プライベート・スペクタル

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第二話 終章

第三節

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「………………………」
一方その頃、ミコは【領域】内の自室に居た。
「………」
無言で大和から貰った『月下の雫』を取り出したミコ。
意識は数日前、ドロップとの戦闘時に遡る。

「今ですミコさん!」
「やぁああああアアア!」
エイプリルの合図に合わせる形でドロップに長剣を振るうエイプリル。
だがドロップはそれを容易に防いだ。
あの時、遊撃隊として戦っていたミコはエイプリルと共に戦場を動き回っていた。
ひと月前までは戦いなんて歴史の授業か創作物の中の話だと考えていたミコ。そんな自分が今やその場に存在する。バトル漫画等で憧れたシチュエーションに酔いのような高揚感に包まれる。
だがそれに包まれては駄目だと自ら戒めたミコ。この戦いの場において唯の人間はおそらく自分一人だろう。【ちょうじん】達の戦場、自分は猛獣たちの喰い合いに紛れ込んでいる鼠のようなモノである。
大和達の傍で見ていたとはいえ…気を抜くと即座にこの世と別れる事になると胸に刻む。
「!!」
動いたドロップ。球体のような身体の中から骨のような灰白色の物質を隆起させるとそれをミコ達に向かって撃ち込む。
「私の後ろに!」
言われた通りにエイプリルの後ろに移動したミコ。エイプリルは銃士の影を幾重にも呼び出す。
人影は壁を組み上げた。
人影達を穿つ灰白の弾丸。肉体は削れながらも人影達は文字通りの人壁としてエイプリルとミコを守る。
その壁の隙間から様子を見るエイプリル。そして弾幕が薄まったのを見計らうと壁から飛び出しドロップに向かって駆けだした。
迎撃に灰白の物体を今度は槍の様な形状で突きだすドロップ。
それも同じように人影のガードで防いだエイプリル。念を押して人影達も槍を抑え引っ込ませないようにする。
「はアッ!!」
杖を叩きつけるエイプリル。杖はドロップの球体の身体に直撃する。
だが、球体の身体は杖を柔らかく受け止めた。
「くッ!?」
押しても引いても動かない。まるで水餅のようなモノで絡め取られたようである。
動けないエイプリルは灰白の物体で出来た手で掴まれた。
「エイプリルさんッ!?」
ぎりぎりと締め付けられているエイプリルを見たミコ。
このままではやられてしまうと直感で悟ると長剣を投げ捨て背中に担いだ『月下の雫』の柄に手をやる。
(この『月下の雫』抜いたらおそらく状況は一変する)
(でもここで抜いて良いの?)
(これを抜いた後は生命力を吸い取られて昏倒する)
(そもエイプリルさんのピンチなんだ抜くのに何の躊躇いがある!?)
(でもエイプリルさんは【星】だ私なんかの助けなんてなくても自力で何とかするかも?)
(これまでこの戦場でいくら助けてもらったんだ!その恩を忘れる程、薄情なのか私はッ!?)
(でも抜けるのは一度、チャンスは一度、外したら…終わり……)
渦巻くように回り続ける脳内。一際大きく主張する「外したら終わり」の一説。
その一節は呪詛の様にミコの手を柄から離させようとする。
「…ぐ…ぅっ……」
だがエイプリルの苦痛の声を聞いた途端ミコは動いていた。
全身をバネにするように身体を動かす。発せられた高速駆動に肉体から悲鳴が上がるが気にせずドロップに詰め寄る。
門司に教えられた抜刀術を用い。担いだ『月下の雫』を滑らかに抜き放つと一閃。
エイプリルを掴んでいた灰白の腕を容易く斬り裂いた。
「!!!??」
「はぁはぁハァ…」
息も絶え絶えの状況のミコ。そんな中である感覚を感じる。
これまでの人生で感じたことのない奇妙な感覚。
その感覚がミコのその戦場での最後であった。

(あの後、エイプリルさんが私を庇いながら戦って、大和さんが敵を倒したのを見て敵は退却したって聞いた……一瞬役に立ったとはいえ、その後に気絶しては世話がないなぁ…)
「あの時のアレ……アレは何なの?」
問いかける様に『月下の雫』に向かって語りかけたミコ。当然だが返事なんてない。
剣を抜く際の超越した動き、まるで自分がこの世界に真の意味で降り立ったと錯覚したようなあの動き。
そして倒れる直前に起こった自身の変調、高揚と悪寒、陶酔等のありとあらゆる感情が入り混じり合った混沌のような感覚が直接体内にぶち込んだような…。
(ひょっとしてアレが【星】への覚醒の兆候なのかな?)
だとしたら『月下の雫』を抜き続ければ、自分は【星】へと覚醒出来るのかもしれない。
だが、常に生命力を絞られ続ける行為。底の無い泥沼に自ら足を踏み入れるようなものなのだろう。大和自身も言っていた荒療治…危険であり命を落とすかもしれない。
でもせっかく掴めた兆し。みすみす逃したくは無かった。
唾をごくりと飲み込むミコ。柄に手をかける。
その時…。
「ミコさ~ん!」
「ッツ!?」
外から聞こえたエイプリルの声に我に返ったミコ。慌てて剣から手を離した。
「ど…どうしましたッ!?」
「…?この依頼がひと段落付いた記念に宴会を行うみたいですよ」
「わかりました!今すぐ向かいまーす!」
「うぃ。準備は出来ておりますし、師匠達も始めかけております……」
気持ちを振り切るように『月下の雫』をベッドに放り捨てたミコ。エイプリルの言葉の途中で部屋の外に出る。
「ので早く来られた方が…とは言おうとはしましたが、それ程急がなくても大丈夫でしたよ」
「え~っと…あはは……」
慌てたような姿を見せてしまったミコ。苦笑いで誤魔化す。
誤魔化しついでにエイプリルに尋ねた。
「え~とさ…エイプリルさん?」
「うぃ?何でしょう?」
「エイプリルさんは私が早く【星】に覚醒してくれたほうが戦力アップになって嬉しい?」
「?……う~んそうですね…嬉しいのは嬉しいですが、ミコさんのペースで良いと思いますよ」
「私のペース…」
「うぃ…なりたい自分を追い求めるのは良いと思います。誰だろうとそれを止めてはいけないとも……でもそれで自分がおかしくなったり周りが悲しんだら意味無いと思いますね……師匠がミコさんに『月下の雫』を託したのはきっとそういう為ではないとは思いますよ……ちょっと前の私もそうでしたし……」
「……そっか………そうだよね」
「うぃ?」
エイプリルの言葉に頷いたミコ。何故だかわからないがスッと心の中に入って来たように感じた。
すっきりとした表情へと変わったミコ。事情のよく分からないエイプリルは首を傾げたが、本人で解決したので良いと思うことにした。
「うん。それじゃあ行こっか」
「うぃ。そう言えば慌てていましたが、中で何をしていたのですか?」
「えーっと……あはは………」
再びの苦笑いで誤魔化したミコ。そのままエイプリルと共に宴の会場へと向かう。
誰も居なくなった部屋の中。
ベッドの上に置かれた『月下の雫』の光が微かに鞘から漏れ出ていた。
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