プライベート・スペクタル

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第2話 幕間

幕間

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「…………………」
日本某所。とある繁華街のとある路地裏。かび臭い臭気と地や壁を鼠や害虫達が我が物顔で這い回るその一角。
日陰に生きる者達でもあまり足を踏み入れたがらない日本の暗部。
そこを収容者元№H3050は歩んでいた。
「……………………」
無言で無表情のまま足を進める元H3050。道中で害虫を何匹か踏みつぶしてしまおうと構わずに歩み続ける。
暗部で生きていた彼にとって、ここは庭も同然であった。
(ああ…退屈だ……)
そう思う元H3050。
数週間前に変わった世界に興味を持ち脱獄をした。どのように世界がなったのか非常に胸を高鳴らせていたのは覚えている。
だが、彼のその期待は最初に立ち寄った都市で見るも無惨に打ち砕かれてしまう。

確かに世界はがらりと変わっていた。
街頭テレビでは【星】の事を時間毎に取り上げ、何も持たない一般人たちはそんな彼らをコミックのスーパーヒーローのように称える。
政府は大規模な【星団】への協力を持ち掛け、国力の一つとして考えている。
【星】達もこれまでから変わった自身の立場に戸惑いを感じながらも恩恵を享受していた。
世界はがらりと変わっていた。
だが、元H3050の求めているものではなかった。
彼が求めている熱さ…熱量のようなモノがないのである。
その熱というもの、それが何なのか?それは彼自身もわからない。わかっていれば苦労はしないし、それならあの収容所に自ら収まっていない。
以前は持っていたような…そうでなかったような…漠然とした何かが常に胸に空いたような気分なのである。
変化の中心にもなった東京にも訪れたが、そこにも無かった。彼の思いはついぞ晴れることはなかったのである。
「ああ…退屈だ……」
自然と漏れ出ていた言葉。
(求めているモノが無い場所に居ても意味がない……次に俺はどこに向かえば良いのだろうか……)
そんなことを考えていた。
とその時。
「……ん?」
死角からふと感じた殺意。
その方向に目を向けるとそこには剣を携えた一名の男が知らぬ間にいた。
「キェアアアア!!」
猿叫と共に振るわれる剣。耳障りな音とは反対にその太刀筋は美しく滑らかである。
切っ先に頬を掠めつつも躱す元H3050。躱された刃は軌跡上に存在した壁を両断する。
そのままほぼ自動的な動きで反撃の打撃を叩き込む。それを襲撃者は躱すと同時に間合いを取った。
「へぇ、躱したナァ!そうでなきゃあ面白くネェ!!」
露わになる襲撃者の全貌。
側面を刈り上げ剃り込みを入れた頭部。所々に付けたピアスにタトゥーという厳つい容貌。手には西洋剣を一振り携えている。
纏っている雰囲気から男の【星】であることは察せられるが、それよりも気になることがあった。スタジアムジャンパーのような上着を羽織っている下。そこに身につけているのは多少の改造は施されているが元H3050と同じオレンジのパステルカラーの収容者服。
それはつまるところあの収容所に収監されていた収容者の一人というわけである。
「一体何用だ?俺に何か用があるのか?」
尋ねる元H3050。すると男は笑みを浮かべながら答える。
「ハァン!いやなニ、ただの腕試しと試験テストって奴ダぜ!」
「試験だと?」
「ああソウサ!イヤァ!やっぱり試験は抜き打ちに限ル!!わかってやる試験なんざ意味なしッ!本来の実力が見えねェからな!!」
「こちらの質問に答えろ…一体何の試験だ?何の為の試験だ?」
「ハァン!そんなの俺達の連合に加われるかどうかに決まっているダロ!?…ああお前は勿論合格ダ!仲良くしよーぜ!!」
どうにも意味が分からない。それにも拘らず目の前の男は勝手に盛り上がっている。
「それじゃァ自己紹介だ、俺はジャーック!アンタと同じ収容所にいた。収容№はK1256、昔は『地獄の再来フロム・ヘル』なんて呼ばれた【銘付き】だった男だァ!よろしくなァ!!」
「そうか……それは良かったな…」
興味が無いようにそう言い放つ元H3050。男の脇を通り抜けこの場から立ち去ろうとする。
「ヘイヘイヘーイ!一体どいうことダよ!?まさかお前は他人の自己紹介を無視してもイイってママに教わっているのかァ!?」
「無言だから理解が難しかったか?だったら正直に言ってやる。悪いがお前に興味がない。どこか俺の目の前以外で勝手にやってろ…」
「急いでいやがるのカ!?そんなに急いでどこに行くんダ!?」
「お前に答える義務は無い…少なくともここではない何処かだ……」
「へェんそうかい!だがそいつは今はおススメしないゼ!何故ならこの島国の連中が俺達を狩ろうと動き出したみたいだからなァ!!」
「何だと?」
男。ジャックの思いもよらない言葉。元H3050は思わず動きを止める。
「コイツはとある経路で手に入れた情報だガ、俺達脱獄者の多くがこの島国にいると合衆国の連中がここの政府に伝えたそうでナ。それでここの政府は協力関係となる【星団】に捕縛もしくは討伐の依頼を寄越したらしい」
「この国の【星団】…たしか、有名どころで予想するなら『フツノミタマ』だったか…そいつらが俺達を……」
「ああ、さらにはそこと繋がっている連中もダぜ…そいつらを交えて今包囲網を形成している最中らしい」
「包囲網か…」
全くもって無駄な事…そう驕るほど、元H3050の【星】歴は短くない。

【星】には拠点である【領域】や移動に使用する『無間回廊』等の別次元を使用する手段がいくつかある。脱獄故に【領域】は持っていない元H3050だが『無間回廊』は使用でき現にこれを使って日本までやって来た。
そのような別次元を利用し、遠隔地にまるで瞬間移動出来るような手段が存在するなら、逃げなくする包囲網なんて無意味とそう考えるだろう。
だが、そんな考えはすでに考慮され対策されての包囲網なのである。
物理的な部分の他、別次元を利用する手段もきっちりと抑えられている。
『無間回廊』を利用すれば行き先を取り上げられ、【領域】に逃げ込めば座標を特定される。そして即座に襲撃を受けるのである。逃げ続けようが容赦なく追撃され続けるようになり最終的には移動した先に待ち構えられるといったことになる。
寄せる波のように延々と襲撃者がやって来る状況。解かれるのは包囲している土台勢力全員の突破か標的全員の捕縛かそれだけ…。
それが【星】の包囲網である。
【星団】等の勢力同士でなら抜け道があるゆえに効力が薄いが、個人や複数名の徒党レベルを抑えるのにはこの上なく有用な手段である。

「しかし…こんな短時間で築くなんて一体どうやったんだ?」
「本来なら難しいだろうなァ…だがこの国には最古参で超有名な【銘付きヤツ】がいるダロ?あの愛国女が音頭を取ったのだろうサ」
「アレか…」
脳内に浮かぶ小憎らしい少女の姿。見聞だけだが、奴ならやりかねないと納得できる。
「『無間回廊』や【領域】を使わなけれバ、抜け出せないが特定はされない…だが、物理的には抜け出すことが出来ない。逆もまたダ…つまるところ俺達はこの辺鄙な極東の島国に閉じ込められたというわけダ」
「得るモノも無く…身動きすら取れない。この国に来たのは全くの無駄足どころか間違いだったというわけか…」
「まあそう思うのも無理はないだろうナ……ダ・カ・ラこそ俺達も徒党を組むべきじゃあネェカ?」
「成程…それで連合…か……」
合点がいった元H3050。
包囲網を破るには包囲している土台勢力全員の突破が必要となる。だが、それは個人では【銘付き】のような手練れと言えどほぼほぼ不可能だろう。
だからこそ同じ境遇にある者同士で一時的な協力を結ぼうというわけである。
「イェア!だが、半端な連中は足を引っ張るだけだから要らねェ。抜き打ち試験をして使える奴だけが要る奴ダ!」
「そして俺は合格か……」
「ソウイウワケダ、なぁここまで聞いてまだ心は動かねぇカイ?」
「…………」
黙り考える元H3050。
やがて何かを決めたようにジャックに尋ねる。
「二つ聞きたい」
「良いゼ」
「一つ目。その情報…嘘じゃあないだろうな?」
「ハァん勿論さァ!なんてったって俺は当事者、しかも超アウェー、ソレで数少ない味方に嘘を吐くメリットがどこに在るっていうんダ!?」
「一理ある。二つ目……その包囲網だが…連中の【なか】で有名どころはいるのか?」
「ああイルゼ…おそらくだが『フツノミタマ』と友好度の高い『創世神』って連中は確実に出てくる。『鬼神』に『爆炎』そして一般には知名度が皆無だが『龍王』…因みにそいつらが『東京変革』の際に現場にいた当事者どもダゼ…」
「そうか…」
笑みを浮かべた元H3050。この世界を変えてしまった連中と会えるのか…。
そう考えると脱獄の際と同じ得体の知れない興味というものがふつふつと湧き上がってきた。
「いいだろう。だったら俺もお前達の連合とやらに参加してやろう」
「イェア!そうこなくっちゃアナァ!!」
元H3050の回答に嬉しそうな表情を見せるジャック。手を掴むと無理矢理握手をした。
「OK!仲間の追加ダお前等!!」
ジャックのその言葉と同時に周囲に複数名の存在が現れる。
数にして3名、そのどれもが【星】であった。
「紹介するゼ!まずは厚着のコイツはタンドラ」
「よろぢく…」
蒸し暑いはずの気温なのにエスキモーのような極寒の衣服をまとった男。鼻声で応じる。
「次に燕尾服はスォー!もと従者バトラー!」
「ん、ん~よろしくお願いしますぞ!!」
収容者服をアンダーにしタキシードを着たオールバックの男。頭をかき上げるような格好のつけた姿勢で応じる。
「それでこの巨大ガラス玉のドロップ。こう見えても科学者らしい」
「…………」
巨大な黒の球体と白の手袋が一双浮いているという周囲の中で一際特異な容貌。その特異さの通り一切応じずに浮かんでいる。
「そして俺ジャック!以上が俺達連合の全構成員になるゼ!!」
「そうか…よろしく頼む……」
特に感情も感慨もない態度で応じる元H3050。仲間だが一時のものである。ただの利害と打算で組んでいるからそれで良い。
他のメンバーも同じ気持ちなのか彼のその態度に誰も気にしていない。
「おット、そういえばお前の名前を聞いていなかったゼ!お前は何て名前ダ?」
「そうか…そうだったな……」
とそこで何かが落ちる音が聞こえる。
音の方を見るとそこにはビジネススーツを着た女性がビルの窓から見下ろしていた。
「………ッ…私は…ただ……物音がしたから見ただけで…」
「ん、ん~それでも見られましたなぁ」
「………………」
「ヴんに食わん…よし殺ぞう…」
「ひぃいいいいいいいいいい~ッ!!?た、助けて!助けてぇ!!」
清々しいほどに即決したメンバー達。【星】の身体能力でビルの壁を楽々と登り窓に入っていく。
「仕方がねぇ奴らダ後カラ言っておくか…デ、お前の名は?」
「俺の名は………………」
「あひいいいいいいいいぃぃいい!!!あっアッアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」
窓から聞こえる女性の惨たらしい断末魔。
そんなこと興味が無いように元H3050はいつもの声色で名乗った。


「やっぱりこうなったか……」
そんな光景を見ていた者が実は運の悪い女性の他に実はもう一名。
彼らの気付かれないよう気配を極限まで殺し、眺めていた。
「さて…これなら俺はどうするかね…へヘッ………」
笑みを浮かべるもう一名。その身なりは彼らと同じ収容者服であった。

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