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第三章
41. 魔王護六集会 | side:クラスメイトⅢ
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「リーラが…死んだ?」
広大な魔王城の一室で一堂に会していた魔王護六将校。
その中でも魔王レヴィオンが告げたリーラの訃報に一際驚いたのは、魔族と獅子族との混血である男、レオールド=ダフレイアム。
「あの子が死ぬとは…正直驚きました。それで、死因はなんだったのでしょうか?」
同じく驚いた様子でレヴィオンにリーラの死因を尋ねるレストア=シルヴェール。レストアはその長い顎髭を指でなぞりがら目を細める。
レストアはリーラの確かな実力を信じていた。ゆえに、ここまで驚いている。
「殺されたのよ。ワタルにね」
殺された。
その一言で訪れる一瞬の静寂。
それを真っ先に破ったのは、やはり魔王護六将校の中でもリーラと特段仲の良かったレオールドだった。
「ワタル…あいつか…やはり俺の手で殺して…!」
感情任せに放った言葉は、ワタルなどという小僧にあのリーラが本当に殺されたのか?という懐疑心が含まれている。
「あら?言ったでしょ?あの子は六番目。かつて見なかった『リレイティアの加護持ち』なのよ?殺してはダメ」
声を荒げるレオールドを宥めるように静止するレヴィオン。
それにレオールドは尚も涙ぐんだ目で抵抗する。
「だったらっ…何故ララーやゼレスと同じように捕らえておかないのですか!」
「あの子に石版を集めてもらうためよ。マゼアちゃんによると…私が今持つ二つの石版以外の五つの石版。それをワタルが手に入れるの」
レヴィオンは落ち着いた様子で、テーブルの隅に座るマゼアを指す。
呼ばれたマゼアの表情は顔に覆われた薄い布に邪魔され、読み取れない。
マゼアは魔王護六将校の一員ではない。
では何故この場に出席できているのか。
その理由は…マゼアの紋章魔法がかの未来視の勇者に近い性質を持っているから、ただそれだけである。
「マゼア…それは確かなんだろうな?」
レオールドは確認するようにマゼアを見つめる。
「……私の水晶で見た未来は絶対……貴方もよく知ってるでしょ…?」
マゼアは手に持つ半径七センチメートル程の水晶玉を撫でながら答える。それにレオールドは納得した顔だ。
だが、リーラが死んだことに関してレオールドはこれっぽっちも納得していなかった。
俺が行かなかったから、俺も行っていれば。そんな感情に支配されていた。
「んでェ、ワタルっちゅう奴はどんなやつなんだァ?今までそんな奴聞いたこともなかったぜ?Aランク冒険者ってわけでもねェんだろ?」
下品に両脚を机の上で組み、苛立ちを隠さず頭をかきながらレヴィオンを睨むヴェルト=ボレーという名の横暴な男魔族。
彼もマゼアと同様に魔王護六将校ではないが…レヴィオンに気に入られているという理由だけでこの場への出席を許されていた。
「私も詳しくは知らないわ。私がワタルと最初に会ったのは…封印されていたメルクリア大迷宮の最下層だったかしら?面白かったのは死人の紋章だったこと。竜王の魔石を取り込んでいたのにも関わらずレベルは五だった。あの魔力の残穢からして…転移魔法か何かであそこまで飛ばされた一般人…って感じかしらね」
レヴィオンはそう語るが、内心ではワタルに対して並々ならぬ想いを寄せていた。
その理由は…とある人物からワタルを託されたから。それを知る人物は今この場にはいない。
例えレヴィオンと等しく『原初』の、リオーネだとしても。
そして──レヴィオンの口から出た転移魔法という言葉に、思いついたようにヴェルトは噛み付く。
「転移魔法…っていやァ…おい、リオーネ。てめェ転移魔法使える奴を片っ端から集めてたって話じゃねェか。何か知ってんじゃねェか?」
ヴェルトは何を考えているかわからない表情で虚空を見つめる魔王護六将校最古参、リオーネを鋭い眼光で睨みつける。だが、リオーネは動じない。
「…知らん」
「はッ。お前の悪い噂は聞いてるぜェ?今度は魔力量のすんげェ人間族のガキ一人捕まえてなんか企んでるんだってなァ。俺も混ぜろよ」
「…どこで聞いた」
性格が真逆のヴェルトにリオーネは苛立っていた。
そのリオーネから発せられる危なげな雰囲気と放たれる殺気に臆さず、ヴェルトは挑発を続ける。
「俺様の情報網なめんなよォ?しかも魔物も大量に集めてんだってなァ?まさか四百年前の災害をもう一度引き起こそうってんじゃァねェよなァ?」
「……」
遂にリオーネは紋章を展開しようとしたが──、
「そこまでにしとけ、ヴェルト。…リオーネ。珍しく会議に出席したかと思えばずっと無口でいるつもりか?何か言いたいことがあったからここに来たんじゃないのか?」
今まで黙って話を聞いていた魔王護六将校の一人、比較的穏健なデューレという男がリオーネに話を振った。
それに対しリオーネはしばらくの沈黙ののち、口を開く。
「…別次元への干渉が成功した」
──刹那、ざわめく場。
それを制したのは…他でもない魔王レヴィオン。
「それで?神々の次元にベルフェリオは…ベルフェリオはいたの?」
いつもは穏やかで、薄気味悪い笑みを絶やさないレヴィオンも動揺したようにリオーネに問い詰める。
それを見た魔王護六将校たちは見たこともないレヴィオンの表情に驚いたが、リオーネだけは一切表情を変えずに答えた。
「いや…神々の次元とはまた違った…第三の次元とも呼べる場所へと繋がった」
再び流れる沈黙。
皆、言葉の意味がわかっていないのだ。
神々の次元以外の次元が存在することなど、考えたこともなかったからだ。
しかしレヴィオンは一人落胆して呟いた。
「そう、貴方も間違えたのね」
レヴィオンのそんな呟きに反応する者は誰もいない。
そしてそんな中、知識人のデューレは古の文献から第三の次元に関する記述についてを思い出す。
「魔法の無い世界…か」
独り言のように口から溢れたデューレの言葉は、静まりきった空間内では吸収されることなく誰の耳にも届く。
それを聞いたリオーネは、ショウとの会話を思い出して口を開く。
「ああ、確かそんなことを言っていたな」
科学技術。
かの古代人を連想させるような甘美な響きを、リオーネは脳内で噛み締める。
「──そんなことを言っていた?つまりその第三の次元とやらの住人が、今この世界にいて君と話をしたってことか?」
デューレの鋭い指摘にリオーネは自身の発言が失言だったことに気づく。
リオーネは極端に自身の領域に他人が踏み込んでくることを嫌っている。
リオーネが今、何をしようとしているのか。
リオーネはそれが他の厄介な奴らに介入されるのを避けたいと考えている。
が、ここで誤魔化すのは無意味と判断し素直に言葉を返した。
「そうだが」
「魔法がない世界……死人の紋章…もしかして、ワタルとやらはお前のせいで第三次元から来た者なんじゃないか?答えろ。リオーネ」
「…」
デューレの核心を突いたような問いに、リオーネは鬱陶しいとでもいうように顔を顰める。だが、その反応はデューレの指摘を肯定したようなものだった。
『ワタルという少年はこの世界とは別の世界から来た人間である』という事実が、認知され始める。
だが──リオーネはあえて『魔法を使えない方が異質である』という点、『やって来たのはワタルだけではない』という点は隠した。
「にしてもよォ…なんでそいつはレヴィオン様を狙ってんだァ?復讐ってんなら話はわかるが。この世界に来たばっかってんならァそんな馬鹿で無謀なことに足突っ込むのが意味わかんねェんだが」
当然のような問いを場に投げかけるヴェルト。それに反応したのはレヴィオン。
「そのことに関してなんだけど。…ヴェルトちゃん。貴方はリレイティアのことを知ってる?」
「バカにしてもらっちゃァ困りますぜ。『制約』の女神のことだろォ?…そしてちゃん付けはやめて欲しいんだけどよォ…」
「そう、制約の女神。私たちが神の次元までに届かないように…紋章にレベルという概念を設けた女神。制約と言ってもね…色々あるの。例えば…『感情』や『意思』の制約」
「感情ォ?意思ィ?それがどうしたってんで?」
要望を無視されたことに眉を顰めながら、言っていることがまるでわからないというように首を傾げて見せるヴェルト。だが、デューレが解説をするように口を挟んだ。
「感情や意思を制約するってことは…要はこうしようっていう感情の動きを抑制することができる。つまり、一度心の中に生じた『魔王を絶対に許さない。殺してやる』という気持ちが風化しないように押さえつけているってこと。そして…自暴自棄にならないよう感情を制約してるんだろうね」
「はァん?随分と酷なことをするじゃねェか。女神様がよォ」
「あくまで可能性の話だ。だがワタルとやらはリレイティアの加護持ち。十分その可能性があってもおかしくない。もしかしたらワタルは実際にリレイティアに会ったことがあるのかもしれない」
考え込むように顎に手を当て、目を細めるデューレ。
と、ここで魔王城に来た本当の要件を果たすためにリオーネは席を立つ。
「どこに行くつもりだ。まだ会議は終わってないぞ」
「すまんな。マゼアは借りて行くぞ」
「あァん?勝手なことすんじゃァねェよ!」
強引にマゼアの手を引き、場を離れようとするリオーネ。
それを快く思わなかったヴェルトが止めに入ろうとしたが、レヴィオンが仲裁する。
「行かせてあげなさい?」
その声は瞬時に空間に浸透し、ヴェルトの苛立った気を和らげる。
何故ならばレヴィオンの声は今にも泣き出しそうに震えており、あまりにも透き通っていたからだ。それはまるで、別人格。
「チィ…行けよ」
興が醒めたと言わんばかりにヴェルトは再び席につき、机上で足を組む。
残された七人は大人しくリオーネとマゼアが別の部屋へと消えていくのを眺めるだけだった。
ヴェルトは相変わらず未出席の魔王護六将校最後の一人、チェシャ=フォルスティアドに苛立ったまま。
こうして。
魔王──レヴィオン=ヴァルフォール。
側近──レストア=シルヴェール。
原初──リオーネ=ルスト。
呪師──デューレ=ディライト。
傀儡──レオールド=ダフレイアム。
託宣──マゼア=ブラッドライン。
狂犬──ヴェルト=ボレー。
滅多に揃う事のないこの七人の密かな会合は、幕を閉じる。
◆◇◆◇◆◇
《side : クラスメイト》
冒険者となったショウたちは、拠点を作らずに街を転々としていた。
それは、異世界の雄大な景色と様々な文化に触れて見たいという旅心を原動力にしており──もちろん、冒険者としての依頼も旅がてら淡々とこなしていた。
ショウたちが扱える、常人とは一線を画した魔法。
それは難関な依頼を優にこなすことを可能とし、ショウたちはすぐにBランク冒険者まで昇格した。
あまりに異例すぎる速さだった。
パーティメンバー『六人全員』がBランク冒険者に上昇したという事実。
彗星の如く現れた六人全員が強いという、ギルドにとっては特殊すぎる事態は、すぐに殆どの冒険者の耳に届き──ショウたちは『新星英雄』などという大層な異名で呼ばれるようになっていた。
ショウたちが冒険者登録をしてから半年が経ったある日──奇しくもその日はワタルが王都魔剣術学校を去った日に──ショウたちがAランク冒険者へと至る決定的な出来事が起こる。
今、ショウたちはゼレス大迷宮への入り口がある迷宮都市、セラリスに来ているのだが…『ある噂』をギルド職員から告げられる。
「…新星英雄の皆さん。セラリス北方の荒野に銀鏡の蜘蛛が姿を現したのを知っていますか?」
確かな強さを持つショウたちに、ギルド職員──サファは縋るような気持ちでその情報を伝えた。
サファはエドナ洞窟異変でロートを失ってから、冒険者を辞めた。
そして、今こうしてギルド職員として働いている。
「知らないな。銀鏡の蜘蛛ってのは、最悪の五芒星とかっていうやつか?」
ショウはサファに問う。
「そうです。…もしかしてなんですけど、ワタルという名の冒険者の名前を知ってますか?」
突如、サファから出た『ワタル』の名。
ショウたち六人はこの世界では珍しい黒髪。サファはどこかワタルと似た雰囲気を感じ取ったのだ。
「ワタル…?ワタルを知ってるのか⁉︎」
ギルドにいる全員が振り向くくらいの大声を出すトモヒサ。
この半年、全く情報が無かったワタルの存在。
親友であるトモヒサは、サファの言葉を待つ。
「ええ…はい。五ヶ月前に私はワタルと一緒にエドナ洞窟を調査して…銀鏡の蜘蛛を見つけました」
「あなたがワタルと一緒に…?ワタルは今どこにいるんだ?」
トモヒサのそんな一抹の希望を砕く言葉を、サファは口に出す。
「銀鏡の蜘蛛と戦って……亡くなりました」
サファはロートを思い出しながら、涙ぐんだ。
ワタルの遺体は見つかっていない。だが、調査するのも危険な程に崩落したエドナ洞窟を見て、ロートとワタルは死んだとギルドで処理された。
それを聞いたトモヒサ含む六人は、呆気に取られたようにサファから飛び出した言葉を確認する。
「死ん…だ?ワタルが…?」
トモヒサは崩れ落ちた。
「やはり知り合いだったのですね」
サファの狙いは、ワタルが死んだことを告げる事で、新星英雄たちの銀鏡の蜘蛛に対する敵意を引き出すことだった。
その思惑は成功したようで、トモヒサは荒野に行って銀鏡の蜘蛛の様子を見てくることを了承する。
他の五人も、異論は唱えなかった。
──無知ゆえの傲慢。
そう思われても仕方が無いと思われたが、ショウたちは自身たちの実力を過信してしまうほど順調な旅路を送っていたのだから仕方ない。
未だゲーム感覚で楽観的な女子三人組。慎重で思慮深いトモヒサにでさえも俺たちは強いという過信が芽生え始めている。
ショウとトモヒサのレベルは九。
それ以外の四人は八。
もはや敵なしでここまで突き進んできた結果である。
ショウたちがこの半年で出会った敵の中で最も強大なのは間違いなくリオーネだった。
リオーネを倒して日本に帰る方法を見つけ出す。
そのたった一つの目標のためにショウたちは危険な依頼をこなし、レベル上げのために大迷宮に潜るなどして切磋琢磨してきたのだ。
確かに事実今現在この街にいる冒険者で最も強いのはショウたちだった。
だからこそサファはまだ銀鏡の蜘蛛と対峙するには実力不足なショウたちに情報を伝えてしまった。
職員は本来、未来ある冒険者に死地へ赴けなどと言ってはいけない。
しかし正義感、慢心、無知。
そのすべての要素を兼ね揃えたショウたちはすぐに銀鏡の蜘蛛が目撃されたという荒野まで向かってしまった。
前後左右もわからなくなるようなだだっ広い荒野の中で、銀鏡の蜘蛛はすぐに見つかった。
すぐ見つかったのには理由がある。
大地を揺るがす程の巨体が、業火と白煙をあげながら徘徊していたからだ。
明らかな異常事態。
誰かに攻撃された後だと思われたが、その誰かは近くにいない。
それは何かを探しているように見えた。
肉体の一部を燃やし続ける炎を気にも止めず、巨体はただただ何かを探していた。
炎を止めるための水源?
遠目に銀鏡の蜘蛛を観察していたショウはそんな仮定を立てたが──、そんな思考を掻き消したのは、突如横から放たれた轟音だった。
「丁度弱ってるみたいだし、結構余裕で倒せるんじゃない?」
そんな完全に銀鏡の蜘蛛を舐め腐った発言をかまして、魔法を発動した──ヒナコだった。
それによりショウは頭を抱えてヒナコに説教する。
「僕たちが任されたのは街を守ることだ…様子見だけだったのにわざわざ引き連れるような真似をしてどうするつもりなんだ?」
ショウの珍しく芯から怒りの籠った態度にヒナコは一瞬怖気付いたが、すぐに反論を返す。
「だってあいつ見るからに弱ってんじゃん!今倒した方が確実だし、私たちなら余裕っしょ!」
そんな根拠の薄い反論に耳を傾けず、ショウは感じ取った不気味な気配の正体を探る。
遥か前方。
ヒナコが放った無計画な雷撃が巻き上げた砂埃の収束と同時に──ショウは全身に冷や汗が吹き出るのを感じた。
生まれて初めて浴びせられる、圧倒的強者による殺意。
何を考えているかもわからない表情のない顔で、八つの目で、こちらを不気味に見つめる銀鏡の蜘蛛の姿。
真冬に冷房を設定したかのような寒気による鳥肌がショウを襲う。
そんなショウの姿を見ても能天気な女子たちはいつもと同じ、こちら側が一方的に蹂躙するだけの戦闘が開始したとしか思っていない。
トモヒサはショウの姿を見て臨戦態勢を整えたが、いまいちピンときていなかった。
と、いうのも銀鏡の蜘蛛が殺意を集中させたのがショウだけなのだと気づいてないからだ。
裏を返せば、銀鏡の蜘蛛は瞬時にこのパーティのリーダーがショウであると見抜いたということだ。
身体の一部が炎で燃え続けているというのに、その耐性がついてしまった銀鏡の蜘蛛は冷静な思考を保てている。
が、銀鏡の蜘蛛に炎の耐性がついてしまっていることなど、ショウたちには知る由もない。
「マサキ…僕たちを街へ転移させれるくらいの魔力は残ってるか?」
ショウは自分たちが生き残るための最適解を提案する。が、マサキは呑気な答えを返す。
「…え?いや、無理だよ。この前馬車で帰るのが面倒だからって使ったばっかりじゃないか」
その答えを聞いたショウは、顔を歪めて自分たちの過去の愚かな行動に悪態をつきかけた。
マサキの魔法は緊急の時に瞬時にその場から離脱できる、いわば最強の『逃げ』魔法だ。が、その便利さゆえ、使わなければ損だという考えが暗黙のうちに定まっていた。
だからただの面倒な移動にも使ってしまったのだ。後先考えず、真の危機に陥った時のことなど考えずして。
「どうしてそんなに逃げ腰なの?ショウらしくないよ」
ユナのそんな一言で、ショウは冷静に戦況を俯瞰してみることにした。
相手は一体のみで既に傷を負っている。対して俺たちは未だ苦労することなく敵を葬ってきた。マサキの魔法は使えないにしろ、万全の体調。
──そうだ。何をそんなに怯えているのだ。俺たちならあんな化け物にも勝てるはずじゃないか。
あてがわられた殺意にも慣れ、ショウは信念をその瞳へと宿す。
ここでこの化け物を倒して、俺たちの絶対的な強さを確かめようという、愚かな信念を──。
足早にショウたちへと向かって動き出す巨体。
八本ある脚のうちの一本が欠損していることでその巨体の動きは決して機敏とは言えない。
だが、一キロメートルほどしか離れていなかったショウたちへと距離を詰めるのには十分な速さだった。
不気味に赤く光る八つの眼、そして身体の所々で燃え盛る謎の業炎。
距離が近づくにつれその異常さと威圧感は加速していき、ショウたちが今まで感じたこともない根源的な恐怖心を煽る。
だが、まだ絶対的な自信が揺らぐことはなかった。
浅い戦闘経験、その全てを勝ち抜いてきたという事実。それが彼らに退くという選択肢を与えない。
後衛は回復役のユナと遠距離魔法のヒナコ。
前衛は盾役のトモヒサ、両手剣のマサキ、片手剣のショウ、短剣のサクラ。
一応は考えていたそのフォーメーションを瞬時に組み、対応する。
まず行動を起こしたのは例に漏れず攻撃的なヒナコだった。
手に持つ錫杖を振りかざし、距離を詰め続ける銀鏡の蜘蛛の頭上に等身大の魔法陣を展開する──刹那、弾ける波動、轟雷。
この時点でヒナコはまるで気づいていない。
銀鏡の蜘蛛の敵意がショウたちへと向けられるきっかけとなった先のヒナコの一撃が、これっぽっちも銀鏡の蜘蛛に効いていなかったということに。
ゆえに、今回の魔法もただ魔力を徒に浪費するだけの無駄撃ちにすぎない。
ヒナコは本来早々に決着を着けるのでは無く、時間をかけ重々に練り上げた魔力で渾身の一撃を放つべきだったのだ。例えそれをしてもも銀鏡の蜘蛛の致命傷となることはないが。
再び巻き起こった土煙をものともせず突き進む巨体は、もはやショウたちと肉薄した。
振り上げる巨脚。
直撃すれば確実にタダでは済まない一撃を前にして、トモヒサは自身の魔法を展開する。
トモヒサの魔法は自身を中心にして半径五メートル程のシールドを展開するものだ。
それにより前衛の四人は守れた。だが、後方で魔法を使う機会を窺っているヒナコとユナは?
蜘蛛は糸を放出できる。
そんな単純なことに頭が回らないほど、銀鏡の蜘蛛の動きは俊敏で読めないものだった。
銀鏡の蜘蛛は予備動作のない不意な動きで、しかも脚先という意外な場所から極太の糸を射出した。
その神速で粘着性のある糸は真っ直ぐにヒナコの元へ閃き──瞬時に拘束する。
そのままヒナコを捕らえた糸は生き物のような動きで収縮し、ヒナコは銀鏡の蜘蛛の足元まで引きずられた。
「いやぁぁあ!!!!!」
恐怖、そして地面を激しい勢いで引きずられたことによる痛みで叫ぶヒナコ。
白色の糸に、ヒナコの血が致命的な勢いで滲んでいく。
「ヒナコ!!」
焦るショウの叫びは未だ涙を滲ませながら喚き続けるヒナコによってかき消される。
そんなヒナコの様子を見て、焦燥のままにショウは紋章を展開した。
そのままトモヒサのシールド範囲から抜け、ヒナコの息の根を止めんと巨脚を振りかぶる銀鏡の蜘蛛に向かって跳躍する。
街の武器屋で買った、そこそこ高級な剣。
この剣で今まで数々の凶悪な魔物を切り裂いてきた。
だから例え最悪の五芒星と呼ばれる程の魔物であろうとも、致命傷を与えられるくらいは出来る。
そんな甘ったれた考えで特攻したショウを責めるものは今この場には誰もいない。
「なッ…!」
宙を舞い、確実に切り落とす勢いで、ショウは渾身の一撃を放った…はずだった。
響き渡ったのは金属の鈍い音。
ショウの剣はまるで金剛石に安い刃物をぶつけたかのように…易々と銀鏡の蜘蛛の装甲に弾かれたのだった。
銀鏡の蜘蛛はショウの攻撃などまるで意に介していない。
ショウたち六人の中で最も強力な攻撃であるヒナコの雷撃ですら無傷で耐えたのだから、当たり前と言えば当たり前のことなのだがショウはそれを認めたくなどなかった。
──何故なら、ヒナコの命を刈り取らんと振り下ろされた銀鏡の蜘蛛の豪脚は──もう確実にショウの攻撃では間に合わない速度で振り落とされたから。
トモヒサも動き始めている、だが、重厚な装備に身を包んだトモヒサの機動性からして間に合わない。
愚図なマサキは慌てふためくだけでまるで動こうとしない。サクラにはあの攻撃を止める力などない。
走馬灯のように今までの冒険がショウの頭の中に流れていく。
俺はこの四ヶ月間で何も学ばなかった。
井の中の蛙、大海を知らず。
小さな世界だけで──自分の力を過信していた。
そんな結論に行き着いた瞬間、突風がショウを横切る。
「お前ら!一体なんてことしてんだ!!!!」
ヒナコが貫かれる姿を見ないため、深く深く目を瞑ったショウの耳を貫く見知らぬ男の声。
いつの間にかヒナコの命を懇願する絶叫は止まっていた。
銀鏡の蜘蛛の一撃によってヒナコが絶命したわけではない。その逆だった。
銀鏡の蜘蛛が振り落とした即死の豪脚。それが、一人の男の剣によって受け止められていた。
ショウたちはその男の姿を見るのは初めてだった。
だが、心で直感した。
この男は味方で──Aランク冒険者であると。
『…探したぞ』
突如、地の底から響くような音が空間を支配した。
その音は意味のある言葉を表していた。が、ショウたちはその言葉を誰が発したのか理解するのに時間がかかった。
魔物など感情も意思もない知恵のないただの動物と同じ。
そんな自分たち優位の考えを前提としていたショウたちにとって、その事態はとても馬鹿げていて信じがたいことだった。
「また会うとはな。その様子じゃあ、俺の炎に耐性ついちまったのか?」
『そうだが、煩わしくて仕方がない。しかし今は気分が良い…漸く汝を殺せるのだから』
謎の男と魔物である銀鏡の蜘蛛が会話を交わしている。
その事実はこの場にいる六人を震撼させたのには違いない。そして同時に屈辱を感じたのも確かだった。
人間がただ鬱陶しいだけの虫を殺す時、殺す前に声をかけたりしないだろう。それと同じなのだ。銀鏡の蜘蛛にとって自分たちは声をかけるに値しない虫と同義。ただ少しだけ害を加えてきたから殺す。それだけの矮小な存在としか捉えられてなかったのだ。
「お前ら、逃げろ!」
決して切り裂けないと思えた剛糸を難なく切り裂き、ヒナコを救出する男。
その様子を銀鏡の蜘蛛が邪魔する様子はない。
そんな状況を見てショウは自分たちが足手纏いであると瞬時に判断し、未だ粘着質の糸に巻かれたヒナコをトモヒサに預けながら一瞬の躊躇いの後に叫んだ。
「…逃げるぞ!」
こうして六人は心の中で男…グライトに感謝を告げながら銀鏡の蜘蛛の攻撃が届かないであろう荒野の端まで駆けた。
ユナは泣きじゃくるヒナコに回復魔法をかけ続け、終始無言だったトモヒサも必死に逃げることだけを考えている。
果たしてここからすぐに街まで戻るべきなのか、それともグライトの勇姿を見届けるべきなのか。
確実に正解は前者だった。
だが、自分たちが目指していたAランク冒険者という存在がまだ遥か高みにいるということに気付かされたショウたちは後者を選択した。
観戦する。
両者は紛うことなき強者だった。
銀鏡の蜘蛛は自由自在に生み出した粘着質の糸を操る。
そんな単純な魔法だというのに、不規則な動きや一度捕らえられえたら終わるという悪質な性質がゆえに破格のペースでグライトの精神を削り取っている。
だが一方でグライトの魔法はそんな銀鏡の蜘蛛の糸を燃やせる炎を生み出せる。
そして銀鏡の蜘蛛の魔法が最大限生かされるのは、周囲に障害物が多くある場合なのだ。
この場はだだっ広い荒野であるから、圧倒的にグライトの方が有利である。
ショウにはそのように思えたが、その考えは数分後に覆されることとなった。
グライトの炎は糸には効く。
だが、全く持って銀鏡の蜘蛛本体には通用していない。
グライトは剣に自信があるわけではなかった。今まで強すぎる魔法に頼っていた。それゆえ──一瞬の疲労による油断が戦況を分けてしまう。
跳ね上がる剣、宙に舞う体。
──グシャリ、と、人間が出してはいけない音を出しながらグライトは地面へと叩きつけられる。
そんな様子を遠目で眺め、グライトの勝利を信じてやまなかったショウたちの心に残酷な世界の縮図が焼き付けられる。
何度も、何度も、何度も、グシャリと、グチャリと、何度も何度もグライトの身体に脚を突き刺していく銀鏡の蜘蛛。
その一撃一撃は、まるで初めて蟻を殺す快感を覚えた子供のような──そんな不気味な無邪気さを孕んでいた。
どんどん銀鏡の蜘蛛の肉体を覆っていた豪炎は収束していき、世界からグライトが灯してきた炎が消え去っていく。
グライトは断末魔をあげることもなく、呆気なく生き絶えた。
口から何か込み上げる者、目を逸らし耳を塞ぎ嗚咽を堪える者。
グライトの無様な姿を見つめていたショウたちはもはや慢心などしないだろう。
銀鏡の蜘蛛はショウたちを一瞥したものの、肉体の炎が消えたことに満足したのか街とは真逆のどこか遠くに去っていった。
銀鏡の蜘蛛が去ったことにより、地中からはワームのような魔物が何匹も狙いすましたかのように湧き出てグライトの死体を貪っていく。
銀鏡の蜘蛛が荒野から去った。
その事実のみが冒険者ギルドに伝わり、ショウたちの「Aランク冒険者が手伝ってくれた」という主張は痕跡の無さからあまり考慮されず── その功績はショウたちのものになってしまった。
ショウたちはそこから心を改め、ひたすらに自己研鑽に励んだ。
簡単な依頼も油断せずこなし、難しい依頼も慎重に挑んで確実にこなしていった。
最悪の五芒星である銀鏡の蜘蛛を退けたという実績。
そして一度も依頼を破棄したことがないという信頼、ショウたちの若さや突如頭角を現したという話題性。
それらを考慮して、ギルドがショウたち六人をAランク認定するのは早かった。
そう、全ては怖すぎるほど順調だったのだ。あの日…ショウたちの元に『とある人物』が現れるまでは。
広大な魔王城の一室で一堂に会していた魔王護六将校。
その中でも魔王レヴィオンが告げたリーラの訃報に一際驚いたのは、魔族と獅子族との混血である男、レオールド=ダフレイアム。
「あの子が死ぬとは…正直驚きました。それで、死因はなんだったのでしょうか?」
同じく驚いた様子でレヴィオンにリーラの死因を尋ねるレストア=シルヴェール。レストアはその長い顎髭を指でなぞりがら目を細める。
レストアはリーラの確かな実力を信じていた。ゆえに、ここまで驚いている。
「殺されたのよ。ワタルにね」
殺された。
その一言で訪れる一瞬の静寂。
それを真っ先に破ったのは、やはり魔王護六将校の中でもリーラと特段仲の良かったレオールドだった。
「ワタル…あいつか…やはり俺の手で殺して…!」
感情任せに放った言葉は、ワタルなどという小僧にあのリーラが本当に殺されたのか?という懐疑心が含まれている。
「あら?言ったでしょ?あの子は六番目。かつて見なかった『リレイティアの加護持ち』なのよ?殺してはダメ」
声を荒げるレオールドを宥めるように静止するレヴィオン。
それにレオールドは尚も涙ぐんだ目で抵抗する。
「だったらっ…何故ララーやゼレスと同じように捕らえておかないのですか!」
「あの子に石版を集めてもらうためよ。マゼアちゃんによると…私が今持つ二つの石版以外の五つの石版。それをワタルが手に入れるの」
レヴィオンは落ち着いた様子で、テーブルの隅に座るマゼアを指す。
呼ばれたマゼアの表情は顔に覆われた薄い布に邪魔され、読み取れない。
マゼアは魔王護六将校の一員ではない。
では何故この場に出席できているのか。
その理由は…マゼアの紋章魔法がかの未来視の勇者に近い性質を持っているから、ただそれだけである。
「マゼア…それは確かなんだろうな?」
レオールドは確認するようにマゼアを見つめる。
「……私の水晶で見た未来は絶対……貴方もよく知ってるでしょ…?」
マゼアは手に持つ半径七センチメートル程の水晶玉を撫でながら答える。それにレオールドは納得した顔だ。
だが、リーラが死んだことに関してレオールドはこれっぽっちも納得していなかった。
俺が行かなかったから、俺も行っていれば。そんな感情に支配されていた。
「んでェ、ワタルっちゅう奴はどんなやつなんだァ?今までそんな奴聞いたこともなかったぜ?Aランク冒険者ってわけでもねェんだろ?」
下品に両脚を机の上で組み、苛立ちを隠さず頭をかきながらレヴィオンを睨むヴェルト=ボレーという名の横暴な男魔族。
彼もマゼアと同様に魔王護六将校ではないが…レヴィオンに気に入られているという理由だけでこの場への出席を許されていた。
「私も詳しくは知らないわ。私がワタルと最初に会ったのは…封印されていたメルクリア大迷宮の最下層だったかしら?面白かったのは死人の紋章だったこと。竜王の魔石を取り込んでいたのにも関わらずレベルは五だった。あの魔力の残穢からして…転移魔法か何かであそこまで飛ばされた一般人…って感じかしらね」
レヴィオンはそう語るが、内心ではワタルに対して並々ならぬ想いを寄せていた。
その理由は…とある人物からワタルを託されたから。それを知る人物は今この場にはいない。
例えレヴィオンと等しく『原初』の、リオーネだとしても。
そして──レヴィオンの口から出た転移魔法という言葉に、思いついたようにヴェルトは噛み付く。
「転移魔法…っていやァ…おい、リオーネ。てめェ転移魔法使える奴を片っ端から集めてたって話じゃねェか。何か知ってんじゃねェか?」
ヴェルトは何を考えているかわからない表情で虚空を見つめる魔王護六将校最古参、リオーネを鋭い眼光で睨みつける。だが、リオーネは動じない。
「…知らん」
「はッ。お前の悪い噂は聞いてるぜェ?今度は魔力量のすんげェ人間族のガキ一人捕まえてなんか企んでるんだってなァ。俺も混ぜろよ」
「…どこで聞いた」
性格が真逆のヴェルトにリオーネは苛立っていた。
そのリオーネから発せられる危なげな雰囲気と放たれる殺気に臆さず、ヴェルトは挑発を続ける。
「俺様の情報網なめんなよォ?しかも魔物も大量に集めてんだってなァ?まさか四百年前の災害をもう一度引き起こそうってんじゃァねェよなァ?」
「……」
遂にリオーネは紋章を展開しようとしたが──、
「そこまでにしとけ、ヴェルト。…リオーネ。珍しく会議に出席したかと思えばずっと無口でいるつもりか?何か言いたいことがあったからここに来たんじゃないのか?」
今まで黙って話を聞いていた魔王護六将校の一人、比較的穏健なデューレという男がリオーネに話を振った。
それに対しリオーネはしばらくの沈黙ののち、口を開く。
「…別次元への干渉が成功した」
──刹那、ざわめく場。
それを制したのは…他でもない魔王レヴィオン。
「それで?神々の次元にベルフェリオは…ベルフェリオはいたの?」
いつもは穏やかで、薄気味悪い笑みを絶やさないレヴィオンも動揺したようにリオーネに問い詰める。
それを見た魔王護六将校たちは見たこともないレヴィオンの表情に驚いたが、リオーネだけは一切表情を変えずに答えた。
「いや…神々の次元とはまた違った…第三の次元とも呼べる場所へと繋がった」
再び流れる沈黙。
皆、言葉の意味がわかっていないのだ。
神々の次元以外の次元が存在することなど、考えたこともなかったからだ。
しかしレヴィオンは一人落胆して呟いた。
「そう、貴方も間違えたのね」
レヴィオンのそんな呟きに反応する者は誰もいない。
そしてそんな中、知識人のデューレは古の文献から第三の次元に関する記述についてを思い出す。
「魔法の無い世界…か」
独り言のように口から溢れたデューレの言葉は、静まりきった空間内では吸収されることなく誰の耳にも届く。
それを聞いたリオーネは、ショウとの会話を思い出して口を開く。
「ああ、確かそんなことを言っていたな」
科学技術。
かの古代人を連想させるような甘美な響きを、リオーネは脳内で噛み締める。
「──そんなことを言っていた?つまりその第三の次元とやらの住人が、今この世界にいて君と話をしたってことか?」
デューレの鋭い指摘にリオーネは自身の発言が失言だったことに気づく。
リオーネは極端に自身の領域に他人が踏み込んでくることを嫌っている。
リオーネが今、何をしようとしているのか。
リオーネはそれが他の厄介な奴らに介入されるのを避けたいと考えている。
が、ここで誤魔化すのは無意味と判断し素直に言葉を返した。
「そうだが」
「魔法がない世界……死人の紋章…もしかして、ワタルとやらはお前のせいで第三次元から来た者なんじゃないか?答えろ。リオーネ」
「…」
デューレの核心を突いたような問いに、リオーネは鬱陶しいとでもいうように顔を顰める。だが、その反応はデューレの指摘を肯定したようなものだった。
『ワタルという少年はこの世界とは別の世界から来た人間である』という事実が、認知され始める。
だが──リオーネはあえて『魔法を使えない方が異質である』という点、『やって来たのはワタルだけではない』という点は隠した。
「にしてもよォ…なんでそいつはレヴィオン様を狙ってんだァ?復讐ってんなら話はわかるが。この世界に来たばっかってんならァそんな馬鹿で無謀なことに足突っ込むのが意味わかんねェんだが」
当然のような問いを場に投げかけるヴェルト。それに反応したのはレヴィオン。
「そのことに関してなんだけど。…ヴェルトちゃん。貴方はリレイティアのことを知ってる?」
「バカにしてもらっちゃァ困りますぜ。『制約』の女神のことだろォ?…そしてちゃん付けはやめて欲しいんだけどよォ…」
「そう、制約の女神。私たちが神の次元までに届かないように…紋章にレベルという概念を設けた女神。制約と言ってもね…色々あるの。例えば…『感情』や『意思』の制約」
「感情ォ?意思ィ?それがどうしたってんで?」
要望を無視されたことに眉を顰めながら、言っていることがまるでわからないというように首を傾げて見せるヴェルト。だが、デューレが解説をするように口を挟んだ。
「感情や意思を制約するってことは…要はこうしようっていう感情の動きを抑制することができる。つまり、一度心の中に生じた『魔王を絶対に許さない。殺してやる』という気持ちが風化しないように押さえつけているってこと。そして…自暴自棄にならないよう感情を制約してるんだろうね」
「はァん?随分と酷なことをするじゃねェか。女神様がよォ」
「あくまで可能性の話だ。だがワタルとやらはリレイティアの加護持ち。十分その可能性があってもおかしくない。もしかしたらワタルは実際にリレイティアに会ったことがあるのかもしれない」
考え込むように顎に手を当て、目を細めるデューレ。
と、ここで魔王城に来た本当の要件を果たすためにリオーネは席を立つ。
「どこに行くつもりだ。まだ会議は終わってないぞ」
「すまんな。マゼアは借りて行くぞ」
「あァん?勝手なことすんじゃァねェよ!」
強引にマゼアの手を引き、場を離れようとするリオーネ。
それを快く思わなかったヴェルトが止めに入ろうとしたが、レヴィオンが仲裁する。
「行かせてあげなさい?」
その声は瞬時に空間に浸透し、ヴェルトの苛立った気を和らげる。
何故ならばレヴィオンの声は今にも泣き出しそうに震えており、あまりにも透き通っていたからだ。それはまるで、別人格。
「チィ…行けよ」
興が醒めたと言わんばかりにヴェルトは再び席につき、机上で足を組む。
残された七人は大人しくリオーネとマゼアが別の部屋へと消えていくのを眺めるだけだった。
ヴェルトは相変わらず未出席の魔王護六将校最後の一人、チェシャ=フォルスティアドに苛立ったまま。
こうして。
魔王──レヴィオン=ヴァルフォール。
側近──レストア=シルヴェール。
原初──リオーネ=ルスト。
呪師──デューレ=ディライト。
傀儡──レオールド=ダフレイアム。
託宣──マゼア=ブラッドライン。
狂犬──ヴェルト=ボレー。
滅多に揃う事のないこの七人の密かな会合は、幕を閉じる。
◆◇◆◇◆◇
《side : クラスメイト》
冒険者となったショウたちは、拠点を作らずに街を転々としていた。
それは、異世界の雄大な景色と様々な文化に触れて見たいという旅心を原動力にしており──もちろん、冒険者としての依頼も旅がてら淡々とこなしていた。
ショウたちが扱える、常人とは一線を画した魔法。
それは難関な依頼を優にこなすことを可能とし、ショウたちはすぐにBランク冒険者まで昇格した。
あまりに異例すぎる速さだった。
パーティメンバー『六人全員』がBランク冒険者に上昇したという事実。
彗星の如く現れた六人全員が強いという、ギルドにとっては特殊すぎる事態は、すぐに殆どの冒険者の耳に届き──ショウたちは『新星英雄』などという大層な異名で呼ばれるようになっていた。
ショウたちが冒険者登録をしてから半年が経ったある日──奇しくもその日はワタルが王都魔剣術学校を去った日に──ショウたちがAランク冒険者へと至る決定的な出来事が起こる。
今、ショウたちはゼレス大迷宮への入り口がある迷宮都市、セラリスに来ているのだが…『ある噂』をギルド職員から告げられる。
「…新星英雄の皆さん。セラリス北方の荒野に銀鏡の蜘蛛が姿を現したのを知っていますか?」
確かな強さを持つショウたちに、ギルド職員──サファは縋るような気持ちでその情報を伝えた。
サファはエドナ洞窟異変でロートを失ってから、冒険者を辞めた。
そして、今こうしてギルド職員として働いている。
「知らないな。銀鏡の蜘蛛ってのは、最悪の五芒星とかっていうやつか?」
ショウはサファに問う。
「そうです。…もしかしてなんですけど、ワタルという名の冒険者の名前を知ってますか?」
突如、サファから出た『ワタル』の名。
ショウたち六人はこの世界では珍しい黒髪。サファはどこかワタルと似た雰囲気を感じ取ったのだ。
「ワタル…?ワタルを知ってるのか⁉︎」
ギルドにいる全員が振り向くくらいの大声を出すトモヒサ。
この半年、全く情報が無かったワタルの存在。
親友であるトモヒサは、サファの言葉を待つ。
「ええ…はい。五ヶ月前に私はワタルと一緒にエドナ洞窟を調査して…銀鏡の蜘蛛を見つけました」
「あなたがワタルと一緒に…?ワタルは今どこにいるんだ?」
トモヒサのそんな一抹の希望を砕く言葉を、サファは口に出す。
「銀鏡の蜘蛛と戦って……亡くなりました」
サファはロートを思い出しながら、涙ぐんだ。
ワタルの遺体は見つかっていない。だが、調査するのも危険な程に崩落したエドナ洞窟を見て、ロートとワタルは死んだとギルドで処理された。
それを聞いたトモヒサ含む六人は、呆気に取られたようにサファから飛び出した言葉を確認する。
「死ん…だ?ワタルが…?」
トモヒサは崩れ落ちた。
「やはり知り合いだったのですね」
サファの狙いは、ワタルが死んだことを告げる事で、新星英雄たちの銀鏡の蜘蛛に対する敵意を引き出すことだった。
その思惑は成功したようで、トモヒサは荒野に行って銀鏡の蜘蛛の様子を見てくることを了承する。
他の五人も、異論は唱えなかった。
──無知ゆえの傲慢。
そう思われても仕方が無いと思われたが、ショウたちは自身たちの実力を過信してしまうほど順調な旅路を送っていたのだから仕方ない。
未だゲーム感覚で楽観的な女子三人組。慎重で思慮深いトモヒサにでさえも俺たちは強いという過信が芽生え始めている。
ショウとトモヒサのレベルは九。
それ以外の四人は八。
もはや敵なしでここまで突き進んできた結果である。
ショウたちがこの半年で出会った敵の中で最も強大なのは間違いなくリオーネだった。
リオーネを倒して日本に帰る方法を見つけ出す。
そのたった一つの目標のためにショウたちは危険な依頼をこなし、レベル上げのために大迷宮に潜るなどして切磋琢磨してきたのだ。
確かに事実今現在この街にいる冒険者で最も強いのはショウたちだった。
だからこそサファはまだ銀鏡の蜘蛛と対峙するには実力不足なショウたちに情報を伝えてしまった。
職員は本来、未来ある冒険者に死地へ赴けなどと言ってはいけない。
しかし正義感、慢心、無知。
そのすべての要素を兼ね揃えたショウたちはすぐに銀鏡の蜘蛛が目撃されたという荒野まで向かってしまった。
前後左右もわからなくなるようなだだっ広い荒野の中で、銀鏡の蜘蛛はすぐに見つかった。
すぐ見つかったのには理由がある。
大地を揺るがす程の巨体が、業火と白煙をあげながら徘徊していたからだ。
明らかな異常事態。
誰かに攻撃された後だと思われたが、その誰かは近くにいない。
それは何かを探しているように見えた。
肉体の一部を燃やし続ける炎を気にも止めず、巨体はただただ何かを探していた。
炎を止めるための水源?
遠目に銀鏡の蜘蛛を観察していたショウはそんな仮定を立てたが──、そんな思考を掻き消したのは、突如横から放たれた轟音だった。
「丁度弱ってるみたいだし、結構余裕で倒せるんじゃない?」
そんな完全に銀鏡の蜘蛛を舐め腐った発言をかまして、魔法を発動した──ヒナコだった。
それによりショウは頭を抱えてヒナコに説教する。
「僕たちが任されたのは街を守ることだ…様子見だけだったのにわざわざ引き連れるような真似をしてどうするつもりなんだ?」
ショウの珍しく芯から怒りの籠った態度にヒナコは一瞬怖気付いたが、すぐに反論を返す。
「だってあいつ見るからに弱ってんじゃん!今倒した方が確実だし、私たちなら余裕っしょ!」
そんな根拠の薄い反論に耳を傾けず、ショウは感じ取った不気味な気配の正体を探る。
遥か前方。
ヒナコが放った無計画な雷撃が巻き上げた砂埃の収束と同時に──ショウは全身に冷や汗が吹き出るのを感じた。
生まれて初めて浴びせられる、圧倒的強者による殺意。
何を考えているかもわからない表情のない顔で、八つの目で、こちらを不気味に見つめる銀鏡の蜘蛛の姿。
真冬に冷房を設定したかのような寒気による鳥肌がショウを襲う。
そんなショウの姿を見ても能天気な女子たちはいつもと同じ、こちら側が一方的に蹂躙するだけの戦闘が開始したとしか思っていない。
トモヒサはショウの姿を見て臨戦態勢を整えたが、いまいちピンときていなかった。
と、いうのも銀鏡の蜘蛛が殺意を集中させたのがショウだけなのだと気づいてないからだ。
裏を返せば、銀鏡の蜘蛛は瞬時にこのパーティのリーダーがショウであると見抜いたということだ。
身体の一部が炎で燃え続けているというのに、その耐性がついてしまった銀鏡の蜘蛛は冷静な思考を保てている。
が、銀鏡の蜘蛛に炎の耐性がついてしまっていることなど、ショウたちには知る由もない。
「マサキ…僕たちを街へ転移させれるくらいの魔力は残ってるか?」
ショウは自分たちが生き残るための最適解を提案する。が、マサキは呑気な答えを返す。
「…え?いや、無理だよ。この前馬車で帰るのが面倒だからって使ったばっかりじゃないか」
その答えを聞いたショウは、顔を歪めて自分たちの過去の愚かな行動に悪態をつきかけた。
マサキの魔法は緊急の時に瞬時にその場から離脱できる、いわば最強の『逃げ』魔法だ。が、その便利さゆえ、使わなければ損だという考えが暗黙のうちに定まっていた。
だからただの面倒な移動にも使ってしまったのだ。後先考えず、真の危機に陥った時のことなど考えずして。
「どうしてそんなに逃げ腰なの?ショウらしくないよ」
ユナのそんな一言で、ショウは冷静に戦況を俯瞰してみることにした。
相手は一体のみで既に傷を負っている。対して俺たちは未だ苦労することなく敵を葬ってきた。マサキの魔法は使えないにしろ、万全の体調。
──そうだ。何をそんなに怯えているのだ。俺たちならあんな化け物にも勝てるはずじゃないか。
あてがわられた殺意にも慣れ、ショウは信念をその瞳へと宿す。
ここでこの化け物を倒して、俺たちの絶対的な強さを確かめようという、愚かな信念を──。
足早にショウたちへと向かって動き出す巨体。
八本ある脚のうちの一本が欠損していることでその巨体の動きは決して機敏とは言えない。
だが、一キロメートルほどしか離れていなかったショウたちへと距離を詰めるのには十分な速さだった。
不気味に赤く光る八つの眼、そして身体の所々で燃え盛る謎の業炎。
距離が近づくにつれその異常さと威圧感は加速していき、ショウたちが今まで感じたこともない根源的な恐怖心を煽る。
だが、まだ絶対的な自信が揺らぐことはなかった。
浅い戦闘経験、その全てを勝ち抜いてきたという事実。それが彼らに退くという選択肢を与えない。
後衛は回復役のユナと遠距離魔法のヒナコ。
前衛は盾役のトモヒサ、両手剣のマサキ、片手剣のショウ、短剣のサクラ。
一応は考えていたそのフォーメーションを瞬時に組み、対応する。
まず行動を起こしたのは例に漏れず攻撃的なヒナコだった。
手に持つ錫杖を振りかざし、距離を詰め続ける銀鏡の蜘蛛の頭上に等身大の魔法陣を展開する──刹那、弾ける波動、轟雷。
この時点でヒナコはまるで気づいていない。
銀鏡の蜘蛛の敵意がショウたちへと向けられるきっかけとなった先のヒナコの一撃が、これっぽっちも銀鏡の蜘蛛に効いていなかったということに。
ゆえに、今回の魔法もただ魔力を徒に浪費するだけの無駄撃ちにすぎない。
ヒナコは本来早々に決着を着けるのでは無く、時間をかけ重々に練り上げた魔力で渾身の一撃を放つべきだったのだ。例えそれをしてもも銀鏡の蜘蛛の致命傷となることはないが。
再び巻き起こった土煙をものともせず突き進む巨体は、もはやショウたちと肉薄した。
振り上げる巨脚。
直撃すれば確実にタダでは済まない一撃を前にして、トモヒサは自身の魔法を展開する。
トモヒサの魔法は自身を中心にして半径五メートル程のシールドを展開するものだ。
それにより前衛の四人は守れた。だが、後方で魔法を使う機会を窺っているヒナコとユナは?
蜘蛛は糸を放出できる。
そんな単純なことに頭が回らないほど、銀鏡の蜘蛛の動きは俊敏で読めないものだった。
銀鏡の蜘蛛は予備動作のない不意な動きで、しかも脚先という意外な場所から極太の糸を射出した。
その神速で粘着性のある糸は真っ直ぐにヒナコの元へ閃き──瞬時に拘束する。
そのままヒナコを捕らえた糸は生き物のような動きで収縮し、ヒナコは銀鏡の蜘蛛の足元まで引きずられた。
「いやぁぁあ!!!!!」
恐怖、そして地面を激しい勢いで引きずられたことによる痛みで叫ぶヒナコ。
白色の糸に、ヒナコの血が致命的な勢いで滲んでいく。
「ヒナコ!!」
焦るショウの叫びは未だ涙を滲ませながら喚き続けるヒナコによってかき消される。
そんなヒナコの様子を見て、焦燥のままにショウは紋章を展開した。
そのままトモヒサのシールド範囲から抜け、ヒナコの息の根を止めんと巨脚を振りかぶる銀鏡の蜘蛛に向かって跳躍する。
街の武器屋で買った、そこそこ高級な剣。
この剣で今まで数々の凶悪な魔物を切り裂いてきた。
だから例え最悪の五芒星と呼ばれる程の魔物であろうとも、致命傷を与えられるくらいは出来る。
そんな甘ったれた考えで特攻したショウを責めるものは今この場には誰もいない。
「なッ…!」
宙を舞い、確実に切り落とす勢いで、ショウは渾身の一撃を放った…はずだった。
響き渡ったのは金属の鈍い音。
ショウの剣はまるで金剛石に安い刃物をぶつけたかのように…易々と銀鏡の蜘蛛の装甲に弾かれたのだった。
銀鏡の蜘蛛はショウの攻撃などまるで意に介していない。
ショウたち六人の中で最も強力な攻撃であるヒナコの雷撃ですら無傷で耐えたのだから、当たり前と言えば当たり前のことなのだがショウはそれを認めたくなどなかった。
──何故なら、ヒナコの命を刈り取らんと振り下ろされた銀鏡の蜘蛛の豪脚は──もう確実にショウの攻撃では間に合わない速度で振り落とされたから。
トモヒサも動き始めている、だが、重厚な装備に身を包んだトモヒサの機動性からして間に合わない。
愚図なマサキは慌てふためくだけでまるで動こうとしない。サクラにはあの攻撃を止める力などない。
走馬灯のように今までの冒険がショウの頭の中に流れていく。
俺はこの四ヶ月間で何も学ばなかった。
井の中の蛙、大海を知らず。
小さな世界だけで──自分の力を過信していた。
そんな結論に行き着いた瞬間、突風がショウを横切る。
「お前ら!一体なんてことしてんだ!!!!」
ヒナコが貫かれる姿を見ないため、深く深く目を瞑ったショウの耳を貫く見知らぬ男の声。
いつの間にかヒナコの命を懇願する絶叫は止まっていた。
銀鏡の蜘蛛の一撃によってヒナコが絶命したわけではない。その逆だった。
銀鏡の蜘蛛が振り落とした即死の豪脚。それが、一人の男の剣によって受け止められていた。
ショウたちはその男の姿を見るのは初めてだった。
だが、心で直感した。
この男は味方で──Aランク冒険者であると。
『…探したぞ』
突如、地の底から響くような音が空間を支配した。
その音は意味のある言葉を表していた。が、ショウたちはその言葉を誰が発したのか理解するのに時間がかかった。
魔物など感情も意思もない知恵のないただの動物と同じ。
そんな自分たち優位の考えを前提としていたショウたちにとって、その事態はとても馬鹿げていて信じがたいことだった。
「また会うとはな。その様子じゃあ、俺の炎に耐性ついちまったのか?」
『そうだが、煩わしくて仕方がない。しかし今は気分が良い…漸く汝を殺せるのだから』
謎の男と魔物である銀鏡の蜘蛛が会話を交わしている。
その事実はこの場にいる六人を震撼させたのには違いない。そして同時に屈辱を感じたのも確かだった。
人間がただ鬱陶しいだけの虫を殺す時、殺す前に声をかけたりしないだろう。それと同じなのだ。銀鏡の蜘蛛にとって自分たちは声をかけるに値しない虫と同義。ただ少しだけ害を加えてきたから殺す。それだけの矮小な存在としか捉えられてなかったのだ。
「お前ら、逃げろ!」
決して切り裂けないと思えた剛糸を難なく切り裂き、ヒナコを救出する男。
その様子を銀鏡の蜘蛛が邪魔する様子はない。
そんな状況を見てショウは自分たちが足手纏いであると瞬時に判断し、未だ粘着質の糸に巻かれたヒナコをトモヒサに預けながら一瞬の躊躇いの後に叫んだ。
「…逃げるぞ!」
こうして六人は心の中で男…グライトに感謝を告げながら銀鏡の蜘蛛の攻撃が届かないであろう荒野の端まで駆けた。
ユナは泣きじゃくるヒナコに回復魔法をかけ続け、終始無言だったトモヒサも必死に逃げることだけを考えている。
果たしてここからすぐに街まで戻るべきなのか、それともグライトの勇姿を見届けるべきなのか。
確実に正解は前者だった。
だが、自分たちが目指していたAランク冒険者という存在がまだ遥か高みにいるということに気付かされたショウたちは後者を選択した。
観戦する。
両者は紛うことなき強者だった。
銀鏡の蜘蛛は自由自在に生み出した粘着質の糸を操る。
そんな単純な魔法だというのに、不規則な動きや一度捕らえられえたら終わるという悪質な性質がゆえに破格のペースでグライトの精神を削り取っている。
だが一方でグライトの魔法はそんな銀鏡の蜘蛛の糸を燃やせる炎を生み出せる。
そして銀鏡の蜘蛛の魔法が最大限生かされるのは、周囲に障害物が多くある場合なのだ。
この場はだだっ広い荒野であるから、圧倒的にグライトの方が有利である。
ショウにはそのように思えたが、その考えは数分後に覆されることとなった。
グライトの炎は糸には効く。
だが、全く持って銀鏡の蜘蛛本体には通用していない。
グライトは剣に自信があるわけではなかった。今まで強すぎる魔法に頼っていた。それゆえ──一瞬の疲労による油断が戦況を分けてしまう。
跳ね上がる剣、宙に舞う体。
──グシャリ、と、人間が出してはいけない音を出しながらグライトは地面へと叩きつけられる。
そんな様子を遠目で眺め、グライトの勝利を信じてやまなかったショウたちの心に残酷な世界の縮図が焼き付けられる。
何度も、何度も、何度も、グシャリと、グチャリと、何度も何度もグライトの身体に脚を突き刺していく銀鏡の蜘蛛。
その一撃一撃は、まるで初めて蟻を殺す快感を覚えた子供のような──そんな不気味な無邪気さを孕んでいた。
どんどん銀鏡の蜘蛛の肉体を覆っていた豪炎は収束していき、世界からグライトが灯してきた炎が消え去っていく。
グライトは断末魔をあげることもなく、呆気なく生き絶えた。
口から何か込み上げる者、目を逸らし耳を塞ぎ嗚咽を堪える者。
グライトの無様な姿を見つめていたショウたちはもはや慢心などしないだろう。
銀鏡の蜘蛛はショウたちを一瞥したものの、肉体の炎が消えたことに満足したのか街とは真逆のどこか遠くに去っていった。
銀鏡の蜘蛛が去ったことにより、地中からはワームのような魔物が何匹も狙いすましたかのように湧き出てグライトの死体を貪っていく。
銀鏡の蜘蛛が荒野から去った。
その事実のみが冒険者ギルドに伝わり、ショウたちの「Aランク冒険者が手伝ってくれた」という主張は痕跡の無さからあまり考慮されず── その功績はショウたちのものになってしまった。
ショウたちはそこから心を改め、ひたすらに自己研鑽に励んだ。
簡単な依頼も油断せずこなし、難しい依頼も慎重に挑んで確実にこなしていった。
最悪の五芒星である銀鏡の蜘蛛を退けたという実績。
そして一度も依頼を破棄したことがないという信頼、ショウたちの若さや突如頭角を現したという話題性。
それらを考慮して、ギルドがショウたち六人をAランク認定するのは早かった。
そう、全ては怖すぎるほど順調だったのだ。あの日…ショウたちの元に『とある人物』が現れるまでは。
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初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。
なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています
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[イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]
【改稿版】休憩スキルで異世界無双!チートを得た俺は異世界で無双し、王女と魔女を嫁にする。
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※アルファポリスに投稿した作品の改稿版です。
ホットランキング最高位2位でした。
カクヨムにも別シナリオで掲載。
無能スキルと言われ追放されたが実は防御無視の最強スキルだった
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【不定期更新】
1話あたり2000~3000文字くらいで短めです。
性的な表現はありませんが、ややグロテスクな表現や過激な思想が含まれます。
良ければ感想ください。誤字脱字誤用報告も歓迎です。
クラス転移して授かった外れスキルの『無能』が理由で召喚国から奈落ダンジョンへ追放されたが、実は無能は最強のチートスキルでした
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