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足元の影が少しずつ濃くなる。
川に行くと、時間が早いお陰で然程込み合っていなかった。だから、ゆっくりと流し、目を閉じお願いをしている人が多かった。
「待ってよ、ゴホッゴホッ」
「大丈夫?ほら手」
背後から可愛い子供の声が聞こえると、私達の横をすり抜け、5人の子供達が紙風船を持って川の側にやってきた。
「邪魔になるから、ダメでしょ!」
たぶんお母様だな。
怒鳴り声が聞こえたかと思う、私達の横に来た。
「すみません、子供たちが前に来てしまって、ほら、謝んな!」
「うえっこえっ!」
「おばちゃんこえーよ」
「ごめんなさい」
「すみません」
また、違うお母様がやってきた。
恐らく3つの家族が仲良しで一緒に祭りに来たのだろう。
「大丈夫ですよ、どうぞ」私。
「子供なのだから、当たり前です。俺達は後からでいいです」フィー
「そうね」カレン
意外にも2人は当然のように言うと、柔らかく微笑んだ。
「やった!!流そうよ!」
「ゴホッゴホッ、うん!」
1番小さな女の子が体調悪そうに咳を何度もしていたが、楽しそうに紙風船を皆と一生懸命に流そうとしていたが、体が小さく上手くバランスが取れないようだった。
見るとお母様達は楽しくお喋りしていた。
何処の世界も一緒ね。
「私が支えているから、流してみて」
「お嬢様!」
クルリの声にすぐに首を振った。
「黙ってて」
お母様達は話に夢中で聞こなかったようだ。
クルリの気持ちは分かる。私が手を差しだすには卑しい身分だ、と言っているのだ。
正直、この人達の身なりはかなりみすぼらしかった。私の知る平民とは、また違う、もっと生活が苦しい平民。
つまり、貧民街に住む民だ。
遠くから、もしくは馬車の中から見た事はあるが、こんなに間近で見た事はなかった。
恐らく、殿下への気持ちが消えなければ死ぬまで触れ合う事はなかっただろう。
私は、ヴェンツェル公爵家の令嬢であり、殿下の婚約者。
その立場は、いつも美しく、気品溢れ、誰よりも高潔でなければならない。
一挙一動を、全てに責任を持ち、殿下に相応しい女性でなければならない。
そんな私なら、この人達と同じ場所な居ることさえも、厭う気持ちで背けていただろう。
不思議ね。今は、逆に自分の知らない世界を知るべきだ、と思える。
「お姉ちゃん手伝ってくれるの?」
「うん、いいわよ」
その子の隣に座り、そっと体を触ると熱かった。
熱?だから咳をしているのだろうか?
「ありがとう!」
無邪気に答え、そっと紙風船を流した。
「おなかいっぱいご飯が食べれますように」
その子にとっては、いいえ、この子達にとっては、当たり前で、切実な願いなのだ。
ぐっと涙を我慢した。
「・・・叶えばいいね」
声が震えるのをどうにか誤魔化しながら座ったまま笑いかけた。
「でもね、1個は叶ったんだよ。紙風船がね流せたの。ごほっ、ごほっ。これお金がいるからっていっつも買って貰えなかったのに今年は、何だかと言う貴族の人がタダにしてくれたんだよ。ね、お兄ちゃん」
「そうだよ、あとは腹いっぱいご飯か食べれてたらいいんとけどな」
「うん、ゴホッゴホッゴホッゴホッ」
「大丈夫?熱があるんでしょ?」
咳でとても苦しそうになり、背中をさすってあげた。
「すみません、おいで」
お母様が手を差し出すと、抱っこされた。
「少し前から体調が悪くて、でも、紙風船だけは流したいと言う事聞かなくて来たんです。タダで紙風船が貰えるなんて初めてでさ、子供たちがどうしても行きたいと大騒ぎしたから、皆で来たんだ。次いつ流せるかわかんないからね」
いいえ、
また来年も流せますよ。
絶対にそうします。
「邪魔しましたね、どうぞ流してくださいよ。皆帰ろうか。さあ、アベル、お姉さんに挨拶しな」
アベルと呼ばれたその子は、ゴホッゴホッと咳をしながらも、手を振ってくれた。
「あ、あの、実は友達に貴族がいまして、露天で食べ切れないほどの食べ物を買ってしまったのです。残っているので貰ってくれませんか?」
小さい声でそっと囁いた。
「そんな、悪いよ」
そう言いながらも、声は嬉しそうだし、アベルは目をまん丸にして私を見た。
「皆さんで分けたら、差程量が無いかもしれませんが、私達では食べきれないの、逆に貰ってくれた方が助かります。カレン、いいでしょ?」
「いいわよ、スティング。どうせ、私は食べ切れないほど買った貴族の娘よ」
にっと笑うカレンの横をザンが静かにやってきた。
「これをどうぞ」
「いいのかい?」
「はい。その、お静かにお願いします。こういうのがあまり良くないのは分かっていますので」
「ああ、ありがとう。家に帰ってからゆっくり食べるよ」
「はい、お願いします。あと、クルリぬいぐるみを頂戴」
「はいおじょ、何でもありません!どうぞ」
「ありがとう」
よく、お嬢様、というのを我慢してくれたわね。
「これも、どうぞ」
「わあ!うさぎのぬいぐるみだ!」
「ダーツで取った大したものではないけど、良かったら貰って」
「いいの!?」
「いいのかい?」
「ええ。わたしが持っているのより大切にしてくれそうですもの」
「うん!やったあ!こんな綺麗なぬいぐるみ初めて貰った!!」
「なんだが悪いねえ」
さすがに申し訳なさそうにお母様が、何度も私とうさぎのぬいぐるみを見た。
どうにか、ぬいぐるみを返したそうだ。
食べ物だけでも十分になのに、それ以上望むのは気が引けるのだろう。
「これは返そう。お姉ちゃんに悪いだろ?」
「ヤダ!私が貰っ、ごほっごほっ!」
大声をあげたせいで咳が酷く出できたようだ。
「ほら、大声出すからだ」
すぐに背中をさするお母様に、私は皆に目配せし離れた。
「楽しんでくださいね」
あ、という顔をしたが、ここで声を上げるのは得策ではないと、頭を下げ、他の大人を呼び小さく話をする歩き出した。
静かに皆が私達に頭を下げ、その中でアベルが咳をしながらも一生懸命に手を振ってくれた。
「懸命な判断ね」
帰っていく背中を見ながら、カレンが悲しそうに呟いた。
昔、馬車の中から物乞い見た。
食べ物が欲しいのなら、差し上げたらいいのではないの?
可哀想だと思い、幼い頃私がそう言うと、お父様は静かに首を振られた。

一過性では意味は無い。それに、その者にお前が何かを与えたら、他の者も、お前に物乞いをしてくる。そうして、他の者がまた、物乞いにやってくる。お前は、次から次にやって来る誰もに、永遠に渡せるのか?それとも途中でやめて、貰えた者と貰えなかった者たちが争う種を撒いて去るか?
善意とは、難しいものだ。
だが、目を背けてはならない。

あの時のお父様の言葉がいつも心にあった。
カレンは色々な国を、いいや、帝国の方がより貧富の差は激しいだろうから、私よりも現状を知っているのだろう。
だから、懸命な判断と言ってくれたのだ。
この国に住みながら、私の方が知らない事が多いかもしれない。
「スティング、俺達も流そうぜ」
「そうね」

この国を、
私が、
少しでも変えて見せるわ。

強く願いながら、紙風船を流した。

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