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第四章
52. 異世界らしい展開
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冒険者ギルドに戻ると、そこにネルンの姿はなかった。
急いで戻ったつもりだったが、間に合わなかったようである。
冒険者ギルドにいなくてもこの街にいる可能性はあるが、広い街の中であてもなく少年一人を探すのは難しい。
ネルンは定期的にこの街に来ているような口ぶりだったし、次街に来るのを待つか。といっても次いつ来るのかわからない以上それも無謀だが…
いや、そんな周りくどいことをしなくても北の魔女の住処とやらを直接聞けば手っ取り早いか。というわけでギルド職員に話しかけてみる。
「あの、すいません」
「なんでしょう」
「北の魔女の住んでるとこって、知ってます?」
「北の魔女…その存在は有名ですが、どこに住んでるかまでは…わからないです」
「そうですか…じゃあネルンという少年のことはご存知ですか?」
「はい。北の魔女の弟子を名乗る男の子のことですよね?毎週このギルドを訪れているので存じてますよ」
「毎週?ってことは来週もここに来るって考えていいんすかね?」
「そうですね…何もなければ…おそらく」
「分かった。ありがとう」
一週間後か。特にやることもないし暇が出来てしまったな。
百万足の討伐に関しては左手が元に戻ってから臨みたいし…ギルドの依頼でもこなしてみるか。
カウンターを離れて様々な依頼が書かれた紙が貼られている掲示板の前まで行く。
掲示板の前には俺と同じ低ランクと思しき冒険者がちらほらいた。
レベルという制限が無くなった今の自分の実力を知るために難しい依頼を受けたいものだが、冒険者ランクによって受けられる依頼は低いランクのものしかないためそれは叶わない。
そういえば前回の邪竜討伐の依頼ってどうなったんだろうな。
依頼が完了したことは依頼を受注した冒険者ギルドに言わないといけないし、実際邪竜…レジェードの討伐はしていない。まあ、未消化として登録されているだろうな。
日本ならば機械処理で依頼をどれだけこなしたかなんてことを登録できるだろうが、いかんせんここは異世界。機械技術なんて発展してないし、全部アナログだ。
そう考えると古代人ってなんなんだろうな。
古代の代理人の奴らは古代人の遺物だとかいう機械群を操作していたし…もしかしたら三千年前は日本よりも発展していたりして…
お、この依頼良さそうじゃないか?
ふと目についた依頼が、思考の波を止める。
【ゴブリンの巣の殲滅:推奨ランクC】
モンスターの王道、ゴブリン。
この世界にいることは知っていたが、実際に見たことはない。一度戦ってみたかったんだよな。
推奨ランクはCだが、一応Dランク冒険者でも受注できるはずだ。
報酬も悪くないし、有り金が心許ない俺にとってはピッタリの依頼だ。
掲示板からその依頼の紙を剥がして、再びカウンターへと足を運んだのだが、
「こちらの依頼はDランク一人での受注はできません…最低でもCランク一人以上が存在する四人以上でのパーティ参加が望ましいです」
「……」
出鼻を挫かれてしまった。条件と思しき欄には特に書かれていないんだが…だったら最初から書いてくれよな。
「最近ゴブリンによる被害が大きいんですよ。この依頼書に書いてある巣の近くでも女性が一人亡くなっていますし…依頼書の条件内容を改めさせてもらいますね」
とのことだったので、潔く依頼書を手放す。
しかし、ここで背後から救いの声が。
「だったら私とパーティを組めば大丈夫だろう?」
振り向くとそこにはバーンガルドがいた。
まさかとは思ったが、なんと一緒にパーティを組んでくれるらしい。
確かにそれだったらギルド職員もノーとは言えまい。
「バ、バーンガルドさんが⁉︎…それなら大丈夫ですけど…失礼ですが何故このDランク冒険者の方と?」
「ビビッときたのだよ。ワタルはきっと私に必要な存在となる。それにあのゴブリンの巣は……いや、なんでもない。とりあえず依頼受注の手続きを頼む」
「?わかりました。バーンガルドさんがそう言うなら……」
横を見るとバーンガルドが得意気な顔をしていた。
これで恩を売っといて、百万足討伐に俺の手を借りようとしているのだろうか。
まあ、俺としては百万足討伐も今後の視野に入れていたし、願ったりなのだが。
一度は突き放したが、バーンガルドは俺の心境の変化に気付いてるのか?…まさかな。
「ありがとな」
依頼の受注が済んだところで、救いの手を差し伸べてくれたバーンガルドに礼を言う。
自分の実力を測るために依頼を受けたかったのだが、まさかAランク冒険者と一緒に依頼をこなすことになるとは。これでは実力を測るもクソもない。
いや、ただ依頼受注の手助けをしてくれただけで、実際に一緒に行動するわけではないといった可能性もあるか?…それはないか。
「礼には及ばん。レベルは十にはなったか?」
「ああ。一応な」
そう答えるが、紋章は見せない。
リレイティアとの会話後に紋章を確認したところ、俺の紋章は相変わらず死人の紋章だったがレベルを示す蒼円が無くなっていた。
そんな異常な紋章を見せてしまえば、もう常人とは扱われなくなってしまうだろう。
「そうか。じゃあ早速ゴブリン討伐といこうか?」
特に俺の言葉は疑われることなく、会話は続く。
「おいおい…依頼自体はCランクのものだが、本当に一緒に来るつもりなのか?」
「もちろんだ。私は君の実力を知りたいしね。不服か?」
「いや…分かった。じゃあ、行こうか」
流石についてくるか……
なるほど、バーンガルドは俺の実力を見たかったのか。
とりあえず了承してしまった以上一緒に行動することは免れないだろう。
ということでこのまま俺たちは急ぐようにして冒険者ギルドに併設された荷馬車小屋へと向かった。
急ぐ理由は、冒険者ギルドでバーンガルドの存在は異様に目立つからだ。
ちょっと立ち話しただけでも、周囲から俺に向けられる視線が痛かった。
「え、バーンガルドさん⁉︎」
俺たちが向かう先、ゴブリンの巣討伐依頼を出した村『ラカタ村』へ向かう予定の馬車の御者も驚いた様子。
やっぱりAランク冒険者って結構有名人なんだな。この世界でも数十人しかいないらしいし、当然か。
こうなるとちょっとAランク冒険者になってみたい欲も湧いて出てくる。いいや、労力と日頃の気苦労を考えたら割に合わなすぎるな。
「よろしく頼む」
毅然とした態度のバーンガルド。
ラカタ村に向かう他の冒険者はいない様子だったが、もしいたら俺の肩身は狭くなっていただろうな。
暫くして馬車は出発する。
ゴブリンの討伐…か。
久々の落ち着いた異世界らしい展開に、俺は少しながらの期待を込めて流れ行く景色を眺めた。
「そういえばなんで俺の名前を知ってるんだ?」
しばらく経ち。
ラカタ村へと向かう道中の馬車内、外を見やるバーンガルドに話しかける。
バーンガルドに俺の名前を伝えた記憶はない。
それなのに、バーンガルドはギルドで俺の名を口にした。そこを疑問に思ったのだ。
ただただ平凡な風景の中を行く馬車の時間は思ったよりも暇だ。こんな特に意味のない会話を繰り広げでもしないと退屈に殺されてしまう。
「ああ、ワタルが依頼を受注する際にギルドプレートに書かれている名前を見たのだよ。それにしても…星の一つも手に入れてないとは。ワタルはあまりランクとかには興味がないのか?」
「星?」
聞き慣れない単語が出てきた。
いや、星という単語自体は知ってるが、それが何を意味しているのかはわからない。何か冒険者ランクを上げるのに必要なものなのだろうか?
「星…も知らないか。星とは言わば実績のことだ。ギルドプレートに刻まれた星の数はどれだけ依頼をこなしてきたかを示している。Dランクだったら星が五つでもあればCランクに上がれるだろう」
「へえ…」
知らなかった。
確かにコンピューターもないこの世界でどうやって総実績を確認するのかは疑問点だったが、星とやらを集めればランクが上がるのか。なんだか王都魔剣術学校の制度に似ているな。
「星は受注した依頼の難易度によってどれだけ与えられるかが考慮される。残念ながら今回はAランクの私と組んでしまったから星はあまり与えられないだろうな」
そう言ってハハハと笑うバーンガルド。
おいおい、俺が本気でランクアップを狙っている冒険者だったら泣いてるぞ。
「そういえば、百万足が何処にいるかって目安はついてるのか?」
討伐すると言っても居場所から探すんじゃ途方もないものになる。
「ああ。ヤツは『ボレフ神殿』周辺の砂地を根城にしている。…結構知られた情報だと思うのだが…」
バーンガルドはどこか呆れたように言うが、そんな情報を得る手段は無かったのだからしょうがないだろう。
王都魔剣術学校でも聞くことがなかった。
冒険者は情報が命。バーンガルドが呆れるのも無理ないが…冒険者歴が浅い俺には情報なんて無いに等しいんだよな。
「居場所が分かってんのに誰も討伐に行かないのか。討伐のための大軍団でも組めば良いのに」
銀鏡の蜘蛛なんかは討伐しようにもその居場所がわからなかったから手を出せなかったのだろう。
だが居場所がわかって、その場所が固定されているようなら大規模な討伐パーティが組まれるなりして対処されるだろうし、百万足はそれがされないほど手のつけようがない相手なのだろうか?
「百万足はな…その紋章魔法の悪質さが故…下手な討伐隊を向かわせることが罪みたいなものなのだよ」
「罪?」
バーンガルドの妙な言い回しに疑問符を浮かべる。何か国際的な条約かなんかがあるのだろうか?
しかし、次のバーンガルドの言葉は予想もできないものだった。
「百万足に食われた者は…「百万足に魔法を奪われる」
「奪われるって…は?」
魔法を奪う魔法。
紋章魔法の『一つの魔法しか使えない』という性質上、最強の紋章魔法は?と問われて誰でも真っ先に答えるような魔法。それが相手の魔法を奪うというもの。
流石にそんなものは存在しないと思っていたが…まさか本当に存在するなんて。
「ああ。百万足は食ったものの紋章魔法を使うことができる。百万足に無意味に食われてしまえばそれだけ百万足の戦力を上げてしまうということなのだ」
「マジかよ…つまり百万足は何百もの魔法を使えるってことだろ?そんな奴に勝ち目なんてあるのか?」
「魔法が使えるのと使いこなせるのとでは話が別だ。予測できないほど沢山の魔法を使ってくるわけでもない」
「そうなのか?だったら容易に倒せそうなものだが…」
つまり使いこなせる数個の魔法しか使ってこないということ。
だったら対策の立てようもありそうだが……
「魔法もさることながら、本体も異様な強さを持っているのだ。油断はできない」
「まあ最悪の五芒星と呼ばれてるくらいだからな。はなから気は抜かないつもりだ。俺なら食われても魔法を奪われることもないしな」
自虐気味に答えたが、バーンガルドは──、
「はなから気を抜かないつもり?ワタル、まさか百万足の討伐に手を貸してくれるつもりなのか?」
目を見開いて、まるで無垢な少女のような純粋さをもって、俺を見つめていた。
そういえば正式に手伝うとは言ってなかったな。
「ああ。リレイティア大迷宮に行って気持ちが変わった。一緒に百万足を倒すぞ」
「本当か⁉︎ハハハ、やはり私の見る目は狂っていなかったようだな。よろしく頼むぞ!」
興奮気味にバーンガルドが俺の右手をガッチリ掴むと、馬車がめちゃくちゃ揺れて馬車ごと転倒しそうになった。
こちらを怪訝に振り返る御者に軽く謝っておいて、今回の本題の方に話を戻す。
「よろしくな。──まあ今はゴブリンの討伐だ。こっちも油断しないで行くぞ」
とりあえず集中しておきたいのは百万足よりもゴブリンの方である。
「ああ…それなのだが。もしかしたらこの依頼はCランクどころのものじゃないかもしれないぞ?」
「どういうことだ?」
百万足の話題をゴブリンに変えたところで、急に顔を引き締めるバーンガルド。
それに不穏なことを言ってきた。Cランクどころじゃないとは一体?
「私たちが今から向かう巣には…ゴブリンキングが生まれている可能性がある。もしそうだとしたらAランク級の難易度だ」
「ゴブリンキング?何故そんなことがわかるんだ?」
「勘だ」
「……はあ?」
真剣な顔たちでふざけたことを言うバーンガルドに、少し呆れてしまう。
しかし、話し方は厳格そのものだが、所々にユーモラスな発言を交えてくるのが少し面白い。
「冗談だ。確かに根拠はないが…私が以前ゴブリンキングの討伐に参加した時と状況が似ているのだ」
「状況?例えば?」
なんだ、根拠が皆無というわけではないのか。
冒険者にとってかつての経験は判断材料と捉えても良いものだと思う。ましてAランク冒険者ともなると尚更だ。
「ギルド職員が言っていただろう?巣の近くで女性が一人殺されたと」
「そういえばそんなことを言ってたな」
「この依頼は最近出されたものだ。普通のゴブリン討伐の依頼だったら、『殺された』なんて断定しないのだよ」
「つまり?」
「死体が巣の近くに投げ捨てられていたんだ。それも、見せびらかすようにして。通常だったら女性なんかは巣の中に持ち込まれ、食われるか辱められるかして、巣の中で処分される。だからその死体が見つかるまでは『捜索』という体で依頼が出されるのだ」
「なるほど。つまりあえて巣の前に死体を晒して、中に入ってくる人間を誘っているってわけだな」
「そういうわけだ」
「でも結局中に入るのは討伐隊なんだから、ゴブリンたちにとっては意味のない行為なんじゃないか?逆に巣の位置を討伐隊に教えてるようなもんだ」
「それが不気味なのだよ。よっぽど自信があるってことか、或いは……そして何より頭を使っているのが…殺された女性が近くの村の村長の娘だったってことだ。その娘さんはかなりの美貌の持ち主で、かなりの男性からアプローチを受けていたらしい」
「ってことは…意中の女性を殺されたことに怒った人たちが、復讐のために無策に巣に殴り込みに行ってしまったんじゃないか?」
「ゴブリンたちはそれを狙っていたんだろうが、その通り…とはならなかったよ。村長がなんとか止めたらしい。ギルドに依頼が出されたのが二日前。今はどうなってるかはわからないがね」
女性を餌に質の良い肉である男たちを誘き寄せる。確かに普通のゴブリンだったらそこまで頭を使わないだろう。
でも、本当にそれだけの理由でそんなことするか?俺だったら、そんな敵を誘き寄せる危険なことなんてしない。
何か別の目的があるように思えてしょうがなかった。
「それだったら早く行かないとマズイことになりそうだな」
「ああ。──今はゆっくり休んでおけ」
なんだか自信満々なバーンガルドだが、もし本当にゴブリンキングなるものがいたとして、二人だけで倒せるものなのだろうか?Aランク級の依頼だとか言ってるし…
まあ、自分の実力を測りたいと思っていたところなのでちょうど良いのかもしれないな。
こうして会話が終わったところで、バーンガルドは再び神妙な顔で外を見やっている。
これ以上特に話すこともないので、俺は目を瞑って馬車の心地良い揺れを感じながら意識を夢の世界へと旅立たせた。
バーンガルドがいるから馬車の護衛は任せて多少気を抜いても大丈夫だろう…
※
肩を揺さぶられ目を覚ますと、馬車は止まっていた。
どうやら一度も目を覚ますことなく目的地まで着いたらしい。思いのほか疲れていたのかも知れないな。
「着いたぞ、ここがラカタ村だ」
先に馬車から降りていたバーンガルドは背中に差している大剣の柄を触りながら辺りを見回している。
開けた空間の周辺は山々で囲まれており、不思議な形をした木々が微風に揺られていた。
そして特筆すべきは半円球の大きな岩石が点々と存在していること。
その岩石には扉がつけられており、その中で人々が暮らしているようだ。
その中でも一際大きな家の前へと歩いていくバーンガルド。
扉をノックして暫くすると、そこから腰が九十度に曲がったおじいさんが現れた。
「よく来てくれた……」
その声はとてもしわがれていた。そして、疲れ切っているようにも感じられた。
「村長、現状は?」
「なんとか村の男たちを引き止めていたのですが……制止を振り切って巣に出向いた者が数人おります…」
「そうか」
バーンガルドはこの状況を読んでいた。それ故焦った様子は見られなかったが、内心面倒なことになったと思っているに違いないだろう。
「若手はこの村の宝です…娘のことは残念ですが…なんとか頼みます…」
そう懇願する村長の目には涙が浮かんでいた。
魔物に自分の娘が殺されて、ましてやそれを撒き餌にされて。村長の感じている悲しみは底知れないものだろう。
これ以上被害を広がらせないためには、一刻も早くゴブリンを殲滅する必要がある。
「じゃあ、巣の近くまで案内してくれないか?」
「わかりました。案内はこの子に任せます」
村長が振り返って手招きすると、家の中から十歳ぐらいの少年が出てきた。
目にかかるくらいの長さで丁寧に切り揃えられた金髪が目立つ、美少年。村長の息子だろうか。いや、それにしては若すぎるが…
「この子は私の孫です。殺された娘の子です」
少年はペコリと頭を下げる。
ん待てよ?孫?ってことは村長の娘さんは結婚してたってことか?
それなのに村の男たちから狙われていたって…
「父親は病で倒れ、残された母である娘も殺されてしまいました…この子が不憫でなりません」
ああなるほど、そういうことか。
村長の追加の説明で納得する。確かに息子がこのルックスなら母親の美貌も想像に難くないな。
「では案内を頼む。ここから遠いのか?」
「そうですね、ここから歩いて二十分ほどだと思われます」
歩いて二十分。距離にして二キロ程だろうか。生活圏内に魔物がいるってことになる。
それだったらこの堅牢な家屋にも頷けるな。そもそもこんな場所に村を作るなって話でもあるが。
「了解した。行くぞ」
そう言うと急ぐように颯爽と歩き出すバーンガルド。俺と村長の孫は慌ててそれについていく。
「名前は?」
俺は村長の孫に名前を尋ねた。
「僕はメルトと言います。よろしくお願いします」
気弱な感じに見えたが、意外としっかりとした態度のメルトに驚きつつ、「よろしく」と言っておいた。
村を離れ、メルトを先頭に森の中を進む。
俺たちを取り囲む森は確かに魔物の住処にはもってこいな雰囲気を醸し出していた。
このまま黙々と進むのもいいが、ちょっと会話を切り出してみるか。
「というか疑問だったんだが、なんでバーンガルドは見てきたかのように詳細を知ってるんだ?」
この依頼を受ける際、バーンガルドはまるで一度この村を訪れたことがあるかのように依頼について詳しかった。
別に聞くほどのことではないと思うが、少しでも気になることは知っておきたい性分だ。
「この依頼がギルドに張り出された時から…怪しいと思って詳細を調べていたのだよ。前にも言ったが…依頼書には女性が『殺された』と表記されていたから。それに私は村長とは馴染みがある」
「へー。…やっぱりAランク冒険者ともなると情報収集能力にも長けてくるのか?」
「そうだな。職員に聞けば大抵なんでも答えてくれるぞ?」
なんでも、か。
Aランク冒険者になることは意外と魅力的なことなのではないか?。
古代の代理人や魔族の情報が集まりやすい方が助かるし。
まあ今のところは保留だ。
その後は特に会話もなく巣への道のりを急いだ。
その道中には明らかに人間の男のものと見られる足跡がちらほら見えた。そしてそれができたのは最近のようであった。急げば間に合いそうである。
「あれが巣への入り口です。僕は足手纏いになってしまうと思うので…ここで」
突然立ち止まり遥か前方を指さすメルト。
確かに目に凝らして見た先に、巣への入り口と思しき空洞がポッカリとその口を開けていた。
元々場所を知っていたとはいえ、メルトはこの距離から見えているというのか?
バーンガルドは余裕で見えているようではあるが……みんな目が良すぎだろ。
「案内ありがとう。この付近に魔物の気配はあまりなかった。しかし気をつけて帰るのだぞ」
さすがというべきか、バーンガルドは先ほどまでの道のりで周辺に魔物がいるかどうかを索敵していたようだ。
もちろん俺もやっていたが、この距離であの巣への入り口を確認できているバーンガルドの索敵の方が精度が高いだろう。
バーンガルドの指示で、メルトは一人で村の方に帰っていった。
急いで戻ったつもりだったが、間に合わなかったようである。
冒険者ギルドにいなくてもこの街にいる可能性はあるが、広い街の中であてもなく少年一人を探すのは難しい。
ネルンは定期的にこの街に来ているような口ぶりだったし、次街に来るのを待つか。といっても次いつ来るのかわからない以上それも無謀だが…
いや、そんな周りくどいことをしなくても北の魔女の住処とやらを直接聞けば手っ取り早いか。というわけでギルド職員に話しかけてみる。
「あの、すいません」
「なんでしょう」
「北の魔女の住んでるとこって、知ってます?」
「北の魔女…その存在は有名ですが、どこに住んでるかまでは…わからないです」
「そうですか…じゃあネルンという少年のことはご存知ですか?」
「はい。北の魔女の弟子を名乗る男の子のことですよね?毎週このギルドを訪れているので存じてますよ」
「毎週?ってことは来週もここに来るって考えていいんすかね?」
「そうですね…何もなければ…おそらく」
「分かった。ありがとう」
一週間後か。特にやることもないし暇が出来てしまったな。
百万足の討伐に関しては左手が元に戻ってから臨みたいし…ギルドの依頼でもこなしてみるか。
カウンターを離れて様々な依頼が書かれた紙が貼られている掲示板の前まで行く。
掲示板の前には俺と同じ低ランクと思しき冒険者がちらほらいた。
レベルという制限が無くなった今の自分の実力を知るために難しい依頼を受けたいものだが、冒険者ランクによって受けられる依頼は低いランクのものしかないためそれは叶わない。
そういえば前回の邪竜討伐の依頼ってどうなったんだろうな。
依頼が完了したことは依頼を受注した冒険者ギルドに言わないといけないし、実際邪竜…レジェードの討伐はしていない。まあ、未消化として登録されているだろうな。
日本ならば機械処理で依頼をどれだけこなしたかなんてことを登録できるだろうが、いかんせんここは異世界。機械技術なんて発展してないし、全部アナログだ。
そう考えると古代人ってなんなんだろうな。
古代の代理人の奴らは古代人の遺物だとかいう機械群を操作していたし…もしかしたら三千年前は日本よりも発展していたりして…
お、この依頼良さそうじゃないか?
ふと目についた依頼が、思考の波を止める。
【ゴブリンの巣の殲滅:推奨ランクC】
モンスターの王道、ゴブリン。
この世界にいることは知っていたが、実際に見たことはない。一度戦ってみたかったんだよな。
推奨ランクはCだが、一応Dランク冒険者でも受注できるはずだ。
報酬も悪くないし、有り金が心許ない俺にとってはピッタリの依頼だ。
掲示板からその依頼の紙を剥がして、再びカウンターへと足を運んだのだが、
「こちらの依頼はDランク一人での受注はできません…最低でもCランク一人以上が存在する四人以上でのパーティ参加が望ましいです」
「……」
出鼻を挫かれてしまった。条件と思しき欄には特に書かれていないんだが…だったら最初から書いてくれよな。
「最近ゴブリンによる被害が大きいんですよ。この依頼書に書いてある巣の近くでも女性が一人亡くなっていますし…依頼書の条件内容を改めさせてもらいますね」
とのことだったので、潔く依頼書を手放す。
しかし、ここで背後から救いの声が。
「だったら私とパーティを組めば大丈夫だろう?」
振り向くとそこにはバーンガルドがいた。
まさかとは思ったが、なんと一緒にパーティを組んでくれるらしい。
確かにそれだったらギルド職員もノーとは言えまい。
「バ、バーンガルドさんが⁉︎…それなら大丈夫ですけど…失礼ですが何故このDランク冒険者の方と?」
「ビビッときたのだよ。ワタルはきっと私に必要な存在となる。それにあのゴブリンの巣は……いや、なんでもない。とりあえず依頼受注の手続きを頼む」
「?わかりました。バーンガルドさんがそう言うなら……」
横を見るとバーンガルドが得意気な顔をしていた。
これで恩を売っといて、百万足討伐に俺の手を借りようとしているのだろうか。
まあ、俺としては百万足討伐も今後の視野に入れていたし、願ったりなのだが。
一度は突き放したが、バーンガルドは俺の心境の変化に気付いてるのか?…まさかな。
「ありがとな」
依頼の受注が済んだところで、救いの手を差し伸べてくれたバーンガルドに礼を言う。
自分の実力を測るために依頼を受けたかったのだが、まさかAランク冒険者と一緒に依頼をこなすことになるとは。これでは実力を測るもクソもない。
いや、ただ依頼受注の手助けをしてくれただけで、実際に一緒に行動するわけではないといった可能性もあるか?…それはないか。
「礼には及ばん。レベルは十にはなったか?」
「ああ。一応な」
そう答えるが、紋章は見せない。
リレイティアとの会話後に紋章を確認したところ、俺の紋章は相変わらず死人の紋章だったがレベルを示す蒼円が無くなっていた。
そんな異常な紋章を見せてしまえば、もう常人とは扱われなくなってしまうだろう。
「そうか。じゃあ早速ゴブリン討伐といこうか?」
特に俺の言葉は疑われることなく、会話は続く。
「おいおい…依頼自体はCランクのものだが、本当に一緒に来るつもりなのか?」
「もちろんだ。私は君の実力を知りたいしね。不服か?」
「いや…分かった。じゃあ、行こうか」
流石についてくるか……
なるほど、バーンガルドは俺の実力を見たかったのか。
とりあえず了承してしまった以上一緒に行動することは免れないだろう。
ということでこのまま俺たちは急ぐようにして冒険者ギルドに併設された荷馬車小屋へと向かった。
急ぐ理由は、冒険者ギルドでバーンガルドの存在は異様に目立つからだ。
ちょっと立ち話しただけでも、周囲から俺に向けられる視線が痛かった。
「え、バーンガルドさん⁉︎」
俺たちが向かう先、ゴブリンの巣討伐依頼を出した村『ラカタ村』へ向かう予定の馬車の御者も驚いた様子。
やっぱりAランク冒険者って結構有名人なんだな。この世界でも数十人しかいないらしいし、当然か。
こうなるとちょっとAランク冒険者になってみたい欲も湧いて出てくる。いいや、労力と日頃の気苦労を考えたら割に合わなすぎるな。
「よろしく頼む」
毅然とした態度のバーンガルド。
ラカタ村に向かう他の冒険者はいない様子だったが、もしいたら俺の肩身は狭くなっていただろうな。
暫くして馬車は出発する。
ゴブリンの討伐…か。
久々の落ち着いた異世界らしい展開に、俺は少しながらの期待を込めて流れ行く景色を眺めた。
「そういえばなんで俺の名前を知ってるんだ?」
しばらく経ち。
ラカタ村へと向かう道中の馬車内、外を見やるバーンガルドに話しかける。
バーンガルドに俺の名前を伝えた記憶はない。
それなのに、バーンガルドはギルドで俺の名を口にした。そこを疑問に思ったのだ。
ただただ平凡な風景の中を行く馬車の時間は思ったよりも暇だ。こんな特に意味のない会話を繰り広げでもしないと退屈に殺されてしまう。
「ああ、ワタルが依頼を受注する際にギルドプレートに書かれている名前を見たのだよ。それにしても…星の一つも手に入れてないとは。ワタルはあまりランクとかには興味がないのか?」
「星?」
聞き慣れない単語が出てきた。
いや、星という単語自体は知ってるが、それが何を意味しているのかはわからない。何か冒険者ランクを上げるのに必要なものなのだろうか?
「星…も知らないか。星とは言わば実績のことだ。ギルドプレートに刻まれた星の数はどれだけ依頼をこなしてきたかを示している。Dランクだったら星が五つでもあればCランクに上がれるだろう」
「へえ…」
知らなかった。
確かにコンピューターもないこの世界でどうやって総実績を確認するのかは疑問点だったが、星とやらを集めればランクが上がるのか。なんだか王都魔剣術学校の制度に似ているな。
「星は受注した依頼の難易度によってどれだけ与えられるかが考慮される。残念ながら今回はAランクの私と組んでしまったから星はあまり与えられないだろうな」
そう言ってハハハと笑うバーンガルド。
おいおい、俺が本気でランクアップを狙っている冒険者だったら泣いてるぞ。
「そういえば、百万足が何処にいるかって目安はついてるのか?」
討伐すると言っても居場所から探すんじゃ途方もないものになる。
「ああ。ヤツは『ボレフ神殿』周辺の砂地を根城にしている。…結構知られた情報だと思うのだが…」
バーンガルドはどこか呆れたように言うが、そんな情報を得る手段は無かったのだからしょうがないだろう。
王都魔剣術学校でも聞くことがなかった。
冒険者は情報が命。バーンガルドが呆れるのも無理ないが…冒険者歴が浅い俺には情報なんて無いに等しいんだよな。
「居場所が分かってんのに誰も討伐に行かないのか。討伐のための大軍団でも組めば良いのに」
銀鏡の蜘蛛なんかは討伐しようにもその居場所がわからなかったから手を出せなかったのだろう。
だが居場所がわかって、その場所が固定されているようなら大規模な討伐パーティが組まれるなりして対処されるだろうし、百万足はそれがされないほど手のつけようがない相手なのだろうか?
「百万足はな…その紋章魔法の悪質さが故…下手な討伐隊を向かわせることが罪みたいなものなのだよ」
「罪?」
バーンガルドの妙な言い回しに疑問符を浮かべる。何か国際的な条約かなんかがあるのだろうか?
しかし、次のバーンガルドの言葉は予想もできないものだった。
「百万足に食われた者は…「百万足に魔法を奪われる」
「奪われるって…は?」
魔法を奪う魔法。
紋章魔法の『一つの魔法しか使えない』という性質上、最強の紋章魔法は?と問われて誰でも真っ先に答えるような魔法。それが相手の魔法を奪うというもの。
流石にそんなものは存在しないと思っていたが…まさか本当に存在するなんて。
「ああ。百万足は食ったものの紋章魔法を使うことができる。百万足に無意味に食われてしまえばそれだけ百万足の戦力を上げてしまうということなのだ」
「マジかよ…つまり百万足は何百もの魔法を使えるってことだろ?そんな奴に勝ち目なんてあるのか?」
「魔法が使えるのと使いこなせるのとでは話が別だ。予測できないほど沢山の魔法を使ってくるわけでもない」
「そうなのか?だったら容易に倒せそうなものだが…」
つまり使いこなせる数個の魔法しか使ってこないということ。
だったら対策の立てようもありそうだが……
「魔法もさることながら、本体も異様な強さを持っているのだ。油断はできない」
「まあ最悪の五芒星と呼ばれてるくらいだからな。はなから気は抜かないつもりだ。俺なら食われても魔法を奪われることもないしな」
自虐気味に答えたが、バーンガルドは──、
「はなから気を抜かないつもり?ワタル、まさか百万足の討伐に手を貸してくれるつもりなのか?」
目を見開いて、まるで無垢な少女のような純粋さをもって、俺を見つめていた。
そういえば正式に手伝うとは言ってなかったな。
「ああ。リレイティア大迷宮に行って気持ちが変わった。一緒に百万足を倒すぞ」
「本当か⁉︎ハハハ、やはり私の見る目は狂っていなかったようだな。よろしく頼むぞ!」
興奮気味にバーンガルドが俺の右手をガッチリ掴むと、馬車がめちゃくちゃ揺れて馬車ごと転倒しそうになった。
こちらを怪訝に振り返る御者に軽く謝っておいて、今回の本題の方に話を戻す。
「よろしくな。──まあ今はゴブリンの討伐だ。こっちも油断しないで行くぞ」
とりあえず集中しておきたいのは百万足よりもゴブリンの方である。
「ああ…それなのだが。もしかしたらこの依頼はCランクどころのものじゃないかもしれないぞ?」
「どういうことだ?」
百万足の話題をゴブリンに変えたところで、急に顔を引き締めるバーンガルド。
それに不穏なことを言ってきた。Cランクどころじゃないとは一体?
「私たちが今から向かう巣には…ゴブリンキングが生まれている可能性がある。もしそうだとしたらAランク級の難易度だ」
「ゴブリンキング?何故そんなことがわかるんだ?」
「勘だ」
「……はあ?」
真剣な顔たちでふざけたことを言うバーンガルドに、少し呆れてしまう。
しかし、話し方は厳格そのものだが、所々にユーモラスな発言を交えてくるのが少し面白い。
「冗談だ。確かに根拠はないが…私が以前ゴブリンキングの討伐に参加した時と状況が似ているのだ」
「状況?例えば?」
なんだ、根拠が皆無というわけではないのか。
冒険者にとってかつての経験は判断材料と捉えても良いものだと思う。ましてAランク冒険者ともなると尚更だ。
「ギルド職員が言っていただろう?巣の近くで女性が一人殺されたと」
「そういえばそんなことを言ってたな」
「この依頼は最近出されたものだ。普通のゴブリン討伐の依頼だったら、『殺された』なんて断定しないのだよ」
「つまり?」
「死体が巣の近くに投げ捨てられていたんだ。それも、見せびらかすようにして。通常だったら女性なんかは巣の中に持ち込まれ、食われるか辱められるかして、巣の中で処分される。だからその死体が見つかるまでは『捜索』という体で依頼が出されるのだ」
「なるほど。つまりあえて巣の前に死体を晒して、中に入ってくる人間を誘っているってわけだな」
「そういうわけだ」
「でも結局中に入るのは討伐隊なんだから、ゴブリンたちにとっては意味のない行為なんじゃないか?逆に巣の位置を討伐隊に教えてるようなもんだ」
「それが不気味なのだよ。よっぽど自信があるってことか、或いは……そして何より頭を使っているのが…殺された女性が近くの村の村長の娘だったってことだ。その娘さんはかなりの美貌の持ち主で、かなりの男性からアプローチを受けていたらしい」
「ってことは…意中の女性を殺されたことに怒った人たちが、復讐のために無策に巣に殴り込みに行ってしまったんじゃないか?」
「ゴブリンたちはそれを狙っていたんだろうが、その通り…とはならなかったよ。村長がなんとか止めたらしい。ギルドに依頼が出されたのが二日前。今はどうなってるかはわからないがね」
女性を餌に質の良い肉である男たちを誘き寄せる。確かに普通のゴブリンだったらそこまで頭を使わないだろう。
でも、本当にそれだけの理由でそんなことするか?俺だったら、そんな敵を誘き寄せる危険なことなんてしない。
何か別の目的があるように思えてしょうがなかった。
「それだったら早く行かないとマズイことになりそうだな」
「ああ。──今はゆっくり休んでおけ」
なんだか自信満々なバーンガルドだが、もし本当にゴブリンキングなるものがいたとして、二人だけで倒せるものなのだろうか?Aランク級の依頼だとか言ってるし…
まあ、自分の実力を測りたいと思っていたところなのでちょうど良いのかもしれないな。
こうして会話が終わったところで、バーンガルドは再び神妙な顔で外を見やっている。
これ以上特に話すこともないので、俺は目を瞑って馬車の心地良い揺れを感じながら意識を夢の世界へと旅立たせた。
バーンガルドがいるから馬車の護衛は任せて多少気を抜いても大丈夫だろう…
※
肩を揺さぶられ目を覚ますと、馬車は止まっていた。
どうやら一度も目を覚ますことなく目的地まで着いたらしい。思いのほか疲れていたのかも知れないな。
「着いたぞ、ここがラカタ村だ」
先に馬車から降りていたバーンガルドは背中に差している大剣の柄を触りながら辺りを見回している。
開けた空間の周辺は山々で囲まれており、不思議な形をした木々が微風に揺られていた。
そして特筆すべきは半円球の大きな岩石が点々と存在していること。
その岩石には扉がつけられており、その中で人々が暮らしているようだ。
その中でも一際大きな家の前へと歩いていくバーンガルド。
扉をノックして暫くすると、そこから腰が九十度に曲がったおじいさんが現れた。
「よく来てくれた……」
その声はとてもしわがれていた。そして、疲れ切っているようにも感じられた。
「村長、現状は?」
「なんとか村の男たちを引き止めていたのですが……制止を振り切って巣に出向いた者が数人おります…」
「そうか」
バーンガルドはこの状況を読んでいた。それ故焦った様子は見られなかったが、内心面倒なことになったと思っているに違いないだろう。
「若手はこの村の宝です…娘のことは残念ですが…なんとか頼みます…」
そう懇願する村長の目には涙が浮かんでいた。
魔物に自分の娘が殺されて、ましてやそれを撒き餌にされて。村長の感じている悲しみは底知れないものだろう。
これ以上被害を広がらせないためには、一刻も早くゴブリンを殲滅する必要がある。
「じゃあ、巣の近くまで案内してくれないか?」
「わかりました。案内はこの子に任せます」
村長が振り返って手招きすると、家の中から十歳ぐらいの少年が出てきた。
目にかかるくらいの長さで丁寧に切り揃えられた金髪が目立つ、美少年。村長の息子だろうか。いや、それにしては若すぎるが…
「この子は私の孫です。殺された娘の子です」
少年はペコリと頭を下げる。
ん待てよ?孫?ってことは村長の娘さんは結婚してたってことか?
それなのに村の男たちから狙われていたって…
「父親は病で倒れ、残された母である娘も殺されてしまいました…この子が不憫でなりません」
ああなるほど、そういうことか。
村長の追加の説明で納得する。確かに息子がこのルックスなら母親の美貌も想像に難くないな。
「では案内を頼む。ここから遠いのか?」
「そうですね、ここから歩いて二十分ほどだと思われます」
歩いて二十分。距離にして二キロ程だろうか。生活圏内に魔物がいるってことになる。
それだったらこの堅牢な家屋にも頷けるな。そもそもこんな場所に村を作るなって話でもあるが。
「了解した。行くぞ」
そう言うと急ぐように颯爽と歩き出すバーンガルド。俺と村長の孫は慌ててそれについていく。
「名前は?」
俺は村長の孫に名前を尋ねた。
「僕はメルトと言います。よろしくお願いします」
気弱な感じに見えたが、意外としっかりとした態度のメルトに驚きつつ、「よろしく」と言っておいた。
村を離れ、メルトを先頭に森の中を進む。
俺たちを取り囲む森は確かに魔物の住処にはもってこいな雰囲気を醸し出していた。
このまま黙々と進むのもいいが、ちょっと会話を切り出してみるか。
「というか疑問だったんだが、なんでバーンガルドは見てきたかのように詳細を知ってるんだ?」
この依頼を受ける際、バーンガルドはまるで一度この村を訪れたことがあるかのように依頼について詳しかった。
別に聞くほどのことではないと思うが、少しでも気になることは知っておきたい性分だ。
「この依頼がギルドに張り出された時から…怪しいと思って詳細を調べていたのだよ。前にも言ったが…依頼書には女性が『殺された』と表記されていたから。それに私は村長とは馴染みがある」
「へー。…やっぱりAランク冒険者ともなると情報収集能力にも長けてくるのか?」
「そうだな。職員に聞けば大抵なんでも答えてくれるぞ?」
なんでも、か。
Aランク冒険者になることは意外と魅力的なことなのではないか?。
古代の代理人や魔族の情報が集まりやすい方が助かるし。
まあ今のところは保留だ。
その後は特に会話もなく巣への道のりを急いだ。
その道中には明らかに人間の男のものと見られる足跡がちらほら見えた。そしてそれができたのは最近のようであった。急げば間に合いそうである。
「あれが巣への入り口です。僕は足手纏いになってしまうと思うので…ここで」
突然立ち止まり遥か前方を指さすメルト。
確かに目に凝らして見た先に、巣への入り口と思しき空洞がポッカリとその口を開けていた。
元々場所を知っていたとはいえ、メルトはこの距離から見えているというのか?
バーンガルドは余裕で見えているようではあるが……みんな目が良すぎだろ。
「案内ありがとう。この付近に魔物の気配はあまりなかった。しかし気をつけて帰るのだぞ」
さすがというべきか、バーンガルドは先ほどまでの道のりで周辺に魔物がいるかどうかを索敵していたようだ。
もちろん俺もやっていたが、この距離であの巣への入り口を確認できているバーンガルドの索敵の方が精度が高いだろう。
バーンガルドの指示で、メルトは一人で村の方に帰っていった。
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