71 / 86
第五章
71. 再会の歓喜、束の間
しおりを挟む
サイディスを葬った後。
俺はこの古代の代理人遺跡基地の奥…サクラがショウたちを探すべく先を行った通路を歩いていた。
サクラたちを先に進めてからそれほど時間は経っていない。
それにバンダナ男と虚目の男もサクラたちの後を追っていった。おそらくまだ戦闘を続けていることだろう。
通路の突き当たりには大きめな部屋があるようである。
しばらく歩くと、予想通り武器がぶつかり合う戦闘音が聞こえてきた。
小走りになって先を急ぎ空間が開けると、レイ、チアキ、リョウトの三人が男二人と戦っていた。
サクラはいない。
サクラはレイたちに戦闘を任せてショウたちを探しに行ったようである。しかし妙であった。チェシャがいない?
レイたちの背後には王都魔剣術学校で見たような大きな機械が稼働していた。
これが噂に聞く魔道具を作るための装置なのだろうか?
「サイディスは…どうしたんだよ」
俺の姿を確認して驚いた様子のバンダナ男。俺は間髪を入れずに答える。
「倒した」
俺が発したこの四音は、理解されるのに大分時間がかかったようだ。
「嘘だろ?」
サイディスの圧倒的強さと勝利を信じてやまない様子の二人。
サイディスを倒したと断言した俺の登場により、二人の戦闘意欲は大幅に削がれた──いや、完全に無くなったようだった。
この二人はサイディスやバーンガルドのように戦闘に飢えているわけではない様子。
よって勝てないとわかっている相手に手をあげるような真似はしないようだ。
「残念だが本当だ。それで、どうする?」
俺は確認するように剣を構えた。
それにより二人は一度顔を見合わせてから、剣を地面に転がして両手をあげる。
「サイディスがやられたんじゃ、文字通りお手上げだ」
必死になって戦っていたレイたちには水を差したようで悪いと思ったが、レイたちもこの戦闘にさほど意味を見出してはいなかったらしくすぐに武器を収めた。
というのも、自分たちは強いという慢心をへし折られたことが大きいのかもしれない。そんな気がした。
あと考えなければならないのはショウたちを探すことだが…この二人に案内させればすぐに見つかるだろう。
「捕えていた新星英雄の場所まで案内してくれ」
サクラとチェシャの居場所が気になったが、サクラはもうすでにショウたちの元まで辿り着いている可能性が高い。
チェシャは魔法を失ったためそこまで脅威ではないと見ての判断だ。
「…わかったよ」
特に抵抗するでもなく歩き始めたバンダナ男。俺はそれについて行く。
この部屋には三つの分岐点があった。
そのうちの一つ…最も大きな通路を選んで進んでいく。
すでに地下にある基地だったが、さらに階段を降りて下へと向かう。
下へ向かうに連れ、冷ややかな空気が更に増していく。
ショウたちが入れられているのは地下牢か。そう考えた直後に響いてきた──断末魔のような悲鳴。
驚いて横を見る。
何か古代の代理人が仕込んでいたイベントか何かか?
そんなことを思ったがバンダナ男も何が起こったかわからない様子だった。
ショウたちの元へ向かうのが先か、それとも断末魔の正体を確かめるのが先か。
…もしかしたらサクラが助けを求めた声なのかもしれない。
「なあ、さっきの声がした方わかるか?」
「まあどこの部屋かはわかったが、ここから戻ることになるぞ」
「案内してくれ」
俺は声が前か後ろか何処から聞こえてきたのかはわからなかったが、バンダナ男は意外と耳が良いらしく、部屋の場所まで分かったらしい。
それともこの基地の構造に熟知してるからわかったのか?
俺の一言で一向は踵を返して声の場所目指して走る。
右へ左へ、入り組んだ通路を進んでいく。
それだというのに正確な場所がわかったというバンダナ男の耳を疑い始めたころ、ようやく声の主がいた場所まで辿り着いた。
そこにいたのは案の定サクラだった。
サクラは転んだのか地面に這いつくばって何らや半べそをかいている。
しかしそれ意外に人はいない。
代わりにあったのは紋章を展開する魔道具。
そしてサクラの背後には天秤を模したような巨大な機械。
おそらくはあれが魔道具装置だろうが…あの魔道具はいったい。
「何があった?」
茫然自失に部屋へ入ってきた俺たちを見つめるサクラに問う。
しばらくの沈黙の後、サクラは答えた。
「安心して立ちあがろうとしたらちょっと転んじゃって…」
どうやらあの断末魔じみた悲鳴はサクラが転んだ結果放たれたものらしい。
随分大袈裟だなとは思っても口に出さないでおく。
というか気になる言葉がある。
安心したとは?
ショウたちがいると思われる場所はここから離れているし、サクラがショウたちを既に見つけたというわけでもなさそうなのに。
「安心したってのは?」
「チェシャが襲ってきて…」
サクラのその一言で俺は察した。
チェシャが襲って来たというのに対してこの場にチェシャはいない。
つまり…サクラが返り討ちにしたということだ。
後ろにある今までこの場所で見てきた機械群とは比べ物にならないくらい禍々しいオーラを放った装置といい…認証を待っている魔道具の存在といい…
──まさか。
魔道具装置を稼働させてチェシャを取り込ませたとは、サクラの性格からして意外だ。
もしかして、さっき聞いた断末魔のような悲鳴はサクラのものではなくチェシャのものだったのかもしれない。
というか俺はサクラに助けられたということか。
サクラが不安定な魔道具装置を稼働させたから…祝福の外套から魔法が消えて勝機となったのだから。
その魔法が消えた仕組みは謎だが…
ひとまず聞きたいのは、
「その魔道具はチェシャの成れの果てってことか?」
俺は天秤の片側で紋章を展開し続ける指輪状の魔道具を指した。
それにより古代の代理人の二人は戦慄したように顔を歪めている。
逆らえば自分たちもこの結末を辿るのかもしれない、そんなことを考えているのだろう。
「うん…だけど私がそうしたんじゃないの」
「どういうことだ?」
サクラの妙な発言を問いただすが、正直ここで会話を続けるのは得策ではない。
しかし話を促してしまった以上、サクラはしどろもどろに返答した。
「実は私はチェシャに負けて魔道具にされそうになった。だけど変な二人の人影が私を助けてくれた」
サクラの話は簡潔だったが、どうも要領を得なかった。
二人の人影?結局疑問が加速するだけだ。
「まあサクラについては無事だったならいい。早くショウたちを助けてこんな陰気臭い場所からおさらばしようぜ」
俺が首を傾げたのを見て、レイから真っ当な提案が出た。
確かにこの場所はどうもいるだけで精神が削られるような、そんな雰囲気が出ている。
早く街に帰って潮風を浴びたい気分だ。
こうしてサクラは立ち上がりサクラに得体の知れない魔道具を回収させて、再びバンダナ男の案内で地下牢まで向かった。
下層に行けば行くほどこの場所の不気味さと肌寒さは加速していく。
だというのに、到着した地下牢にはたった一人で薄着のマサキがいた。
マサキの表情は虚で、何やら怯えた様子である。
「おお、マサキ!久しぶりだな!」
そんなマサキの様子を見て調子を取り戻したレイが挑発気味にマサキの贅肉が溜まった腹を指で刺す。
マサキは意識を「ひぃ!」と声を上げたかと思えば、目の前にいる俺たちの姿を確認して光を取り戻したようだった。
「なんだ、サイディスじゃないのか…まさか僕たちを助けに?」
どうやらマサキはサイディスに何かトラウマがあるようで、心を閉ざしていたようだった。
牢内に広がる不快なアンモニア臭からして…失禁でも余儀なくされたのか?
他の四人はそれについて指摘してないようだし、黙っといてやるか…
「まあな。ショウたちはどうした?」
レイはあたかも自分がここまで先導してきたかのような態度と口ぶりでマサキを立ち上がらせている。
マサキはそんなレイの様子を見て、「まさかサイディスを倒したの」と聞いているがレイは案の定「まあな」と自分の手柄にしていた。
俺から指摘するのも格好つかないので訂正はしないでおくが…
「ショウたちは別の部屋に捕まってるはずだけど…たぶんサイディスの部屋かな?」
マサキは俺たちが来た方とは逆を示した。
やはりというべきか、転移魔法を使えるマサキのみを別室に監禁していたらしい。そういえば…
「なんでマサキは転移魔法で逃げなかったんだ?」
気になっていたことを聞いておく。
「ああ、僕一人でも逃げれたんだけど。僕が逃げたら他のクラスメイトたちを殺すって言われてね。…ってかワタル⁉︎生きてたんだ」
説明しつつ俺の姿を確認して驚愕に目を見開くマサキはどこか俺を疑っているような様子だった。
「まあな。お陰様で」
リオーネの屋敷から逃げられたのはマサキのお陰なのだ。
たとえ転移先が迷宮の最下層というふざけた場所だったとしても、助かったことには変わりないので一応礼を言っておく。
「へえ、よく生き残ったね」
マサキのその言葉は、サクラやレイにとっては『魔法を使えないワタルがよくこの世界で生活できたね』と聞こえただろう。
だが、俺には別の意味として言ったような気がした。
声がワントーン下がり、まるで俺に生きていて欲しくなかったかのような…そんな捉え方もできる。俺の勘違いか?
聞いてみようか迷ったが、はぐらかされる可能性も高いし無駄に時間を食うのも面倒なので先を急ぐことにした。
「ショウたちを助けに行こう」
サクラの一言で気を取り直し、更に奥へ進み階段を昇る。
その先には、明らかに他の場所とは一線を画す絢爛な扉に守られた部屋があった。
何も考えず、警戒心もなしにその扉を開ける。
するとそこにはまるで観賞用のように鉄格子の檻に入れられたショウたちクラスメイト四人が横たわって眠っていた。
そこは豪華…とはいえないような質素な部屋だった。
しかしサイディスが最もこの場所を好んで使っていたのだろうことがわかる。
栞の挟まれたボロボロの書物や、湯気を立てる飲み物。それらがつい最近までここに人がいたという形跡を醸している。
「石板…か?」
ふと目に入った本棚。
そこにまるでトロフィーのように飾られていた欠けた三つの石。
それは間違いなく俺が今持っている石板と比べてみても本物と相違なく、石板を集めていたリリシアがこの組織に所属していたという事実からも本物だと理解できる。
俺はショウたちには目もくれず、その石板を手に取って確認した。
まじまじと顔に近づけて全ての石板を吟味したが、やはり何を書いているのかはさっぱりわからなかった。
俺が石板に見入っている内にサクラやマサキはショウの元へと駆け寄り、近くに置いてあった鍵を使って檻を開けていた。
ショウたちは何かの力によって眠らされていたようだったが、サクラが何度もショウの名前を叫んだことで一同は目を覚ます。
「…サクラ⁉︎」
ここにいるには有り得ないはずの姿を確認して驚いた声を上げるショウ。
そして感極まったのか泣き始めたサクラを抱きしめる、ユナとヒナコ。
残るトモヒサはと言うと…
「ワタル…?ワタルなのか?」
石板を麻袋にしまう俺を見ていた。
トモヒサの言葉で場は一気に鎮まり返り、ワタルという久しく聞かなかったであろう名を耳にしたショウたちはトモヒサの言葉を噛み締めて固まっている。
「久しぶりだな、トモヒサ」
俺が日本にいた頃、唯一の友達とも言える存在だったトモヒサ。
相変わらずの友達想いな性格とガタイの良さは健在なようで少し安心する。
というか一回りくらいデカくなってないか?
半信半疑な様子のトモヒサだったが、俺の声を聞いて現実だと理解したらしく、その巨体でこちらにダッシュしてきた。
まるで原付が突進してきているかのようで、多少ビビる。
「ワタル~~!」
両手を広げて抱きつこうとしていたようだったが、流石に気持ち悪いので全力で避けた。
その反応にトモヒサは寂しそうな表情を見せたが、ショウが口を開いたのに応じてすぐにいつもの凛々しい顔に戻る。
「それでサクラはレイたちに助けを求めに行ってくれたってわけか…」
独り言のように喋るショウの言葉はこの場にいる誰の耳にも通った。
確かにショウたちにとってMVPはサクラだ。
「まあね。それでなんだけど…レイたちと悪質な約束しちゃってて…」
「悪質な約束?」
バツが悪そうにサクラは口を開いた。
ああ、そういえばそうだったな。レイたちが提示した今回の報酬。それは…
「そのことなんだけど、別にいいぜ。俺たちなんにもしてねぇーし」
性格が悪いはずのレイのこの言葉に俺は思わず、は?と声を出してしまいそうになった。
まさかあの破格の報酬を自分たちの方から撤回するとはどういう心境変化だ?明日は砂漠に大雪でも降るのかもしれない。
それに一番驚いたのはサクラだった。
「なんで⁉︎らしくないじゃない」
らしくない。全くその言葉通りだ。
「まあな、結局俺たちは何もしてないに等しい。こんなんで報酬もらっても後味が悪いだけだわ」
レイのその言葉にチアキやリョウトまでも頷いている。
全く人間とは不思議なもので、レイたちは少なからずこの死地を通して成長したようだ。
「とりあえず…街に戻ろう」
積もる話もある。
が、この場に留まるのは得策ではない。俺は率先して踵を返した。
俺たちが会話に華を咲かせている間、ここまで何も言わずに案内してくれたバンダナ男と虚目の男はどこかに姿を消していた。
もちろん気づかなかったわけではない。
しかし古代の代理人という組織が壊滅した以上…もう悪さをするようなことはしないと思い、見逃した。
こうして俺たちは昔話やそれぞれの冒険譚を話し合いつつ、ヴェリダットの街まで戻った。
クラスメイト十人が一緒になって歩いているのはどこか懐かしく、少し気恥ずかしかった。
サクラは必死に俺がサイディスを倒したことを力説しているが、ショウやトモヒサは実際に俺の戦いを見てないためか半信半疑をずっと崩さなかった。
ヒナコに至っては魔法を使えない俺を相変わらず見下している。
もうこのまま日本に帰ったら、順風満帆にこの異世界生活は終わるのではないか。
そんなことを考えつつ、会話を弾ませていたらあっという間に街までついた。俺はほとんど聞く専だったが。
そして誰も…ここにいないもう一人のクラスメイト、沢田ヨウトのことなど微塵も考えていない様子だった。
ヴェリダットの街に着くなり俺たち一行に突き刺さる嫌な視線の数々と、それに反して有名人に思いがけず遭遇した時のように声をかけるのを躊躇っている子どもたちの姿が目に入った。
新星英雄は有名な存在だ。
レイたち三人、俺、サクラの五人で最初にこの街に入った時、サクラは新星英雄であると認知されていなかったが、ナニレをこの街に入れるのに説得した際にサクラは自らを新星英雄だと打ち明け実力を見せることで事なきを得た。
つまり、『あの女性は新星英雄である』と認知された上でショウやトモヒサといった中心人物までも顔を出したことで、完全体新星英雄となった一行に向けられる視線は良くも悪くも大幅に増えたのだった。
こんな辺鄙で然程大きくない街だというのにこの注目されよう。
バーンガルドと共に行動したことで分かったが、Aランク冒険者の存在は果てしない憧憬の対象なのだ。
だからこそ、街に入るなりまるで悪者を見るかのような、この不可解な視線の数々に疑問を抱かずにはいられない。
──いったい、何があった?
レイたち三人はそんな周囲の目など気にせず、というか気づいた様子もなく再び海鮮串焼きを買いに行く算段を立てている。
ショウたちは薄々気づいているようだが、口に出してはいないようだ。
しばらく喋りながら歩いていると、前の方から俺たちにナニレについて問いただしてきたあの男性冒険者が、怪訝な表情をして歩いてきた。
「おい、お前ら。『新星英雄』だろ。すぐにギルドまで来い」
その声は威圧感に満ちていた。
まるで俺たち…いや、新星英雄が重大な何かをやらかした後かのような、そんな口調である。
やはり、『新星英雄』に何かあったらしい、というのもおかしな話だ。
ショウたちはここ最近は古代の代理人の地下遺跡基地に囚われていたから何かやらかすような暇は無かったはず。
というかレイたちならまだしもショウやトモヒサたちは何かやらかすような連中ではない。
ヒナコなどの女子生徒の素性は知らないが。
「何かあったんですか?」
ショウが真っ先に前に出て対応する。
案の定まるで何があったかわからない様子だ。
「説明はギルドでやる。…とりあえずギルドまで来てくれ」
それだけ言って、男はギルドまでの道に踵を返す。
俺たちの頭上には未だ疑問符が浮かんだままだったが、ひとまずは付いていこうという結論になり、あからさまに不機嫌になったレイたちを連れて俺たちは男の背中を追いかけた。
ヴェリダットはそこまで大きな街ではないため、ギルドにはすぐに着いた。
もし津波でもきたらどうするのだろうと思ってしまうほどの海沿いに造られた、大きな石造りの建物。
すぐに二階へと上がり、十人が入るには少し狭い部屋に案内される。
そんな窮屈な部屋の窓際には木製のいかにもといった机と、ギルドマスターと思われる男性が一人──そして重苦しい口を開く。
「アルカイドの王都、セラリスに『リオーネ』と名乗る何者かが数十万の魔物を引き連れて侵攻しているとの情報が入ってきた。そして…そのリオーネと名乗る何者かは『新星英雄』こそが事の発端だとの声明を出しているらしい。一刻も早く新星英雄を連れて来なければ今すぐにでも蹂躙を開始するとのことだ。お前ら、何をしでかした?」
衝撃が狭い室内に渦巻く。
「リオーネ…!」
ショウの言葉は怒りと同時に憎しみも含んでいた。
俺たちにとってはリオーネこそが事の発端。全ての元凶。
──リオーネがあの儀式とやらを行わなければ今でも日本での幸せな生活を享受できていた。
ギルドマスターはショウの恨み籠った声を聞いてやはりか、と握る拳に力を込めて話を続ける。
「詳細はわかっていない。そしてもちろんこれまで多大な信頼を築き上げ、半年という速さでAランク冒険者となった新星英雄たちが、まるで四百年前に我ら亜人族と魔族を隔てる要因となった『破壊と混沌の進行』再来の元凶を作り出すわけがないと皆思っているだろう。しかし冒険者というのは職業柄、恨まれるようなことがあってもおかしくない。そして、信頼は思いがけない一手ですぐに崩れ去るものだ。すぐに王都まで行った方がいいぞ」
これはほぼ強制的な要請と捉えていいだろう。
数十万の魔物侵攻となれば、ギルドマスターが述べた通り四百年前に魔王レヴィオンが引き起こした最悪の厄災、破壊と混沌の侵攻パレードの再来に相違なく、それはAランク冒険者が数人集まったところで対処できるような代物ではないはず。
それこそ王都を侵攻してるとなれば数百万人が人質に取られたと考えても違いなく、それを守りながら戦うとなるとかなりの人員と死戦を強いられるだろう。
だからこそ、Aランク冒険者六人パーティである新星英雄にこれ程罪を押し付け強制させるような形をとっているのだ。
もちろんそのような形を取らなくてもショウたち…ましてやレイたちでさえも行動に移すはずだろう。
なぜならば。
「わかりました。すぐに向かいます。リオーネは僕たちの宿敵です」
確固たる信念を持って了承したショウの言葉通り、リオーネは宿敵なのだ。
ショウにとっては何よりも変え難い、打ち破るべき存在なのだ。
いずれ相対するつもりだった。それがあっちから姿を見せに来ただけ。そんな風にショウは考えているだろう。
にしても何故リオーネはこのタイミングで行動に移した?単に王都を侵攻するに値するレベルの魔物を集め終わったからか?
…待てよ。
邪竜と呼ばれていたレジェードの元にリオーネが現れたのは、そういうことだったのか。
竜王となったレジェードを使役するために、リオーネはレジェードに近づいたのだ。
かつての疑問が解消していく。
魔物を使役する魔法。まるで年老いていないリオーネの容姿。
…もしかして、四百年前に破壊と混沌の侵攻を起こしたのは…レヴィオンではなくリオーネだったのではないか?
確証は無いがそんな気がする。
本当にリオーネの魔法が魔物を使役する類のものだったのならば、だが。
俺の記憶にはそれ以外にも魔物を使役する手段が思い浮かんでいる。
竜の里を襲ったディエンや、サイディスが使った『シグルズ』というヒドラのような寄生生物。
竜の理性を奪い操れるほどの強力なその生物を使えば、魔法を使わずとも魔物を使役することができるはず。
そんな数十万も用意できるようなものとは思えないが、可能性は十分にある。
お喋りなサイディスと戦った時に聞いておけば良かったな。失念していた。
「では頼んだぞ」
厄介事を押し付けるようにギルドマスターはそれだけ言い、机に置かれた書類に目を落とした。
まるで早く部屋から出ていけとでも言いたげだ。
それを察知した俺たちはすぐに部屋から出て外に向かう。
ギルドの外では併設された馬車の繋ぎ場があり、俺たちが乗ってきた馬も何やら草をモサモサ食べていた。
ああ、どうして俺たちがこの街にいるのが王都から伝わったのか疑問だったが、新星英雄であるサクラの馬車借り入れ記録から辿ったのか。
これから馬車でアルカイドの王都…セラリスに向かうとなると大分時間がかかる。
その間、数十万の魔物と共にリオーネは待っていてくれるのだろうか。
そんなはずはないだろう。
「マサキ、転移魔法で俺たちをセラリスまで転移させてくれ」
そうか、マサキは転移魔法をつかえるのだ。馬車など使わずともすぐに王都に向かうことができる。
おそらくはマサキの魔法はギルドに知られている。
だからこそ、何故転移魔法ですぐにでも王都にこなかったのだと詰められれば、言い訳が難しい。
ここで温存する理由もない。
何故ならもしも戦闘中に転移魔法で逃げるなどしてしまえば、新星英雄の信頼は一気に地に落ちるから。
そしてリオーネもマサキの転移魔法の存在を知っている。
それを使って王都まで来いという意味での声明か。
「良いけど…今の魔力残量からして…僕含めて八人…いや、九人が転移の限界だよ」
俺たちは一斉に顔を見合わせる。
この場にいるのは十人。リオーネの屋敷で転移した時のことを思い出させるような状況。
まあ俺としては逆に丁度良かった。俺にはこの街でまだやり残したことがある。
「俺は少しこの街で調査したいことがある。俺以外の九人で行ってくれて構わない」
「え~そんなこと言って、怖いんじゃないの?」
俺の言葉を聞いて怪訝に眉を顰めそんな挑発じみた言葉を放ってきたヒナコ。
ヒナコは俺の戦闘を見ていない。
だから言う筋合いはあるのだろうが、少しムカつくな。
しかしそんなヒナコを宥めたのはサクラだった。
「言ってるでしょ?サイディスを倒したのはワタル君なんだから。もっと感謝しないとダメだよ」
「本当に?だって魔法使えないんでしょ?」
魔法に自信があるのか、ヒナコはまるで魔法を使えない俺の実力を信じていない。
やはり実際に戦闘を見せないと理解してもらえないようだ。まあいい。
別にヒナコに理解してもらえなかったところで支障が出るわけでもない。
「早く行った方がいいんじゃないか?」
リオーネという言葉を聞いてやる気に満ちているレイたち三人とショウを指して急かす。
俺もこの街…いや、あの遺跡基地であれの存在さえ知れたならすぐにでも王都に向かうつもりだ。
「ワタルが来ないのはちょっと不安だけど、普通の魔物なら俺たちでも何とかできるだろ。早く行こーぜー」
サイディスという絶望的強者を目の当たりにしたせいか、ただの魔物を駆逐するという任務に楽観的な思考をちらつかせているリョウトは、マサキの腹についた贅肉をぷにぷにとつまみながら、マサキに魔法の行使を促している。
「ワタルもすぐに来るんだろ?」
俺の思考を読んだように確認をとってくるトモヒサに、俺は「おう」と返す。
やはりトモヒサは俺の事を一番わかっている。そんな気がした。
「じゃあ、僕たちはセラリスに行ってくる。言いそびれてたけど…ワタル。助けてくれてありがとう。リオーネは必ず僕が倒すよ」
そのショウの発言はまるでヒーローじみていた。
一度サイディスに捕えられたというのに自信に満ちていた。
何故、そこまで言い切れるのか。
そんなことを指摘しようものならヒナコに噛みつかれかねないのでやめとくが。
「わかった」
見送るように俺がそう言うと、マサキは紋章を展開させた。
限りなく真紅に近い色をしていたが、マサキの言葉を信じるならそれでも最大の魔力ではないのだろう。
マサキを中心にして展開された魔法陣は徐々に俺以外のクラスメイトたちを飲み込んで行き──消えた。
残された俺は再び遺跡目指して歩みを始める。
この街にあるかもしれない世界を滅ぼしかけた巨悪の存在と、リリシアが残したメッセージを探して。
戻ってきた遺跡基地の入口は相変わらずの苔むした外装で、風を吸い込むように唸る暗闇は不気味に俺を誘うようであり…先程までこの内部にいたというのに背筋に悪寒が走る。
松明は無い。
ゆえにただ暗闇を進まなければならないのだが、この遺跡の先がただの直線だと分かっている以上、暗闇でも目が慣れてしまえば問題無いだろう。
一つ深呼吸をして俺は中へ入った。
なぜわざわざ俺がここまで戻ってきたのか。
それは、ものを探すためである。
俺が探しているものがどこにあるかわからない以上、探す時間でクラスメイトたちを拘束してしまうのが忍びなかったので、あそこで別れられたのは良かった。
石板だけはなんとしてでも見つけようと思っていたが、それはサイディスの部屋で呆気なく見つかったし、俺が今から探すものは果たしてあるのかどうかも定かではない代物だ。
つまり、たまたまマサキの魔力量が九人分しか足りないと言っていたから戻ってきたにすぎない。
もしもマサキの魔力が十人を転移させられるだけあったら、俺もあいつらと一緒に王都に行っていた。
暗い通路を進み、俺がサイディスとの戦闘を繰り広げた闘技場のような空間へと出る。
──血の匂いが充満していた。
サイディスの死体はまるで処理をしていない。
この死体を見たからこそショウたちは俺の勝利を信じたようだったが、このように放置しておくのもどこか気が引ける。
しかし下は硬い岩地面。
掘って埋めるなんてことも出来なそうだし、かといって持ち帰ることも難しい。
ひとまずは引き続き放置しておくことにする。
奥へ進む。
レイたち三人と男二人が交戦していた、二つ目の部屋へと出る。
この部屋から一気にファンタジー異世界という言葉が消え失せる。
未だに重低音を響かせながら稼働し続ける円筒状の機械がそこにはあった。
いったい何を動力にしているのかはまるでわからない。
そしてそれが何のために稼働し続けているのかも、まるでわからなかった。
この部屋は三方向に道が分かれている。
左方向には魔道具装置がある部屋が、右方向にはマサキやショウたちが捕えられていた地下牢とサイディスの部屋がある。
よって、俺はまだ未踏の直進を選んだ。
不穏と裏腹にワクワクした感情が芽生え始める。
古代の代理人がここを本部に選んだ理由。
魔道具装置だけじゃない。その大きな理由が…この先にあるはず。
直進した先には無数に分岐する通路と、無数の部屋があった。
その全てを調べるには時間がかかりそうだったが、時間がないわけではないので虱潰しに探索を始める。
殆どの部屋は物置のようだった。
使い道のわからない粗大ゴミのようなもので大半は埋め尽くされており、調べる前から諦めをつけさせてくれる。
俺が探している物は、こんな粗大ゴミのように扱われるはずがないのだ。
ふと、この場に相応しくない彩に満ちた扉が目に入った。
今まで見てきた部屋は扉なんてものはなく、通路からでも内部を見れるような構造をしていたのに。
明らかに異質。
俺は扉のドアノブに手をかけ開け放つ。
「なんだこれ…」
思わずそう声に出してしまうような光景が、そこには広がっていた。
ピンクやハートで形どられた家具が敷き詰められている。
一瞬頭が理解を拒んだが、どうやらここはチェシャの部屋らしかった。
それは、まるで大都市の武器屋さながら壁に飾られた様々な種類の武器によってわかった。
気が引けたが、ひとまず漁ってみる。
机の上に散らばった、何かが書き殴られている紙。
一枚をとって裏返し、その内容を詳しくみる。
『なんで私がナンバー1じゃないの?なんで、なんで、なんで?リリシアは死んだのに。絶対に死んだのに!』
要約してそんな内容が、ただひたすらに何枚もの紙に書かれていた。
明らかなメンヘラ気質。
意外ではなかったが、チェシャへの悪いイメージが更に上塗りされていくようで…なんとも言い難い。
ひとまず俺が探しているものはここにはなさそうだった。
次の部屋へと向かう。
そこは…まるで台風が通った後かのように荒らされていた。理由はわからない。が、散らばっていたものを吟味する中でその意味を理解する。
──ここは元々リリシアの部屋だったようだ。
チェシャによって荒らされたと考えるのが妥当だろう。
床に落とされた、かろうじて『ヴァルフォール』と読める──切り刻まれた日記のような書物。
誘われるように拾い上げ、ページをめくる。
「…父がレヴィ…に殺され…
ベルフェ……の復活は私が…めないと…
残る石板は…」
めくる。
「古代に作られた……この力…あれば…ィオンでも…
サイ……は教えてくれない」
めくる。
「…死者蘇生……輪廻の……は実在…可能性が高……」
めくる。
「ここに終焉魔杖はない」
求めていた文言。
そこまで読んで俺は日記を閉じる。
──断片的だったがその意思は伝わってきた。
何故リリシアが古代の代理人という組織に身を置いたのか。
その理由は…まさしく俺が今探している兵器にあったのかもしれない。
終焉魔杖。
ハーマゲドンの谷を形成した、古代秘宝を超える神器。
それがもしまだ現存しているとして、手に入れる事が出来たのなら。
──俺はあの魔王を超す事ができる。
俺はこの古代の代理人遺跡基地の奥…サクラがショウたちを探すべく先を行った通路を歩いていた。
サクラたちを先に進めてからそれほど時間は経っていない。
それにバンダナ男と虚目の男もサクラたちの後を追っていった。おそらくまだ戦闘を続けていることだろう。
通路の突き当たりには大きめな部屋があるようである。
しばらく歩くと、予想通り武器がぶつかり合う戦闘音が聞こえてきた。
小走りになって先を急ぎ空間が開けると、レイ、チアキ、リョウトの三人が男二人と戦っていた。
サクラはいない。
サクラはレイたちに戦闘を任せてショウたちを探しに行ったようである。しかし妙であった。チェシャがいない?
レイたちの背後には王都魔剣術学校で見たような大きな機械が稼働していた。
これが噂に聞く魔道具を作るための装置なのだろうか?
「サイディスは…どうしたんだよ」
俺の姿を確認して驚いた様子のバンダナ男。俺は間髪を入れずに答える。
「倒した」
俺が発したこの四音は、理解されるのに大分時間がかかったようだ。
「嘘だろ?」
サイディスの圧倒的強さと勝利を信じてやまない様子の二人。
サイディスを倒したと断言した俺の登場により、二人の戦闘意欲は大幅に削がれた──いや、完全に無くなったようだった。
この二人はサイディスやバーンガルドのように戦闘に飢えているわけではない様子。
よって勝てないとわかっている相手に手をあげるような真似はしないようだ。
「残念だが本当だ。それで、どうする?」
俺は確認するように剣を構えた。
それにより二人は一度顔を見合わせてから、剣を地面に転がして両手をあげる。
「サイディスがやられたんじゃ、文字通りお手上げだ」
必死になって戦っていたレイたちには水を差したようで悪いと思ったが、レイたちもこの戦闘にさほど意味を見出してはいなかったらしくすぐに武器を収めた。
というのも、自分たちは強いという慢心をへし折られたことが大きいのかもしれない。そんな気がした。
あと考えなければならないのはショウたちを探すことだが…この二人に案内させればすぐに見つかるだろう。
「捕えていた新星英雄の場所まで案内してくれ」
サクラとチェシャの居場所が気になったが、サクラはもうすでにショウたちの元まで辿り着いている可能性が高い。
チェシャは魔法を失ったためそこまで脅威ではないと見ての判断だ。
「…わかったよ」
特に抵抗するでもなく歩き始めたバンダナ男。俺はそれについて行く。
この部屋には三つの分岐点があった。
そのうちの一つ…最も大きな通路を選んで進んでいく。
すでに地下にある基地だったが、さらに階段を降りて下へと向かう。
下へ向かうに連れ、冷ややかな空気が更に増していく。
ショウたちが入れられているのは地下牢か。そう考えた直後に響いてきた──断末魔のような悲鳴。
驚いて横を見る。
何か古代の代理人が仕込んでいたイベントか何かか?
そんなことを思ったがバンダナ男も何が起こったかわからない様子だった。
ショウたちの元へ向かうのが先か、それとも断末魔の正体を確かめるのが先か。
…もしかしたらサクラが助けを求めた声なのかもしれない。
「なあ、さっきの声がした方わかるか?」
「まあどこの部屋かはわかったが、ここから戻ることになるぞ」
「案内してくれ」
俺は声が前か後ろか何処から聞こえてきたのかはわからなかったが、バンダナ男は意外と耳が良いらしく、部屋の場所まで分かったらしい。
それともこの基地の構造に熟知してるからわかったのか?
俺の一言で一向は踵を返して声の場所目指して走る。
右へ左へ、入り組んだ通路を進んでいく。
それだというのに正確な場所がわかったというバンダナ男の耳を疑い始めたころ、ようやく声の主がいた場所まで辿り着いた。
そこにいたのは案の定サクラだった。
サクラは転んだのか地面に這いつくばって何らや半べそをかいている。
しかしそれ意外に人はいない。
代わりにあったのは紋章を展開する魔道具。
そしてサクラの背後には天秤を模したような巨大な機械。
おそらくはあれが魔道具装置だろうが…あの魔道具はいったい。
「何があった?」
茫然自失に部屋へ入ってきた俺たちを見つめるサクラに問う。
しばらくの沈黙の後、サクラは答えた。
「安心して立ちあがろうとしたらちょっと転んじゃって…」
どうやらあの断末魔じみた悲鳴はサクラが転んだ結果放たれたものらしい。
随分大袈裟だなとは思っても口に出さないでおく。
というか気になる言葉がある。
安心したとは?
ショウたちがいると思われる場所はここから離れているし、サクラがショウたちを既に見つけたというわけでもなさそうなのに。
「安心したってのは?」
「チェシャが襲ってきて…」
サクラのその一言で俺は察した。
チェシャが襲って来たというのに対してこの場にチェシャはいない。
つまり…サクラが返り討ちにしたということだ。
後ろにある今までこの場所で見てきた機械群とは比べ物にならないくらい禍々しいオーラを放った装置といい…認証を待っている魔道具の存在といい…
──まさか。
魔道具装置を稼働させてチェシャを取り込ませたとは、サクラの性格からして意外だ。
もしかして、さっき聞いた断末魔のような悲鳴はサクラのものではなくチェシャのものだったのかもしれない。
というか俺はサクラに助けられたということか。
サクラが不安定な魔道具装置を稼働させたから…祝福の外套から魔法が消えて勝機となったのだから。
その魔法が消えた仕組みは謎だが…
ひとまず聞きたいのは、
「その魔道具はチェシャの成れの果てってことか?」
俺は天秤の片側で紋章を展開し続ける指輪状の魔道具を指した。
それにより古代の代理人の二人は戦慄したように顔を歪めている。
逆らえば自分たちもこの結末を辿るのかもしれない、そんなことを考えているのだろう。
「うん…だけど私がそうしたんじゃないの」
「どういうことだ?」
サクラの妙な発言を問いただすが、正直ここで会話を続けるのは得策ではない。
しかし話を促してしまった以上、サクラはしどろもどろに返答した。
「実は私はチェシャに負けて魔道具にされそうになった。だけど変な二人の人影が私を助けてくれた」
サクラの話は簡潔だったが、どうも要領を得なかった。
二人の人影?結局疑問が加速するだけだ。
「まあサクラについては無事だったならいい。早くショウたちを助けてこんな陰気臭い場所からおさらばしようぜ」
俺が首を傾げたのを見て、レイから真っ当な提案が出た。
確かにこの場所はどうもいるだけで精神が削られるような、そんな雰囲気が出ている。
早く街に帰って潮風を浴びたい気分だ。
こうしてサクラは立ち上がりサクラに得体の知れない魔道具を回収させて、再びバンダナ男の案内で地下牢まで向かった。
下層に行けば行くほどこの場所の不気味さと肌寒さは加速していく。
だというのに、到着した地下牢にはたった一人で薄着のマサキがいた。
マサキの表情は虚で、何やら怯えた様子である。
「おお、マサキ!久しぶりだな!」
そんなマサキの様子を見て調子を取り戻したレイが挑発気味にマサキの贅肉が溜まった腹を指で刺す。
マサキは意識を「ひぃ!」と声を上げたかと思えば、目の前にいる俺たちの姿を確認して光を取り戻したようだった。
「なんだ、サイディスじゃないのか…まさか僕たちを助けに?」
どうやらマサキはサイディスに何かトラウマがあるようで、心を閉ざしていたようだった。
牢内に広がる不快なアンモニア臭からして…失禁でも余儀なくされたのか?
他の四人はそれについて指摘してないようだし、黙っといてやるか…
「まあな。ショウたちはどうした?」
レイはあたかも自分がここまで先導してきたかのような態度と口ぶりでマサキを立ち上がらせている。
マサキはそんなレイの様子を見て、「まさかサイディスを倒したの」と聞いているがレイは案の定「まあな」と自分の手柄にしていた。
俺から指摘するのも格好つかないので訂正はしないでおくが…
「ショウたちは別の部屋に捕まってるはずだけど…たぶんサイディスの部屋かな?」
マサキは俺たちが来た方とは逆を示した。
やはりというべきか、転移魔法を使えるマサキのみを別室に監禁していたらしい。そういえば…
「なんでマサキは転移魔法で逃げなかったんだ?」
気になっていたことを聞いておく。
「ああ、僕一人でも逃げれたんだけど。僕が逃げたら他のクラスメイトたちを殺すって言われてね。…ってかワタル⁉︎生きてたんだ」
説明しつつ俺の姿を確認して驚愕に目を見開くマサキはどこか俺を疑っているような様子だった。
「まあな。お陰様で」
リオーネの屋敷から逃げられたのはマサキのお陰なのだ。
たとえ転移先が迷宮の最下層というふざけた場所だったとしても、助かったことには変わりないので一応礼を言っておく。
「へえ、よく生き残ったね」
マサキのその言葉は、サクラやレイにとっては『魔法を使えないワタルがよくこの世界で生活できたね』と聞こえただろう。
だが、俺には別の意味として言ったような気がした。
声がワントーン下がり、まるで俺に生きていて欲しくなかったかのような…そんな捉え方もできる。俺の勘違いか?
聞いてみようか迷ったが、はぐらかされる可能性も高いし無駄に時間を食うのも面倒なので先を急ぐことにした。
「ショウたちを助けに行こう」
サクラの一言で気を取り直し、更に奥へ進み階段を昇る。
その先には、明らかに他の場所とは一線を画す絢爛な扉に守られた部屋があった。
何も考えず、警戒心もなしにその扉を開ける。
するとそこにはまるで観賞用のように鉄格子の檻に入れられたショウたちクラスメイト四人が横たわって眠っていた。
そこは豪華…とはいえないような質素な部屋だった。
しかしサイディスが最もこの場所を好んで使っていたのだろうことがわかる。
栞の挟まれたボロボロの書物や、湯気を立てる飲み物。それらがつい最近までここに人がいたという形跡を醸している。
「石板…か?」
ふと目に入った本棚。
そこにまるでトロフィーのように飾られていた欠けた三つの石。
それは間違いなく俺が今持っている石板と比べてみても本物と相違なく、石板を集めていたリリシアがこの組織に所属していたという事実からも本物だと理解できる。
俺はショウたちには目もくれず、その石板を手に取って確認した。
まじまじと顔に近づけて全ての石板を吟味したが、やはり何を書いているのかはさっぱりわからなかった。
俺が石板に見入っている内にサクラやマサキはショウの元へと駆け寄り、近くに置いてあった鍵を使って檻を開けていた。
ショウたちは何かの力によって眠らされていたようだったが、サクラが何度もショウの名前を叫んだことで一同は目を覚ます。
「…サクラ⁉︎」
ここにいるには有り得ないはずの姿を確認して驚いた声を上げるショウ。
そして感極まったのか泣き始めたサクラを抱きしめる、ユナとヒナコ。
残るトモヒサはと言うと…
「ワタル…?ワタルなのか?」
石板を麻袋にしまう俺を見ていた。
トモヒサの言葉で場は一気に鎮まり返り、ワタルという久しく聞かなかったであろう名を耳にしたショウたちはトモヒサの言葉を噛み締めて固まっている。
「久しぶりだな、トモヒサ」
俺が日本にいた頃、唯一の友達とも言える存在だったトモヒサ。
相変わらずの友達想いな性格とガタイの良さは健在なようで少し安心する。
というか一回りくらいデカくなってないか?
半信半疑な様子のトモヒサだったが、俺の声を聞いて現実だと理解したらしく、その巨体でこちらにダッシュしてきた。
まるで原付が突進してきているかのようで、多少ビビる。
「ワタル~~!」
両手を広げて抱きつこうとしていたようだったが、流石に気持ち悪いので全力で避けた。
その反応にトモヒサは寂しそうな表情を見せたが、ショウが口を開いたのに応じてすぐにいつもの凛々しい顔に戻る。
「それでサクラはレイたちに助けを求めに行ってくれたってわけか…」
独り言のように喋るショウの言葉はこの場にいる誰の耳にも通った。
確かにショウたちにとってMVPはサクラだ。
「まあね。それでなんだけど…レイたちと悪質な約束しちゃってて…」
「悪質な約束?」
バツが悪そうにサクラは口を開いた。
ああ、そういえばそうだったな。レイたちが提示した今回の報酬。それは…
「そのことなんだけど、別にいいぜ。俺たちなんにもしてねぇーし」
性格が悪いはずのレイのこの言葉に俺は思わず、は?と声を出してしまいそうになった。
まさかあの破格の報酬を自分たちの方から撤回するとはどういう心境変化だ?明日は砂漠に大雪でも降るのかもしれない。
それに一番驚いたのはサクラだった。
「なんで⁉︎らしくないじゃない」
らしくない。全くその言葉通りだ。
「まあな、結局俺たちは何もしてないに等しい。こんなんで報酬もらっても後味が悪いだけだわ」
レイのその言葉にチアキやリョウトまでも頷いている。
全く人間とは不思議なもので、レイたちは少なからずこの死地を通して成長したようだ。
「とりあえず…街に戻ろう」
積もる話もある。
が、この場に留まるのは得策ではない。俺は率先して踵を返した。
俺たちが会話に華を咲かせている間、ここまで何も言わずに案内してくれたバンダナ男と虚目の男はどこかに姿を消していた。
もちろん気づかなかったわけではない。
しかし古代の代理人という組織が壊滅した以上…もう悪さをするようなことはしないと思い、見逃した。
こうして俺たちは昔話やそれぞれの冒険譚を話し合いつつ、ヴェリダットの街まで戻った。
クラスメイト十人が一緒になって歩いているのはどこか懐かしく、少し気恥ずかしかった。
サクラは必死に俺がサイディスを倒したことを力説しているが、ショウやトモヒサは実際に俺の戦いを見てないためか半信半疑をずっと崩さなかった。
ヒナコに至っては魔法を使えない俺を相変わらず見下している。
もうこのまま日本に帰ったら、順風満帆にこの異世界生活は終わるのではないか。
そんなことを考えつつ、会話を弾ませていたらあっという間に街までついた。俺はほとんど聞く専だったが。
そして誰も…ここにいないもう一人のクラスメイト、沢田ヨウトのことなど微塵も考えていない様子だった。
ヴェリダットの街に着くなり俺たち一行に突き刺さる嫌な視線の数々と、それに反して有名人に思いがけず遭遇した時のように声をかけるのを躊躇っている子どもたちの姿が目に入った。
新星英雄は有名な存在だ。
レイたち三人、俺、サクラの五人で最初にこの街に入った時、サクラは新星英雄であると認知されていなかったが、ナニレをこの街に入れるのに説得した際にサクラは自らを新星英雄だと打ち明け実力を見せることで事なきを得た。
つまり、『あの女性は新星英雄である』と認知された上でショウやトモヒサといった中心人物までも顔を出したことで、完全体新星英雄となった一行に向けられる視線は良くも悪くも大幅に増えたのだった。
こんな辺鄙で然程大きくない街だというのにこの注目されよう。
バーンガルドと共に行動したことで分かったが、Aランク冒険者の存在は果てしない憧憬の対象なのだ。
だからこそ、街に入るなりまるで悪者を見るかのような、この不可解な視線の数々に疑問を抱かずにはいられない。
──いったい、何があった?
レイたち三人はそんな周囲の目など気にせず、というか気づいた様子もなく再び海鮮串焼きを買いに行く算段を立てている。
ショウたちは薄々気づいているようだが、口に出してはいないようだ。
しばらく喋りながら歩いていると、前の方から俺たちにナニレについて問いただしてきたあの男性冒険者が、怪訝な表情をして歩いてきた。
「おい、お前ら。『新星英雄』だろ。すぐにギルドまで来い」
その声は威圧感に満ちていた。
まるで俺たち…いや、新星英雄が重大な何かをやらかした後かのような、そんな口調である。
やはり、『新星英雄』に何かあったらしい、というのもおかしな話だ。
ショウたちはここ最近は古代の代理人の地下遺跡基地に囚われていたから何かやらかすような暇は無かったはず。
というかレイたちならまだしもショウやトモヒサたちは何かやらかすような連中ではない。
ヒナコなどの女子生徒の素性は知らないが。
「何かあったんですか?」
ショウが真っ先に前に出て対応する。
案の定まるで何があったかわからない様子だ。
「説明はギルドでやる。…とりあえずギルドまで来てくれ」
それだけ言って、男はギルドまでの道に踵を返す。
俺たちの頭上には未だ疑問符が浮かんだままだったが、ひとまずは付いていこうという結論になり、あからさまに不機嫌になったレイたちを連れて俺たちは男の背中を追いかけた。
ヴェリダットはそこまで大きな街ではないため、ギルドにはすぐに着いた。
もし津波でもきたらどうするのだろうと思ってしまうほどの海沿いに造られた、大きな石造りの建物。
すぐに二階へと上がり、十人が入るには少し狭い部屋に案内される。
そんな窮屈な部屋の窓際には木製のいかにもといった机と、ギルドマスターと思われる男性が一人──そして重苦しい口を開く。
「アルカイドの王都、セラリスに『リオーネ』と名乗る何者かが数十万の魔物を引き連れて侵攻しているとの情報が入ってきた。そして…そのリオーネと名乗る何者かは『新星英雄』こそが事の発端だとの声明を出しているらしい。一刻も早く新星英雄を連れて来なければ今すぐにでも蹂躙を開始するとのことだ。お前ら、何をしでかした?」
衝撃が狭い室内に渦巻く。
「リオーネ…!」
ショウの言葉は怒りと同時に憎しみも含んでいた。
俺たちにとってはリオーネこそが事の発端。全ての元凶。
──リオーネがあの儀式とやらを行わなければ今でも日本での幸せな生活を享受できていた。
ギルドマスターはショウの恨み籠った声を聞いてやはりか、と握る拳に力を込めて話を続ける。
「詳細はわかっていない。そしてもちろんこれまで多大な信頼を築き上げ、半年という速さでAランク冒険者となった新星英雄たちが、まるで四百年前に我ら亜人族と魔族を隔てる要因となった『破壊と混沌の進行』再来の元凶を作り出すわけがないと皆思っているだろう。しかし冒険者というのは職業柄、恨まれるようなことがあってもおかしくない。そして、信頼は思いがけない一手ですぐに崩れ去るものだ。すぐに王都まで行った方がいいぞ」
これはほぼ強制的な要請と捉えていいだろう。
数十万の魔物侵攻となれば、ギルドマスターが述べた通り四百年前に魔王レヴィオンが引き起こした最悪の厄災、破壊と混沌の侵攻パレードの再来に相違なく、それはAランク冒険者が数人集まったところで対処できるような代物ではないはず。
それこそ王都を侵攻してるとなれば数百万人が人質に取られたと考えても違いなく、それを守りながら戦うとなるとかなりの人員と死戦を強いられるだろう。
だからこそ、Aランク冒険者六人パーティである新星英雄にこれ程罪を押し付け強制させるような形をとっているのだ。
もちろんそのような形を取らなくてもショウたち…ましてやレイたちでさえも行動に移すはずだろう。
なぜならば。
「わかりました。すぐに向かいます。リオーネは僕たちの宿敵です」
確固たる信念を持って了承したショウの言葉通り、リオーネは宿敵なのだ。
ショウにとっては何よりも変え難い、打ち破るべき存在なのだ。
いずれ相対するつもりだった。それがあっちから姿を見せに来ただけ。そんな風にショウは考えているだろう。
にしても何故リオーネはこのタイミングで行動に移した?単に王都を侵攻するに値するレベルの魔物を集め終わったからか?
…待てよ。
邪竜と呼ばれていたレジェードの元にリオーネが現れたのは、そういうことだったのか。
竜王となったレジェードを使役するために、リオーネはレジェードに近づいたのだ。
かつての疑問が解消していく。
魔物を使役する魔法。まるで年老いていないリオーネの容姿。
…もしかして、四百年前に破壊と混沌の侵攻を起こしたのは…レヴィオンではなくリオーネだったのではないか?
確証は無いがそんな気がする。
本当にリオーネの魔法が魔物を使役する類のものだったのならば、だが。
俺の記憶にはそれ以外にも魔物を使役する手段が思い浮かんでいる。
竜の里を襲ったディエンや、サイディスが使った『シグルズ』というヒドラのような寄生生物。
竜の理性を奪い操れるほどの強力なその生物を使えば、魔法を使わずとも魔物を使役することができるはず。
そんな数十万も用意できるようなものとは思えないが、可能性は十分にある。
お喋りなサイディスと戦った時に聞いておけば良かったな。失念していた。
「では頼んだぞ」
厄介事を押し付けるようにギルドマスターはそれだけ言い、机に置かれた書類に目を落とした。
まるで早く部屋から出ていけとでも言いたげだ。
それを察知した俺たちはすぐに部屋から出て外に向かう。
ギルドの外では併設された馬車の繋ぎ場があり、俺たちが乗ってきた馬も何やら草をモサモサ食べていた。
ああ、どうして俺たちがこの街にいるのが王都から伝わったのか疑問だったが、新星英雄であるサクラの馬車借り入れ記録から辿ったのか。
これから馬車でアルカイドの王都…セラリスに向かうとなると大分時間がかかる。
その間、数十万の魔物と共にリオーネは待っていてくれるのだろうか。
そんなはずはないだろう。
「マサキ、転移魔法で俺たちをセラリスまで転移させてくれ」
そうか、マサキは転移魔法をつかえるのだ。馬車など使わずともすぐに王都に向かうことができる。
おそらくはマサキの魔法はギルドに知られている。
だからこそ、何故転移魔法ですぐにでも王都にこなかったのだと詰められれば、言い訳が難しい。
ここで温存する理由もない。
何故ならもしも戦闘中に転移魔法で逃げるなどしてしまえば、新星英雄の信頼は一気に地に落ちるから。
そしてリオーネもマサキの転移魔法の存在を知っている。
それを使って王都まで来いという意味での声明か。
「良いけど…今の魔力残量からして…僕含めて八人…いや、九人が転移の限界だよ」
俺たちは一斉に顔を見合わせる。
この場にいるのは十人。リオーネの屋敷で転移した時のことを思い出させるような状況。
まあ俺としては逆に丁度良かった。俺にはこの街でまだやり残したことがある。
「俺は少しこの街で調査したいことがある。俺以外の九人で行ってくれて構わない」
「え~そんなこと言って、怖いんじゃないの?」
俺の言葉を聞いて怪訝に眉を顰めそんな挑発じみた言葉を放ってきたヒナコ。
ヒナコは俺の戦闘を見ていない。
だから言う筋合いはあるのだろうが、少しムカつくな。
しかしそんなヒナコを宥めたのはサクラだった。
「言ってるでしょ?サイディスを倒したのはワタル君なんだから。もっと感謝しないとダメだよ」
「本当に?だって魔法使えないんでしょ?」
魔法に自信があるのか、ヒナコはまるで魔法を使えない俺の実力を信じていない。
やはり実際に戦闘を見せないと理解してもらえないようだ。まあいい。
別にヒナコに理解してもらえなかったところで支障が出るわけでもない。
「早く行った方がいいんじゃないか?」
リオーネという言葉を聞いてやる気に満ちているレイたち三人とショウを指して急かす。
俺もこの街…いや、あの遺跡基地であれの存在さえ知れたならすぐにでも王都に向かうつもりだ。
「ワタルが来ないのはちょっと不安だけど、普通の魔物なら俺たちでも何とかできるだろ。早く行こーぜー」
サイディスという絶望的強者を目の当たりにしたせいか、ただの魔物を駆逐するという任務に楽観的な思考をちらつかせているリョウトは、マサキの腹についた贅肉をぷにぷにとつまみながら、マサキに魔法の行使を促している。
「ワタルもすぐに来るんだろ?」
俺の思考を読んだように確認をとってくるトモヒサに、俺は「おう」と返す。
やはりトモヒサは俺の事を一番わかっている。そんな気がした。
「じゃあ、僕たちはセラリスに行ってくる。言いそびれてたけど…ワタル。助けてくれてありがとう。リオーネは必ず僕が倒すよ」
そのショウの発言はまるでヒーローじみていた。
一度サイディスに捕えられたというのに自信に満ちていた。
何故、そこまで言い切れるのか。
そんなことを指摘しようものならヒナコに噛みつかれかねないのでやめとくが。
「わかった」
見送るように俺がそう言うと、マサキは紋章を展開させた。
限りなく真紅に近い色をしていたが、マサキの言葉を信じるならそれでも最大の魔力ではないのだろう。
マサキを中心にして展開された魔法陣は徐々に俺以外のクラスメイトたちを飲み込んで行き──消えた。
残された俺は再び遺跡目指して歩みを始める。
この街にあるかもしれない世界を滅ぼしかけた巨悪の存在と、リリシアが残したメッセージを探して。
戻ってきた遺跡基地の入口は相変わらずの苔むした外装で、風を吸い込むように唸る暗闇は不気味に俺を誘うようであり…先程までこの内部にいたというのに背筋に悪寒が走る。
松明は無い。
ゆえにただ暗闇を進まなければならないのだが、この遺跡の先がただの直線だと分かっている以上、暗闇でも目が慣れてしまえば問題無いだろう。
一つ深呼吸をして俺は中へ入った。
なぜわざわざ俺がここまで戻ってきたのか。
それは、ものを探すためである。
俺が探しているものがどこにあるかわからない以上、探す時間でクラスメイトたちを拘束してしまうのが忍びなかったので、あそこで別れられたのは良かった。
石板だけはなんとしてでも見つけようと思っていたが、それはサイディスの部屋で呆気なく見つかったし、俺が今から探すものは果たしてあるのかどうかも定かではない代物だ。
つまり、たまたまマサキの魔力量が九人分しか足りないと言っていたから戻ってきたにすぎない。
もしもマサキの魔力が十人を転移させられるだけあったら、俺もあいつらと一緒に王都に行っていた。
暗い通路を進み、俺がサイディスとの戦闘を繰り広げた闘技場のような空間へと出る。
──血の匂いが充満していた。
サイディスの死体はまるで処理をしていない。
この死体を見たからこそショウたちは俺の勝利を信じたようだったが、このように放置しておくのもどこか気が引ける。
しかし下は硬い岩地面。
掘って埋めるなんてことも出来なそうだし、かといって持ち帰ることも難しい。
ひとまずは引き続き放置しておくことにする。
奥へ進む。
レイたち三人と男二人が交戦していた、二つ目の部屋へと出る。
この部屋から一気にファンタジー異世界という言葉が消え失せる。
未だに重低音を響かせながら稼働し続ける円筒状の機械がそこにはあった。
いったい何を動力にしているのかはまるでわからない。
そしてそれが何のために稼働し続けているのかも、まるでわからなかった。
この部屋は三方向に道が分かれている。
左方向には魔道具装置がある部屋が、右方向にはマサキやショウたちが捕えられていた地下牢とサイディスの部屋がある。
よって、俺はまだ未踏の直進を選んだ。
不穏と裏腹にワクワクした感情が芽生え始める。
古代の代理人がここを本部に選んだ理由。
魔道具装置だけじゃない。その大きな理由が…この先にあるはず。
直進した先には無数に分岐する通路と、無数の部屋があった。
その全てを調べるには時間がかかりそうだったが、時間がないわけではないので虱潰しに探索を始める。
殆どの部屋は物置のようだった。
使い道のわからない粗大ゴミのようなもので大半は埋め尽くされており、調べる前から諦めをつけさせてくれる。
俺が探している物は、こんな粗大ゴミのように扱われるはずがないのだ。
ふと、この場に相応しくない彩に満ちた扉が目に入った。
今まで見てきた部屋は扉なんてものはなく、通路からでも内部を見れるような構造をしていたのに。
明らかに異質。
俺は扉のドアノブに手をかけ開け放つ。
「なんだこれ…」
思わずそう声に出してしまうような光景が、そこには広がっていた。
ピンクやハートで形どられた家具が敷き詰められている。
一瞬頭が理解を拒んだが、どうやらここはチェシャの部屋らしかった。
それは、まるで大都市の武器屋さながら壁に飾られた様々な種類の武器によってわかった。
気が引けたが、ひとまず漁ってみる。
机の上に散らばった、何かが書き殴られている紙。
一枚をとって裏返し、その内容を詳しくみる。
『なんで私がナンバー1じゃないの?なんで、なんで、なんで?リリシアは死んだのに。絶対に死んだのに!』
要約してそんな内容が、ただひたすらに何枚もの紙に書かれていた。
明らかなメンヘラ気質。
意外ではなかったが、チェシャへの悪いイメージが更に上塗りされていくようで…なんとも言い難い。
ひとまず俺が探しているものはここにはなさそうだった。
次の部屋へと向かう。
そこは…まるで台風が通った後かのように荒らされていた。理由はわからない。が、散らばっていたものを吟味する中でその意味を理解する。
──ここは元々リリシアの部屋だったようだ。
チェシャによって荒らされたと考えるのが妥当だろう。
床に落とされた、かろうじて『ヴァルフォール』と読める──切り刻まれた日記のような書物。
誘われるように拾い上げ、ページをめくる。
「…父がレヴィ…に殺され…
ベルフェ……の復活は私が…めないと…
残る石板は…」
めくる。
「古代に作られた……この力…あれば…ィオンでも…
サイ……は教えてくれない」
めくる。
「…死者蘇生……輪廻の……は実在…可能性が高……」
めくる。
「ここに終焉魔杖はない」
求めていた文言。
そこまで読んで俺は日記を閉じる。
──断片的だったがその意思は伝わってきた。
何故リリシアが古代の代理人という組織に身を置いたのか。
その理由は…まさしく俺が今探している兵器にあったのかもしれない。
終焉魔杖。
ハーマゲドンの谷を形成した、古代秘宝を超える神器。
それがもしまだ現存しているとして、手に入れる事が出来たのなら。
──俺はあの魔王を超す事ができる。
10
お気に入りに追加
225
あなたにおすすめの小説
鍵の王~才能を奪うスキルを持って生まれた僕は才能を与える王族の王子だったので、裏から国を支配しようと思います~
真心糸
ファンタジー
【あらすじ】
ジュナリュシア・キーブレスは、キーブレス王国の第十七王子として生を受けた。
キーブレス王国は、スキル至上主義を掲げており、高ランクのスキルを持つ者が権力を持ち、低ランクの者はゴミのように虐げられる国だった。そして、ジュナの一族であるキーブレス王家は、魔法などのスキルを他人に授与することができる特殊能力者の一族で、ジュナも同様の能力が発現することが期待された。
しかし、スキル鑑定式の日、ジュナが鑑定士に言い渡された能力は《スキル無し》。これと同じ日に第五王女ピアーチェスに言い渡された能力は《Eランクのギフトキー》。
つまり、スキル至上主義のキーブレス王国では、死刑宣告にも等しい鑑定結果であった。他の王子たちは、Cランク以上のギフトキーを所持していることもあり、ジュナとピアーチェスはひどい差別を受けることになる。
お互いに近い境遇ということもあり、身を寄せ合うようになる2人。すぐに仲良くなった2人だったが、ある日、別の兄弟から命を狙われる事件が起き、窮地に立たされたジュナは、隠された能力《他人からスキルを奪う能力》が覚醒する。
この事件をきっかけに、ジュナは考えを改めた。この国で自分と姉が生きていくには、クズな王族たちからスキルを奪って裏から国を支配するしかない、と。
これは、スキル至上主義の王国で、自分たちが生き延びるために闇組織を結成し、裏から王国を支配していく物語。
【他サイトでの掲載状況】
本作は、カクヨム様、小説家になろう様、ノベルアップ+様でも掲載しています。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

無能な勇者はいらないと辺境へ追放されたのでチートアイテム【ミストルティン】を使って辺境をゆるりと開拓しようと思います
長尾 隆生
ファンタジー
仕事帰りに怪しげな占い師に『この先不幸に見舞われるが、これを持っていれば幸せになれる』と、小枝を500円で押し売りされた直後、異世界へ召喚されてしまうリュウジ。
しかし勇者として召喚されたのに、彼にはチート能力も何もないことが鑑定によって判明する。
途端に手のひらを返され『無能勇者』というレッテルを貼られずさんな扱いを受けた上に、一方的にリュウジは凶悪な魔物が住む地へ追放されてしまう。
しかしリュウジは知る。あの胡散臭い占い師に押し売りされた小枝が【ミストルティン】という様々なアイテムを吸収し、その力を自由自在に振るうことが可能で、更に経験を積めばレベルアップしてさらなる強力な能力を手に入れることが出来るチートアイテムだったことに。
「ミストルティン。アブソープション!」
『了解しましたマスター。レベルアップして新しいスキルを覚えました』
「やった! これでまた便利になるな」
これはワンコインで押し売りされた小枝を手に異世界へ突然召喚され無能とレッテルを貼られた男が幸せを掴む物語。
~ワンコインで買った万能アイテムで幸せな人生を目指します~

クラス転移して授かった外れスキルの『無能』が理由で召喚国から奈落ダンジョンへ追放されたが、実は無能は最強のチートスキルでした
コレゼン
ファンタジー
小日向 悠(コヒナタ ユウ)は、クラスメイトと一緒に異世界召喚に巻き込まれる。
クラスメイトの幾人かは勇者に剣聖、賢者に聖女というレアスキルを授かるが一方、ユウが授かったのはなんと外れスキルの無能だった。
召喚国の責任者の女性は、役立たずで戦力外のユウを奈落というダンジョンへゴミとして廃棄処分すると告げる。
理不尽に奈落へと追放したクラスメイトと召喚者たちに対して、ユウは復讐を誓う。
ユウは奈落で無能というスキルが実は『すべてを無にする』、最強のチートスキルだということを知り、奈落の規格外の魔物たちを無能によって倒し、規格外の強さを身につけていく。
これは、理不尽に追放された青年が最強のチートスキルを手に入れて、復讐を果たし、世界と己を救う物語である。

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~
緋色優希
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

追放された回復術師は、なんでも『回復』できて万能でした
新緑あらた
ファンタジー
死闘の末、強敵の討伐クエストを達成した回復術師ヨシュアを待っていたのは、称賛の言葉ではなく、解雇通告だった。
「ヨシュア……てめえはクビだ」
ポーションを湯水のように使える最高位冒険者になった彼らは、今まで散々ポーションの代用品としてヨシュアを利用してきたのに、回復術師は不要だと考えて切り捨てることにしたのだ。
「ポーションの下位互換」とまで罵られて気落ちしていたヨシュアだったが、ブラックな労働をしいるあのパーティーから解放されて喜んでいる自分に気づく。
危機から救った辺境の地方領主の娘との出会いをきっかけに、彼の世界はどんどん広がっていく……。
一方、Sランク冒険者パーティーはクエストの未達成でどんどんランクを落としていく。
彼らは知らなかったのだ、ヨシュアが彼らの傷だけでなく、状態異常や武器の破損など、なんでも『回復』していたことを……。

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】
その攻撃、収納する――――ッ!
【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。
理由は、マジックバッグを手に入れたから。
マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。
これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜
霞杏檎
ファンタジー
祝【コミカライズ決定】!!
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」
回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。
フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。
しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを……
途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。
フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。
フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった……
これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である!
(160話で完結予定)
元タイトル
「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる