聞かせて、俺はもらった金貨五枚をポケットに王都の城下町へと向かった。
まるでマンガやゲームやラノベの世界みたいな、中世ヨーロッパ風の街並みを見ながら歩く。
下手に拘束されるよりは良かったと強がってはみたものの、人生終わってるフリーターが今更異世界でどうやって過ごせと……。
物価も何もわからない状況で、とりあえず果物屋のおじさんにリンゴみたいな果物の値段でも聞いてみようと手に取った時、不意に視界に何かが映り込んだ。
【リンゴ】価格:100ケテル
甘酸っぱくて美味しい果実
HP30回復
「うわっ!?」
「どうした兄ちゃん。何もないところでいきなりすっ転んで!」
「あ、いや、なんでもないです」
いきなり視界に変なものが映り込んだから、びっくりした。
もう一度リンゴを持って確認するのだが……はて、ケテル?
この言葉には少し見覚えがあった。俺がやっていたネトゲの通貨単位である。
「大丈夫なら良いんだけど……っておい! せっかくの商品を汚してんじゃねえ! 買い取ってもらうからな! リンゴ一つで100ケテル!」
「す、すいません! 買い取ります!」
「まったくもう……しっかしなんだその服? 見たことない服だな!」
うっかり落としてしまったのは俺なので素直に謝ってリンゴを買い取ることにした。
そのリンゴを齧りながら、たった今起きたことを考える。
いきなり目の前に半透明の仮想画面のようなものが出現したのだが、俺はまさか鑑定スキルを持っているのだろうか。
【名 前】トウジ・アキノ
【年 齢】29
【レベル】1
【H P】100
【M P】100
【STR】90
【DEX】90
【VIT】100
【INT】90
【AGI】80
【スキル】
だがご覧の通り、ステータスと念じて内容を確認してみても、スキルは無しだ。
この平凡なステータスと空白のスキル欄が、巻き込まれたただの一般人の証明である。
勇者達は固有スキルとして【勇者】とか【賢者】とか、相応のものを持っていた。ずるい。
「うーん、隠しスキル的な立ち位置か……?」
さっきのことを適当に分析して、次は目の前にあった武器屋の乱雑に並べられたセール中の武器を見つめながら鑑定と念じてみた……が、何も起きなかった。
なんなんだよ、なんなんですか! いい加減にしろよ、もう!
やはり鑑定なんてスキルは持ってないみたいだ。少しだけ期待してしまった分、ガッカリ感がすごい。だけど、そうなるとさっきの出来事が証明できないよな。
もう一度チャレンジしてみようってことで、次は武器の一本を手に取って、鑑定と念じてみることにした。俺の使い方が間違ってたのかもしれないからな。
【長剣】価格:8000ケテル
必要レベル:0
攻撃力:10
UG回数:5
特殊強化:レベル30より開放
限界の槌:2
すると目の前に、リンゴの時と同じような画面がブゥンと表示される。
「こらー! 何やってんだ! 危ねえだろ!」
思わず長剣を手からポロリと落としてしまって、武器屋の人に怒鳴られたのだが、ぶっちゃけそれどころじゃなかった。
……必要レベルとか、攻撃力とか、さらにUG(アップグレード)回数と特殊強化に限界の槌まで。
画面に表示された内容が、廃人と呼ばれるほどやり込んでいた、とあるネトゲで表示されるものとまったく同じだったからである。
まさか、これが俺のチートスキルみたいなもんか?
いや、スキル欄は相変わらず空欄のままなのだから、スキルでは無いか。
単純にこの世界では、最初から全部そういう風に表示されるのかもしれない。
だが、もしこの世界が俺のよく知るネトゲの世界と同じならば、ひょっとすればなんとかなるかもしれないと思った。
廃人だからネトゲの知識は凄まじいぞ。むしろそれしか俺にはないぞ。
「迂闊に扱うなよ兄ちゃん! 怪我したらどうすんだ!」
「す、すいません! 武器は買い取りますので!」
考え込んでいると目の前で再度怒られてしまったので、すぐさまペコペコと謝る。
「いや、別に買い取らなくてもいいんだけど……こっちが悪いみたいだろ。ただうちの店で怪我人なんか出ちゃ商売に影響するんだよ」
「すいません、ボーッとしてました」
「次から気をつけろよ。しかしなんだその服? 見たことない服だな!」
俺のジャージをジロジロと見る武器屋の人。
やはりジャージ姿は目立つのか……もらったお金で服を買って着替えるか……。
「すいません、では失礼します」
もう一度頭を下げて武器屋を後にした俺は、ジャージを二束三文で売り払い、異世界の一般的な服へと着替えた。
それからすっかり街に溶け込みつつ、謎の仮想画面について情報収集したのだが、それでわかったことがある。
まず、この世界は俺のプレイしていたネトゲの世界ではない。
だが、どうやら俺だけネトゲ内のゲームシステムを一部使用できるということだ。
本来であれば鑑定スキルを持っていないと、装備の名称、必要レベルなどのステータスを見ることはできないのだが、俺はアイテムにカーソルを合わせるように、手を触れれば見ることができる。
擬似的な鑑定機能だな。情報量も多い。
次にインベントリ。これは、アイテムボックスというレアスキルに似たものだった。
違うところを挙げるとすれば、アイテムボックスは大きな部屋のような空間であり、俺のインベントリはアイテムスロットというマスで管理する。
装備、消費、その他など、アイテムがカテゴリー分けされていて、同じ種類の物だと認識されればまとめて保持することができるため、アイテムボックスよりも桁外れな収納量だった。
例えばリンゴをアイテムボックスいっぱいに買ったとする。俺のインベントリならそのリンゴは一つのマスを使用し個数表示される。
持っているお金も、インベントリに入れると合計金額が表示されるので、いちいち貨幣の枚数を数えなくとも良い便利さ。最高じゃないか。
その他にも、HPが回復すると書かれていたリンゴなどは、食べなくても手で持って使用すると念じるだけで、効果を得ることができる。
だがその場合は、空腹が満たされることはない。
ここで気になるのが、死んだらゲームの時のように近場の街で復活するのかって所なんだけど……課金アイテム用のポイントショップとか、ログイン、ログアウト用のシステムメニューやオプション機能とか、そういったものは使用できなかったので恐らく無いと判断した。
検証しようとも思わんけどな、怖すぎる。
とにかく、情報を閲覧できる鑑定能力と荷物の持ち運びに困らなくなる能力をデフォルトで持っているという状況は頼もしかった。
日本では人生終わってて、異世界に来ても引き続き終わったと思っていたが、これは始まったといっても過言ではない。
食べずともHPやMPを即回復できたりとかはぶっちゃけどうでもよくて、鑑定能力とインベントリの二つがあれば十分なのである。それで行商人とか運び屋とかやって日銭を稼げれば、とりあえずは生きて行けそうな気がしたのだ。
「とりあえず、何とかやっていくしかないな」
一番安い宿屋を借りて、狭い部屋のベッドに腰掛けながらそう独りごちる。
もうどうしようも無いと思っていただけに、なんとかなりそうでホッとした。
◇ ◇ ◇
異世界に召喚されてから、はや三日。
俺は王都からそう遠くない場所にある森へとやって来た。
「魔物の回収、頼むぜトウジ」
「はいー」
Dランク冒険者であるブレイブルさんの指示通りに、狩られた狼の魔物をインベントリへ入れていく。冒険者の荷物持ち、これが最近の俺の仕事だ。
「まったく……アイテムボックスなんていうレアスキルを持ってるのに良いのか? こんなに格安で荷物持ちを引き受けてくれて?」
「大丈夫ですよー」
ブレイブルさんのそんな言葉に、ニコニコしながら適当に返事をしておく。
聞けば、アイテムボックス持ちの人は冒険者の荷物持ちなんか引き受けないそうだ。
荷物を一人で大量に持てる特性上、商人の行商に同行したり、専属荷物持ちとして高給で雇われることが多いらしい。
「商売ができる程、良い頭はしてませんからね」
「そうだな! 格安で冒険者の荷物持ちを引き受けるくらいだからな! ガッハッハ!」
ブレイブルとパーティーを組んでいる斧持ち戦士のグラインが豪快に笑う。
やや突き刺さる言葉だが、別にどうってことない。
格安で引き受けても、商人の荷物持ちをするよりさらに稼げるのだからな!
「そうですね、ハハハ」
適当に笑って済ませておく。
さて、何故俺が商人の荷物持ちをせずに、こうして野暮ったい冒険者連中の荷物持ちを格安で引き受けているかというと、それは何故か俺だけゲームシステムを使えることによる。
当初の予定は、鑑定とアイテムボックス持ちですって偽って、商人の真似事かそれこそ商人の荷物持ちをする予定だった。
だが、興味本位で冒険者ギルドに冒険者として登録して、いざ魔物のいる森へ足を運び……とんでもないことが発覚したのだ。
とんでもないこと――それはドロップアイテムの存在である。
ゲームって、モンスターとか敵を倒すとお金やアイテムをゲットできるだろう?
俺が森に入った時、冒険者が魔物を倒して通った道に、そのドロップアイテムが散らばりまくっていたのである。
魔物を倒した冒険者は、死体の側に散らばったドロップアイテムを無視しているので、俺にしか見えないっぽい。
こいつは本当にとんでもないチートだと思った。戦慄した。
商人の真似事とか、商人の荷物持ちとか、そんなことをするより冒険者の狩りに同行して、倒してもらった魔物のドロップアイテムを根こそぎかき集める方がお手軽なのである。
Dランク冒険者である彼らの獲物は弱い魔物だ。
故にドロップアイテムは素材一種類とわずかなお金なのだが、塵も積もれば山となるという言葉があるように、俺のインベントリに表示されているケテル残高は増え続けた。
うん、これほど楽でいい仕事はない。
格安で引き受けることで、戦闘には参加しないと明言してるけど、ちゃんと守ってもらえるし、ネトゲで寄生する「姫プレイ」みたいな状況だ。
「よし、今日はその場で解体しなくてもいいし、荷物も持たなくて済むから、もっともっと狩りを続けるか!」
「おっけー! いつもの三倍は頑張るぜ!」
そう意気込んで森を歩くブレイブル達。
いいですとも、いいですとも、そうやって調子を上げてくれれば俺の稼ぎも増える。
ドロップアイテムは俺以外には見えないのだが、一度インベントリに入れてから出したら、他の人も認識できるようになる。
狼の魔物からドロップする毛皮は品質が均一で、それを商人のところに売りに行って、ある程度の信用も得たいところである。
素材をくすねてたんじゃないかと、同行している冒険者が考えたりしたらやばい。あまり派手は行動はせずに、できれば別の街へ移動してから売った方がいいな。
「おいトウジ! あんまり数が多いからって、ちょろまかすなよ!」
ドロップアイテムは時間経過で消えてしまうので、急いで回収していると、先を進んでいたグラインが俺の方を振り返ってそう叫んだ。
「安心してください。メモってます」
同行する冒険者には、しっかり筋を通しておく。人生どこで恨みを買うかわからないから、極力揉め事は避けなければいけない。
この荷物持ちは冒険者ギルドを通さずに個人でやってるもんだからな、格安でやる分、黙っててくださいねってことだ。
◇ ◇ ◇
冒険者に寄生行為を続けて一週間。ドロップするお金、ドロップケテルもかなり貯まった。
一日の稼ぎがだいたい1万~2万ケテル。冒険者が頑張ってくれたら3万を超える。
王城側が俺にくれた手切れ金が、金貨五枚=5万ケテルだったことを考えると、なんとも言えない気持ちになった。手切れ金にしては本当に少なすぎた。
まったく、5万で何をしろというんだ。一月分の家賃にすらならん。
ちなみに貨幣とケテルの関係は、こんな感じだ。
・銅貨一枚……100ケテル。
・銀貨一枚……1000ケテル。
・金貨一枚……1万ケテル。
その上に白金貨と呼ばれる100万ケテル相当の価値のものもあるらしい。
銅貨より下はなく、故に、安くても銅貨一枚単位での取引となり、銅貨一枚以下の価値のものは、100ケテルの量がまとめ売りとなる。
「トウジさん、今日はよろしくお願いします」
待ち合わせ場所にしている冒険者ギルドの向かいの食堂にいると一人の男性に声をかけられた。
口調が丁寧なこの冒険者は、Cランクパーティーの《新緑の風》のリーダー、アレスだ。
冒険者について説明しておくが、魔物を討伐したり、素材を集めたり、要人を護衛したりする、まさに何でも屋さんだ。
ランクはF~Sまであって、Cランクからはパーティーに名前をつけることが許されるらしい。
この間までは、Dランク帯を対象としていたのだが、今回はCランクの冒険者についていくことにした。
同行する場所の危険度を考慮すると、Dランクくらいが一番手頃である。
だが、割と森の奥まで遠征するCランクについていくと、そこそこ強めの魔物が出て来て、そいつが強化のスクロールをドロップするのだ。
強化のスクロールとは、レアドロップの一種である。装備のUG回数を消費して、武器そのものの攻撃力や魔力、ステータスを上昇させられる書物だ。
なぜ強化のスクロールが必要なのか。
俺がスキルを一切持たず、平凡以下なステータスで、強くなるにはそれしかないからである。
「よろしくお願いします。お伝えしたとおり、俺は戦闘には参加できませんので……」
「はい。有事の際は僕達が必ず護衛いたします」
「ありがとうございます」
「運んで欲しい荷物は正門の方にメンバーが準備してますので、よろしくお願いします」
「わかりました」
今回は朝から出向き、日を跨いで帰ってくるそうなので、荷物の量もやや多め。
一泊二日の行程が面倒だとは思ったが、レアドロップを得るためなら仕方ない。
道中は順調に進み、森の少し開けた場所で野宿となった。
《新緑の風》はとある魔物の討伐依頼を受けているので、むやみな戦闘は避けており、ドロップアイテムの収集率は余りよろしくない。
だがそのとある魔物とやらが、俺の予想ではボスクラスである。
これはレアドロップが期待できそうなので、その辺は我慢だな。
「トウジさん、ここにテントをお願いします」
「はい」
パーティーリーダーのアレスに従ってインベントリからテントを出す。
「いやあ、今まで道中で倒した魔物は放置することが多かったんですが、トウジさんがいてくれるおかげで無駄にせずに済みますよ。移動もかなり早くできましたし」
「いえいえ、多めに報酬をもらってますから」
通し二日間ってことで、いつもの三倍の額をもらっているのだから文句はない。
「そうよねー、テントじゃなくて野宿の日もあるから、私らの専属になって欲しいくらいよ」
アレスの後ろから顔を出してそう言うのは、エリーサ。
火属性の魔法スキルを持つ、パーティーの火力担当である。くるくると癖のある赤毛が特徴の美人さんだ。
「ダメだよエリーサ。荷物持ちさんはみんなの荷物持ちさんなんだから……っていうかテント張るの手伝ってよ!」
俺がインベントリから出したテントを張っているのは、弓使いのフーリ。
スレンダーな体型で、木々の上を楽々飛び渡る身軽さを持つ。
索敵スキルを持っていて、弓の腕もかなり良い。
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