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第六章
80. 儀式と魔王
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時は現代。リオーネと沢田ヨウトが引き起こした破壊と混沌の行進が終わった後。
魔族領へと向かっている龍の背に乗って、俺たちは破格のスピードで移動していた。
横には困惑した様子のクラスメイトたち。
躊躇なく同じクラスメイトである沢田ヨウトの首を刎ねた俺と、魔王であるレヴィオンに対し多少の恐怖を抱いているように見える。
親友であるトモヒサからは助けたことについて感謝を告げられた。
だが、懐かしい思い出話に花を咲かせるでもなくこの場には沈黙が漂っている。
俺たちが今乗っているこの龍は…ミルだ。
なんらかの手段によって俺がミルにかけた幻影変化輪の効果を解除され、シグルズによって操られている。
ヨウトは言っていた。
今この龍を操っているのは、死体ですら操れる特別性のシグルズだと。
だからもうミルの意識は完全にないのだろう。
この体を利用するのはミルを冒涜するようで気が引けるが、打つ手が無いのでこのままレヴィオンの指示に従っている他無い。
ヨウトが死んだとしてもヨウトが魔法で生み出したシグルズが消える事はなく、街への侵攻は止まっていない。
だがレヴィオンの魔法がその侵攻を食い止めている。
たった一人の魔法で、苦しめられた魔物による蹂躙が沈静化した。
王都に冒険者の増援が到着したことを差し引いても…レヴィオンは本当にうんざりほど規格外の魔法使いだ。
それはいいとしてレヴィオンは俺が渡した石板を照らし合わせて、実に神妙な顔をしている。
世界に散らばっている欠けた石板の数は全部で七枚。
既にレヴィオンは三枚を持っていたらしく、俺が渡した四枚で全て揃ってしまったらしいが、そこに書かれている内容は俺も気になっている。
フォーミュラやリリシアいわくベルフェリオ復活についての記述がなされているとのことだが…真相は不明だ。
俺たちをこの世界に召喚した『儀式』とやらを正しく行えば、俺たちではなくベルフェリオが召喚されたのか、それとも儀式なんてものがそもそも存在しないのか。
その真実が石板に書かれているのだとしたら、あのレヴィオンの神妙な表情も頷ける。
果たして何を知ってしまったのか?
──俺に問いただす資格は無い。
石板を読み解いた結果、レヴィオンは何に気づいたのか横にいたデューレに指示を出していた。
聞き耳を立てることで聞こえてきた言葉。それに俺は絶句する。
「今すぐ王都に戻って第一王子とその婚約者を連れてこい」という旨のことを話していた。
耳を疑った。だが神光支配を耳に集約させて底上げした聴力に偽りは無い。
第一王子、それは俺の友人、ヴィライダル=アルカイド。
確かにヴィライダルには婚約者がいると言っていた。
なぜ、石板にそんなことが書かれている?
石板が作られたと思われる三千年前にヴィライダルはいないはずだろう。
いや、王族に何かしらの秘密があるのか?
だとしたら何故現王のデュランダルではなくヴィライダルが指名された??
そして何故婚約者が?
わからないことばかりだ。
そしてレヴィオンの指示にデューレは面倒くさそうに眉を顰めながらも、龍の背を飛び降りて行ってしまった。
そういえばデューレは…リオーネを殺してリオーネの従者であるミラを貰う、などと言っていた。
それほどミラに思いを馳せていたらしい。
確かにミラは相当な美人だった。
この世界ではあまり見ない黒髪にミステリアスな雰囲気。
今は何処にいるのだろう。
まあそんなことはどうでもいい。
ベルフェリオ復活の鍵がヴィライダルとその婚約者にあるのだとしたら、既に俺たちは用済みなのではないか。
そんな曖昧な意識と、これから何が起こるかわからない漠然とした不安に苛まれながら俺は目的地への到着を待った。
しばらく龍の背に乗って魔族領の上空を旅したことで分かったことがある。
それは魔族領も亜人族領となんら変わることなく発展しているということだ。
これは偏見に過ぎないが、魔族領はもっと原始的な暮らしに従事しているのかと思っていた。
というのも魔族領には冒険者ギルドがなく、馬車によって整備された道もないと聞いていたからだ。
しかし実際は美しい田園風景や、ヴァレットのような整った都市風景が広がっていた。
ハーマゲドンの谷によって隔てられていたがゆえに魔族領へ訪れることはなかったが、こうして見てみるともっとゆっくり旅をしてみたかったと思う。
「あれが私の住んでいる城よ」
レヴィオンが示す先を見ると、確かに目を凝らした先に巨大な城が見えた。
今にも崩れそうな崖の上。なんでそんな所に作ったんだと言わざるを得ないような場所にその城はある。
何年前に造られたかわからないその外装は赤茶けているし、天高く聳え立つ容貌は威圧感を醸し出しているし、まさしく『魔王城』と言うべき外見をしている。
そこにはすぐに到着した。
「降りなさい」
龍は魔王城のすぐ横に着陸し、レヴィオンに降りるよう促される。俺は従うまでも無くすぐに飛び降りた。
クラスメイトたち九人も、不服そうな顔をしながらもレヴィオンの指示に従って龍の背を降りている。
傲慢で無知蒙昧だったクラスメイトたちは、先の戦いで自分たちがいかに愚かで実力不足だったのか気づいたようだ。
特にヒナコに関しては気の落ちようが甚だしい。
強気な態度がすっかり引っ込んでしまい、借りてきた猫のように一言も喋らなくなってしまった。
レイたち三人組もレヴィオンの威圧的な視線を当てられて意気消沈している。
全くらしくないと言えばらしくないのだが、出しゃばられても迷惑なのでそれでいい。
俺たち全員が龍の背から降りたことを確認したのか、このタイミングで魔王城から現れた影が二人。
一人は獅子のような顔をした亜人、そしてもう一人は白く長い顎髭を指で撫でながら歩く老人。
両者はどちらも魔族だった。
溢れる強者のオーラ。
おそらくあの二人は…魔王護六将校で間違いない。
だとしたら、あのどちらかが…リリシアを殺したレオールド=ダフレイアムだということ。例えそれが判明したとしたとしても怒りを抑えなければならない。
その二人に対してレヴィオンは、
「レストア、私は少し休憩する。コイツらを儀式の間に連れて行って。もしコイツらが妙な真似をするようだったら…殺してしまっても構わない」
陰惨にそう言い放った。
『儀式の間』。
実に耳を塞ぎたくなるような響きだった。
わざわざ俺たちに聞こえるように言ってきたのは何か意味があるのだろうか。
そんな言葉を聞いてしまったら、抵抗したくなるのは当たり前だ。
しかし俺はレヴィオンがこれから行おうとしている『真の儀式』の詳細を推測できている。
──加護持ち七人を使った、死者蘇生の儀式。
レヴィオンは魔物を生み出す紋章魔法を持つ、人間のベルフェリオを復活させようとしている。
人間ならばもう既に死んでいるはずであり、それを復活させるには蘇生する他ない。
そもそも『死者蘇生』などという、それこそ神ですら成し得ないような事をできるのかという疑問はある。
だが、その可能性は様々な場所で示唆されてきた。
中でも俺が確信へと至ったのは、リリシアの日記を読んでからだ。
あの日記には断片的にだが、死者蘇生させる何かが存在する可能性は高いと綴られていた。
リリシアはベルフェリオを復活させまいと動く中で、辿り着いたのだ。
もちろん、その死者蘇生の儀式が加護持ち七人を使えば出来るというのは、ただの推測だ。
石板に書かれていることこそが、ベルフェリオ復活の鍵を握っていることも知っている。
石板を読み取ったレヴィオンは、デューレにヴィライダルを連れてくるよう指示した。
もしかしたら、石板に書かれていた儀式には、加護持ちの他に王家の血を注ぐ者の存在も必要なのかもしれない。
いずれにせよ、儀式の間とやらにはハザンやフォーミュラなどの見知った顔がいる事だろう。だとしたら少し楽しみなまである。
ん、待てよ?だとしたらもう既に俺以外の加護持ち全員を集め終わったというのか?
それはおかしい。
そう思う根拠となる疑問は──、
ミレルの森奥地で俺に原初樹の結晶を託してくれたロローの加護持ち、カーミュラも捕えたのか?ということだ。
不自然だ。何故、どうやって見つけたんだ。カーミュラはフォーミュラと違って魔法によってレヴィオンに干渉し逆探知されたなんてことはないはず。
カーミュラは殆ど街にも出ていないらしいし、何の情報も無しに見つけたのだとしたら意味がわからない。
いや……フォーミュラを拷問するなりなんなりして『千里眼』の力を使わせれば可能か。
最悪な想像が脳裏をよぎる。
カーミュラを見つけた方法としてはそれで間違いないだろう。
いや、フォーミュラは例え拷問されたとしてもあの性格からして仲間を売る様な行為をしたとは思えない。
ひとまずはレストアと呼ばれた老魔族について行くことにしよう。真実はいずれ分かるはずだ。
案内されて入った魔王城の内部は外見に反して意外にも綺麗だった。
メイドや執事といった雑事を任せられている人の様子は見えない。
きっとこのレストアと呼ばれたいかにもレヴィオンの第一従者と思しき老人がこの城を管理して綺麗にしているのだろう。
流石にこの城のサイズゆえ一人で管理していることは無いと思うが、そう思ってしまうほどにレストアの背中からはこの城に対する自信のようなものが伺えた。
しばらく歩いた先。
レストアはある扉の前で止まり、口を開いた。
「この先にはワタルのみが付いて来い。その他はそこで待機していろ」
レストアの口調は、好々爺のような見た目に反して強いものだった。
まるで俺に対して向ける強い蔑視…いや嫉妬のような感情をわざと見せている様に思える。
その正体はわからない。
だが、レヴィオンが絡んでいるのは間違いないだろう。
それを指摘する事なく、俺はレストアの指示に従い扉の先に向かうことにする。
こんな廊下の真ん中で放置されたクラスメイトたちは実に不服そうだったが、その内心は儀式という言葉を聞いたことで怖気付いたのか、逆に扉の向こうに行かなくて済むといった安堵の方が大きいような気もした。
俺も不安がないと言ったら嘘になる。
だが、この扉の向こうに知り合い含む加護持ち六人が待機しているという期待に比べたら大したものではない。
──開け放つ。
空気が変わった。
瞬時に鼻を通り抜ける土の匂い。
扉の先に広がっていたのは実に不気味な光景だった。
八畳ほどの小部屋。その中央に存在する血の様に赤いインクで描かれた五芒星の魔法陣。
その周囲には眠らされていると思われる六人の加護持ちたちが──、
「…アーラヤ⁉︎」
俺は転がる六人を見て、驚愕を隠せなかった。
加護持ちたちは…一人を除いて俺の知り合いだった。
サティス、アーラヤ、ハザン、カーミュラ、フォーミュラ。
俺はそこまでこの世界で交友関係が広かったわけではないが、そこには見知った顔ばかりがあった。
サティス、ハザン、カーミュラ、フォーミュラに関しては予想通りだったが実際はどうだろう。
まさかアーラヤもいるなんて。
いったいどうやって突き止めたのだ。
これが俺の中にある疑問の中で今一番大きなもの。
考えられる可能性はやはり千里眼。
しかし千里眼は三人しか対象を指定出来ないため違う。
レヴィオンの部下にそう言った探知に長けた魔法を使える者がいるとみて良さそうだ。
それにしても…会いたかった。フォーミュラ。
サティスやカーミュラよりも誰よりも早く、俺はフォーミュラの元へ駆け寄った。
俺がこの世界に来てからすぐ、一ヶ月もの間お世話になった人物。
レヴィオンの襲撃に遭いもう二度と会うことは出来ないと思っていた人物。
そんなフォーミュラが、今目の前で眠っている。
相変わらずの美しい銀髪。あまり物を食べてない事はわかるのに艶やかな肌。
こうしてみると、まるで人形の様な美しさを感じる。
「余計な事はするなよ」
フォーミュラの頬に触れたことでレストアに釘をさされる。
確かに、今この場には儀式を行えるだけの人材と環境が揃っているということになる。
もしも俺がこの五芒星の魔法陣の上で何かしらのアクションをとれば、意図せず儀式が始まってしまうかもしれない。
俺は邪な好奇心を押さえつけながら、この部屋にレヴィオンが訪れるのを待った。
俺が儀式の部屋に入ってから数分経った頃だろうか。
閉じられていた扉がゆっくりと開き、綺麗な銀の長髪を揺らしながらレヴィオンが入ってきた。
その姿を見て、俺は首を傾げる。
レヴィオンは着替えていたのだが、何故か俺の学校の制服を来ていた。というかあれは俺の制服だ。
確か俺の制服はフォーミュラの隠れ家でレヴィオンの魔法によって焼かれたはずだが…もしかしてレヴィオンは隠れ家を破壊する前に回収していたのか?
ありえる。というか確信できる。
古代の代理人の本拠地で魔王護六将校であるチェシャと戦った時、チェシャはフォーミュラが作った武器を使っていた。
ということはやはりレヴィオンが制服然り破壊する前にフォーミュラの隠れ家にあったものを拝借したに他ならないのだ。
にしても……
「なんでそんな格好してるんだ?」
聞かずにはいられない。
この緊迫した状況でこの格好。
本人にとっては至って真面目なのかもしれないが、俺にとってはふざけているようにしか思えない。
「あら?ワタルの世界でこれは正装なのでしょう?私は今から神聖な儀式を行う。身だしなみを整えるのは当然のことよ」
「そ、そうか…」
ひとまずは納得の出来そうな?正論を言われ引き下がる。
今から何が行われるか全くわからないというのに、どこか気が抜けてしまった。
外で待機しているレストアが扉を閉め、この場には加護持ち六人と俺、そしてレヴィオンが残る。他の加護持ちたちは意識が無いようだし、気まずい。
そういえばレストアの横にいた獅子顔の魔族。
彼には訳がわからないほどの殺意を向けられた。
もしも彼がレオールドなら殺意を向けたいのは俺のほうなのだが、真意を聞きそびれたな。まあいい。
「緊張しているの?」
周囲をキョロキョロと見回していた俺を見て、ふとレヴィオンがそんな事を尋ねてきた。
確かに全く緊張していないと言ったら嘘になる。
正直俺が今からどんな行動をすべきなのか、正解はまるでわかっていない。
──いや、正解はある。たった一つの正解が。
目の前にいるこの魔王を殺す。
殺した上で日本に戻る方法を探す。
それが唯一の正解…のはずだ。
だが何故だろう。
今それをしてしまえば俺が今まで築き上げてきたもの全てが悉く瓦解するような、そんな予感がしている。
しかし…そんな予感に反して俺の中に宿るリレイティアの意志が、これでもかと心の中で警鐘を鳴らしていた。
──早く、目の前の魔王を殺せ。
ベルフェリオを復活させてしまう前に、殺してしまえ。
そう訴えかけてきている。
やはり、ここでレヴィオンを殺すべきだ。
制約によって操られている俺の精神が肉体に命令を出して…意図せず腰に差した神々封殺杖剣に手が伸びてしまう──
そんな時だった。
レヴィオンがふと懐かしむように俺の顔を見つめ、口を開いた。
「私を殺したい気持ちは理解できる。リレイティアに感情を制限されているのでしょう?それを差し置いてもワタルの母親をこの世界に召喚したのは私だし、ワタルの母親を殺してしまったのも私。本当に憎いでしょう?」
まるで殺意を促すかのような、レヴィオンの発言。
しかし…ミルを殺された時古代の代理人に対して込み上げた殺意の方がよっぽど濃厚だった。
冷静に考えて俺がレヴィオンを殺す理由は…母親を殺されたことだけ。
しかし俺の母親は物心つく前から俺の前からいなかった。
それが俺の殺意を曖昧なものにしてしまっている。
いや、おかしい。
もっと明確なレヴィオンに対する敵意と殺意が俺の中で煮え滾っていたはずだ。
言葉にできないが、それは圧倒的に俺の脳を支配していたはずだ。
……リレイティアの制約の力が…弱まっているのか?
俺は問う。
「もう既に儀式は始まっているのか?」
儀式は神々の次元に干渉するもの。
その間神々からの干渉が弱まる可能性は十分にある。
「バレていたのね。リレイティアの加護持ちであるワタルがその魔法陣の上まで行けば、儀式は完成する。移動しなさい?」
レヴィオンは本心なのかわからないが優しげに微笑んで言った。
まるで今までの冷徹なレヴィオンとは思えない、まるで別人のような微笑みだ。そのギャップから感じる不気味さに身慄いする。
「儀式ってのは、石板に書かれていたのか?」
俺がこの世界に召喚された時同様、まるで魂を抜き取られるかのような眠気に襲われながらも尋ねる。
俺はまだ魔法陣の外に立っているが、どうやらこの部屋にいるだけで儀式は進展してしまっていたらしい。
頼む、あと一つの質問の答えをレヴィオンから聞き出すまでもってくれ俺の意識よ。
レヴィオンが素直に答えてくれるとも限らないのだが──、
「違うわ。石板に書かれていたのは、『ベルフェリオを復活させる方法』だった」
素直に答えてくれた。
が、その答えに俺の疑問は加速するばかりだ。再度問う。
「は…?じゃあ今行われてる儀式ってのは、ただ神々の次元に干渉するだけなのか?」
「違う。今から行うのは…『仇を討つ』ための儀式よ」
「どういうことだ?」
意味がわからなすぎて、脳が理解を拒んで、目がすっかり冴えてしまった。
いや、実際侵食するような眠気が無くなっている。
…レヴィオンが儀式を解いた?
いや、レヴィオンが何かしらのアクションを取った様子は見えなかったし…そもそも儀式は途中で止めれるようなものではないはず。
そんな俺の推測をすぐにレヴィオンが否定した。
「そうね。少し私のことを話しましょうか。今の私は『レヴィオンであってレヴィオンではない』。安心して、儀式は中断したわ。長話をするだけの時間はある」
「儀式を中断って、そんなことできるのか」
「ええ。儀式を行うには魔法陣に魔力を注ぎ続けなければならないの。魔力を途切れさせれば、儀式は中断されるわ」
次から次へと質問が湧いて出てくるが、何から聞いていいのかわからない。
とりあえず今のうちなら何でも話してくれそうなレヴィオンに向けて、思いついた疑問を口に出す。
「そんなこと教えてくれていいのか?もし俺がお前の代わりに魔力を注ぎこめば…」
「だってワタルには魔力がないじゃない」
「いや、神々封殺杖剣の魔力を使えば…」
「無駄よ。神の魔力を注ぎ込んだところで儀式は進行しないわ」
「…そうかよ、じゃあお前は紋章を展開せずに魔力を注いだっていうのか?」
ポーションを作る際など、物に自身の魔力を注ぐには紋章を展開しなければならない。
この魔法陣でも同じはずだ。
しかしレヴィオンは紋章を展開していない。…まさかとは思うが──、
「私は無顕現行使という体質。それが理由よ」
「……」
そのまさかだった。
紋章魔法の無顕現行使。
紋章を展開しなくても魔法を扱える逸材。チェシャやサクラなんかがそうだった。
魔王であるレヴィオンがその体質であるというのも納得できなくはないが、何故今まで魔法を使う時にわざわざ紋章を展開していたんだ?
腑に落ちない。
俺は沈黙した。
「ひとまず、ワタル。私の話を聞いて頂戴?その上で…本当に私の邪魔をするかどうか考えて。私は貴方を殺せない、殺したくないの。それが…私が貴方の母親、ミサキとした最初で最後の約束なのだから」
「…わかった」
その美貌で懇願するように見つめられてしまっては、否定の言葉を口にするのは難しい。
それよりも、何故レヴィオンがベルフェリオを復活させようとしているのか。
その最も気になっていた重要な話を、自分からしてくれるとのことだから否定するのは愚策でしかない。
殺意も敵意もレヴィオンに向ける感情何もかもを一度懐にしまいこむ。
こうしてレヴィオンは自分の過去と正体について、淡々と語り始めた。
俺はその衝撃的で理解し難い真実を、噛み締めるように聞き続けた。
魔族領へと向かっている龍の背に乗って、俺たちは破格のスピードで移動していた。
横には困惑した様子のクラスメイトたち。
躊躇なく同じクラスメイトである沢田ヨウトの首を刎ねた俺と、魔王であるレヴィオンに対し多少の恐怖を抱いているように見える。
親友であるトモヒサからは助けたことについて感謝を告げられた。
だが、懐かしい思い出話に花を咲かせるでもなくこの場には沈黙が漂っている。
俺たちが今乗っているこの龍は…ミルだ。
なんらかの手段によって俺がミルにかけた幻影変化輪の効果を解除され、シグルズによって操られている。
ヨウトは言っていた。
今この龍を操っているのは、死体ですら操れる特別性のシグルズだと。
だからもうミルの意識は完全にないのだろう。
この体を利用するのはミルを冒涜するようで気が引けるが、打つ手が無いのでこのままレヴィオンの指示に従っている他無い。
ヨウトが死んだとしてもヨウトが魔法で生み出したシグルズが消える事はなく、街への侵攻は止まっていない。
だがレヴィオンの魔法がその侵攻を食い止めている。
たった一人の魔法で、苦しめられた魔物による蹂躙が沈静化した。
王都に冒険者の増援が到着したことを差し引いても…レヴィオンは本当にうんざりほど規格外の魔法使いだ。
それはいいとしてレヴィオンは俺が渡した石板を照らし合わせて、実に神妙な顔をしている。
世界に散らばっている欠けた石板の数は全部で七枚。
既にレヴィオンは三枚を持っていたらしく、俺が渡した四枚で全て揃ってしまったらしいが、そこに書かれている内容は俺も気になっている。
フォーミュラやリリシアいわくベルフェリオ復活についての記述がなされているとのことだが…真相は不明だ。
俺たちをこの世界に召喚した『儀式』とやらを正しく行えば、俺たちではなくベルフェリオが召喚されたのか、それとも儀式なんてものがそもそも存在しないのか。
その真実が石板に書かれているのだとしたら、あのレヴィオンの神妙な表情も頷ける。
果たして何を知ってしまったのか?
──俺に問いただす資格は無い。
石板を読み解いた結果、レヴィオンは何に気づいたのか横にいたデューレに指示を出していた。
聞き耳を立てることで聞こえてきた言葉。それに俺は絶句する。
「今すぐ王都に戻って第一王子とその婚約者を連れてこい」という旨のことを話していた。
耳を疑った。だが神光支配を耳に集約させて底上げした聴力に偽りは無い。
第一王子、それは俺の友人、ヴィライダル=アルカイド。
確かにヴィライダルには婚約者がいると言っていた。
なぜ、石板にそんなことが書かれている?
石板が作られたと思われる三千年前にヴィライダルはいないはずだろう。
いや、王族に何かしらの秘密があるのか?
だとしたら何故現王のデュランダルではなくヴィライダルが指名された??
そして何故婚約者が?
わからないことばかりだ。
そしてレヴィオンの指示にデューレは面倒くさそうに眉を顰めながらも、龍の背を飛び降りて行ってしまった。
そういえばデューレは…リオーネを殺してリオーネの従者であるミラを貰う、などと言っていた。
それほどミラに思いを馳せていたらしい。
確かにミラは相当な美人だった。
この世界ではあまり見ない黒髪にミステリアスな雰囲気。
今は何処にいるのだろう。
まあそんなことはどうでもいい。
ベルフェリオ復活の鍵がヴィライダルとその婚約者にあるのだとしたら、既に俺たちは用済みなのではないか。
そんな曖昧な意識と、これから何が起こるかわからない漠然とした不安に苛まれながら俺は目的地への到着を待った。
しばらく龍の背に乗って魔族領の上空を旅したことで分かったことがある。
それは魔族領も亜人族領となんら変わることなく発展しているということだ。
これは偏見に過ぎないが、魔族領はもっと原始的な暮らしに従事しているのかと思っていた。
というのも魔族領には冒険者ギルドがなく、馬車によって整備された道もないと聞いていたからだ。
しかし実際は美しい田園風景や、ヴァレットのような整った都市風景が広がっていた。
ハーマゲドンの谷によって隔てられていたがゆえに魔族領へ訪れることはなかったが、こうして見てみるともっとゆっくり旅をしてみたかったと思う。
「あれが私の住んでいる城よ」
レヴィオンが示す先を見ると、確かに目を凝らした先に巨大な城が見えた。
今にも崩れそうな崖の上。なんでそんな所に作ったんだと言わざるを得ないような場所にその城はある。
何年前に造られたかわからないその外装は赤茶けているし、天高く聳え立つ容貌は威圧感を醸し出しているし、まさしく『魔王城』と言うべき外見をしている。
そこにはすぐに到着した。
「降りなさい」
龍は魔王城のすぐ横に着陸し、レヴィオンに降りるよう促される。俺は従うまでも無くすぐに飛び降りた。
クラスメイトたち九人も、不服そうな顔をしながらもレヴィオンの指示に従って龍の背を降りている。
傲慢で無知蒙昧だったクラスメイトたちは、先の戦いで自分たちがいかに愚かで実力不足だったのか気づいたようだ。
特にヒナコに関しては気の落ちようが甚だしい。
強気な態度がすっかり引っ込んでしまい、借りてきた猫のように一言も喋らなくなってしまった。
レイたち三人組もレヴィオンの威圧的な視線を当てられて意気消沈している。
全くらしくないと言えばらしくないのだが、出しゃばられても迷惑なのでそれでいい。
俺たち全員が龍の背から降りたことを確認したのか、このタイミングで魔王城から現れた影が二人。
一人は獅子のような顔をした亜人、そしてもう一人は白く長い顎髭を指で撫でながら歩く老人。
両者はどちらも魔族だった。
溢れる強者のオーラ。
おそらくあの二人は…魔王護六将校で間違いない。
だとしたら、あのどちらかが…リリシアを殺したレオールド=ダフレイアムだということ。例えそれが判明したとしたとしても怒りを抑えなければならない。
その二人に対してレヴィオンは、
「レストア、私は少し休憩する。コイツらを儀式の間に連れて行って。もしコイツらが妙な真似をするようだったら…殺してしまっても構わない」
陰惨にそう言い放った。
『儀式の間』。
実に耳を塞ぎたくなるような響きだった。
わざわざ俺たちに聞こえるように言ってきたのは何か意味があるのだろうか。
そんな言葉を聞いてしまったら、抵抗したくなるのは当たり前だ。
しかし俺はレヴィオンがこれから行おうとしている『真の儀式』の詳細を推測できている。
──加護持ち七人を使った、死者蘇生の儀式。
レヴィオンは魔物を生み出す紋章魔法を持つ、人間のベルフェリオを復活させようとしている。
人間ならばもう既に死んでいるはずであり、それを復活させるには蘇生する他ない。
そもそも『死者蘇生』などという、それこそ神ですら成し得ないような事をできるのかという疑問はある。
だが、その可能性は様々な場所で示唆されてきた。
中でも俺が確信へと至ったのは、リリシアの日記を読んでからだ。
あの日記には断片的にだが、死者蘇生させる何かが存在する可能性は高いと綴られていた。
リリシアはベルフェリオを復活させまいと動く中で、辿り着いたのだ。
もちろん、その死者蘇生の儀式が加護持ち七人を使えば出来るというのは、ただの推測だ。
石板に書かれていることこそが、ベルフェリオ復活の鍵を握っていることも知っている。
石板を読み取ったレヴィオンは、デューレにヴィライダルを連れてくるよう指示した。
もしかしたら、石板に書かれていた儀式には、加護持ちの他に王家の血を注ぐ者の存在も必要なのかもしれない。
いずれにせよ、儀式の間とやらにはハザンやフォーミュラなどの見知った顔がいる事だろう。だとしたら少し楽しみなまである。
ん、待てよ?だとしたらもう既に俺以外の加護持ち全員を集め終わったというのか?
それはおかしい。
そう思う根拠となる疑問は──、
ミレルの森奥地で俺に原初樹の結晶を託してくれたロローの加護持ち、カーミュラも捕えたのか?ということだ。
不自然だ。何故、どうやって見つけたんだ。カーミュラはフォーミュラと違って魔法によってレヴィオンに干渉し逆探知されたなんてことはないはず。
カーミュラは殆ど街にも出ていないらしいし、何の情報も無しに見つけたのだとしたら意味がわからない。
いや……フォーミュラを拷問するなりなんなりして『千里眼』の力を使わせれば可能か。
最悪な想像が脳裏をよぎる。
カーミュラを見つけた方法としてはそれで間違いないだろう。
いや、フォーミュラは例え拷問されたとしてもあの性格からして仲間を売る様な行為をしたとは思えない。
ひとまずはレストアと呼ばれた老魔族について行くことにしよう。真実はいずれ分かるはずだ。
案内されて入った魔王城の内部は外見に反して意外にも綺麗だった。
メイドや執事といった雑事を任せられている人の様子は見えない。
きっとこのレストアと呼ばれたいかにもレヴィオンの第一従者と思しき老人がこの城を管理して綺麗にしているのだろう。
流石にこの城のサイズゆえ一人で管理していることは無いと思うが、そう思ってしまうほどにレストアの背中からはこの城に対する自信のようなものが伺えた。
しばらく歩いた先。
レストアはある扉の前で止まり、口を開いた。
「この先にはワタルのみが付いて来い。その他はそこで待機していろ」
レストアの口調は、好々爺のような見た目に反して強いものだった。
まるで俺に対して向ける強い蔑視…いや嫉妬のような感情をわざと見せている様に思える。
その正体はわからない。
だが、レヴィオンが絡んでいるのは間違いないだろう。
それを指摘する事なく、俺はレストアの指示に従い扉の先に向かうことにする。
こんな廊下の真ん中で放置されたクラスメイトたちは実に不服そうだったが、その内心は儀式という言葉を聞いたことで怖気付いたのか、逆に扉の向こうに行かなくて済むといった安堵の方が大きいような気もした。
俺も不安がないと言ったら嘘になる。
だが、この扉の向こうに知り合い含む加護持ち六人が待機しているという期待に比べたら大したものではない。
──開け放つ。
空気が変わった。
瞬時に鼻を通り抜ける土の匂い。
扉の先に広がっていたのは実に不気味な光景だった。
八畳ほどの小部屋。その中央に存在する血の様に赤いインクで描かれた五芒星の魔法陣。
その周囲には眠らされていると思われる六人の加護持ちたちが──、
「…アーラヤ⁉︎」
俺は転がる六人を見て、驚愕を隠せなかった。
加護持ちたちは…一人を除いて俺の知り合いだった。
サティス、アーラヤ、ハザン、カーミュラ、フォーミュラ。
俺はそこまでこの世界で交友関係が広かったわけではないが、そこには見知った顔ばかりがあった。
サティス、ハザン、カーミュラ、フォーミュラに関しては予想通りだったが実際はどうだろう。
まさかアーラヤもいるなんて。
いったいどうやって突き止めたのだ。
これが俺の中にある疑問の中で今一番大きなもの。
考えられる可能性はやはり千里眼。
しかし千里眼は三人しか対象を指定出来ないため違う。
レヴィオンの部下にそう言った探知に長けた魔法を使える者がいるとみて良さそうだ。
それにしても…会いたかった。フォーミュラ。
サティスやカーミュラよりも誰よりも早く、俺はフォーミュラの元へ駆け寄った。
俺がこの世界に来てからすぐ、一ヶ月もの間お世話になった人物。
レヴィオンの襲撃に遭いもう二度と会うことは出来ないと思っていた人物。
そんなフォーミュラが、今目の前で眠っている。
相変わらずの美しい銀髪。あまり物を食べてない事はわかるのに艶やかな肌。
こうしてみると、まるで人形の様な美しさを感じる。
「余計な事はするなよ」
フォーミュラの頬に触れたことでレストアに釘をさされる。
確かに、今この場には儀式を行えるだけの人材と環境が揃っているということになる。
もしも俺がこの五芒星の魔法陣の上で何かしらのアクションをとれば、意図せず儀式が始まってしまうかもしれない。
俺は邪な好奇心を押さえつけながら、この部屋にレヴィオンが訪れるのを待った。
俺が儀式の部屋に入ってから数分経った頃だろうか。
閉じられていた扉がゆっくりと開き、綺麗な銀の長髪を揺らしながらレヴィオンが入ってきた。
その姿を見て、俺は首を傾げる。
レヴィオンは着替えていたのだが、何故か俺の学校の制服を来ていた。というかあれは俺の制服だ。
確か俺の制服はフォーミュラの隠れ家でレヴィオンの魔法によって焼かれたはずだが…もしかしてレヴィオンは隠れ家を破壊する前に回収していたのか?
ありえる。というか確信できる。
古代の代理人の本拠地で魔王護六将校であるチェシャと戦った時、チェシャはフォーミュラが作った武器を使っていた。
ということはやはりレヴィオンが制服然り破壊する前にフォーミュラの隠れ家にあったものを拝借したに他ならないのだ。
にしても……
「なんでそんな格好してるんだ?」
聞かずにはいられない。
この緊迫した状況でこの格好。
本人にとっては至って真面目なのかもしれないが、俺にとってはふざけているようにしか思えない。
「あら?ワタルの世界でこれは正装なのでしょう?私は今から神聖な儀式を行う。身だしなみを整えるのは当然のことよ」
「そ、そうか…」
ひとまずは納得の出来そうな?正論を言われ引き下がる。
今から何が行われるか全くわからないというのに、どこか気が抜けてしまった。
外で待機しているレストアが扉を閉め、この場には加護持ち六人と俺、そしてレヴィオンが残る。他の加護持ちたちは意識が無いようだし、気まずい。
そういえばレストアの横にいた獅子顔の魔族。
彼には訳がわからないほどの殺意を向けられた。
もしも彼がレオールドなら殺意を向けたいのは俺のほうなのだが、真意を聞きそびれたな。まあいい。
「緊張しているの?」
周囲をキョロキョロと見回していた俺を見て、ふとレヴィオンがそんな事を尋ねてきた。
確かに全く緊張していないと言ったら嘘になる。
正直俺が今からどんな行動をすべきなのか、正解はまるでわかっていない。
──いや、正解はある。たった一つの正解が。
目の前にいるこの魔王を殺す。
殺した上で日本に戻る方法を探す。
それが唯一の正解…のはずだ。
だが何故だろう。
今それをしてしまえば俺が今まで築き上げてきたもの全てが悉く瓦解するような、そんな予感がしている。
しかし…そんな予感に反して俺の中に宿るリレイティアの意志が、これでもかと心の中で警鐘を鳴らしていた。
──早く、目の前の魔王を殺せ。
ベルフェリオを復活させてしまう前に、殺してしまえ。
そう訴えかけてきている。
やはり、ここでレヴィオンを殺すべきだ。
制約によって操られている俺の精神が肉体に命令を出して…意図せず腰に差した神々封殺杖剣に手が伸びてしまう──
そんな時だった。
レヴィオンがふと懐かしむように俺の顔を見つめ、口を開いた。
「私を殺したい気持ちは理解できる。リレイティアに感情を制限されているのでしょう?それを差し置いてもワタルの母親をこの世界に召喚したのは私だし、ワタルの母親を殺してしまったのも私。本当に憎いでしょう?」
まるで殺意を促すかのような、レヴィオンの発言。
しかし…ミルを殺された時古代の代理人に対して込み上げた殺意の方がよっぽど濃厚だった。
冷静に考えて俺がレヴィオンを殺す理由は…母親を殺されたことだけ。
しかし俺の母親は物心つく前から俺の前からいなかった。
それが俺の殺意を曖昧なものにしてしまっている。
いや、おかしい。
もっと明確なレヴィオンに対する敵意と殺意が俺の中で煮え滾っていたはずだ。
言葉にできないが、それは圧倒的に俺の脳を支配していたはずだ。
……リレイティアの制約の力が…弱まっているのか?
俺は問う。
「もう既に儀式は始まっているのか?」
儀式は神々の次元に干渉するもの。
その間神々からの干渉が弱まる可能性は十分にある。
「バレていたのね。リレイティアの加護持ちであるワタルがその魔法陣の上まで行けば、儀式は完成する。移動しなさい?」
レヴィオンは本心なのかわからないが優しげに微笑んで言った。
まるで今までの冷徹なレヴィオンとは思えない、まるで別人のような微笑みだ。そのギャップから感じる不気味さに身慄いする。
「儀式ってのは、石板に書かれていたのか?」
俺がこの世界に召喚された時同様、まるで魂を抜き取られるかのような眠気に襲われながらも尋ねる。
俺はまだ魔法陣の外に立っているが、どうやらこの部屋にいるだけで儀式は進展してしまっていたらしい。
頼む、あと一つの質問の答えをレヴィオンから聞き出すまでもってくれ俺の意識よ。
レヴィオンが素直に答えてくれるとも限らないのだが──、
「違うわ。石板に書かれていたのは、『ベルフェリオを復活させる方法』だった」
素直に答えてくれた。
が、その答えに俺の疑問は加速するばかりだ。再度問う。
「は…?じゃあ今行われてる儀式ってのは、ただ神々の次元に干渉するだけなのか?」
「違う。今から行うのは…『仇を討つ』ための儀式よ」
「どういうことだ?」
意味がわからなすぎて、脳が理解を拒んで、目がすっかり冴えてしまった。
いや、実際侵食するような眠気が無くなっている。
…レヴィオンが儀式を解いた?
いや、レヴィオンが何かしらのアクションを取った様子は見えなかったし…そもそも儀式は途中で止めれるようなものではないはず。
そんな俺の推測をすぐにレヴィオンが否定した。
「そうね。少し私のことを話しましょうか。今の私は『レヴィオンであってレヴィオンではない』。安心して、儀式は中断したわ。長話をするだけの時間はある」
「儀式を中断って、そんなことできるのか」
「ええ。儀式を行うには魔法陣に魔力を注ぎ続けなければならないの。魔力を途切れさせれば、儀式は中断されるわ」
次から次へと質問が湧いて出てくるが、何から聞いていいのかわからない。
とりあえず今のうちなら何でも話してくれそうなレヴィオンに向けて、思いついた疑問を口に出す。
「そんなこと教えてくれていいのか?もし俺がお前の代わりに魔力を注ぎこめば…」
「だってワタルには魔力がないじゃない」
「いや、神々封殺杖剣の魔力を使えば…」
「無駄よ。神の魔力を注ぎ込んだところで儀式は進行しないわ」
「…そうかよ、じゃあお前は紋章を展開せずに魔力を注いだっていうのか?」
ポーションを作る際など、物に自身の魔力を注ぐには紋章を展開しなければならない。
この魔法陣でも同じはずだ。
しかしレヴィオンは紋章を展開していない。…まさかとは思うが──、
「私は無顕現行使という体質。それが理由よ」
「……」
そのまさかだった。
紋章魔法の無顕現行使。
紋章を展開しなくても魔法を扱える逸材。チェシャやサクラなんかがそうだった。
魔王であるレヴィオンがその体質であるというのも納得できなくはないが、何故今まで魔法を使う時にわざわざ紋章を展開していたんだ?
腑に落ちない。
俺は沈黙した。
「ひとまず、ワタル。私の話を聞いて頂戴?その上で…本当に私の邪魔をするかどうか考えて。私は貴方を殺せない、殺したくないの。それが…私が貴方の母親、ミサキとした最初で最後の約束なのだから」
「…わかった」
その美貌で懇願するように見つめられてしまっては、否定の言葉を口にするのは難しい。
それよりも、何故レヴィオンがベルフェリオを復活させようとしているのか。
その最も気になっていた重要な話を、自分からしてくれるとのことだから否定するのは愚策でしかない。
殺意も敵意もレヴィオンに向ける感情何もかもを一度懐にしまいこむ。
こうしてレヴィオンは自分の過去と正体について、淡々と語り始めた。
俺はその衝撃的で理解し難い真実を、噛み締めるように聞き続けた。
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