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第四章
60. 優位からの劣位
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神々封殺杖剣を取り戻し相手の出方を窺う必要も無くなったので、こちらからゆっくり相手との距離をつめる。
出方を窺うというのは戦闘に関してではなく、ネハについてだ。
俺が奴らの明確な敵であるとバレてしまった以上、下手に出る必要はない。
相手を泳がすことよりも、武力行使で脅迫し情報を聞き出す方針に切り替える。
俺が近づくにつれて、一歩、また一歩と引いていく細身の男。
炎魔法が背中に直撃したにも関わらず全く微動だにしないことが、彼の心から戦闘意欲を剥ぎ取る要因の一つとなったようだ。
いや、俺が神光支配を出力したと同時に突きつけた殺気が原因か?
「お前…何者だ?」
ようやく、緊張続きで沈黙が保たれていた戦場に人の声が響く。
それは戦闘が終わることを意味していた。
いや、戦闘が終わって欲しいと願った男たちの心象か。
実力者であるがゆえ俺との差を察し、このような結論に至ったのだろう。
しかし終わらせる気などない。
こいつらがネハの売人であるとわかってしまった以上、こいつらを捕らえることが俺の与えられた任務だからだ。
とりあえず細身の男と巨漢のみを封じれば他の奴らは従ってくるだろう。
俺は男の質問には答えず距離を瞬時にして詰め、男が手にもつ刀剣を薙ぐ。
まるで抵抗がなく呆気がなかったが、細身の男は神々封殺杖剣を持つ俺との実力差を完全に理解してしまったらしい。
細身の男は右手を突き出し、俺の背中を今にも斬りかかろうとしていた巨漢を制しようとする。
が、巨漢はその制止を聞かなかった。
よって俺は瞬時にふり返り、大剣の腹めがけて神々封殺杖剣を一閃する。
激しい音を立てて粉々に壊れる巨漢の大剣。
そのまま剣先を巨漢の喉元に突き出し、動きを封じる。
「……」
再び流れる沈黙。さて、これからどうしようか。
「お前らがネハの売人で間違いないか?」
間違いないだろうが一応確認しておく。
これくらいの実力があるならば売人の中でもかなり本部に近いところにいるだろうし、コイツを確保しておけばとりあえず生産場の位置はわかるだろう。
バーンガルドの尋問に耐えうる精神力があるなら話は別だが…
細身の男は暫くの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
しかしその刹那。
信じられない出来事が起こる。
「俺たちは──、」
全くもってそれは突然だった。
喋ろうとした細身男の首が180度曲がり、もぎ取れた。
悲鳴をあげる間も無く、男の首は尚も言葉の続きを語ろうとしているかのような表情で固まったまま、地面に転がる。
一瞬だけ見えた、男の頭部全体を包み込むような華奢な手。
その手が、男の首を捻って引きちぎったのが見えた。
犯人は周りを見回してもどこにも見えない。
つまり先ほどの得体のしれない攻撃は確実に紋章魔法によるもの。
男がネハについて語ろうとした瞬間に、口封じの為に男を遠距離から殺したのだ。
いや──犯人はまだ近くにいるはず。
近くにいなければ、男が口を割ろうとしたことに気づかないはずだから。
俺は瞬時に索敵のため、神光支配を周囲に広げる。
この間にも、この場にいた他の六人の男たちの首が落とされ続けている。
耳を塞ぎたくなるような絶叫が轟く中。
およそ500メートル先に、明らかにおかしな気配を感知した。
薄く、気づかれないように薄く。
俺はその気配に神光支配を纏わせる。
地面を介して俺と犯人を神光支配で繋ぎ止めておくことで、追跡を可能とするためだ。
やはりその気配には腕から先はなく、この空間へと腕のみを出現させているのだとわかった。
…おかしいな。
500メートルも離れていてこの場の状況がわかっている?
そういう魔法があるのかもしれないが、犯人の近くに他の協力者の気配は感じ取れない。
犯人は一人だけで『腕を任意の場所に出現させる』という魔法と『遠距離の状況を把握できる』という二つの魔法を操れるというのか?
──魔道具を使ってる可能性もあるか。
七人中六人の首がへし折られ、最後の一人…短剣の男の首へと魔の手が忍び寄るのを遠目で眺める。
確実に訪れる死への覚悟ができていない男は、痙攣にも似た体の震えを押さえつけようともせず「嫌だ」とのみ叫んでいる。
あの手の持ち主が真っ先に俺を狙わなかったのは、対象になるには何かしらの事前準備が必要なためか、それとも返り討ちにあうことがわかっているのか。
そのどちらなのかはわからないが、短剣男を助けることよりも犯人の気配を察知した500メートル先の路地まで行くことを優先させる。
例え助けたところで、犯人を見つけなければいつでもどこにいてもあの手に殺されてしまうのは目に見えているから。
俺はこの建物を飛び出し、気配の元へと全速力で駆けた。
神光支配の一部は未だ索敵対象の気配へと纏わり付けているため、完全な全速力が出せているわけではないが、気配の元に辿り着くには十分すぎる速度だった。
おそらく完全に七人を葬り終わったのだろうというところで気配は動き始める。
動き始めたその気配に追いつくことはできたが、一先ず泳がせることにした。
レベル七の細身男の首を簡単にへし折った実力からして、俺に追われていることはわかっているとは思う。
しかし神光支配のことは確実に知らないはずだ。
あの男たちと俺のやりとりを最初から見ていたのならば、俺が死人の紋章で魔法を使えないと思っているだろうし。
だから、俺が高精度な追跡を行えるなど思っていないはずで、ある程度距離を取れたら気を緩めるはずなのだ。
この気配がネハの生産場や拠点へ帰る可能性は高い。
というわけで遠ざかる気配を一定の距離を保ちながら追跡する。
死んだように横たわるネハ中毒者たちの道を抜け、倒壊して使いものにならない家屋群を抜け、最終的にはヴァレットの街を囲む巨大な塀を抜けたにも関わらず…気配は止まらなかった。
ヴァレットは周りがグランドキャニオンのような巨大な岩壁で覆われているのが特徴。
犯人の気配はその凹凸の激しい大地を我が物顔で飛び回っている。
まるで追跡を失敗したかのようにかなりの距離を取らせたが、未だ気配は慎重な様子だ。
腕のサイズからしてこの気配の正体は女。
売人たちの親玉か、それともスラム街の裏の支配者と呼ばれている存在そのものなのかもしれない。
1キロ程度離れたところでようやく気配の動きは止まり、何かの隙間の中に入っていくような動きを見せた。
そこが本拠地か。
街の近くにありながら、騎士団でも気がつかないような場所。
確かに林立する巨大な岩壁群の中に生産場があるのならば、かなり探すのは厄介になるはず。
──いや、待てよ。
近づいて見てわかる。
あの場所は岩壁の中なんかじゃない。
まさか、そんな所に生産場があるというのか??
灯台下暗しとはまさしくこのことで、とりあえずアーラヤたちに報告する前に、本当にそこが生産場の入り口であるかを確かめるため、気配を尚も追ってみることにする。
その気配が行き着く先を予感して、納得のいく点もあった。
ネハを作るために必要な原料は『この場所』で採取できるのだ、と。
世界樹。
それこそが奴らの拠点…生産場であり、ネハの核となる成分なのだ。
一応そこが本当に拠点であるかどうかを確認するため、気配が留まっている場所まで急ぐ。
バーンガルドやアーラヤに報告するのが先かと思われたが、俺がスラム街まで足を運んだ真の目的は、売人を捕らえネハの流通ルートを探ること。
売人は謎の人物に殺されたと報告するためだけに教会まで戻るのは居た堪れない。
というよりも神光支配の有効範囲外に気配が行ってしまう可能性があるのを懸念してなのだが。
この機会を逃してしまえば、もう二度とチャンスが来ないような、そんな気がしている。
気配は俺に居場所がバレたなどとは露ほども思っていないだろう。
徐々に近づいているというのに尚も気配が動く気配はない。
暫く走り、世界樹の根元まで辿り着く。
気配が潜っていったそこには、巨大な根と巨岩との間の絶妙な隙間があり──明確に入口であることを示していた。
そこに人は立っていない。
見張りを立てると逆に怪しくなるため当然といえば当然なのだが、本当に街から近すぎて俺の勘違いなんじゃないかと疑いたくなる。
俺があの気配にこの場所まで誘い込まれたという可能性もないわけではない。
しかし、確かめるために中に入る方がいいだろう。
どうする?あの場所が生産場だと断定して報告しに行くか?
それとも単身で乗り込み、もう少しだけ様子を見るか?
…後者を取ることにする。
というのもバーンガルドを呼んでしまえばそれで終わってしまいそうだからだ。
俺は自分を研鑽したい。まだ自分の真の実力がわかっていない。
こんなところで日和っているようじゃ、魔王を倒すなんて夢のまた夢だ。
結果、この奥に複数の気配がいることを感じながらも、俺は単身で入り口から恐る恐る中へ。
世界樹の内部は言葉では表せないほどに、あまりにも神秘的だった。
俺はこの空間を外から見て最初、空間は岩と根の隙間のみで構成されたものだと思っていた。
しかし、ここを拠点としている奴らは世界樹という貴重資源を破壊することを厭わない連中だったようで、空間はあまりに開けていた。
切り広げられた幹の内部は葉脈のように展開する青白い光で支配され照らされている。
そんな光の筋から滴り落ちる雨水を凝縮した液体は、ぴちゃんぴちゃんとありきたりな音を立てながらも地面に流れ続け、肌寒さを感じさせる。
気配との距離は確実に縮まっている。
相手は確実に魔王よりも、最悪の五芒星よりも、古代の代理人よりも弱いはず。
なのに、なんだ?
この言いようもえない不安、不気味さは。
ただ肌寒いだけなのか?それとも武者震いか?
随分臆病になってしまったと感じる。いや、そう感じさせてしまう程の何者かがこの先にいるのか?
…やっぱりバーンガルドを呼ぼう。
慢心こそが自分の至らぬ点だとこれまでで散々学んだ。
ここが奴らの拠点でほぼ間違いないだろうし、確実性は欠かない方がいい。
そう思って踵を返そうとした瞬間、奥の空間からこちらへと向かってくる気配を複数捉えた。
その数は三。
一人は売人たちを葬った女で間違いないだろう。
今から全力で引き返せば街まで戻れるはず。
もう神光支配を索敵に割かなくてもいい。
俺は分散させていたオーラを戻し、脚に集中させこの場から全力で撤退することにした。
──はずだった。
突如異空間から現れた剛腕に、信じられない力で肩を掴まれ邪魔されたのだ。
もちろん警戒していなかったわけではない。相手には体の一部を別空間に出現させる魔法を使える者がいることは知っていたから。
しかしあの場で見たのは華奢な女性の腕で、俺の力で簡単に振り解けそうなものだった。
だが、今俺の肩を掴んでいるのはその手ではない。
まさか同じ魔法を使える者がもう一人いる?
…いや、異空間魔法を使える女性が、今なお俺の肩を掴み続ける剛腕をこの場に出現させているのだろう。
自分の腕でなくとも融通が効くとは、かなり厄介な能力だ。
この剛腕は実体。
つまり剣で切り刻めばダメージが通るはず。
そう判断し、俺は自分の肩を掴み続ける剛腕に剣を突き刺そうとした。
が、今度は剣を持つ右腕を別な手で掴まれる。
左手はまだ自由が利く。
相手は三人。
左手まで封じられてしまう前に、俺の右腕を力強く掴み続けている手に渾身の拳をぶつけた。
神光支配を十分に纏わせた俺の一撃は効いたのか、右手を掴んでいた剛腕は引っ込んだ。
そして奥の空間から「イッテェな」という男の声が聞こえてくる。
自分の腕を守るために少し加減はしたつもりだが、確実に骨を粉砕する勢いで殴った。
それを痛いの一言で片付けるとは、もはや目視できるほどまでに近づいてきていた男は相当な実力者だと窺える。
というか声が聞こえるほどまでに近づいてきていたとは、もう完全に逃げ切るのは無理そうだった。
数秒後、三人組の姿は完全に露わになる。
確実にやばい状況。
レベルという制限の撤廃によって大幅に強化された俺の肉体を腕一本で簡単に引き留める男、そしてその男の上司と思しきスーツのような正装に身を包んだ男、そして異空間魔法の使い手と思しき秀麗な女性。
全くもって予想外だったが、その三人は総じて魔族だった。
女性の開けた胸から見える紫色の魔石。
男二人の魔石は服に隠れて見えなかったが、そのどちらも確実に紫に近い色をしているだろう。
ネハをヴァレットに蔓延させたのは、魔族だったのだ。
確かに『裏の支配者』と呼ばれるのにも納得できる。
こんな奴ら、表に出てきたら一瞬でヴァレット騎士団なんて壊滅してしまうだろうから。
それをしないのは、ネハ中毒者というカモが生きる術を無くさないようにするためだろう。
その三人を前にして俺は、
「お前、魔王護六将校だろ」
三人組の中で最もリーダー格であろう正装姿の男魔族に確信を持って、そう尋ねる。
その問いに男魔族はきょとんとした表情を見せたものの、すぐに笑みを浮かべて答えを返してきた。
「その通りだ。僕は魔王護六将校の一人、デューレ。君は…ワタルだね?」
正装の魔族男…もといデューレと名乗った男は俺を見てそう聞き返してきた。
答えはイエス、ただそれだけ。
だが、そう答えてどうなる?
また魔族側への勧誘が始まるのか?
「早く答えろよ、俺様は気が短いんだぜェ?」
デューレの部下と思しき剛腕男魔族は腕をボキボキと鳴らしながら威嚇してくる。
ここは普通に会話をしておくのがベストか。
「そうだが」
「まさかこんな所で会えるとはなァ。俺様はハナっからお前のことが気にいらねェんだよ!」
突如として声を荒げたと思えば、急に俺のことを否定された。
おそらくは俺がレヴィオンのお気にいり認定されていることが気にいらないのだろう。
むしろそっちの方がわかりやすくて有難いのだが。
「よせ、ヴェルト。うーん、レヴィオン様にはワタルは殺すなと言われてるし、どうしようか?」
「普通に地下牢にぶち込んどきゃいいんじゃねェのか?」
「いいや、それはできない。レヴィオン様との会話を思い出してみろ」
「…ああ、確かにそうだったなァ」
俺を差し置いてそんな会話を繰り広げているデューレと…ヴェルト。
どうやら俺はレヴィオンから殺すなと念を押されているらしい。
俺がリレイティアの加護持ちだから殺されないのだろうという推測が確定事項へと変化したのはこの場においては安堵すべきか。
にしても牢に入れておけないというのは一体…
「君は、石板をいくつ手に入れた?」
突如、デューレはそんな質問を投げかけてきた。
予想外すぎてしばし固まる。俺が今持ってるのは一つだけだが…
「答えたくないなら答えなくてもいいんだぜェ?」
そう言われると答えたくなるものだが、お言葉に甘えて沈黙を貫くことにする。
相手に情報を与えるのは愚策となる可能性が高い。
が、しかし。ヴェルトはそんな俺の様子を見て歓喜したようだった。
「わかんねェんじゃァ、いいよな?」
俺は全くその言葉の意味がわからなかったが、デューレはやれやれというように頷いていた。
それはすなわちデューレは俺との交戦をヴェルトに認めたのだということ。
石板をいくつ手に入れたか、何故その問いでその結論になるのかは心底謎だったが、戦いは避けられないらしい。
いや待てよ?
それはつまり俺が全ての石板を集めるまで待っているということか?
それはおかしな話だ。
それこそ未来視の魔法でもなければそんな不確定要素で俺を泳がせる道理はない。
もっと推測が可能な範囲で…俺を捕らえておかない理由…現時点ではわからないな。
拳を構えるヴェルトを見て俺も思考の海から脱し、戦闘体勢を整える。
一番厄介なのは全くもって話さない女魔族の魔法であり、ヴェルトと一対一の交戦だったらまだ望みはある。
ヴェルトがピンチになったら助太刀に入るだろうが、そうなる前になんとかして片をつけるか──。
俺は大きく息を吸い込み、吐いた。
瞬間、両脚に神光支配を凝縮させ、爆ぜるような勢いで空間を跳躍する。
俺はいつも戦闘の時、相手の出方を伺ってから行動に出ていた。
受動的で保守的な、そんな戦闘スタイル。
だが、今回に限ってはそんなことをしている暇はない。
最初から全力で行く。
リーラやレオールドと同じ魔王護六将校というだけで命を賭ける価値がある。
身に纏う雰囲気からして、魔王護六将校なのはデューレだけだと思われるが、デューレとヴェルトの両者にそれほど能力差があるとは思えない。
死ぬ気でやらなければ、勝てないのだ。
空間には金属と金属が弾け合う大きな音がこだまする。
俺の神々封殺杖剣とヴェルトのナックルダスターが弾け合う音だ。
ナックルダスターは手首まで重厚に覆われているというのに、ヴェルトは全く重みを感じさせることなく使いこなしていて、素直に感心する。
そんな俺の様子が気に入らなかったのか、ヴェルトは拳を振り上げ俺の剣を弾き返す。と、同時にニヤリと笑う。
「こんなもんかァ?」
そう言うヴェルトは全くもって余裕そうである。
やれやれ、これでも割と渾身の一撃を叩き込んだつもりなんだがな。
紋章は見てないが、おそらくヴェルトのレベルは十だろう。
こんなにポンポンと最高レベルの化け物共が現れるとなると今後が心配である。
再び脚に神光支配を集約させ、縮地を試みる。
俺とヴェルトとの対峙に他の二人が介入するような素振りはない。
おそらくヴェルトの方から手を出すなと言ってあるのだろう。
傲慢ゆえの蛮勇か、それとも真の実力者なのか。
ヴェルトがそのどちらなのかは今から決まる。
縮地による勢いを含んだ一閃。
それを受けるヴェルトは、その場に踏み留まり続けることが叶わず地面を抉りながら後退する。
俺はその驚いた様子のヴェルトに怒涛の追撃を加える。
横薙、縦振り、防御の薄い足元を狙った一閃。
自分でも驚いてしまうレベルの剣戟。
ヴェルトは何故、この動きに対処できているのかわからない。
いや、対処できていると言うのは間違いだ。確実にヴェルトの肉体を削ぎ、力を奪い続けている。
「助けようか?」
響き続ける金属音の合間を縫って、デューレのそんな声が俺たちの耳に届く。
が、戦闘を楽しんでいる様子のヴェルトがそれを認めることなどない。
「うるせェ!黙って見てろ!」
そう叫ぶヴェルトの声は、俺の剣技に対応するのが精一杯な様子だ。息切れもしている。
そんなヴェルトの様子を見て、俺は心底疑問に、そして恐ろしく思う。
レベルという制約の女神が作り出した概念は、一体どれだけ肉体を制限していたのだ、と。
日本で半引きこもりのような生活をしていた俺ですら、これだけの動きの実現を可能とさせている。
本来のこの世界で生まれたヴェルトやバーンガルドのような人間からその制限が取っ払われたら?
その答えは過去からわかる。
……ベルフェリオのような人間が生まれてしまうのだろう。自らの力で神に仇なす、そんな人間が。
加速した思考の中でそんなことを考えながら、少しずつだが動きが鈍るヴェルトに追撃をかけ続ける。
何故、ヴェルトは紋章を展開しない?
そう思った矢先、まるで俺の心を読んだかのようにヴェルトは紋章を展開させた。
そのレベルはやはり十。
いったいどんな魔法を使う?
距離を取らないことからして遠距離魔法ではない。
考えられるのは肉体強化系…いや、それだったら最初から使っているはず。
「あんまり使いたかねェが…誇れ。これは俺様がお前を認めた証だァ!」
叫びと共にヴェルトの紋章が一層輝き、魔法が行使される。
途端、ヴェルトの肉体が装備と共に変形していき、膨張していった。
──怪物に変化していく。
ゴブリンのように醜悪な頭部と背中の突起物。
不器用に笑うことすらできない裂けた口。
岩石すら砕けそうな程に巨大な掌。
血走った目。
男前で、どこか少年のようなあどけなさが残るヴェルトの姿は、もうそこにはなかった。
出方を窺うというのは戦闘に関してではなく、ネハについてだ。
俺が奴らの明確な敵であるとバレてしまった以上、下手に出る必要はない。
相手を泳がすことよりも、武力行使で脅迫し情報を聞き出す方針に切り替える。
俺が近づくにつれて、一歩、また一歩と引いていく細身の男。
炎魔法が背中に直撃したにも関わらず全く微動だにしないことが、彼の心から戦闘意欲を剥ぎ取る要因の一つとなったようだ。
いや、俺が神光支配を出力したと同時に突きつけた殺気が原因か?
「お前…何者だ?」
ようやく、緊張続きで沈黙が保たれていた戦場に人の声が響く。
それは戦闘が終わることを意味していた。
いや、戦闘が終わって欲しいと願った男たちの心象か。
実力者であるがゆえ俺との差を察し、このような結論に至ったのだろう。
しかし終わらせる気などない。
こいつらがネハの売人であるとわかってしまった以上、こいつらを捕らえることが俺の与えられた任務だからだ。
とりあえず細身の男と巨漢のみを封じれば他の奴らは従ってくるだろう。
俺は男の質問には答えず距離を瞬時にして詰め、男が手にもつ刀剣を薙ぐ。
まるで抵抗がなく呆気がなかったが、細身の男は神々封殺杖剣を持つ俺との実力差を完全に理解してしまったらしい。
細身の男は右手を突き出し、俺の背中を今にも斬りかかろうとしていた巨漢を制しようとする。
が、巨漢はその制止を聞かなかった。
よって俺は瞬時にふり返り、大剣の腹めがけて神々封殺杖剣を一閃する。
激しい音を立てて粉々に壊れる巨漢の大剣。
そのまま剣先を巨漢の喉元に突き出し、動きを封じる。
「……」
再び流れる沈黙。さて、これからどうしようか。
「お前らがネハの売人で間違いないか?」
間違いないだろうが一応確認しておく。
これくらいの実力があるならば売人の中でもかなり本部に近いところにいるだろうし、コイツを確保しておけばとりあえず生産場の位置はわかるだろう。
バーンガルドの尋問に耐えうる精神力があるなら話は別だが…
細身の男は暫くの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
しかしその刹那。
信じられない出来事が起こる。
「俺たちは──、」
全くもってそれは突然だった。
喋ろうとした細身男の首が180度曲がり、もぎ取れた。
悲鳴をあげる間も無く、男の首は尚も言葉の続きを語ろうとしているかのような表情で固まったまま、地面に転がる。
一瞬だけ見えた、男の頭部全体を包み込むような華奢な手。
その手が、男の首を捻って引きちぎったのが見えた。
犯人は周りを見回してもどこにも見えない。
つまり先ほどの得体のしれない攻撃は確実に紋章魔法によるもの。
男がネハについて語ろうとした瞬間に、口封じの為に男を遠距離から殺したのだ。
いや──犯人はまだ近くにいるはず。
近くにいなければ、男が口を割ろうとしたことに気づかないはずだから。
俺は瞬時に索敵のため、神光支配を周囲に広げる。
この間にも、この場にいた他の六人の男たちの首が落とされ続けている。
耳を塞ぎたくなるような絶叫が轟く中。
およそ500メートル先に、明らかにおかしな気配を感知した。
薄く、気づかれないように薄く。
俺はその気配に神光支配を纏わせる。
地面を介して俺と犯人を神光支配で繋ぎ止めておくことで、追跡を可能とするためだ。
やはりその気配には腕から先はなく、この空間へと腕のみを出現させているのだとわかった。
…おかしいな。
500メートルも離れていてこの場の状況がわかっている?
そういう魔法があるのかもしれないが、犯人の近くに他の協力者の気配は感じ取れない。
犯人は一人だけで『腕を任意の場所に出現させる』という魔法と『遠距離の状況を把握できる』という二つの魔法を操れるというのか?
──魔道具を使ってる可能性もあるか。
七人中六人の首がへし折られ、最後の一人…短剣の男の首へと魔の手が忍び寄るのを遠目で眺める。
確実に訪れる死への覚悟ができていない男は、痙攣にも似た体の震えを押さえつけようともせず「嫌だ」とのみ叫んでいる。
あの手の持ち主が真っ先に俺を狙わなかったのは、対象になるには何かしらの事前準備が必要なためか、それとも返り討ちにあうことがわかっているのか。
そのどちらなのかはわからないが、短剣男を助けることよりも犯人の気配を察知した500メートル先の路地まで行くことを優先させる。
例え助けたところで、犯人を見つけなければいつでもどこにいてもあの手に殺されてしまうのは目に見えているから。
俺はこの建物を飛び出し、気配の元へと全速力で駆けた。
神光支配の一部は未だ索敵対象の気配へと纏わり付けているため、完全な全速力が出せているわけではないが、気配の元に辿り着くには十分すぎる速度だった。
おそらく完全に七人を葬り終わったのだろうというところで気配は動き始める。
動き始めたその気配に追いつくことはできたが、一先ず泳がせることにした。
レベル七の細身男の首を簡単にへし折った実力からして、俺に追われていることはわかっているとは思う。
しかし神光支配のことは確実に知らないはずだ。
あの男たちと俺のやりとりを最初から見ていたのならば、俺が死人の紋章で魔法を使えないと思っているだろうし。
だから、俺が高精度な追跡を行えるなど思っていないはずで、ある程度距離を取れたら気を緩めるはずなのだ。
この気配がネハの生産場や拠点へ帰る可能性は高い。
というわけで遠ざかる気配を一定の距離を保ちながら追跡する。
死んだように横たわるネハ中毒者たちの道を抜け、倒壊して使いものにならない家屋群を抜け、最終的にはヴァレットの街を囲む巨大な塀を抜けたにも関わらず…気配は止まらなかった。
ヴァレットは周りがグランドキャニオンのような巨大な岩壁で覆われているのが特徴。
犯人の気配はその凹凸の激しい大地を我が物顔で飛び回っている。
まるで追跡を失敗したかのようにかなりの距離を取らせたが、未だ気配は慎重な様子だ。
腕のサイズからしてこの気配の正体は女。
売人たちの親玉か、それともスラム街の裏の支配者と呼ばれている存在そのものなのかもしれない。
1キロ程度離れたところでようやく気配の動きは止まり、何かの隙間の中に入っていくような動きを見せた。
そこが本拠地か。
街の近くにありながら、騎士団でも気がつかないような場所。
確かに林立する巨大な岩壁群の中に生産場があるのならば、かなり探すのは厄介になるはず。
──いや、待てよ。
近づいて見てわかる。
あの場所は岩壁の中なんかじゃない。
まさか、そんな所に生産場があるというのか??
灯台下暗しとはまさしくこのことで、とりあえずアーラヤたちに報告する前に、本当にそこが生産場の入り口であるかを確かめるため、気配を尚も追ってみることにする。
その気配が行き着く先を予感して、納得のいく点もあった。
ネハを作るために必要な原料は『この場所』で採取できるのだ、と。
世界樹。
それこそが奴らの拠点…生産場であり、ネハの核となる成分なのだ。
一応そこが本当に拠点であるかどうかを確認するため、気配が留まっている場所まで急ぐ。
バーンガルドやアーラヤに報告するのが先かと思われたが、俺がスラム街まで足を運んだ真の目的は、売人を捕らえネハの流通ルートを探ること。
売人は謎の人物に殺されたと報告するためだけに教会まで戻るのは居た堪れない。
というよりも神光支配の有効範囲外に気配が行ってしまう可能性があるのを懸念してなのだが。
この機会を逃してしまえば、もう二度とチャンスが来ないような、そんな気がしている。
気配は俺に居場所がバレたなどとは露ほども思っていないだろう。
徐々に近づいているというのに尚も気配が動く気配はない。
暫く走り、世界樹の根元まで辿り着く。
気配が潜っていったそこには、巨大な根と巨岩との間の絶妙な隙間があり──明確に入口であることを示していた。
そこに人は立っていない。
見張りを立てると逆に怪しくなるため当然といえば当然なのだが、本当に街から近すぎて俺の勘違いなんじゃないかと疑いたくなる。
俺があの気配にこの場所まで誘い込まれたという可能性もないわけではない。
しかし、確かめるために中に入る方がいいだろう。
どうする?あの場所が生産場だと断定して報告しに行くか?
それとも単身で乗り込み、もう少しだけ様子を見るか?
…後者を取ることにする。
というのもバーンガルドを呼んでしまえばそれで終わってしまいそうだからだ。
俺は自分を研鑽したい。まだ自分の真の実力がわかっていない。
こんなところで日和っているようじゃ、魔王を倒すなんて夢のまた夢だ。
結果、この奥に複数の気配がいることを感じながらも、俺は単身で入り口から恐る恐る中へ。
世界樹の内部は言葉では表せないほどに、あまりにも神秘的だった。
俺はこの空間を外から見て最初、空間は岩と根の隙間のみで構成されたものだと思っていた。
しかし、ここを拠点としている奴らは世界樹という貴重資源を破壊することを厭わない連中だったようで、空間はあまりに開けていた。
切り広げられた幹の内部は葉脈のように展開する青白い光で支配され照らされている。
そんな光の筋から滴り落ちる雨水を凝縮した液体は、ぴちゃんぴちゃんとありきたりな音を立てながらも地面に流れ続け、肌寒さを感じさせる。
気配との距離は確実に縮まっている。
相手は確実に魔王よりも、最悪の五芒星よりも、古代の代理人よりも弱いはず。
なのに、なんだ?
この言いようもえない不安、不気味さは。
ただ肌寒いだけなのか?それとも武者震いか?
随分臆病になってしまったと感じる。いや、そう感じさせてしまう程の何者かがこの先にいるのか?
…やっぱりバーンガルドを呼ぼう。
慢心こそが自分の至らぬ点だとこれまでで散々学んだ。
ここが奴らの拠点でほぼ間違いないだろうし、確実性は欠かない方がいい。
そう思って踵を返そうとした瞬間、奥の空間からこちらへと向かってくる気配を複数捉えた。
その数は三。
一人は売人たちを葬った女で間違いないだろう。
今から全力で引き返せば街まで戻れるはず。
もう神光支配を索敵に割かなくてもいい。
俺は分散させていたオーラを戻し、脚に集中させこの場から全力で撤退することにした。
──はずだった。
突如異空間から現れた剛腕に、信じられない力で肩を掴まれ邪魔されたのだ。
もちろん警戒していなかったわけではない。相手には体の一部を別空間に出現させる魔法を使える者がいることは知っていたから。
しかしあの場で見たのは華奢な女性の腕で、俺の力で簡単に振り解けそうなものだった。
だが、今俺の肩を掴んでいるのはその手ではない。
まさか同じ魔法を使える者がもう一人いる?
…いや、異空間魔法を使える女性が、今なお俺の肩を掴み続ける剛腕をこの場に出現させているのだろう。
自分の腕でなくとも融通が効くとは、かなり厄介な能力だ。
この剛腕は実体。
つまり剣で切り刻めばダメージが通るはず。
そう判断し、俺は自分の肩を掴み続ける剛腕に剣を突き刺そうとした。
が、今度は剣を持つ右腕を別な手で掴まれる。
左手はまだ自由が利く。
相手は三人。
左手まで封じられてしまう前に、俺の右腕を力強く掴み続けている手に渾身の拳をぶつけた。
神光支配を十分に纏わせた俺の一撃は効いたのか、右手を掴んでいた剛腕は引っ込んだ。
そして奥の空間から「イッテェな」という男の声が聞こえてくる。
自分の腕を守るために少し加減はしたつもりだが、確実に骨を粉砕する勢いで殴った。
それを痛いの一言で片付けるとは、もはや目視できるほどまでに近づいてきていた男は相当な実力者だと窺える。
というか声が聞こえるほどまでに近づいてきていたとは、もう完全に逃げ切るのは無理そうだった。
数秒後、三人組の姿は完全に露わになる。
確実にやばい状況。
レベルという制限の撤廃によって大幅に強化された俺の肉体を腕一本で簡単に引き留める男、そしてその男の上司と思しきスーツのような正装に身を包んだ男、そして異空間魔法の使い手と思しき秀麗な女性。
全くもって予想外だったが、その三人は総じて魔族だった。
女性の開けた胸から見える紫色の魔石。
男二人の魔石は服に隠れて見えなかったが、そのどちらも確実に紫に近い色をしているだろう。
ネハをヴァレットに蔓延させたのは、魔族だったのだ。
確かに『裏の支配者』と呼ばれるのにも納得できる。
こんな奴ら、表に出てきたら一瞬でヴァレット騎士団なんて壊滅してしまうだろうから。
それをしないのは、ネハ中毒者というカモが生きる術を無くさないようにするためだろう。
その三人を前にして俺は、
「お前、魔王護六将校だろ」
三人組の中で最もリーダー格であろう正装姿の男魔族に確信を持って、そう尋ねる。
その問いに男魔族はきょとんとした表情を見せたものの、すぐに笑みを浮かべて答えを返してきた。
「その通りだ。僕は魔王護六将校の一人、デューレ。君は…ワタルだね?」
正装の魔族男…もといデューレと名乗った男は俺を見てそう聞き返してきた。
答えはイエス、ただそれだけ。
だが、そう答えてどうなる?
また魔族側への勧誘が始まるのか?
「早く答えろよ、俺様は気が短いんだぜェ?」
デューレの部下と思しき剛腕男魔族は腕をボキボキと鳴らしながら威嚇してくる。
ここは普通に会話をしておくのがベストか。
「そうだが」
「まさかこんな所で会えるとはなァ。俺様はハナっからお前のことが気にいらねェんだよ!」
突如として声を荒げたと思えば、急に俺のことを否定された。
おそらくは俺がレヴィオンのお気にいり認定されていることが気にいらないのだろう。
むしろそっちの方がわかりやすくて有難いのだが。
「よせ、ヴェルト。うーん、レヴィオン様にはワタルは殺すなと言われてるし、どうしようか?」
「普通に地下牢にぶち込んどきゃいいんじゃねェのか?」
「いいや、それはできない。レヴィオン様との会話を思い出してみろ」
「…ああ、確かにそうだったなァ」
俺を差し置いてそんな会話を繰り広げているデューレと…ヴェルト。
どうやら俺はレヴィオンから殺すなと念を押されているらしい。
俺がリレイティアの加護持ちだから殺されないのだろうという推測が確定事項へと変化したのはこの場においては安堵すべきか。
にしても牢に入れておけないというのは一体…
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突如、デューレはそんな質問を投げかけてきた。
予想外すぎてしばし固まる。俺が今持ってるのは一つだけだが…
「答えたくないなら答えなくてもいいんだぜェ?」
そう言われると答えたくなるものだが、お言葉に甘えて沈黙を貫くことにする。
相手に情報を与えるのは愚策となる可能性が高い。
が、しかし。ヴェルトはそんな俺の様子を見て歓喜したようだった。
「わかんねェんじゃァ、いいよな?」
俺は全くその言葉の意味がわからなかったが、デューレはやれやれというように頷いていた。
それはすなわちデューレは俺との交戦をヴェルトに認めたのだということ。
石板をいくつ手に入れたか、何故その問いでその結論になるのかは心底謎だったが、戦いは避けられないらしい。
いや待てよ?
それはつまり俺が全ての石板を集めるまで待っているということか?
それはおかしな話だ。
それこそ未来視の魔法でもなければそんな不確定要素で俺を泳がせる道理はない。
もっと推測が可能な範囲で…俺を捕らえておかない理由…現時点ではわからないな。
拳を構えるヴェルトを見て俺も思考の海から脱し、戦闘体勢を整える。
一番厄介なのは全くもって話さない女魔族の魔法であり、ヴェルトと一対一の交戦だったらまだ望みはある。
ヴェルトがピンチになったら助太刀に入るだろうが、そうなる前になんとかして片をつけるか──。
俺は大きく息を吸い込み、吐いた。
瞬間、両脚に神光支配を凝縮させ、爆ぜるような勢いで空間を跳躍する。
俺はいつも戦闘の時、相手の出方を伺ってから行動に出ていた。
受動的で保守的な、そんな戦闘スタイル。
だが、今回に限ってはそんなことをしている暇はない。
最初から全力で行く。
リーラやレオールドと同じ魔王護六将校というだけで命を賭ける価値がある。
身に纏う雰囲気からして、魔王護六将校なのはデューレだけだと思われるが、デューレとヴェルトの両者にそれほど能力差があるとは思えない。
死ぬ気でやらなければ、勝てないのだ。
空間には金属と金属が弾け合う大きな音がこだまする。
俺の神々封殺杖剣とヴェルトのナックルダスターが弾け合う音だ。
ナックルダスターは手首まで重厚に覆われているというのに、ヴェルトは全く重みを感じさせることなく使いこなしていて、素直に感心する。
そんな俺の様子が気に入らなかったのか、ヴェルトは拳を振り上げ俺の剣を弾き返す。と、同時にニヤリと笑う。
「こんなもんかァ?」
そう言うヴェルトは全くもって余裕そうである。
やれやれ、これでも割と渾身の一撃を叩き込んだつもりなんだがな。
紋章は見てないが、おそらくヴェルトのレベルは十だろう。
こんなにポンポンと最高レベルの化け物共が現れるとなると今後が心配である。
再び脚に神光支配を集約させ、縮地を試みる。
俺とヴェルトとの対峙に他の二人が介入するような素振りはない。
おそらくヴェルトの方から手を出すなと言ってあるのだろう。
傲慢ゆえの蛮勇か、それとも真の実力者なのか。
ヴェルトがそのどちらなのかは今から決まる。
縮地による勢いを含んだ一閃。
それを受けるヴェルトは、その場に踏み留まり続けることが叶わず地面を抉りながら後退する。
俺はその驚いた様子のヴェルトに怒涛の追撃を加える。
横薙、縦振り、防御の薄い足元を狙った一閃。
自分でも驚いてしまうレベルの剣戟。
ヴェルトは何故、この動きに対処できているのかわからない。
いや、対処できていると言うのは間違いだ。確実にヴェルトの肉体を削ぎ、力を奪い続けている。
「助けようか?」
響き続ける金属音の合間を縫って、デューレのそんな声が俺たちの耳に届く。
が、戦闘を楽しんでいる様子のヴェルトがそれを認めることなどない。
「うるせェ!黙って見てろ!」
そう叫ぶヴェルトの声は、俺の剣技に対応するのが精一杯な様子だ。息切れもしている。
そんなヴェルトの様子を見て、俺は心底疑問に、そして恐ろしく思う。
レベルという制約の女神が作り出した概念は、一体どれだけ肉体を制限していたのだ、と。
日本で半引きこもりのような生活をしていた俺ですら、これだけの動きの実現を可能とさせている。
本来のこの世界で生まれたヴェルトやバーンガルドのような人間からその制限が取っ払われたら?
その答えは過去からわかる。
……ベルフェリオのような人間が生まれてしまうのだろう。自らの力で神に仇なす、そんな人間が。
加速した思考の中でそんなことを考えながら、少しずつだが動きが鈍るヴェルトに追撃をかけ続ける。
何故、ヴェルトは紋章を展開しない?
そう思った矢先、まるで俺の心を読んだかのようにヴェルトは紋章を展開させた。
そのレベルはやはり十。
いったいどんな魔法を使う?
距離を取らないことからして遠距離魔法ではない。
考えられるのは肉体強化系…いや、それだったら最初から使っているはず。
「あんまり使いたかねェが…誇れ。これは俺様がお前を認めた証だァ!」
叫びと共にヴェルトの紋章が一層輝き、魔法が行使される。
途端、ヴェルトの肉体が装備と共に変形していき、膨張していった。
──怪物に変化していく。
ゴブリンのように醜悪な頭部と背中の突起物。
不器用に笑うことすらできない裂けた口。
岩石すら砕けそうな程に巨大な掌。
血走った目。
男前で、どこか少年のようなあどけなさが残るヴェルトの姿は、もうそこにはなかった。
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