目覚めた公爵令嬢は、悪事を許しません

さち姫

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第1部

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「あの、殿下。最近ご一緒に帰っておりません。今日はお忙しいですか?」
放課後急いで教室を出ようとする殿下に声をかけ、引き止めた。
「そうか?卒業パーティーの準備で忙しいんだ」
明らかに嫌そうに私を見ると、ため息を出した。
「でも、生徒会の仕事はもう終わってましたよね?3年生はもう何もする事はないと聞きました」
帰ろうとする殿下の袖を少しだけ掴むと、嫌がる素振りを見せた時に声がした。
「ガナッシュ!ごめん遅くなったわ。あら、スティングも帰る所?」
楽しそうな声と共に、殿下の腕に絡みながら、私の顔を見る。
ぐっと胸が痛くなる。
「レイン殿。殿下を学園内で愛称で呼ぶのは失礼にあたりますとお伝えしましたよね?」
「ええ?だってガナッシュがいいって言ったもん。ねえ?」
甘える声に殿下はレイン殿に微笑み、私には鋭い瞳を向けた。
「そうだ。私が許しているんだ。だが、レイン。もう少し小さな声で名前を呼ぶんだ。2人きりの時にと言っただろ?」
まるで恋人にでも言うような、いさめ方で囁いた。
2人きり?私が婚約者であるのに、そんな事を言うのですか?
私には1度も愛称で呼ぶことを許しもせず、そんな顔も見せたことがない。
「だってえ、ガナッシュはガナッシュでしょう?そんな面倒なこと出来ないよ。スティングが硬すぎるだよ。だって私達、生まれた時から一緒にいるんだよ。スティングよりもずぅぅぅぅっと仲良いのに、無理だよ、ねえ?」
この方は、無邪気な声にいつも剣を隠し、私の胸を突いてくる。
「レイン殿。前々から私の名も呼び捨てはおやめ下さいと忠告しております。周りに示しがつきません」
「スティングは硬すぎるよ」
「お前、レインをまた平民だと馬鹿にしているんだろ」
さすがに廊下で声を荒らげることはされなかったが、殿下は威圧のある声で私にぶつけた。
「いいえ、殿下。私はそのような事を口にしたことはありません」
「そんなにお前は平民を馬鹿にしたいのか?自分が公爵だからと言って高飛車なのだ。恥を知れ。レインは私の幼なじみ。そのレインを使って平民を馬鹿にするのはよせ」
「違います。私は平民を馬鹿にした事も、見下した事もありません。ですが、殿下を愛称で呼ぶ事も、私を呼び捨てで呼ぶ事が出来る人間はひと握りでございます。その方とレイン殿が同等に見られるのは、殿下にとっても差し障りが出て参ります」
「そ、それはそうだが・・・」
何故そんなに困惑した顔になるの?
考えればすぐに分かる事よ。
平民を馬鹿にする訳では無いが、平民のレインをそこまで特別扱いしてはいけないのよ。
「なによお。じゃあ私が、殿下、と呼ぶの?ガナッシュは、それがいいの?」
「それは嫌だ」
違うでしょ?
嫌だとかの問題ではないのよ。
もっと立場を考えて、と言っているのよ。そんな難しいことでは無いわ。
レインにも幾度も注意しているのに、理解して貰えない。
「だよねえ。だってさあ、ガナッシュとスティングは結婚するんでしょ?貴族だもんね。貴族には教育とか立場とか色々あるんだろうけど、私関係ないもん」
違うわ。
あなたがいるから殿下の評価が落ちていくのよ。
私は、
私の殿下を、
大切にしたいのよ!
「やだなあ、顔怖いよ。ねえ、帰ろうよ。今日は花屋によってくれる約束でしょ?」
殿下、卒業式の準備、と言われましたよね?
「ああ。そうだったな、レイン」
殿下、約束されているのですか?
「はあ、お前と言う奴は何故そんなに心が狭いんだ。レインのように優しくなれないのか?」
ちっ、と私に舌打ちしたが、直ぐに柔らかな顔になり、レイン殿を見た。
私の心が狭い?
私はこれ程までに殿下の事だけを想っているのに。
「もう、スティングを怒っちゃダメだよ。もともと狭い人なんだから」  
からかうつもりもなく、当然のように言う言葉が、私の胸を抉っていく。
「じゃあね、また明日ね。あ、そうか一緒に帰りたいんだよね?ガナッシュ、一緒に帰ってあげようよ。何か可哀想だよ。たまには3人で帰るのも楽しいかもよ」
とても楽しそうに微笑み、私を見ると、殿下の手と私の手を取り引っ張った。
寒気を感じすぐに払った。
「どうしたの?皆で帰った方が楽しいよ?」
意味がわからないと首を傾げるレイン殿に、湧き上がる感情を抑えるのに必死だった。
馬鹿じゃない?
この状況で三人で帰る?
殿下の嫌そうな顔を見たでしょ?
よく言えるわ!
「レインの優しい気持ちをこいつは嫌なんだとさ。2人で帰ろう」
「そう?スティング、帰りたい時は教えてね。ガナッシュに言ってあげるからね。じゃあね。ねえ、花屋の後はガナッシュの所に遊びに行ってもいい?」
「いいよ。帰りは送ってあげるよ」
教えてね。
言ってあげるから。
遊びに行ってもいい?
聞こえてくる2人の楽そうな内容に、我慢よ、とおまじないのように言う自分に笑いが出た。
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