プライベート・スペクタル

点一

文字の大きさ
上 下
19 / 139
第二章

第九節

しおりを挟む
「しかし…私が言うのもなんですが、そのようなもので良かったのですか?」
「うぃ…好きなので……」
かくして見ず知らずの男性にご飯をご馳走してもらうことになったエイプリル。
夜の繁華街、数多の飲食店が並ぶなか彼女が選んだのは…コンビニで売られていた総菜コロッケであった。
購入し繁華街内にある公園へと向かう二人。どこか適当なベンチを見繕い座って食べ始める。
「…うぃ、おいしいです(もぐもぐ…)」
少し笑みを浮かべ食べ進めるエイプリル。大和と共に購入したものには劣るような気もするが、良しとして食べ進める。
「良い食べっぷりですね…こちらもご馳走したかいがあった」
「貴方は食べないのですか?」
「私は大丈夫ですよ…いえいえ満腹というわけでもコンビニのものだからという意味でもありません。しかし良かった…」
「何がです?」
「貴方がソレを口へ一口また一口と運ぶたびに私の中の罪悪感というモノが薄れていきますので…」
「…?(もぐもぐ)」
言葉の最後の部分が理解できなかったエイプリル。ぶつかって倒してしまったという事なのだろうかと勝手に解釈する。
「ああそういえば名乗っておりませんでしたね。私は太蔵たいぞう。フリーランスで仕事を請け負っている者です」
「うぃ…太蔵さん。エイプリルです」
「エイプリルさんですか……変わった名前ですね、ひょっとして海外の方ですか?でしたら日本語が大変にお上手で…」
「……う、うぃ…ありがとうございます」

ここまで語ることは無かったが【星】について一点。
彼、彼女ら【星】は覚醒の瞬間から言語の壁がというモノが完全に崩壊する。
例として日本人が日本語で英語圏の人間に話しかけ、相手が英語で応じたという仮定で考えるとしよう。
互いに言葉が通じることは無い状況、だがどちらか一方が【星】の場合、日本人には相手の英語が流暢な日本語に聞こえ、逆に英語圏の人間には日本語が流暢な英語のように聞こえる。
まるで映画の吹き替えのような、こちらがどんな言語を用いようと相手には通じるし相手もまた然りというわけである。

男性、太蔵の賛辞に何の労も得ずに身に付いたモノであるが故にエイプリル気マズイ表情で応じる。
「……しかし…何かあったのですか?貴方のような幼い娘がたった一人でこんな場所を歩き回るとは……」
「それは…何でもないです」
無関係な一般人であろう太蔵に【星】の事を言っても仕方がないと思うのと、本当に何もないのでそう返すエイプリル。
「そうですか」と太蔵も納得した。
「………良いですね…すごく良いですよ……」
また訳の分からないことを呟く太蔵。その言動に今になってエイプリルは気味の悪さのようなものを感じ始める。
(そういえば、この人の格好……特に外套部分なんてどこかで見たような……確か……師匠と戦った『爆炎』さんとよく似た…………ッツ!!?)
感じた感覚はどんどんと膨らんでいく。
そんなエイプリルに太蔵はずいっと顔を近づける。
「それではエイプリルさん。単刀直入によろしいですか?」
「う、うぃ……」
「今、この瞬間、貴方は一人でこの場所にやって来たのですねッ!?」
「そうですが………」
「周囲に知り合いは一人もいないという事ですねッ!?」
本当にマズイ……今になってわかる。

「『龍王』や『鬼神』はいないという事ですねッ!!?」

この男は【こちらがわ】の存在だと…。
そしてこんな状況で尋ねてくる以上、敵なのだと……。
「ッツ!?」
即座に距離を取るエイプリル。杖を構える。
だが、そんなエイプリルを見つつも彼は安堵の表情を浮かべる。
「ああ良かった…君のその言葉で肩の荷というモノが完全に降ろせたよ…あの怪物共と戦うなんて殊勝な蛮行『爆炎』がやればいい…ああ本当に良かった」
「貴方の目的は…一体どうして私に近づいたんです!?」
「話さないと駄目ですか?『爆炎』の言葉だけで敵だという事が分かるはずです……そして敵では……」
「【星具】ですか…」
「ええはい、そうですよ【星具】…そちらを寄越して下さい…それを簡単にするために『龍王』や『鬼神』ではなく弱い貴方を狙っているんですから………」
「……ッ…」
「しかし、本当に良かった。数時間前に起きた『爆炎』と『龍王』の戦い。そこで貴方の姿を目にし、突くならここだ…と即座に悟りました。ですが、かなりの時間待たなければ覚悟はしましたが…僅かな時間でマヌケにもノコノコ出て来て下さるとは……」
「という事はぶつかったのは……」
「ええはい勿論ワザと…ですよ……私の第一印象を良いモノにしたいということで罪滅ぼしのコロッケも奢らせていただきました」
「最低ですね……」
「ええはい…その言葉待ち望んでおりましたとも」
イヤらしい笑みを浮かべる太蔵。
(おそらく負ければ、【星具】を引き渡す為の交渉の材料に使われる…)
自分の軽率な行動でこんなピンチを招いてしまった事に歯噛みをするエイプリル。何としてもここで彼を倒さなければならなかった。
(ですが、今の未熟な私に可能なのでしょうか…?誰かが後ろで見守ってくれるはずもない、一対一の戦いが今回初めての私に……)
『大丈夫だ将軍……』
また聞こえた声。だが、そんな事よりも今は目の前の太蔵だとエイプリルは杖を固く握りしめる。
「ではでは」
楽しそうにそう言って外套の内から己が武器を取り出す太蔵。手にしたものはスコップまたはショベルと呼ばれる両手持ちの穴掘り用の用具であった。
「知っておりますか?昔の戦争で塹壕や穴倉の中で一番人を殺したのはこれなのですよ…とッ!!」
言ってエイプリルに向かう太蔵。【星】の超人的な脚力で弾むように高速で接近しスコップを振るう。
何とか杖で受けるエイプリル。だが、膂力や体格差により容易く吹き飛ばされる。
「あうッ!……んんん……」
ゴロゴロと転がるエイプリル。
何とか立ち上がるが、その時にはすでに太蔵が追撃の為に跳躍していた。
「シャァ!」
突き刺す様に振り下ろされるスコップ。エイプリルは後方に跳ぶ形で躱す。
すると地面に刺さった次の瞬間、刺さった地面に大穴が穿たれた。
半径1メートル程度。まるで文具のパンチで開けたようなキレイな穴である。
「コレは【演目】ですかッ!?」
「ええはい、そうですよッ!」

【演目】『掘っては潰すディグダグ

「私自慢のこのスコップ。コレで開けた穴を巨大化させる…それが私の【演目】『掘っては潰すディグダグ』ですッ!」
「無茶苦茶ですね…」
「ええはい…何も知らない第三者から見たらそうでしょう。ですが貴方は【星】。ならそのような感想は恥知らずと知りなさい」
「…考えておきましょう」
「まあそう悲観的にならないで良いですよ…人質にする故、致命傷とするような穴は空けませんし……それにこの柄に刻まれた傷の回数のみしか一日に使用出来ませんからね」
格下と戦闘しているという余裕か……はたまた優越感か、スコップを掲げながらそう高説を垂れる太蔵。それを聞かずにエイプリルは杖を振りかぶる。
「やぁああああああッ!」
杖を振るうエイプリル。だが、太蔵に易々と受け止められると逆に殴り飛ばされた。
「あうッ!」
「そんなか弱そうな悲鳴を上げないで下さい。まるでこちらが悪モノのように見えるじゃありませんか!」
「ううっ…」
「まあ…これ以上こちらに醜聞を広められても困りますからね……そろそろ終わりにしましょう」
未だ起き上がれないエイプリルに笑みを浮かべる太蔵。カラカラとスコップを引き摺り恐怖を煽りながら彼女の元まで歩く。
(やはり…勝てないのですか……このような輩が相手でも……)
蹲るエイプリル。自分の弱さを改めて自覚し、そして呪う。
そして呪いの後に出たのは謝罪の言葉であった。
(すみません師匠…門司さん…睦美さん……チェルシーさん……すみません、すみません……)
謝り続けるエイプリル。目をぎゅっと閉じる。
とその時……。
『…軍ッ…将軍ッ…!!』
何処からか聞こえる声。
三度聞こえた同じ声。はじめはおぼろげな声がどんどんと輪郭を帯びていく。
『聞こえるか!将軍ッ!!』
そしてはっきりと聞こえた時エイプリルは顔を上げた。
「一体誰です?……それより将軍とは……?」
『そんなことは後からいくらでも説明してやる。このまま呑気に問答していたら迫って来ている卑劣スコップにアンタはやられちまからな……それよりもまずはお願いがあるんだよ』
「うぃ……私に?…生憎ですが今は……」
『自分を卑下するな将軍!お願いと言っても至って簡単だ!一瞬で出来る!!』
「……でしたらどのような…?」
『叫べ!アンタが俺達を認識出来たという事は…頭の中にある言葉が浮かんだはずだ、その浮かんだ言葉を叫ぶんだッ!!』
「叫ぶだけ…ですか…?」
『ああ叫ぶだけだッ!それで今のクソッタレな状況を変えられるッ!!』
「叫ぶと今の状況が、どうにか…なるの…ですか?」
『どうにかなる。いや俺達がどうにかしてやる!』
「………うぃ…」

「おや動かなくなりましたね…申し訳ないですが死なないで下さいよ。人質としての価値が下がりますから…」
そうエイプリルの眼前まで迫った太蔵。引き摺っていたスコップをゆっくりと振り上げる。
「でしたらそろそろ……お終いですッ!!」
『叫べッ!』
「……ッ、来て下さい!『死せる忠臣達の影シャドウ・レギオン』ッッ!!」
叫ぶエイプリル。振り下ろされるスコップ。
だが、スコップはエイプリルの肉体に触れることなく動きを止めた。
「なッ!!?」
予想外の事態に初めて驚愕の声を上げた太蔵。
見るとスコップは何かに掴まれる形で止められており、その何かとはエイプリルの影から現れた手のようなものであった。
更にエイプリルの影から何かが現れる。
それは狗の顔であり、太蔵がそう認識した時には彼の手首へと噛みついていた。
「なあッ!!」
『GURUUUUUUUUUUU……!!』
唸り声をあげながら、噛みつく牙を緩めることが無い狗の顔。
逆に万力の如く力を込め、太蔵の手首を噛み千切った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いや、あんたらアホでしょ

青太郎
恋愛
約束は3年。 3年経ったら離縁する手筈だったのに… 彼らはそれを忘れてしまったのだろうか。 全7話程の短編です。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

ああ、もういらないのね

志位斗 茂家波
ファンタジー
……ある国で起きた、婚約破棄。 それは重要性を理解していなかったがゆえに起きた悲劇の始まりでもあった。 だけど、もうその事を理解しても遅い…‥‥ たまにやりたくなる短編。興味があればぜひどうぞ。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

(完結)私は家政婦だったのですか?(全5話)

青空一夏
恋愛
夫の母親を5年介護していた私に子供はいない。お義母様が亡くなってすぐに夫に告げられた言葉は「わたしには6歳になる子供がいるんだよ。だから離婚してくれ」だった。 ありがちなテーマをさくっと書きたくて、短いお話しにしてみました。 さくっと因果応報物語です。ショートショートの全5話。1話ごとの字数には偏りがあります。3話目が多分1番長いかも。 青空異世界のゆるふわ設定ご都合主義です。現代的表現や現代的感覚、現代的機器など出てくる場合あります。貴族がいるヨーロッパ風の社会ですが、作者独自の世界です。

処理中です...