【完結】異世界転移で、俺だけ魔法が使えない!

林檎茶

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第五章

74. 王都魔剣術学校での攻防

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 俺は今、王都セラリス中心部に存在する王都魔剣術学校を目指して駆けている。
 単眼の巨人を葬った後、ギルドマスターであるリリアットに託された任務──それは百万を優に超える王都の住民を避難させた、王都魔剣術学校を守ってくれというもの。
 正直のところ、俺は一刻も早くトモヒサたちの元へと向かいたかった。
 行方はわからない。だが、王都魔剣術学校にはいないと確実に言える。
 何故ならば、トモヒサたちが前線に出ずに安全圏にいるとは思えないから。

 もはやもう既にリオーネと接触していると考えてもいいような気もする。
 そう考えられる根拠は、魔物が街への侵攻を開始しているという事実。
 リオーネの声明は、『新星英雄を連れてこなければ王都の蹂躙を開始する』という旨だったはず。
 すなわちトモヒサたちがリオーネに対し何かしらのアクションを起こさなければ、街へ魔物が侵攻を開始することはなかったはずなのだ。
 おそらくはリオーネが横暴な要求をトモヒサたちにし、それを断ったことによりこのような事態になったのだろう。
 
 王都は思ったよりも深刻な侵攻を受けていた。
 街の至る所に魔物が蔓延り始め、歴史的建造物や家屋は壊滅的な被害を受けている。
 魔物も相当腹を空かせていたのだろう。
 荒らされ、食われている食材の数々。それが人間でなくて良かったと、心から思える惨憺さ。
 それらが王都中心部へと人間を求めて牙を向かないよう迅速に葬っていきながら走る。
 だが俺一人ではどうすることもできない数だった。
 ひとまずは学校を目指しているが、このペースで魔物が流れ込んでいるのならば、もう既に少なからず学校に魔物が行き着いていることだろう。

 受験した際に通った懐かしい大通りを駆け、俺がミルのために串カツを買い尽くした露店の脇を通り、エレルトと一緒に通った近道の路地を抜け。
 ようやく辿り着いた王都魔剣術学校は、相変わらずの荘厳な雰囲気を醸し出していた。
 変わっていたとすれば──中へ絶対に魔物を侵入させまいと厳重な装備に身を包んだ騎士団の面々が、不安に塗れた表情でその時・・・を待っていることくらいか。
 王都魔剣術学校は部外者を侵入させないために正門と裏門以外は堅固な柵で囲まれている。
 その柵の更に外側を守るようにして、数千の騎士が配置されていた。

 正門を前にした俺の姿を見て、警備していた騎士の一人は訝しげに眉を顰める。
 増援が来るにしては早すぎるからかもしれない。

「魔物はまだ来てないか?」

 俺から話しかける。
 意外にもまだ学校に魔物が辿り着いている様子は無いが、それも時間の問題だ。

「あなたも冒険者ですか?あちらから来たということは、持ち場から離れたのですか?」

 騎士はまるで『逃げてきたのか』とでも言いたげだ。
 確かにここからでも聞こえる南門方向での崩落音や魔物の咆哮を耳にしてしまったら、そう捉えられてもおかしくないのかもしれない。
 
「新星英雄は今どこにいる?」

 上手い言い訳が思いつかず、ひとまず俺が今最も知りたい事を問う。
 例え騎士の末端といえど、新星英雄がどこに向かったか知っている可能性は高い。答えてくれるかどうかはわからないが。

「新星英雄を探してるのか?お前、怪しいな」

 案の定あらぬ疑惑をかけられてしまった。こんな状況だから致し方あるまい。

「俺は増援だ。一応冒険者でもある」

 ギルドプレートを差し出し、見せる。
 それはDランクを示す鉄のプレート。
 信頼を得るためにはやはりAランクの金のプレートなどがあれば良かったのかもしれないが、今はこれしかない。逆にDランクだからこそ、という点もある。

「Dランクのギルドプレートか。そんなの幾らでも奪えるからな。まあいい。敵は魔族って話だ。お前みたいなひ弱そうなやつを疑っても意味がない。新星英雄は魔王の岩肌で今回の元凶と接触したらしい。まあ、この結果を見るに交渉をミスったんだろうな。もう新星英雄は終わりだ」

「魔王の岩肌?」

 初めて聞く単語を聞き返す。

「知らないのか?西門を出てすぐに見える赤茶けた巨大な一枚岩だ。結構有名なんだけどな。やっぱりお前怪しいぞ。魔族側の人間なんじゃないか?…ん、待てよ。お前どっかで見たことあるな」

 俺の顔をマジマジと見始めた騎士。
 俺の顔を知っているとしたら、こいつは俺が王都魔剣術学校の地下、古代の代理人デュアル・エー第三支部を離れる際にデュランダル王の護衛をしていた騎士の一人に違いない。
 もしかして王都では俺は似顔絵付きで指名手配されていたりするのか?
 いや、リリアットが俺を知らなかった時点でその可能性は低いか。

 返答に迷っていると、まるで俺を助けるように騎士の背後から近づいてくるこれまた懐かしい影が見えた。

「話をしている時間はないぞ。もう魔物がすぐ近くまで迫ってきている」

 そう言いながら騎士の姿勢を正させた人物は、王都魔剣術学校一年アルファクラスの担任であるナイル=リヴェイラルに他ならなかった。
 俺の顔を見て「ワタル、久しぶりだな」と笑顔を見せるナイルはやはり騎士団の中でも高い役職に就いているらしく、騎士は俺の存在など気にも留めずナイルに敬礼している。

「ナイル先生。状況はどうですか」

 俺はそんなナイルに気軽に話しかける。
 気軽、とは言ってもどうしても敬語になってしまうが。
 ナイルと親しげな俺の様子に、騎士は思い出したと言わんばかりに口をポッカリと開けていた。

「そうだな、あまりいい状況とは言えない。王都の住民は皆不安に駆られたまま集められているし、いつパニックが起こるかわからないからな」

 ナイルは深刻げに俯いた。
 魔物の対処を考えるだけでも手一杯な様子なのに、人々まで暴れ出してしまえばもうこの街は終わりなのだ。
 俺はそんなことよりも気になる新星英雄について問いただす。

「新星英雄は魔王の岩肌で元凶と接触したと聞きましたが、本当ですか?」

「ああ。新星英雄の六人。そしてその知り合いと見られる三人組の計九人は魔王の岩肌でリオーネと名乗る魔族、それからフードを被った謎の人物と接触したのを確認している。何やら話を進めていたようだったが、結局は魔物の侵攻を思いとどまらせることはできなかったようだな」

「そうですか…」

 どうやらトモヒサたちの行動は遠目から監視されていたらしい。
 ショウやトモヒサはその性格から自分を犠牲にしてでも王都へ魔物が傾れ込むのを防ぎそうなものだが…流石にそうはいかなかったか。

「それで、ワタルも増援に来てくれたのか?あまりここにはいい思い出がないように思えるが」
 
 ナイルはミルのことや、デュランダル王とのことを言っているのだろう。
 確かに俺ももうここに戻ってくることは無いと思っていた。

「まあそうですね。俺も人に頼まれてここに来たようなものですから。本来ならすぐにでも魔王の岩肌に出向きたいと思ってます」

「人に頼まれて?誰にだ?」

「ギルドマスターにです」

 俺がそう言うと、ナイルの表情は曇った。そして絞り出すように言葉を続ける

「…リリアットとは何処であったのだ?」

「南門の近くですね。一つ眼の巨大な魔物が門と周辺の壁を破壊していて、それを食い止めようとしたリリアットを助けたら学校を守ってくれと頼まれました」

「一つ眼の魔物…やはりあれはサイクロプスだったか!それで…リリアットは生きてるのか?」

「息はありましたよ」

 俺のこの言葉で、ナイルは安堵したように息を一つ吐いた。
 ナイルとリリアットは並々ならぬ仲らしい。

「そうか…そしてどうやら私たち第二師団も踏ん張らねばならぬ時が来たようだ」

 会話を遮って剣を抜くナイル。
 気配からわかっていたが、ようやく魔物群の第一陣がここまで辿り着いたらしい。
 ゴブリン、オーク、コボルト。
 そんなありふれた魔物が、血走った目で餌を見つけたと言わんばかりに唾液をその口から溢している。

 もう王都魔剣術学校は魔物によって包囲されていた。
 周りを見ると大勢の騎士たちが槍やら剣やらを構えている。
 その騎士たちの表情は決意に満ちているようには見えなかった。
 今にも逃げ出したくてたまらないような、そんな内心が透けて見えていた。
 だがもちろんそんなことはしないだろう。彼らが、最後の砦なのだから。

「行くぞ‼︎」

 ナイルの号令で、騎士団は一斉に魔物たちを迎撃すべく態勢を整えた。
 先のナイルの発言で分かったことだが、どうやらナイルは騎士団の第二師団長らしい。
 随分と凄い身分だと思うが、何故一年坊の担任なんてやってたんだ?
 ──今はそんなことどうでもいいか。
 俺も神々封殺杖剣エクスケイオンを構える。

 こうして王都魔剣術学校という最後の砦を守るべく、俺とナイル率いる第二師団の共闘戦線が開幕した。 
 ここを突破され、少しでも敷地内に魔物が侵入してしまったら終わり。そんな危機感を持って。


◆◇◆◇◆◇


「お前、どこから入って来たっスか?」

 王都魔剣術学校最上階。
 厳重に警備されていたはずの応接室の扉が、一人の魔族の男によって開かれる。
 この場にはアルカイドの王、デュランダル=アルカイドとその護衛を任されたAランク冒険者、リレッジが待機していた。
 リレッジはまるで音も無く事の発端をここまで侵入させたザルすぎる警備に辟易しながら、剣を魔族の男…リオーネに向ける。
 そんなリレッジを無視して、リオーネはデュランダルに対して口を開いた。

「久しぶりだな、老いぼれ・・・・。何故私に誤った儀式を教えた??」

 リレッジにとってはまるでわからない話題だったが、今まで無口だったデュランダルはリオーネの言葉を鼻で笑い返答する。

「老いぼれ?貴様の方が十分に老いているだろう。原初の魔族・・・・・よ」

「ふん。私をそう呼ぶ人間もお前一人となった。それで?再度問う。何故私に誤った儀式を教えた?返答次第ではすぐにでもお前を殺す」

 リオーネは護衛であるリレッジのことなどまるで眼中になかった。
 もちろんリオーネがリレッジの実力を見抜いていないわけではない。しかしそれを差し引いても有り余る余力がリオーネにはある。

 対してリレッジは焦っていた。
 自らが任された最重要任務。
 前線に立つことも無く王を護衛しろという単純明快なもの。
 それを遂行できなかったことによる信頼の失墜を予感して。
 しかしデュランダルもそんなリレッジの存在を気にせず会話を続ける。

「そもそも貴様に『伝承』を教えたのは私ではなく私の祖父だ。私にあたるのはお門違いじゃないか?」

「そうか。祖父か。人間は本当にすぐ死ぬな。しかしそんなことはどうでもいい。今一度、王家に伝わる『伝承』の内容を私に教えろ」

 語る通り、リオーネはデュランダルと前々王との差が分かっていない。
 もはや同じ人物だと捉えていた。
 それは悠久の時を生きる『原初の魔族』だからこその思考回路。人間の寿命のことなどまるで考えていない。

「教えたところで、だと思うがな。私が父から聞いた内容は祖父が貴様に教えたものと何一つ変わらないだろう」

「いいから教えろ」

 低く、まるでこの場を支配するかのような重低音が響く。
 リオーネによって展開される紋章。それは普通の人間ならばあり得ないはずの複数の・・・魔法陣。
 リレッジは二人から繰り広げられる訳のわからない話に頭を抱えそうになっていた。だ
 が、もちろん臨戦体制を解除するつもりはない。

「…転移魔法の使い手を五芒星魔法陣の上に十人集め、一度に魔法を行使させる。それで神々の次元に繋がる。それが私が父から聞いた伝承の内容だ」

「…それを行った結果、全く違う次元に繋がったのだが???」

 デュランダルの回答にリオーネの怒りが最大限まで引き出され、踊るように宙を舞う魔法陣の動きは荒ぶり、逆毛だつ髪は空気の震えを感じさせる。
 リオーネはこの儀式により八十年と言う時を無駄にしたのだ。
 数年に一人ほどしか現れない転移魔法の使い手十人を探すためだけに。

「それについて謝る理由はこちらにはない。本当に私はそれ以上のことを知らないのだ」

 デュランダルは敢えて、嘘を吐いた。

「チッ。だとしたらどのような方法でレヴィオンは神々の次元に辿り着いたというのだ!」

 リオーネは忌々しいレヴィオンの姿を思い出しながらデュランダルを睨みつける。その表情には疑心が色濃く出ていた。
 事実、レヴィオンは神々の次元に足を踏み入れたことで埒外の魔法出力を獲得している。
 リオーネの腹の底からの疑問は、伝承も何も知らないはずのレヴィオンが何十年も研究を費やした自分よりも早く神々の次元に行き着いたことにある。

 レヴィオンとリオーネの目的は一致している。
 だが、確かな競争心がリオーネにはあった。ベルフェリオを復活させ、その感謝の言葉を真っ先に受け取るのは自分なのだという、稚拙な競争心が。
 そんなリオーネの様子を見たところでデュランダルの無機質な表情は変わらない。
 そして直感的で確信的な、単純極まりない質問を口に出す。

「そもそも貴様は何故神々の次元に固執する?神々の英気による魔法進化の可能性を求めているのか?」 

「違う。ベルフェリオ様を復活させる他、ないだろう?」

 リオーネによる即座の否定が、デュランダルにとっては意外だった。
 そして一層の疑問がデュランダルに芽生える。

「ベルフェリオ、か。復活させたところで何を目論んでいる」

「私は原初の魔族だ。それだけで、わかるだろう?」

「子は父を求める。そういうことか?」

 デュランダルにとってその感覚は全くわからないものだった。
 今、デュランダルの脳裏には息子である第一王子──ヴィライダルがいる。
 しかしその存在は深く考えるに値しない矮小なものでしかない。
 息子よりも大きな存在──妻だったアレシアが、深く深くデュランダルの心に焼き付いている。

 死者を蘇生させることが出来る方法があるということは、古代の代理人デュアル・エーの第三支部長であったログリアから示唆されていた。
 しかしその詳細を聞かずしてワタルに邪魔された。
 デュランダルは今、はらわたが煮え繰り返るような憎悪をワタルに対して抱いている。
 
 ──リオーネはデュランダルの最後の質問に答えなかった。
 代わりに興が覚めたと言わんばかりに紋章を閉じ、一つ大きな息を吐く。
 張り詰めていた空間はそれにより元の落ち着いた場所に戻る。
 リレッジは未だリオーネに剣を向けていたが、完全に敵意がなくなったのを感じ気を緩めた。

 リオーネは来た時と同様、まるで隠密のような静けさをもって部屋を離れた。
 リレッジは心の底から安堵する。
 ──あんな化け物と戦うことにならなくて良かった、と。
 そしてデュランダルは内心で申し訳なく思っていた。
 アルカイドの王家に代々伝わる『伝承』。
 儀式の詳細。
 その真実をリオーネに告げなかったことを。
 それには理由がある。
 デュランダルは別に教えても良いと考えていた。
 その考えが一瞬にして覆る情報がリオーネの口から出たからだ。

 原初の魔族、リオーネを生み出したのは、神々の次元に干渉することで神の如き魔法を使えるようになった人間の・・・ベルフェリオだ。
 リオーネはベルフェリオを復活させると宣言した。
 それはすなわち死者を蘇生することに他ならない。
 ──神々の次元に辿り着けば死者を蘇生できる。
 そんな曖昧で不明確な真実がリオーネの口から示唆されたことこそが、デュランダルの口を固く閉ざした要因だった。
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