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第五章
66. 思わぬ再会
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「お願い…助けて…!」
メグレズ北方、ゼレス大迷宮がある迷宮都市『ライラル』の冒険者ギルド。
その二階にある酒場で昼間から浴びるほど酒を飲みながら馬鹿騒ぎしている三人組の冒険者に話しかける『新星英雄』の一人、村上サクラ。
そんなサクラに助けを乞われた、三人組冒険者…朝戸レイ、高梨チアキ、辻リョウトはゲラゲラと嘲笑を絶やさず机に足を上げている。
「新星英雄とかいう大層な肩書きを持ってる奴らが、いったいどうしたんだ???」
面白い話のネタを見つけたとでも言わんばかりにレイは相変わらず酒を喉に流し込みながらサクラに尋ねる。
別れてからまだ半年程度しか経っていないのにすっかりこの世界に染まってしまったレイたちに辟易しながらも、サクラは事の発端を説明した。
◆◇◆
「やあ、君たちが新星英雄とかいう冒険者で合ってる?」
Aランク相当の討伐依頼を完了し、街へ戻ろうとしていたショウたちの元に現れた白色の影。
話しかけてきた男は、百八十後半はありそうな高身長とハイライトのない死人のような瞳を持ち、特徴的な紋様があしらわれた白色のロングコートを身に纏っていた。
その男は明らかに異常な雰囲気を醸し出している。
「そうだけど、何の用ですか?」
男に敵意は感じられなかった。
だが、こんな人気のないところで突然話しかけてきた男に警戒心を絶やさずショウは対応している。
というのも男から少なくともAランク冒険者ほどの実力を持っている強者の気配が汲み取れたからだ。
「僕はサイディス。君たちはニホンから来たんだろ?ちょっと僕に着いてきてくれないかな」
突然、この世界では全く聞かなかった『日本』という言葉を用いたサイディスと名乗る男にショウたちは驚愕する。
何故サイディスが日本について知っているのかはわからなかったが、この世界にきてから初となる日本についての手がかりを得られるかもしれないと、ショウは目を輝かせた。
「日本について…何か知ってるんですか?日本に行く方法とか…?」
ショウは自分でも質問が飛躍していることに気づいていた。
だが、どうしてもそれを真っ先に聞きたくて仕方なくなってしまったのだ。
興奮するショウは、何故自分たちが日本と関わりがあることをサイディスが知っているのかという単純な疑問さえ、思い浮かんでいない。
「それは知らないよ。僕はただニホンについて興味があるだけ。そうだな、じゃあ君だけでいいや。とりあえず僕についてきて」
ショウを指差し、踵を返そうとするサイディス。
そんなサイディスの自分勝手な様子を見てショウたちは疑問符を隠せていない。
そんな中、ヒナコが口を開いた。
「ちょっとあんた、サイディスとか言ったっけ?私たちこれからギルドに報告に行かないといけないから。じゃあまたね」
あくまでも自分たち優位の考えを崩さず、そして至極真っ当な言葉をぶつけるヒナコだったが、それでサイディスは明らかに機嫌を崩したようだった。
理不尽で自分勝手。そんな言葉が似合う子供のようなサイディスの姿にショウはただただ不気味で不穏な異質すぎるオーラを感じとる。
「うん、だからその男だけついてこいって行ってんじゃん。いや、実験対象は数が多い方がいいからな…じゃあ君以外がついてきなよ」
今度はヒナコを指差しヒナコ以外についてくるよう要求しだした。
双方に立ち込め始める苛立ち。
それをぶち壊したのはトモヒサの疑問、そしてそれに対するサイディスの答えだった。
「嫌だと言ったら?」
「そうだね。面倒だけど無理やり連れてくかな」
サイディスは腰に刺す片手剣に手をかけ、一気に抜き取った。
顕になる刀身は、ただのありふれた鉄剣。
しかし──ショウはそんな今にも折れてしまいそうな剣を持つサイディスのやる気のなさとは裏腹な、美しい構えに魅入ってしまう。
そして即座に脳内で一つの考えが生み出される。
──僕じゃ、この男には勝てない。
だがそれはショウが一対一で対峙した場合である。
今は銀鏡の蜘蛛と戦った時とは違う。
慢心も過信もない。
それに全員がレベル十。
いざとなったら温存していたマサキの魔法もある。
決してただ一人の男に負けるわけがないのだ。
──そう、思っていた。
空気が揺らいだ。
後方に退避し優位を取ろうとしていた遠距離攻撃得意のヒナコと回復役のユナは、わけもわからないままその場に崩れる。
出血はない、ただ気絶しているだけ。
絶句も束の間、ショウはマサキに向かって叫ぶ。
「この男は無理だ!転移しろ!!!」
その言葉でマサキは瞬時に紋章を展開した。
この時点でマサキは自分のみが転移することを考えていた。
もちろんそれはただ自分だけが助かりたいという欲によるものではない。
マサキの転移魔法は、複数人で転移する場合はマサキの周囲に集まらなければならない。
それゆえ、この場で複数転移を実行してしまえばサイディスもろとも街へ転移してしまうことになるのだ。
──だが、それすらも叶わなかった。
「魔法が…使えないっ…!」
何度も使い慣れたはずの魔法を行使できないことに焦燥を隠さないマサキ。
魔力を表す紅の輝きは十分にある、それなのに何故──
その疑問の答えはサイディスによって明かされる。
「残念ながら僕の前では魔法を使えないよ」
そう言うサイディスは紋章を展開していた。
魔法を使わせなくする魔法。
そんな誰もが一度は考えたことがあるような魔法を、サイディスは使っていた。
動揺を隠しきれないショウたち六人だったが、ただ一人、魔法によって自身の気配を極限まで消すことができるサクラだけはこの場から離脱していた。
それはショウからの指示であった。
──もしも僕たちがどうしようもない窮地に陥っても、サクラだけは魔法で逃げて助けを呼ぶんだ。
サクラはかつてショウから出されていたそんな指示を実行しただけにすぎない。
だがサクラは姿を隠してもなお、逃げ出せずにいた。
魔法が使えなかったことにより頭が真っ白になったマサキが即座に意識を刈り取られる様を確認し、シールドを展開できずに為す術なく薙ぎ倒されるトモヒサを確認し。
もはや目を逸らせなかったのだ。
それほどまでにサイディスの剣技は…美しかったと言わざるを得ない。
しかし残ったことにより得られた情報もある。
サイディスが魔法を使えなくする対象は一人のみである。
事実、サクラは魔法を使えている。
最後まで抵抗していたショウもサイディスの一撃によって気絶し、サクラを除く五人全員が地に臥した。
サイディスは六人目のサクラを探すような素振りを見せたものの、深く追おうとせず五人を担いで踵を返す。
サクラはそのまま街まで逃げた。
そして自分が知る中で最も強いであろう冒険者を探して、探して、探し回った。
そしてついに見つけたのである。
自分たちと同等か、それ以上の強さを持っているであろうレイたち三人を。
◆◇◆
「それで、そのサイディスとかいう男がどこに行ったのかはわかんのか?」
サクラの話を聞き終えたチアキが当然の疑問を口に出す。が、サクラは俯いたま掠れた声を漏らした。
「わからない…」
「はあ?そんなんじゃ助けるもクソもねーじゃん!」
嘲笑するレイたち三人にサクラは全く反論できなかった。
確かにレイたちとはただクラスメイトだっただけ。
ただそれだけの理由で今回話すのも初めてなぐらいのレイたちが危険を冒してまで自分たちを助けてくれるとは思えない。
「ごめん、あんたたちに頼った私が馬鹿だった」
諦めて踵を返したサクラの目に、信じがたい光景が映る。
ライラルの大通り。
人が縦横無尽にごった返すその道に、確かに見知った顔が通り過ぎた。
目にかかるくらいの黒髪と、人生に絶望したかのように暗い表情。
そこらの屋台の料理を見回して、どの串焼きを買うか吟味して歩いている男。
死んだと思っていた。
──サクラが知るもう一人のクラスメイト…相沢ワタルの姿がそこにはあった。
◆◇◆◇◆◇
「懐かしいな…」
ごった返す馬車と竜車。
活気に溢れた声が重なる大通りと、心地良い陽光を反射して輝くステンドグラスが散りばめられた幻想的な建造物。
俺はゼレス大迷宮の入り口がある大商業都市、ライラルまで戻ってきていた。
というのもこの街はナニレに案内されている古代の代理人本部までの通り道にあるからだ。
ロート、サファとパーティを組んだ懐かしい冒険者ギルドの横を通り過ぎ、軽食が取れそうなレストランを探している。
その前に屋台の串カツでも頬張りたいと思っていた、そんな時だった。
背後から俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「…タル君…ワタル君!」
耳を澄ませてみると、確かに俺の名前を読んでいる。
だが、おかしい。
この世界で俺の名前を君付けで呼ぶ人なんていたか?声も全然聞き覚えがないし…
俺は振り返って声の主を探した。
しばらく辺りを見回したところで、身長の低い女の子がこちらに向かって走りながら手を振っているのを見つける。
その姿を確認して驚いた。
何故なら声の主の正体は…
「サクラ…?」
約半年ぶりに出会うクラスメイト、村上サクラだったのだから。
驚いたのはこんな所で久しぶりに会ったせいだけではない。
サクラがたった一人でいることも疑問だった。
てっきりサクラは『新星英雄』の一員で、常に六人で行動していると思っていた。
それとも近くに他の五人がいるのか?
だとしたら何故トモヒサやショウではなくサクラが俺の元に。
いずれにせよ話せば分かる。
急いでいたが、俺はサクラの元まで歩み寄った。
「久しぶりだな」
近づいたことによりサクラの雰囲気が日本にいた頃とは変わっていることに気づく。
殆ど、いや全く話した事が無かったのにサクラから話しかけてくるのは正直意外だった。
自分から話しかけるようなタイプでは無かったと思うし、この世界で生活するにつれて多少のコミュニケーション能力はついたのだろう。…俺もそうなのだが。
俺の装備とは全く違う高級感のある防具に身を包むその姿から、確かにAランク冒険者として名をあげたのだろうということが伺える。
「ワタル君…生きてたのね」
俺の顔を見上げるサクラの顔はあまり表情がない。
というかどうやら俺は死んだと思われていたらしかった。
新星英雄とか言われるレベルまで成長したショウたちに対して、全く無名で冒険者としてほとんど何もしてない俺。当然と言えば当然…なのか?
いや違う。
トモヒサが俺を探さないとは思えないし、俺が明確に死んだという情報を掴んでいたのだろう。
おそらくは、銀鏡の蜘蛛と戦って帰らなかった死人の紋章の男がいた、とかそんな情報を。
「まあなんとか。そっちはどうなんだ?トモヒサたちはどうした?」
一番聞きたかったことを聞いてみたが、サクラは俯いた。
「トモヒサは…みんなは…変な奴に捕まっちゃった」
「変な奴?」
急に思い出したように泣き出してしまったサクラをどうすればいいかわからないまま、疑問を返す。
どうやら六人は別れたくて別れたというわけではないらしい。
しかもどうやらそれが起こったのは最近のようである。
「サイディスとかいう男…知らない?」
そのサクラの一言は、俺にとっては衝撃的だった。
あまりにタイムリーすぎる。
竜の里を襲った古代の代理人のディエンが言っていた。
今は竜王となったチェフェンの首にシグルズを突き刺したのは、サイディスという男だと。
サイディスはおそらく古代の代理人の長であり、底知れぬ実力者。
まさかAランク冒険者であるショウたち五人を一人で捕らえたとか言うんじゃないだろうな?
「一応知ってるが…」
「本当⁉︎どこにいるか分かる??」
ダメ元で聞いたのだろうが、予想外の答えを返した俺に食いついてくるサクラ。
どこにいるか?
その答えを教えてやるのははたして正解なのか。サイディスが古代の代理人本部にいるのはおそらく確実。
そして丁度俺はそこに向かおうとしている。
この様子からしてそれを告げれば間違いなくサクラはついてくるだろうが、正直言って足手纏い。
人質にでも取られたら厄介なので教えたくはない。
返答を渋っていたその時。
サクラ背後の路地からこれまた懐かしい三人組が顔を覗かせてきた。
「よお、ワタルじゃねーか!てめえも生きてたんだな!」
下品に笑い、昼間だと言うのに酒の臭いを撒き散らせながら闊歩する男たち。
レイ、チアキ、リョウトがそこにはいた。
全く随分とこの世界に染まってしまったようである。
トモヒサたちのように名前こそ聞かなかったものの、ちゃんとこの世界に順応したんだな。…良くない方向にだが。
というかまさかこんなところで四人と会うとは。
いや、もしかしてサクラはこの三人と会っていたのか?
サイディスに捕まったという五人を救うために、この三人に助けを求めたんじゃないか?
そこに本当にたまたま俺が通りかかった。だとしたら色々辻褄が合うが。
相変わらずコイツらにも死んだと思われていたようで、苦笑せざるを得ない。
そしてこの三人を見たことで思い出したのはヨウトの存在だった。
サクラたち女子生徒三人と、トモヒサ、ショウ、マサキの六人で新星英雄だろう。
もしかしてヨウトは俺のように一人で行動してるのか?
一応聞いてみるか。
「沢田ヨウトはどうした?」
挨拶を交わすでも無く、真っ先にそれを聞いて来た俺にキョトンとした表情を返す三人組。
そして何を思い出したのか、三人は更に大きな声で笑い始めた。
「あ~、ヨウトな。ビックリするぐらい存在感が無さすぎてアイツのことは忘れてたわ。ま、リオーネの屋敷に取り残されたから普通にもう殺されてんじゃね?」
そう言い切るレイはクラスメイトのことだというのにまるで他人事だった。
リオーネの屋敷に取り残された?何故九人と一緒に転移しなかったんだ?
考えられる可能性は…
「マサキの魔力か…」
転移魔法ともなると莫大な魔力を消費すると推測できる。
俺含めたヨウト以外の十人というキリのいい数字で魔力が底を尽きたと考えると妥当だ。
だとしたら俺にそれを責める筋合いは無い。
「そういうことだ。傑作だったぜ、チアキがこう、ヨウトの腹ぶん殴ってよぉ。魔法陣から追い出して俺たちはなんとか逃げたんだ。あのまま悩んでたら確実に死んでたろうし、ショウたちにも感謝して欲しいよなあ?」
さも武勇伝かのように鼻高々に語るレイを、俺は軽蔑の眼差しで見つめた。
ここまで最低なやつらだったとは思わなかった。
この事実はサクラも知らなかったのか、絶句している。
とりあえずこの事については置いておこう。
このままレイ達に話の主導権を握らせてしまうと長々と自慢話に付き合わされそうだ。
「あそこで話さないか」
ここは人目も多い。
ふと目に入ったレストランの看板を指差し、場所を移動するよう促す。
サクラも「わかった」と頷き、俺たちはレストランの中へと入った。
まさかレイ達三人も付いてくるとは思わなかったが…いったい何処まで話そうか。
「それでサイディスはどこにいるの?あいつはいったいなんなの?」
席に着くなり質問ぜめを開始するサクラ。
店にいた可愛らしい猫耳店員にナンパしに行くレイたち三人には目もくれないほど焦っているようである。
俺はコミュニケーション能力が謎に高いレイたち三人に感心しながら、まずテーブルに置かれていたメニューを眺めつつ答えた。
「まずお前らがどんな状況でサイディスに捕らえられたのか教えてくれ」
別にこれに関しては聞かなくていいことだが、サクラに話をさせることで落ち着かせ今後の話を円滑に進めるための措置でもある。
結局撃沈して同じ卓に座ったレイたち三人はメニューも見ずに先の店員に酒を頼んでいる。
うるさい奴らがいると話が纏まりずらいからどっかに行って欲しいものだが…まあいい。
俺の言葉でそれもそうねと一拍おき、サクラはサイディスとの戦闘を事細かに話し始めた。
どうやらサイディスは本当に脈絡もなしにトモヒサたちを襲ったらしい。
それにしても魔法を使えなくする魔法か。
そんな魔法常時使えないと思うし、常にマサキを見ていられるわけではないと思うから、隙を見て転移魔法で逃げ出して欲しいものだが、実際はどうなのかわからない。
サクラの話をレイたちは既に聞いた後だったらしく、俺が話を聞いている間、退屈そうにつまみを貪りながら三人で談笑していた。
それはそうとサイディスはたった一人でAランク冒険者六人を相手どったということだ。
全くふざけている。
はたして俺が古代の代理人本拠地に単身で乗り込んだとして、サイディスを倒すことはできるのだろうか。
普通に不安になってきた。
「俺たちはワタルの話を聞きたいんだけどな~。お前、相変わらず魔法使えないんだろ?今まで何やってきたんだ?」
今後の展望を考えていたが、俺の思考を遮って、憐れむように魔法が使えないという所を強調して挑発してくるレイ。
真面目に答えてやってもいいが、銀鏡の蜘蛛と戦って王都魔剣術学校に通って竜の里に行って…なんて説明している暇も道理もない。
だから、
「普通に冒険者やって暮らしてた」
と、適当に返事しておく。
ってかなんでコイツらは俺たちと同じ卓に座ったのか疑問だったが、俺の哀れな話を酒の肴にするためだったのか。腹立たしい。
「へえ。今の冒険者ランクは?」
「Dだな」
懐から鉄のギルドプレートを取り出し四人に見せる。
それを見てレイたちは堪えきれなくなって吹き出したようである。
「だいぶ苦労してんだなあ…!おいサクラ、コイツに助けを求めるのは間違ってるぜ」
「そう…みたいね」
相変わらずの嘲笑にサクラも同意している。
反論する気は無いが、下手に実力を買われるよりはいいか。
「そういうお前らはどうなんだよ」
俺もレイたち三人組に向かって問う。
サクラたちはAランク冒険者でありまだいいが、レイたちはおそらくAランクではないのでそこまで言われる筋合いはない。
「まあAランクには余裕で上がれるけど、今はBランクだ。Aランクに上がらない方が動きやすいんだよ。娼館に行く時なんて特にそうだな!」
今度はわざとAランクに上がっていないという点を強調して、誇らしげにAランクに上がらない理由を説明するレイたち。
にしても娼館か、ちょっと行ってみたいな。っていうのは冗談だ。危ねえ、口に出すとこだった。
なんだか久しぶりにクラスメイトと会ったことで少しだけ気持ちが浮ついているような気がする。
「…話を戻すけど。サイディスについてワタル君が知ってることを教えてよ」
娼館という言葉を聞いてサクラはあからさまに嫌そうな顔をしてレイの話を遮る。
一応話せることだけ話しておくか。
「古代の代理人って聞いたことあるか?」
「聞いたことない」
サクラ、そしてレイたち三人も口々に知らねえと首を傾げている。
まあ確かに普通に暮らしてれば古代の代理人の奴らと会うことなんてないからな。
「サイディスはその古代の代理人っていう組織の長だ」
「なんでそんなこと知ってるの?」
「たまたま古代の代理人の下っ端と戦った時に聞いてな。どうも古代の代理人は古代人の技術を復活させることを目論んでるらしい」
下っ端、という表現をしたが明らかにディエンは数字兵上位の実力を持っていた。
事実、俺は戦って左手を切り落とされている。
「そいつらがなんでショウたちを?」
「それは知らん」
サクラは俺に一蹴され一気に不貞腐れる。
確かに言われてみれば何故サイディスはショウたちを?
ログリアのようによからぬ実験を企んでいるのだとしたら早々に助けに行かなければ手遅れになる。
王都魔剣術学校で電池の如く魔力を使い潰されて殺された魔族の子供たちの姿を思い出す。
古代の代理人は第三支部であれだけの設備の元、事件を起こした。
本部だったらどれだけの技術が集約されているのか皆目見当もつかない。
確実にショウたちは何かの目的のため捕らえられたはずだ。
ログリアが企んだ亜人化計画のように壮大な、何かを。
「…それで、サイディスがどこにいるか知ってる?」
「一応知ってるが…」
「本当⁉︎タイミング良すぎるでしょ!」
食い気味に身を乗り出してきたサクラを見て、俺は自分が失言してしまったのだと気づく。
ここで知らないとでも言っておけば、テキトーな理由をつけてサクラとは別れられたんだろうが…なんだか良心の呵責に苛まられそうでつい口走ってしまった。
まあ…教えてやるか。
と、その時だった。レイが意外な言葉を口にした。
「俺たちも付いてってやるよ」
この言葉に、サクラはかなり驚いていた。きっと一度断られたのだろう。
「いったいどういう風の吹き回し?」とレイを睨んでいる。
レイたちのことだから裏があるのだろうが…はたして。
レイは「取引だ」と言って口角を不気味なほど吊り上げた。
酔っているというのにそれを感じさせず、軽快に言葉を続ける。
「もし俺たちのおかげでショウたちを助けることができたなら、今後ショウたちが受け取るギルド報酬の半分を俺たちに横流ししろ。この世界にいる間、一生な」
「半分!?横暴よ!」
やはりレイたちはタダでクラスメイトを助けるなんてことはしないようで、サクラの言うとおりかなり横暴な報酬を要求していた。
Aランク冒険者であるショウたち『六人』が受け取る報酬。
それは莫大なはずで、それの半分を受け取り続けれるとしたらレイたちは一生この世界で遊んで暮らせるだろう。
「別に断ったっていいんだぜ?Dランクの男と行って助けられると思うんならな!」
俺を指差しながらそう付け加えてゲラゲラと笑うレイたちは相変わらずのアルコール臭を垂れ流している。
そんなレイたちを見て、サクラは「私だけじゃ決められないよ…」と数分考え込んだ素振りを見せたが、やがて重苦しく了承の言葉を口にした。
「わかった。もしもあんたたちのおかげでショウたちを助けられたなら、今後私たちが得る報酬の半分をあんたたちにあげる」
「…そうこなくっちゃなあ!じゃあワタル、案内よろしく」
「俺に報酬はないのか?」
なんだか当然の如く話が進んでいるが、そもそも俺が案内しなければショウを助けるもクソもないのだ。
全く自分勝手で少し癪に触ったので、別に報酬など求めてないがサクラに向けて口にしてみた。
「そうね。ワタルは戦闘に参加しなくてもいい。後で防具か何か…買ってあげる」
俺の質素な全身を見て慰めるように言うサクラ。どうやら大分格下に見られてるらしい。
まあいい。旅は道連れ。古代の代理人本部には最初から乗り込む予定だったし、ただ仲間が増えただけだ。
まずは腹ごしらえをしよう。
俺は店員を呼んで、長々と話し続けた間ずっと見続けたメニューの中から結局看板メニューを選んで注文した。
メグレズ北方、ゼレス大迷宮がある迷宮都市『ライラル』の冒険者ギルド。
その二階にある酒場で昼間から浴びるほど酒を飲みながら馬鹿騒ぎしている三人組の冒険者に話しかける『新星英雄』の一人、村上サクラ。
そんなサクラに助けを乞われた、三人組冒険者…朝戸レイ、高梨チアキ、辻リョウトはゲラゲラと嘲笑を絶やさず机に足を上げている。
「新星英雄とかいう大層な肩書きを持ってる奴らが、いったいどうしたんだ???」
面白い話のネタを見つけたとでも言わんばかりにレイは相変わらず酒を喉に流し込みながらサクラに尋ねる。
別れてからまだ半年程度しか経っていないのにすっかりこの世界に染まってしまったレイたちに辟易しながらも、サクラは事の発端を説明した。
◆◇◆
「やあ、君たちが新星英雄とかいう冒険者で合ってる?」
Aランク相当の討伐依頼を完了し、街へ戻ろうとしていたショウたちの元に現れた白色の影。
話しかけてきた男は、百八十後半はありそうな高身長とハイライトのない死人のような瞳を持ち、特徴的な紋様があしらわれた白色のロングコートを身に纏っていた。
その男は明らかに異常な雰囲気を醸し出している。
「そうだけど、何の用ですか?」
男に敵意は感じられなかった。
だが、こんな人気のないところで突然話しかけてきた男に警戒心を絶やさずショウは対応している。
というのも男から少なくともAランク冒険者ほどの実力を持っている強者の気配が汲み取れたからだ。
「僕はサイディス。君たちはニホンから来たんだろ?ちょっと僕に着いてきてくれないかな」
突然、この世界では全く聞かなかった『日本』という言葉を用いたサイディスと名乗る男にショウたちは驚愕する。
何故サイディスが日本について知っているのかはわからなかったが、この世界にきてから初となる日本についての手がかりを得られるかもしれないと、ショウは目を輝かせた。
「日本について…何か知ってるんですか?日本に行く方法とか…?」
ショウは自分でも質問が飛躍していることに気づいていた。
だが、どうしてもそれを真っ先に聞きたくて仕方なくなってしまったのだ。
興奮するショウは、何故自分たちが日本と関わりがあることをサイディスが知っているのかという単純な疑問さえ、思い浮かんでいない。
「それは知らないよ。僕はただニホンについて興味があるだけ。そうだな、じゃあ君だけでいいや。とりあえず僕についてきて」
ショウを指差し、踵を返そうとするサイディス。
そんなサイディスの自分勝手な様子を見てショウたちは疑問符を隠せていない。
そんな中、ヒナコが口を開いた。
「ちょっとあんた、サイディスとか言ったっけ?私たちこれからギルドに報告に行かないといけないから。じゃあまたね」
あくまでも自分たち優位の考えを崩さず、そして至極真っ当な言葉をぶつけるヒナコだったが、それでサイディスは明らかに機嫌を崩したようだった。
理不尽で自分勝手。そんな言葉が似合う子供のようなサイディスの姿にショウはただただ不気味で不穏な異質すぎるオーラを感じとる。
「うん、だからその男だけついてこいって行ってんじゃん。いや、実験対象は数が多い方がいいからな…じゃあ君以外がついてきなよ」
今度はヒナコを指差しヒナコ以外についてくるよう要求しだした。
双方に立ち込め始める苛立ち。
それをぶち壊したのはトモヒサの疑問、そしてそれに対するサイディスの答えだった。
「嫌だと言ったら?」
「そうだね。面倒だけど無理やり連れてくかな」
サイディスは腰に刺す片手剣に手をかけ、一気に抜き取った。
顕になる刀身は、ただのありふれた鉄剣。
しかし──ショウはそんな今にも折れてしまいそうな剣を持つサイディスのやる気のなさとは裏腹な、美しい構えに魅入ってしまう。
そして即座に脳内で一つの考えが生み出される。
──僕じゃ、この男には勝てない。
だがそれはショウが一対一で対峙した場合である。
今は銀鏡の蜘蛛と戦った時とは違う。
慢心も過信もない。
それに全員がレベル十。
いざとなったら温存していたマサキの魔法もある。
決してただ一人の男に負けるわけがないのだ。
──そう、思っていた。
空気が揺らいだ。
後方に退避し優位を取ろうとしていた遠距離攻撃得意のヒナコと回復役のユナは、わけもわからないままその場に崩れる。
出血はない、ただ気絶しているだけ。
絶句も束の間、ショウはマサキに向かって叫ぶ。
「この男は無理だ!転移しろ!!!」
その言葉でマサキは瞬時に紋章を展開した。
この時点でマサキは自分のみが転移することを考えていた。
もちろんそれはただ自分だけが助かりたいという欲によるものではない。
マサキの転移魔法は、複数人で転移する場合はマサキの周囲に集まらなければならない。
それゆえ、この場で複数転移を実行してしまえばサイディスもろとも街へ転移してしまうことになるのだ。
──だが、それすらも叶わなかった。
「魔法が…使えないっ…!」
何度も使い慣れたはずの魔法を行使できないことに焦燥を隠さないマサキ。
魔力を表す紅の輝きは十分にある、それなのに何故──
その疑問の答えはサイディスによって明かされる。
「残念ながら僕の前では魔法を使えないよ」
そう言うサイディスは紋章を展開していた。
魔法を使わせなくする魔法。
そんな誰もが一度は考えたことがあるような魔法を、サイディスは使っていた。
動揺を隠しきれないショウたち六人だったが、ただ一人、魔法によって自身の気配を極限まで消すことができるサクラだけはこの場から離脱していた。
それはショウからの指示であった。
──もしも僕たちがどうしようもない窮地に陥っても、サクラだけは魔法で逃げて助けを呼ぶんだ。
サクラはかつてショウから出されていたそんな指示を実行しただけにすぎない。
だがサクラは姿を隠してもなお、逃げ出せずにいた。
魔法が使えなかったことにより頭が真っ白になったマサキが即座に意識を刈り取られる様を確認し、シールドを展開できずに為す術なく薙ぎ倒されるトモヒサを確認し。
もはや目を逸らせなかったのだ。
それほどまでにサイディスの剣技は…美しかったと言わざるを得ない。
しかし残ったことにより得られた情報もある。
サイディスが魔法を使えなくする対象は一人のみである。
事実、サクラは魔法を使えている。
最後まで抵抗していたショウもサイディスの一撃によって気絶し、サクラを除く五人全員が地に臥した。
サイディスは六人目のサクラを探すような素振りを見せたものの、深く追おうとせず五人を担いで踵を返す。
サクラはそのまま街まで逃げた。
そして自分が知る中で最も強いであろう冒険者を探して、探して、探し回った。
そしてついに見つけたのである。
自分たちと同等か、それ以上の強さを持っているであろうレイたち三人を。
◆◇◆
「それで、そのサイディスとかいう男がどこに行ったのかはわかんのか?」
サクラの話を聞き終えたチアキが当然の疑問を口に出す。が、サクラは俯いたま掠れた声を漏らした。
「わからない…」
「はあ?そんなんじゃ助けるもクソもねーじゃん!」
嘲笑するレイたち三人にサクラは全く反論できなかった。
確かにレイたちとはただクラスメイトだっただけ。
ただそれだけの理由で今回話すのも初めてなぐらいのレイたちが危険を冒してまで自分たちを助けてくれるとは思えない。
「ごめん、あんたたちに頼った私が馬鹿だった」
諦めて踵を返したサクラの目に、信じがたい光景が映る。
ライラルの大通り。
人が縦横無尽にごった返すその道に、確かに見知った顔が通り過ぎた。
目にかかるくらいの黒髪と、人生に絶望したかのように暗い表情。
そこらの屋台の料理を見回して、どの串焼きを買うか吟味して歩いている男。
死んだと思っていた。
──サクラが知るもう一人のクラスメイト…相沢ワタルの姿がそこにはあった。
◆◇◆◇◆◇
「懐かしいな…」
ごった返す馬車と竜車。
活気に溢れた声が重なる大通りと、心地良い陽光を反射して輝くステンドグラスが散りばめられた幻想的な建造物。
俺はゼレス大迷宮の入り口がある大商業都市、ライラルまで戻ってきていた。
というのもこの街はナニレに案内されている古代の代理人本部までの通り道にあるからだ。
ロート、サファとパーティを組んだ懐かしい冒険者ギルドの横を通り過ぎ、軽食が取れそうなレストランを探している。
その前に屋台の串カツでも頬張りたいと思っていた、そんな時だった。
背後から俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「…タル君…ワタル君!」
耳を澄ませてみると、確かに俺の名前を読んでいる。
だが、おかしい。
この世界で俺の名前を君付けで呼ぶ人なんていたか?声も全然聞き覚えがないし…
俺は振り返って声の主を探した。
しばらく辺りを見回したところで、身長の低い女の子がこちらに向かって走りながら手を振っているのを見つける。
その姿を確認して驚いた。
何故なら声の主の正体は…
「サクラ…?」
約半年ぶりに出会うクラスメイト、村上サクラだったのだから。
驚いたのはこんな所で久しぶりに会ったせいだけではない。
サクラがたった一人でいることも疑問だった。
てっきりサクラは『新星英雄』の一員で、常に六人で行動していると思っていた。
それとも近くに他の五人がいるのか?
だとしたら何故トモヒサやショウではなくサクラが俺の元に。
いずれにせよ話せば分かる。
急いでいたが、俺はサクラの元まで歩み寄った。
「久しぶりだな」
近づいたことによりサクラの雰囲気が日本にいた頃とは変わっていることに気づく。
殆ど、いや全く話した事が無かったのにサクラから話しかけてくるのは正直意外だった。
自分から話しかけるようなタイプでは無かったと思うし、この世界で生活するにつれて多少のコミュニケーション能力はついたのだろう。…俺もそうなのだが。
俺の装備とは全く違う高級感のある防具に身を包むその姿から、確かにAランク冒険者として名をあげたのだろうということが伺える。
「ワタル君…生きてたのね」
俺の顔を見上げるサクラの顔はあまり表情がない。
というかどうやら俺は死んだと思われていたらしかった。
新星英雄とか言われるレベルまで成長したショウたちに対して、全く無名で冒険者としてほとんど何もしてない俺。当然と言えば当然…なのか?
いや違う。
トモヒサが俺を探さないとは思えないし、俺が明確に死んだという情報を掴んでいたのだろう。
おそらくは、銀鏡の蜘蛛と戦って帰らなかった死人の紋章の男がいた、とかそんな情報を。
「まあなんとか。そっちはどうなんだ?トモヒサたちはどうした?」
一番聞きたかったことを聞いてみたが、サクラは俯いた。
「トモヒサは…みんなは…変な奴に捕まっちゃった」
「変な奴?」
急に思い出したように泣き出してしまったサクラをどうすればいいかわからないまま、疑問を返す。
どうやら六人は別れたくて別れたというわけではないらしい。
しかもどうやらそれが起こったのは最近のようである。
「サイディスとかいう男…知らない?」
そのサクラの一言は、俺にとっては衝撃的だった。
あまりにタイムリーすぎる。
竜の里を襲った古代の代理人のディエンが言っていた。
今は竜王となったチェフェンの首にシグルズを突き刺したのは、サイディスという男だと。
サイディスはおそらく古代の代理人の長であり、底知れぬ実力者。
まさかAランク冒険者であるショウたち五人を一人で捕らえたとか言うんじゃないだろうな?
「一応知ってるが…」
「本当⁉︎どこにいるか分かる??」
ダメ元で聞いたのだろうが、予想外の答えを返した俺に食いついてくるサクラ。
どこにいるか?
その答えを教えてやるのははたして正解なのか。サイディスが古代の代理人本部にいるのはおそらく確実。
そして丁度俺はそこに向かおうとしている。
この様子からしてそれを告げれば間違いなくサクラはついてくるだろうが、正直言って足手纏い。
人質にでも取られたら厄介なので教えたくはない。
返答を渋っていたその時。
サクラ背後の路地からこれまた懐かしい三人組が顔を覗かせてきた。
「よお、ワタルじゃねーか!てめえも生きてたんだな!」
下品に笑い、昼間だと言うのに酒の臭いを撒き散らせながら闊歩する男たち。
レイ、チアキ、リョウトがそこにはいた。
全く随分とこの世界に染まってしまったようである。
トモヒサたちのように名前こそ聞かなかったものの、ちゃんとこの世界に順応したんだな。…良くない方向にだが。
というかまさかこんなところで四人と会うとは。
いや、もしかしてサクラはこの三人と会っていたのか?
サイディスに捕まったという五人を救うために、この三人に助けを求めたんじゃないか?
そこに本当にたまたま俺が通りかかった。だとしたら色々辻褄が合うが。
相変わらずコイツらにも死んだと思われていたようで、苦笑せざるを得ない。
そしてこの三人を見たことで思い出したのはヨウトの存在だった。
サクラたち女子生徒三人と、トモヒサ、ショウ、マサキの六人で新星英雄だろう。
もしかしてヨウトは俺のように一人で行動してるのか?
一応聞いてみるか。
「沢田ヨウトはどうした?」
挨拶を交わすでも無く、真っ先にそれを聞いて来た俺にキョトンとした表情を返す三人組。
そして何を思い出したのか、三人は更に大きな声で笑い始めた。
「あ~、ヨウトな。ビックリするぐらい存在感が無さすぎてアイツのことは忘れてたわ。ま、リオーネの屋敷に取り残されたから普通にもう殺されてんじゃね?」
そう言い切るレイはクラスメイトのことだというのにまるで他人事だった。
リオーネの屋敷に取り残された?何故九人と一緒に転移しなかったんだ?
考えられる可能性は…
「マサキの魔力か…」
転移魔法ともなると莫大な魔力を消費すると推測できる。
俺含めたヨウト以外の十人というキリのいい数字で魔力が底を尽きたと考えると妥当だ。
だとしたら俺にそれを責める筋合いは無い。
「そういうことだ。傑作だったぜ、チアキがこう、ヨウトの腹ぶん殴ってよぉ。魔法陣から追い出して俺たちはなんとか逃げたんだ。あのまま悩んでたら確実に死んでたろうし、ショウたちにも感謝して欲しいよなあ?」
さも武勇伝かのように鼻高々に語るレイを、俺は軽蔑の眼差しで見つめた。
ここまで最低なやつらだったとは思わなかった。
この事実はサクラも知らなかったのか、絶句している。
とりあえずこの事については置いておこう。
このままレイ達に話の主導権を握らせてしまうと長々と自慢話に付き合わされそうだ。
「あそこで話さないか」
ここは人目も多い。
ふと目に入ったレストランの看板を指差し、場所を移動するよう促す。
サクラも「わかった」と頷き、俺たちはレストランの中へと入った。
まさかレイ達三人も付いてくるとは思わなかったが…いったい何処まで話そうか。
「それでサイディスはどこにいるの?あいつはいったいなんなの?」
席に着くなり質問ぜめを開始するサクラ。
店にいた可愛らしい猫耳店員にナンパしに行くレイたち三人には目もくれないほど焦っているようである。
俺はコミュニケーション能力が謎に高いレイたち三人に感心しながら、まずテーブルに置かれていたメニューを眺めつつ答えた。
「まずお前らがどんな状況でサイディスに捕らえられたのか教えてくれ」
別にこれに関しては聞かなくていいことだが、サクラに話をさせることで落ち着かせ今後の話を円滑に進めるための措置でもある。
結局撃沈して同じ卓に座ったレイたち三人はメニューも見ずに先の店員に酒を頼んでいる。
うるさい奴らがいると話が纏まりずらいからどっかに行って欲しいものだが…まあいい。
俺の言葉でそれもそうねと一拍おき、サクラはサイディスとの戦闘を事細かに話し始めた。
どうやらサイディスは本当に脈絡もなしにトモヒサたちを襲ったらしい。
それにしても魔法を使えなくする魔法か。
そんな魔法常時使えないと思うし、常にマサキを見ていられるわけではないと思うから、隙を見て転移魔法で逃げ出して欲しいものだが、実際はどうなのかわからない。
サクラの話をレイたちは既に聞いた後だったらしく、俺が話を聞いている間、退屈そうにつまみを貪りながら三人で談笑していた。
それはそうとサイディスはたった一人でAランク冒険者六人を相手どったということだ。
全くふざけている。
はたして俺が古代の代理人本拠地に単身で乗り込んだとして、サイディスを倒すことはできるのだろうか。
普通に不安になってきた。
「俺たちはワタルの話を聞きたいんだけどな~。お前、相変わらず魔法使えないんだろ?今まで何やってきたんだ?」
今後の展望を考えていたが、俺の思考を遮って、憐れむように魔法が使えないという所を強調して挑発してくるレイ。
真面目に答えてやってもいいが、銀鏡の蜘蛛と戦って王都魔剣術学校に通って竜の里に行って…なんて説明している暇も道理もない。
だから、
「普通に冒険者やって暮らしてた」
と、適当に返事しておく。
ってかなんでコイツらは俺たちと同じ卓に座ったのか疑問だったが、俺の哀れな話を酒の肴にするためだったのか。腹立たしい。
「へえ。今の冒険者ランクは?」
「Dだな」
懐から鉄のギルドプレートを取り出し四人に見せる。
それを見てレイたちは堪えきれなくなって吹き出したようである。
「だいぶ苦労してんだなあ…!おいサクラ、コイツに助けを求めるのは間違ってるぜ」
「そう…みたいね」
相変わらずの嘲笑にサクラも同意している。
反論する気は無いが、下手に実力を買われるよりはいいか。
「そういうお前らはどうなんだよ」
俺もレイたち三人組に向かって問う。
サクラたちはAランク冒険者でありまだいいが、レイたちはおそらくAランクではないのでそこまで言われる筋合いはない。
「まあAランクには余裕で上がれるけど、今はBランクだ。Aランクに上がらない方が動きやすいんだよ。娼館に行く時なんて特にそうだな!」
今度はわざとAランクに上がっていないという点を強調して、誇らしげにAランクに上がらない理由を説明するレイたち。
にしても娼館か、ちょっと行ってみたいな。っていうのは冗談だ。危ねえ、口に出すとこだった。
なんだか久しぶりにクラスメイトと会ったことで少しだけ気持ちが浮ついているような気がする。
「…話を戻すけど。サイディスについてワタル君が知ってることを教えてよ」
娼館という言葉を聞いてサクラはあからさまに嫌そうな顔をしてレイの話を遮る。
一応話せることだけ話しておくか。
「古代の代理人って聞いたことあるか?」
「聞いたことない」
サクラ、そしてレイたち三人も口々に知らねえと首を傾げている。
まあ確かに普通に暮らしてれば古代の代理人の奴らと会うことなんてないからな。
「サイディスはその古代の代理人っていう組織の長だ」
「なんでそんなこと知ってるの?」
「たまたま古代の代理人の下っ端と戦った時に聞いてな。どうも古代の代理人は古代人の技術を復活させることを目論んでるらしい」
下っ端、という表現をしたが明らかにディエンは数字兵上位の実力を持っていた。
事実、俺は戦って左手を切り落とされている。
「そいつらがなんでショウたちを?」
「それは知らん」
サクラは俺に一蹴され一気に不貞腐れる。
確かに言われてみれば何故サイディスはショウたちを?
ログリアのようによからぬ実験を企んでいるのだとしたら早々に助けに行かなければ手遅れになる。
王都魔剣術学校で電池の如く魔力を使い潰されて殺された魔族の子供たちの姿を思い出す。
古代の代理人は第三支部であれだけの設備の元、事件を起こした。
本部だったらどれだけの技術が集約されているのか皆目見当もつかない。
確実にショウたちは何かの目的のため捕らえられたはずだ。
ログリアが企んだ亜人化計画のように壮大な、何かを。
「…それで、サイディスがどこにいるか知ってる?」
「一応知ってるが…」
「本当⁉︎タイミング良すぎるでしょ!」
食い気味に身を乗り出してきたサクラを見て、俺は自分が失言してしまったのだと気づく。
ここで知らないとでも言っておけば、テキトーな理由をつけてサクラとは別れられたんだろうが…なんだか良心の呵責に苛まられそうでつい口走ってしまった。
まあ…教えてやるか。
と、その時だった。レイが意外な言葉を口にした。
「俺たちも付いてってやるよ」
この言葉に、サクラはかなり驚いていた。きっと一度断られたのだろう。
「いったいどういう風の吹き回し?」とレイを睨んでいる。
レイたちのことだから裏があるのだろうが…はたして。
レイは「取引だ」と言って口角を不気味なほど吊り上げた。
酔っているというのにそれを感じさせず、軽快に言葉を続ける。
「もし俺たちのおかげでショウたちを助けることができたなら、今後ショウたちが受け取るギルド報酬の半分を俺たちに横流ししろ。この世界にいる間、一生な」
「半分!?横暴よ!」
やはりレイたちはタダでクラスメイトを助けるなんてことはしないようで、サクラの言うとおりかなり横暴な報酬を要求していた。
Aランク冒険者であるショウたち『六人』が受け取る報酬。
それは莫大なはずで、それの半分を受け取り続けれるとしたらレイたちは一生この世界で遊んで暮らせるだろう。
「別に断ったっていいんだぜ?Dランクの男と行って助けられると思うんならな!」
俺を指差しながらそう付け加えてゲラゲラと笑うレイたちは相変わらずのアルコール臭を垂れ流している。
そんなレイたちを見て、サクラは「私だけじゃ決められないよ…」と数分考え込んだ素振りを見せたが、やがて重苦しく了承の言葉を口にした。
「わかった。もしもあんたたちのおかげでショウたちを助けられたなら、今後私たちが得る報酬の半分をあんたたちにあげる」
「…そうこなくっちゃなあ!じゃあワタル、案内よろしく」
「俺に報酬はないのか?」
なんだか当然の如く話が進んでいるが、そもそも俺が案内しなければショウを助けるもクソもないのだ。
全く自分勝手で少し癪に触ったので、別に報酬など求めてないがサクラに向けて口にしてみた。
「そうね。ワタルは戦闘に参加しなくてもいい。後で防具か何か…買ってあげる」
俺の質素な全身を見て慰めるように言うサクラ。どうやら大分格下に見られてるらしい。
まあいい。旅は道連れ。古代の代理人本部には最初から乗り込む予定だったし、ただ仲間が増えただけだ。
まずは腹ごしらえをしよう。
俺は店員を呼んで、長々と話し続けた間ずっと見続けたメニューの中から結局看板メニューを選んで注文した。
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