【完結】異世界転移で、俺だけ魔法が使えない!

林檎茶

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第五章

67. 古代の代理人 本部

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「それで、古代の代理人デュアル・エー本部ってのはどこにあんの?」

 レストランを出るなり、食べた料理の余韻に浸ることも許さずサクラは俺を急かしてくる。
 レイたちは店内で煩くしすぎて、可愛い女性店員から「静かにしろ」と鬼の形相で怒鳴られてからは意気消沈している。
 付いてくるならずっとこのままのテンションでいてもらいたいものだが。

「実を言うと俺も詳しくは知らないんだよな」

「はあ?知ったかぶりしたってわけ?」

 俺の話を最後まで聞かず、突然さっきまでの俺に対する温厚な態度をやめるサクラに日本にいた頃の面影を見つつ俺は補足した。

「違う違う。俺も案内されてる途中だったんだ。街を出てから説明する」

 案内役はどこにいるのというサクラの疑問も、街に出てから説明するからの一点張りで押さえ付ける。
 流石に魔物であるナニレを街に入れるわけにはいかないし、見てもらわないと説明もしづらいのだ。
 ナニレには昼食を食べる間だけ街の外で待機してもらうつもりだったのだが、結局はサクラやレイと会うという予想外の出来事が起こって結構待たせてしまっている。少し急がねばなるまい。

「…馬車には乗らないの?」

「歩いて行こうと思ってた。俺もどこに案内されるかわからないから、行き先が決まってる馬車に乗るわけにはいかないだろ?」

 というのは都合の良い言い訳で、実際はナニレを御者や同乗者に見られた時に言い訳が出来ないから馬車を利用してないだけである。
 それに実績の無いDランク冒険者である俺は、中々馬車に相席させてもらえないのだ…
 実績さえ有れば護衛の名目でタダ乗りできるんだけどな。
 しかしそんな俺の考えを悉く両断する言葉が、サクラの口から出る。

「Aランク冒険者の私ならすぐにギルドから馬車を借りれるけど?」

「そうなのか⁉︎」

 素直に驚く。まさかそんな特権があったなんて。

「ちょっと待ってて、借りてくる」

 俺の反応を見て馬車を借りた方が吉と見たのか、サクラは素早い動きでギルドまで駆けていった。
 そしてすぐに何やら書類を片手に戻ってきたかと思えば、門の方を親指で指さして言った。

「借りてきた!行こう!」

 仕事が早くて感心する。
 こうして俺たちは門のそばまで移動し、ロートやサファとこの馬車休憩所から出発したあの日のことを思い出しながら、サクラが運転するという馬車の荷台に乗り込んだ。
 荷台は四人が乗り込んでも広々と使える空間があり、中々いい馬車を借りれたんだと分かる。
 古々しい木の匂いに鼻を擽られながら、馬車は出発した。
 
 意外にもサクラの運転は快適だった。
 それどころか俺が乗ったどの御者よりも安定している。意外な才能が垣間見えた。
 
「それで、案内役ってのは誰なの?」

「そうだな。もう呼んでもいいか」

 街をある程度離れ、平原の中央くらいまで来たところで俺はナニレの名前を大声で呼んだ。
 するとどこからともなく羽音が聞こえ、身構えたレイたちを俺は大丈夫と言って宥める。
 見えたナニレの姿を指さして「あいつが案内役だ」と説明した。
 
「お前、テイマーかなんかだったのか?」

 礼儀正しく一瞥するナニレの姿を見て、リョウトは俺を羨ましそうに見てきた。
 リョウトはテイマーに憧れでもあるのだろうか。

「いや、あいつはちょっと特別で。喋れる魔物なんだ。助けたら懐かれて」

 流石に最悪の五芒星ディザスターの一角、女王蜂ルーラーの子だなんて言えないが、これで伝わるだろう。
 喋れるってことも教えなくていいとは思ったが、今後やり辛くなりそうなので最初に明かしておく。

「喋れる⁉︎おいおい、見せ物小屋にでも売ったら高く売れるんじゃねぇか⁉︎」

「頼むからやめてくれ」

 死ぬぞ、お前が。とまでは言わないでおく。
 ナニレにもリョウトの言葉は聞こえてるだろうが、全く表情がわからないので怒っているのかもわからない。

「ナニレ、古代の代理人デュアル・エー本部がある詳細な場所を教えてくれ」

 歩いて案内してもらっていた時は、どこに辿り着くかわからないワクワクを味わうためにナニレには詳細な場所を聞いていなかった。
 だが、話が変わった。
 トモヒサたちが捕えられている以上、悠長にはしていられないのだ。

『わかりました。今現在いるメグレズを更に南下すると、魔族領と亜人族領の境にある『ヴェリダット』という海沿い街に着きますが、その街近辺きんぺんの地下遺跡内に古代の代理人デュアル・エー本部はあります』

 淡々と説明するナニレだったが、それを聞いた馬車内はそれどころでは無くなった。
 喋れると言ったはずなのに本当に喋るとは思っていなかったのか、「え、しゃべ?え、虫が???」などとレイたちが慌てている。
 御者であるはずのサクラも驚きで手が乱れたせいか、馬が暴れる暴れる。

 しばらくして落ち着いたところで、俺はサクラに聞いた。

「ヴェリダットってわかるか?」

「わかんない。行ったこと無いから」

 これまで様々な場所を冒険してきたであろうサクラでも、流石にわからないらしい。
 これは街に着くまでナニレに案内してもらうことになりそうだ。


◆◇◆


「にゃは~、本当に捕まえてきたんだぁ」

 古代の代理人デュアル・エー本部。
 『新星英雄』の五人を軽く担ぎ上げながら部屋へと入ってきたサイディスに、魔王護六将校エクシ・アドミラであるチェシャはドン引きしている。
 長年一緒にいるというのに底知れぬ実力。
 チェシャは自身の魔法でふわふわと宙に浮きながら、サイディスが投げ捨てた五人の元へと近づき顔をそれぞれじっくりと眺める。

「あ、この人タイプかもぉ」

 トモヒサの顔を見てそう溢すチェシャには目もくれず、サイディスはマサキを持ち上げて牢の方へと向かった。

「待って待ってぇ」

 相変わらずチェシャを無視し続けるサイディスは、マサキを牢にぶち込んだかと思えば軽く頬を叩いて目を覚まさせた。
 マサキの魔法の性質を知らないチェシャは、何故サイディスがマサキだけを隔離したのか疑問に思っている。

「ここは…?」

 マサキはゆっくりと意識を取り戻し辺りを見回す。
 そして自分の首筋へ剣を当てるサイディスに気付き、悲鳴を上げた。

「大人しくしろ。もし君が転移魔法を使って逃げたのならば、他の四人は殺す。たとえ君が逃げたとしても、僕は果てしなく君を追うから無駄なことは考えないようにね」

「ひっ」

 剣とサイディスの瞳の冷たさに、マサキはガクガクと震えながら失禁した。
 もうこれでマサキの心は折れ、指示に抗って逃げるような真似はしないだろう。
 チェシャは汚らしいマサキの醜態に顔を顰めながら、転移魔法と聞いてサイディスが捕えた召喚者たちの末路を理解する。

「もしかして全員にあれ・・使うの?」

 チェシャが恐る恐る問う。
 が、その問いにサイディスは顎に手をあてるだけで答えなかった。


◆◇◆


 三日間に及ぶ馬車での移動が終わり、ヴェリダットの街並みが見えてきた。

 百万足オオムカデを倒してからナニレの案内の元着実に古代の代理人デュアル・エー本部に近づいてきた訳で、本部があるここまではライラルから三日しかかからなかった。
 にしてもレイたちの自慢話に三日間も付き合わされるのは苦痛だった…

 Aランク冒険者のギルドプレートを翳しただけで、長い検問の列を無視して街に入る。
 ここ数日でとてもAランク冒険者という肩書きに魅力を感じてしまっている。
 しかしそう簡単になれるものではないのはサクラの話を聞いて理解したので、おそらく俺がAランクになることはない。

 ヴェリダットは海沿いの街ということもあって海の香りと風が心地よく、穏やかな波の動きが綺麗な砂浜の形を変えていき──見ていて面白い。
 この街の景観を作っているのは海だけではない。
 海沿いの崖に転々とする白色の四角い建物群や、所々に転々としている遺跡のような謎の建造物。
 特に後者は特徴的でとても興味深い。

 最大の見どころは、魔族領と亜人族領を隔てている高さ五メートルほどの岩壁。
 この街は海沿いで、いわば大陸の端である。
 だからハーマゲドンの谷がここまで続いていないのだ。
 ハーマゲドンの谷無しに二つの領土を分けるために壁を用いたらしい。
 つまり、あの壁の向こうには魔族領が広がっている。
 あの壁は四百年前の破壊と混沌の侵攻カタストロフパレードによって生じた亜人族と魔族との間との軋轢そのものを示している。
 四百年経っても消えないようなわだかまりの象徴。

 そういえば古代の代理人デュアル・エーは古代人の技術を復活させることを目論んでいるんだよな?
 もしかしてだが…この街には古代の代理人デュアル・エーが本部を置くような『何か』があるのか?
 なんてことを、この街に転々と存在する遺跡のような古代人の遺物を見て思う。

「それで、この街のどこに本部があるの?あの蜂の魔物は街外れの遺跡群にあるとは言ってたけど、正直私たちで見つけ出すのは無理じゃない?」

 馬車をヴェリダットの冒険者ギルドに隣接された馬舎に預け、街の通りを歩きながらサクラは周囲を見回している。

「そうは言ってもなぁ」

 流石に街の中に人間大の蜂の魔物を連れ込むわけにはいかないのでナニレは街の外に置いてきたわけだが、やはり案内がないと無理ゲーだな。

 いや、待てよ。
 この世界にはテイマーがいるみたいなことをリョウトは言っていた。
 つまりこの街にいる間俺はテイマーてっことにすればいいんじゃないか?
 というわけでサクラたちに「ちょっとテイマーになるわ」と一言言ってからナニレを呼び出す。

 ナニレは俺の声に反応してすぐにやってきた。耳があるようには見えないが、耳がいいらしい。
 街に入るたびにナニレには街の外で待機するように言ってきたから、目の前までやってきたナニレも少し戸惑いながらホバリングしている。

 人目のかなり少ない場所で呼んだはずだったが、やはり街に魔物が侵入してくるというのは異常事態に違いないらしく、どこからともなくワラワラと冒険者のような人々が集まってきた。
 マズイ、大事おおごとになってしまった。
 しかしここにはAランク冒険者がいる。
 サクラが説明すれば大丈夫だろう。

 俺は弁明してくれと言わんばかりにサクラに目配せする。
 しかしサクラは俺をジト目で睨むのみで全く説明してくれない。やっぱりちょっと考え無しだったか?
 仕方ない、俺から説明するしかないか…

「コイツは俺の使い魔だ。だから心配しなくてもいいぞ」

 テイマーという概念があるのだから、この説明で伝わるだろう。
 だが、俺のこの言葉は更に場を混沌に陥れることになる。

「使い魔?まさか魔物を使役できる魔法を使えるのか?」

「まあな。コイツが特別なだけだけど」

 嘘を織り交ぜつつ、ナニレには敵意がないことをアピールしてくれと言っておく。
 だが、どんどんと場は悪い雰囲気で満ち始めた。
 明らかに異常なまでに警戒している。
 その理由は一人の冒険者の男によって明かされた。

「最近魔物を大量に使役してる怪しい男が目撃されてな。それはお前か??」
 
 そう言う男は明らかに俺のことを敵視していた。
 テイマーというのは俺がたった今作った設定だ。
 なんだかタイムリーすぎる話題だが、その魔物を使役する男というのは絶対に俺ではないと確信できる。
 というわけなので簡潔に否定しておく。

「いや違うけど」

「まず手続き無しで街に魔物を入れてる時点でアウトだ。ギルドまでついて来てもらおう」

 厄介な事になった。
 俺はサクラの方を見てなんとかしてくれと懇願する。
 するとサクラはやれやれと首を横に振ったかと思えば、例に違わずAランク冒険者のギルドプレートを紋所のように翳して集まっている冒険者たちに説明した。

「私に免じて、この魔物とこの街に滞在することを許してくれない?そう長くはいないから」

 サクラが差し出したプレートに、集まっている野次馬たちの目は釘付けになっている。

「それはAランク冒険者のプレート⁉︎名前を伺っても?」

「私はサクラ。新星英雄のサクラよ」

「新星英雄にそんな名前のやついたのか?」

 そう言う男性冒険者は明らかにサクラを嘲笑している。
 言われてみれば確かに新星英雄という名は俺でも聞いたことがある程知れ渡っていたが、個々人の名はまるで聞いたことがなかった。
 いわばパーティ名の一人歩きでサクラ自体はそんなに知名度がないということ。
 一般冒険者にとっては、六人パーティという少し多めの人数でAランクに上がったというのは懐疑的なのだろうか?

「私がAランクなのが不満?だったらあんたとここで戦って示しても良いけど」

 ──瞬間、サクラが視界から消えた・・・
 …かと思えばサクラと会話していた男性冒険者の首筋に剣を突き立てて現れた。

 いったい何が起こった。
 透明になるような魔法を使った?
 いや、紋章を展開していなかったから魔法を使った形跡もない。
 単純な身体能力で?だとしたら詳しく話を聞きたい。

 嘲笑的だった男冒険者は苛立った様子のサクラに剣を当てられたことにより、態度を改める。
 サクラの動きは不意打ちのようで卑怯だと騒がれるかもと思ったが、流石に相手も冒険者をやっているということもあって実力の差を弁えたようだ。

「一般人はその魔物を見て騒ぎを起こすかもしれない。一応は滞在を許すが、人が多い所には行かないでくれ」

 吐き捨てるようにそう言って踵を返す男冒険者を見て、野次馬も散り散りに去っていった。
 小物感が凄かったが、一応あの男冒険者は街の権力者に近かったのだろう。
 まあいい、とりあえずはナニレの存在も認可された。
 あとは本部まで案内してもらうだけだ。

「よし。本部まで案内してくれ」

「よし、じゃないわよ。考え無しに行動を起こさないでくれる?」
 
 ナニレに指示を出す俺だったが、サクラに横槍を入れられる。
 その表情は剣呑でいかにもキレる一歩手前といった感じである。

「すまんすまん。丸く収まったから良くないか?」

「良くないわよ。……って、レイたちは?」

 周囲を見回してレイたちを探すサクラを見て怒りの矛先がどこかに行ったことに安堵しつつ、確かに妙に静かだったことを思い出す。
 さっきまで確実に一緒にいた。
 まさか勝手に海水浴にでも行ったのか?あいつらならやりかねない。
 …そう思った矢先、両手に海鮮の串焼きをパンパンに持った三人組の姿が街の屋台の方から現れた。

「久々の海鮮うめ~!」「これ何の魚?」「クラーケンじゃね?」

 行き場を失っていたサクラの怒りの矛先は、そんな会話をしながら呑気に戻ってきた三人組へと向けられる呆れに変わったのだった。
 そして、俺たちはナニレを急かして郊外へと向かう。



『この遺跡が入り口です』

 ヴェリダット北西、数多くある街外れの遺跡群の一つ。
 何を象徴しているかもわからないモノリスが立ち並ぶ人気ない不気味な荒野の只中で、ナニレは止まった。

 海の匂いはまだ立ち込めている。
 荒野は相変わらず魔族領と亜人族領とを隔てる巨壁によって分断されている。
 ここを棲家にしている謎の地中生物の呻き声が景観に溶け込んでいる。

 ナニレが示す門のような遺跡への入り口から視線を外し、俺たちはただ目の前の遺跡近くにある、巨大で果てしない、地の底まで続くかのような巨崖──ハーマゲドンの谷の開始地点を眺めていた。
 まるでこの荒野から何かこの大陸を真っ二つに割ろうとした力が放たれたかのような、そんな様子。
 分断の巨壁はそのハーマゲドンの谷の開始地点まで造られており、それ以降は谷という自然地形によって領土が分断されているという本当に意図的に作られたかのようなもので、

「本当にこれ、自然地形なの?」

 サクラの言うような疑問を感じずにはいられない。

 俺はナニレが示した遺跡の入り口へ視線を戻す。
 苔むした外装。
 とてもこの中に何かがあるとは思えないほどに小さな入り口。
 だが誘い込むように空気を飲み込むその姿は、中に機械の林立する研究施設があっても不思議ではないような、そんな佇まいだ。

「行くか」

 俺の呟きに言葉で答える者はいない。
 ナニレとはここでお別れ。
 俺は「エルートに礼を言っておいてくれ」とだけ告げ、背中を向けるナニレを送り出す。

 どこか残る不安感からくる動悸か、それとも古代の代理人デュアル・エーという宿敵の長をようやく倒せる、ミルの仇を討てるという高揚感からの武者震いか。
 俺の体はいつもとどこか少しだけ感覚が違うような、そんな気がしていた。

 違う、俺の体がおかしいんじゃない。
 俺の体を纏う──神光支配ハロドミニオが揺らいでいる??
 それはまるで恐怖によって号哭しているような、俺にそこには行ってはならないと懇願しているかのような、筆舌に尽くしがたい未だかつてない状態。
 もちろん神々封殺杖剣エクスケイオンに意志などない。
 神々封殺杖剣エクスケイオンはあくまでただの道具なのだ。
 もしや…神々封殺杖剣エクスケイオンに封じられた…神ゼレスの根源的意思がこの場所に共鳴しているのか?
 この場所には神を堕とした何か・・がある?

 確証はない。
 それに気づいたところで、そんな曖昧なものによってここまで来た意味を無碍にすることなどしない。
 だが──指数関数的に俺の不安が跳ね上がったことに違いはない。

「どうした?」

 行くかと言ったのにも関わらず中々足を踏み出さない俺を見て、レイは相変わらずの何も不安などないといった表情を浮かべている。

 そうだ、何も不安などないのだ。ないのだが…油断や慢心はダメなものだとこれまでの冒険で嫌というほど痛感した。
 決して楽に倒せる、俺なら倒せるとは簡単に思えないほどの敵がこの先にはいるはず。
 だが、そんな泣き言を吐ける瞬間などとうにミルの亡骸と共に王都魔剣術学校の地下に置いてきたのだ。

 遺跡の中はなんの灯りもないようで薄暗い。
 それぞれサクラが用意した松明を持って、遂に前進を開始する。
 俺は強くなり始めた動悸を意味もなく服の上から右の掌で押さえつけていた。

 遺跡内部。
 何故だか非戦闘要員だと思われている俺を先頭にして、一向は古代の代理人デュアル・エー本拠地の一本道を突き進む。
 そこは想像通りの陰湿さと静けさを保っており、ただただ俺たちの足音のみが響くばかり。
 荒野の周囲にはまるで水の気配はなかったはずなのに水を滴らせる天井は小さな蜘蛛の巣が張り巡らされ、全く手入れなどされていないのが理解できる。

 本当にこの先に本拠地があるのか、といった無粋な問いは無神経なレイたちからですら上がらず、ただただ俺たちは無言を貫いたまま進んでいる。
 レイたちも余裕そうに振る舞ってはいるが、内心では警戒しているはずなのだ。
 それもそのはず。
 クラスメイトであったショウたちがたった一人によって捕らえられたという誇張も脚色もない紛れもない事実。
 その事実は十分にレイたちの気を戦闘たらしめる要因へと成り得ている。
 
「まだ続くのか?」

 迷宮のように分岐点があるわけでもなく、侵入者を阻むトラップがあるでもなく。
 ただただ来るものを拒まない一本道は永遠と思えるほどにひたすらに続いていた。
 痺れを切らして警戒心のかけらもない言葉を漏らすリョウトの気持ちも分かる。
 はたして古代の代理人デュアル・エーの奴らは本当にこの道を逐一通って外に出ているんだろうか。
 そんな心からの疑問が口を出かけた時。奥の空間から、声が響いた。

「そのまま歩いてくれれば着くから、心配しないで進み続けていいよぉ~」

 果てしない通路の奥から聞こえた大きな声。
 反響し、こだまするその声は女のものだった。
 俺たちの警戒心をまるでブチ壊す、ふざけていると言わざるを得ない呑気で子供じみた声。

 怒りが沸々と込み上げてきた。
 敵はまるで俺たちのことを舐め腐っている。
 戦闘への決意を踏み躙る、だが敵にとっては悪意はないような、無邪気で碌でもない声。
 後ろを振り返れば、レイたちやサクラでさえも呆気に取られていた。
 レイに至っては額に青筋を立ててブチギレる寸前である。

「なあ、完全に俺たちのことをナメてるよな?」

 チアキはそんな言葉に出さなくても分かるようなことを確認してレイたちの激憤を煽っている。
 遂にはずっと先頭だった俺の前まで来て、小走りで声の聞こえた方へと急ぎ始めた。

「バカ、挑発に乗るな!」

 もうレイたちに俺の指示を聞く耳などない。
 サクラもここまですぐ感情的に行動してしまうレイたち三人に呆れている。
 だが、サクラも腹が立ったことに違いはないらしく、何も言わずに三人の後をついて行った。
 俺はそんな四人を前に、最後尾を駆ける。

 やがて松明の明かりだけで薄暗かった通路が一気に開ける。
 声の主の言った通り、ここが通路の終着点と見て間違いなさそうだった。
 
 そこはまるで闘技場のような空間だった。
 しかし観客席などはない。
 ただ、周囲の壁で灯る無数の松明たちと、俺たちを待ち構えていた『三人の精鋭』たちが、そこを闘技場たらしめている。

 一気に明るくなって開けた空間。
 レイたち三人は持っていた松明を投げ捨て、それぞれ武器を構える。
 レイとリョウトはそれぞれ紋章武器アイデントアームを扱える。
 レイは長槍、そしてリョウトは短剣を。

 リオーネの屋敷で見せつけられたそれはもうすっかり二人の手に馴染んでおり、もはや生まれた頃からその武器を軽々しく扱えたんじゃないかと錯覚させるような構えをとっている。
 そしてチアキが使えるのは…確か炎魔法だったか?

 レイたちの圧巻の構えを見て懐かしく思い出される、この世界に転移してきた直後の記憶。
 次々と色のある紋章を展開させ、魔法の性質を嬉々として語るクラスメイトたちに対して、色のない死人の紋章コープスアイデントだった俺。
 妬んで、羨んで、嫉んだあの時の感情は決して忘れられるものではない。

 俺はそんなレイたち三人と対峙する、古代の代理人デュアル・エーの三人の姿をマジマジと確認した。
 一人は気だるげで今にも倒れてしまいそうな程に目がうつろな男、もう一人は紋章を展開して魔法を使っている素振りはないのに、ふわふわと宙に浮きながらあくびをしている猫耳を生やした女魔族。
 そして最後のもう一人は…

「お前…古代の代理人デュアル・エーの一員だったのか⁉︎」

 その姿を確認して思わず大きな声を出してしまう。
 
「知り合いなの?」

 サクラが確認してくる。
 答えてもいいが別にそれほどあいつ・・・とは接点があったわけではない。
 アルカイドで王都魔剣術学校の試験を受けた時。
 俺とミルから高額で受験票を買い取ろうとしてきたバンダナ男が、そこにはいた。

 気だるげに剣を持つその男はまるで戦闘などしたくないと言いたげであり、俺の声を聞いてもまるでピンときていない様子。
 よく考えれば無理もない。
 あのバンダナ男と出会った時、俺は銀鏡の蜘蛛アトロネの力によって十歳の少年の姿になっていたのだ。
 今の姿の俺が声をかけたところで分かるはずもない。よってサクラには、

「いや見間違いだった」

 と答え、レイたち三人の戦闘意欲に横槍を入れないように身を潜める。
 サイディスと思しき男の姿はない。
 ここで俺が前に出て戦う必要など、どこにもないのだ。
 強いていうならミルを奪った第三支部にも入り浸っていたであろうあのバンダナ男とりたいくらいだが…やる気を出しているレイたち三人とサクラに水を刺すのは無粋だろう。

「君たち、よくここがわかったねぇ。そういう魔法を使える人がいるの?」

 そう喋る猫耳女魔族の声は、先ほどの挑発とも取れる発言を放ったものと質が同じだ。
 ことごとく余裕そうな表情。
 俺はそんな様子の猫耳女魔族の姿を見て、第三支部でリーラと戦った、自らをナンバー3スリーと名乗ったAランク冒険者、『殲滅』のベレネイアの面影を見出した。
 おそらく、いや、確実にこの猫耳女魔族は数字兵ナンバーズの中でもトップに近い存在。
 ナンバー2ツー辺りとでも思っておいた方がいいだろう。

 ん…待てよ??
 ベレネイアはリーラと戦う直前…確かに言っていた。
 ナンバー2ツー魔王護六将校エクシ・アドミラだと。
 魔族はやはり三人の真ん中で浮かぶ猫耳女しかおらず、ベレネイアの言葉と俺の推測が一致する。
 だとしたら…レイたちと言えど相当の苦戦を強いられることに違いない。
 ここは三対五という状況を大いに利用して戦う他ないだろう。
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祝【コミカライズ決定】!! 「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」 回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。 フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。 しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを…… 途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。 フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。 フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった…… これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である! (160話で完結予定) 元タイトル 「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」

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