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第二章
24. 入学試験一日目
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王都に到着してからの四日間はあっという間だった。
毎日がお祭り騒ぎ。
時には初めて見る楽器ばかりのオーケストラコンサートを見て、時には劇なんかを見て…本当に退屈しない日々だった。
今日は受験日当日。
俺は王都魔剣術学校の巨大な門の前に立っている。
学校の広大な校庭には軽く見渡しただけでも数万人の人々がいた。
その中には付き添いの大人もいるため、実際試験を受けるのはその半分程度だろうが、中々に圧巻の光景である。
ちなみにミルのように事前に入学試験を受けるための手続きを行なっていない者…すなわち『特別枠』と、俺のように事前に手続きを行なっていた者の試験場所は異なっているらしく、俺とミルは試験官に先導されて既に別れている。
つまり俺の目の前で列をなす莫大な数の親子たちの他にも、どこかで特別枠を狙う子供達が列を成しているということだ。
しかし入学試験を突破できるのはたったの百人だけ。
かなり狭き門なのだが、俺には自分は受かるだろうという絶対の自信がある。
それは何故か。答えは入学試験の際に行われるペーパーテストにある。
一般枠での入学試験は三日間…実質二日間にわたって行われるのだが、一日目はペーパーテスト、二日目は一日目の結果を掲示するだけで試験自体は無い日、三日目は実技テストという日程である。
一日目のペーパーテストの内容は、歴史学か算学どちらかの選択制。
試験官も莫大な数の用紙を一日で採点するために一人につき教科は一つだけなのだ。
もちろん俺はアルカイドやセラリスなんかの歴史をほとんど知らないから算学を選択するわけだが、サティスから見せられた過去問を見た感じその内容は連立方程式などの中学生レベルの問題ばかりだった。
正直驚いたもんだ。
この試験を受験するのは十歳か十一歳であり、それは小学五年生に匹敵している。
つまりこの世界の教育は、算学だけかもしれないが現代日本よりも上のものなのだ。
それもあってか算学を選択するものは極端に少ないらしい。
逆に算学で好成績を得れれば合格を判断する先生たちからの評価は高くなり、合格にグッと近づくことになる。
俺は見た目は子供頭脳は大人の名探偵的なアレで、中学レベルの計算問題など余裕。まあ間違いなく一日目の選考は突破できるだろう。
ちなみにミルの受ける特別枠はペーパーテストは無く実技テストだけで合否が決まるらしい。
そうこうしている内にも列は巨大な建物の中へと吸い込まれていき、直ぐに俺の受付順番までやってくる。
巨大な建物の中に入ると、たくさんの教室に分かれているのが把握できた。
そこはまるで──日本の学校のようだった。
入り口にいた受付の女性に俺は受験票を見せる。
受験票は出願やら何やらをサティスの代わりにやってくれたリレッジから事前に受け取っていたものだ。
「受付番号…『0125』の方ですね。…こちらの『番号カード』を持ってこのまま真っ直ぐ進んでいただいて、Jと書かれた教室に入ってください。87と書かれた机があるはずなので、探してそこに座って下さい」
「わかりました」
マジで日本みたいだな…と思いつつ、番号が書かれた紙を渡され確認する。紙は名刺サイズのカードで意外としっかりした作りをしており、女性には絶対に無くさないようにと言われた。
その紙には『J87』と書かれている。どうやらこの紙は今後使うらしい。
教室の前に置かれた看板には見やすいようにA~Tを表す二十個の文字表記がなされており、かなり奥まで続く廊下の先にJの教室はあった。
教室内はよくある階段教室で、その収容人数は百人と言ったところ。ってことは受験者は二千人くらいか?
いや…他にも案内されていた建物があったし、もっといると考えて良いだろう。本当にとんでもない倍率だ。
一通り教室全体を見回した後で、自分の番号と同じ番号が書かれた机を探す。
やっぱり親子同伴が多いな。
俺がいるのは親の存在によって入学手続きが出来たグループ。すなわち親がいるのは当然のことなのだが、まさか教室まで同伴して来るなんて。ちょっと過保護すぎないか?
そんなことを考えながら番号を辿ってようやくJ87と書かれた机を見つけ、座る。
「ねえ、名前は?」
席に座った途端、隣に座っていた少年が話しかけてきた。
恐るべきコミュニケーション能力だ。見習いたいものである。
しかし…そう考えてみれば小学生の時はあまり自分から話しかけにいくのには抵抗がなかったな。
大人になるにつれ…今後築く関係に亀裂を生じさせないためか、意識的に自分から話しかけにいくことが出来なくなった。
誰かと話したい、そんな願望は確かにあるのに、変な発言をしてしまった時のことを考えてしまって、中々言葉を紡ぎ出せない。
結果、友達もできず孤立して、あいつはいっつも一人でいる変な奴だと思われるという本末転倒な結果になるというのに。
やべ、冷静に高校時代の俺を分析して虚しくなってしまった。
話しかけてきた少年とは今後深く関わることになるかもしれないし、愛想を良くしておこう。
「俺はワタルだ。君は?」
試験前に情報共有しておくのも悪くはないだろう。
「僕はダイア。選択科目は歴史?算学?」
ダイア、そう名乗った少年は怪訝そうに尋ねてきた。家名が無いことからダイアは貴族やその類では無いことが窺える。
「算学だ」
「ホント?僕も算学なんだ。でもほとんどの人が歴史学を取るでしょ?正直不安だったんだ」
ダイアはほとんどの人が歴史を取るから歴史の方が点が取りやすいとでも思ってるのだろうか?
黒髪で他人志向のダイアにどこか日本人の面影を見つつ、話を続ける。
「そうか。自信はあるのか?」
「僕…剣術で受ける予定なんだけど、正直剣術には自信が無いんだ。でも一日目のテストの結果が良ければ実技が悪くても受かることがあるらしいよ。それにかけてるんだ」
「へえ」
曲がりなりにも、ダイアと俺はライバル同士だ。まだ出会ったばかりで仲も良くない奴に、こんなポンポンと情報を喋ってしまっていいのだろうか。
しかし随分と算学に自信があるらしい。
俺が算学受験と知った上で安堵したということは、俺が敵だと思ってないってことか?…指摘はしないが。
「それにしても、立派な学校だよね、ここ。ちっちゃい頃からここに入学するのが夢だったんだ~」
言いながら広大な教室内を見渡すダイア。まだ入学できると決まったわけでは無いのに、その目はまるでもう合格したとでも言いたげに輝いている。
「まあ、頑張ろうな」
俺は適当に目を輝かせているダイアをあしらう。
正直俺に順風満帆な学園生活を送る気などさらさら無い。
何故なら肉体を元に戻せさえすればここにいる理由がなくなるからだ。
外見的にもここにいることは不可能になるだろう。まあ異世界での学園生活ってのに多少興味はあるがな。
それ以降ダイアから俺に話しかけてくることは無かった。
やがて教室内も完全に受験者で埋まり、紙の束を持った試験官が数人教室へと入ってくる。
それによって喋り声の絶えなかった教室内の空気が一瞬で引き締まり、辺りは静寂に包まれた。
どうやら十歳のガキといえど、それくらいは弁えてる奴が多いようで素直に感心する。
「これから試験用紙を配ります。歴史学を選択するものは挙手を。なお配られた問題用紙の中に回答用紙が挟まっており、問題開始の合図があるまで中を開いてはいけません」
淡々と話はじめる試験官の女性。なんだか高校を受験した時を思い出す。中々に本格的じゃないか。
歴史学選択者に用紙を配り終えた試験官は、次に算学を選択する者に挙手するよう促す。俺は迷いなく手を上に挙げた。
用紙が配られると同時に引き上がる緊張感。でも大丈夫、どうせ中学校レベルの問題だ。
「では……始めっ!」
試験官の合図で一斉に捲られる問題用紙。
こうして緊張の入学試験は幕を開けた。
◆◇◆◇◆◇
「はぁ~。疲れたよ。ワタルはどうだった?」
大きなダブルサイズのベットで、柔らかな羽毛布団に身をうずくめながら足をジタバタさせるミル。
俺たち二人は無事初日の試験を終え、宿へと戻ってきていた。今ではすっかりこの宿も受験者たちによって埋まっており、早くに宿をとっておいてよかったなとつくづく思う。
「完璧だ。まあ合格するだろうな」
俺の余裕感をへし折るような桁違いの問題が出る……なんてことはなく、やはり例年通りの難易度の問題が展開されていた。
書き間違いや計算間違いなんかがなければほぼ満点で間違いないだろう。まあ十歳が解くにはかなり難しいものであることに違いはなかったが。
「こっちは大変だったよ~。だって魔法選抜って言ってるのに、散々走らされたんだよ?」
ミルは納得がいかないという風に、頬を膨らませてみせた。
確かに魔術選抜なのに、走らせるなんて体力的なものをやらされたというのは些か疑問を感じる。
ミルの話では特別枠の魔法選抜希望者の数は軽く千を超えていたという。その中からたった一人を選ぶわけなのだから、むしろ納得できるか?
全員の魔法を見ている時間なんて無い。
魔法に自信がある人間に体力テストを課して一気に落とす。合格者を一気に減らすには…全く合理的じゃないか?
「ミルは大丈夫だったか?」
ミルの身体能力に関しては全く知らない。
だがミルの言動から焦りを感じないことから悪くない成績であったことは窺える。
というかこの街を巡った時にミルの無尽蔵な体力を見せつけられた。
「まあね。体力とか運動には自信あるんだ。なんか、十個のグループに分かれて走らされたんだけど、最後まで残ってたのは私含めて十人くらいだったから…多分一次試験は突破できたと思うよ」
ミルは案の定自信満々に胸を張る。
「最後まで?どういう方式だったんだ?」
「ええとね、一番大きな校舎の裏に小さな山とか森が見えるよね?」
「ああ」
広大な校内はかなり自然豊かである。森や丘以外にも湖みたいなものまであるそうだ。
「そこが訓練用のコースみたいで、走れるようになってるの。そこは周回できるようにコースが繋がっていて、体力が尽きるまでずっと走らされたんだ」
「体力が尽きるまで…歩いて回ってたら無限に周回できそうなもんだが」
「いや、先頭を走る試験官のペースから少しでも遅くなると、つまみ出されちゃうの」
なんて酷なことを……
つまり訓練用の障害物もあるようなコースを、時間が来るまで走らせたってことか。
ミルはグループが残り十人いるところまでは粘って走り続けたらしい。頑張ったな。
にしてもグループで十位以内か。合格まで油断はできないな。
「実は走っている最中に魔法を使ってもよかったんだけど、私は魔法で自分の体を浮かせられるから結構試験内容とは合っていたと思うんだ。普通、体を強化するような魔法を使う人は剣術選抜の方に行くでしょ?」
「確かに。じゃあ運がよかったんだな」
ってか浮いた状態って、それ走ったって言うのか?
試験官が何も言ってないってことはいいとは思うが…
「まあね。二次試験は魔法をふんだんに使わないといけないみたいだから、頑張るよ」
「二次試験まで残ってればいんだけどな。まあ明日を待とう」
一次試験の結果は、セラリスの広場という広場に設置されている掲示板で開示される。
そこに受験番号が無かった場合は、残念ながら二次試験を受けることはできない。
俺はポケットに入っている番号が書かれたカードを再度確認し、試験終了後に試験官が言っていた言葉を思い出す。
『二次試験で必ず番号カードを使います。絶対に失くさないで下さい。あなた方が合格したことを証明するものは、そのカードただ一つのみとなりますので』
そんな、意味深な発言をしていた。
つまり…例え俺が一次試験に合格していたとして、このJ87と書かれたカードを他人に譲渡すればその他人が一次試験の合格者になるということだ。
いわば…金を使った裏口入学なんかが可能なシステム。
俺は明日明後日と絶対にこのカードを守り抜かなければならない。まあ大丈夫だと思うが。
「──夕食をお持ちしました」
ノックと共にドアが開かれ、部屋に夕食が持ち込まれる。今日も今日とて中々美味しそうなメニューだ。
夕食を食べ終わった俺とミルは、明日十七時の一次試験の合否発表までの時間をホテルで過ごした。
毎日がお祭り騒ぎ。
時には初めて見る楽器ばかりのオーケストラコンサートを見て、時には劇なんかを見て…本当に退屈しない日々だった。
今日は受験日当日。
俺は王都魔剣術学校の巨大な門の前に立っている。
学校の広大な校庭には軽く見渡しただけでも数万人の人々がいた。
その中には付き添いの大人もいるため、実際試験を受けるのはその半分程度だろうが、中々に圧巻の光景である。
ちなみにミルのように事前に入学試験を受けるための手続きを行なっていない者…すなわち『特別枠』と、俺のように事前に手続きを行なっていた者の試験場所は異なっているらしく、俺とミルは試験官に先導されて既に別れている。
つまり俺の目の前で列をなす莫大な数の親子たちの他にも、どこかで特別枠を狙う子供達が列を成しているということだ。
しかし入学試験を突破できるのはたったの百人だけ。
かなり狭き門なのだが、俺には自分は受かるだろうという絶対の自信がある。
それは何故か。答えは入学試験の際に行われるペーパーテストにある。
一般枠での入学試験は三日間…実質二日間にわたって行われるのだが、一日目はペーパーテスト、二日目は一日目の結果を掲示するだけで試験自体は無い日、三日目は実技テストという日程である。
一日目のペーパーテストの内容は、歴史学か算学どちらかの選択制。
試験官も莫大な数の用紙を一日で採点するために一人につき教科は一つだけなのだ。
もちろん俺はアルカイドやセラリスなんかの歴史をほとんど知らないから算学を選択するわけだが、サティスから見せられた過去問を見た感じその内容は連立方程式などの中学生レベルの問題ばかりだった。
正直驚いたもんだ。
この試験を受験するのは十歳か十一歳であり、それは小学五年生に匹敵している。
つまりこの世界の教育は、算学だけかもしれないが現代日本よりも上のものなのだ。
それもあってか算学を選択するものは極端に少ないらしい。
逆に算学で好成績を得れれば合格を判断する先生たちからの評価は高くなり、合格にグッと近づくことになる。
俺は見た目は子供頭脳は大人の名探偵的なアレで、中学レベルの計算問題など余裕。まあ間違いなく一日目の選考は突破できるだろう。
ちなみにミルの受ける特別枠はペーパーテストは無く実技テストだけで合否が決まるらしい。
そうこうしている内にも列は巨大な建物の中へと吸い込まれていき、直ぐに俺の受付順番までやってくる。
巨大な建物の中に入ると、たくさんの教室に分かれているのが把握できた。
そこはまるで──日本の学校のようだった。
入り口にいた受付の女性に俺は受験票を見せる。
受験票は出願やら何やらをサティスの代わりにやってくれたリレッジから事前に受け取っていたものだ。
「受付番号…『0125』の方ですね。…こちらの『番号カード』を持ってこのまま真っ直ぐ進んでいただいて、Jと書かれた教室に入ってください。87と書かれた机があるはずなので、探してそこに座って下さい」
「わかりました」
マジで日本みたいだな…と思いつつ、番号が書かれた紙を渡され確認する。紙は名刺サイズのカードで意外としっかりした作りをしており、女性には絶対に無くさないようにと言われた。
その紙には『J87』と書かれている。どうやらこの紙は今後使うらしい。
教室の前に置かれた看板には見やすいようにA~Tを表す二十個の文字表記がなされており、かなり奥まで続く廊下の先にJの教室はあった。
教室内はよくある階段教室で、その収容人数は百人と言ったところ。ってことは受験者は二千人くらいか?
いや…他にも案内されていた建物があったし、もっといると考えて良いだろう。本当にとんでもない倍率だ。
一通り教室全体を見回した後で、自分の番号と同じ番号が書かれた机を探す。
やっぱり親子同伴が多いな。
俺がいるのは親の存在によって入学手続きが出来たグループ。すなわち親がいるのは当然のことなのだが、まさか教室まで同伴して来るなんて。ちょっと過保護すぎないか?
そんなことを考えながら番号を辿ってようやくJ87と書かれた机を見つけ、座る。
「ねえ、名前は?」
席に座った途端、隣に座っていた少年が話しかけてきた。
恐るべきコミュニケーション能力だ。見習いたいものである。
しかし…そう考えてみれば小学生の時はあまり自分から話しかけにいくのには抵抗がなかったな。
大人になるにつれ…今後築く関係に亀裂を生じさせないためか、意識的に自分から話しかけにいくことが出来なくなった。
誰かと話したい、そんな願望は確かにあるのに、変な発言をしてしまった時のことを考えてしまって、中々言葉を紡ぎ出せない。
結果、友達もできず孤立して、あいつはいっつも一人でいる変な奴だと思われるという本末転倒な結果になるというのに。
やべ、冷静に高校時代の俺を分析して虚しくなってしまった。
話しかけてきた少年とは今後深く関わることになるかもしれないし、愛想を良くしておこう。
「俺はワタルだ。君は?」
試験前に情報共有しておくのも悪くはないだろう。
「僕はダイア。選択科目は歴史?算学?」
ダイア、そう名乗った少年は怪訝そうに尋ねてきた。家名が無いことからダイアは貴族やその類では無いことが窺える。
「算学だ」
「ホント?僕も算学なんだ。でもほとんどの人が歴史学を取るでしょ?正直不安だったんだ」
ダイアはほとんどの人が歴史を取るから歴史の方が点が取りやすいとでも思ってるのだろうか?
黒髪で他人志向のダイアにどこか日本人の面影を見つつ、話を続ける。
「そうか。自信はあるのか?」
「僕…剣術で受ける予定なんだけど、正直剣術には自信が無いんだ。でも一日目のテストの結果が良ければ実技が悪くても受かることがあるらしいよ。それにかけてるんだ」
「へえ」
曲がりなりにも、ダイアと俺はライバル同士だ。まだ出会ったばかりで仲も良くない奴に、こんなポンポンと情報を喋ってしまっていいのだろうか。
しかし随分と算学に自信があるらしい。
俺が算学受験と知った上で安堵したということは、俺が敵だと思ってないってことか?…指摘はしないが。
「それにしても、立派な学校だよね、ここ。ちっちゃい頃からここに入学するのが夢だったんだ~」
言いながら広大な教室内を見渡すダイア。まだ入学できると決まったわけでは無いのに、その目はまるでもう合格したとでも言いたげに輝いている。
「まあ、頑張ろうな」
俺は適当に目を輝かせているダイアをあしらう。
正直俺に順風満帆な学園生活を送る気などさらさら無い。
何故なら肉体を元に戻せさえすればここにいる理由がなくなるからだ。
外見的にもここにいることは不可能になるだろう。まあ異世界での学園生活ってのに多少興味はあるがな。
それ以降ダイアから俺に話しかけてくることは無かった。
やがて教室内も完全に受験者で埋まり、紙の束を持った試験官が数人教室へと入ってくる。
それによって喋り声の絶えなかった教室内の空気が一瞬で引き締まり、辺りは静寂に包まれた。
どうやら十歳のガキといえど、それくらいは弁えてる奴が多いようで素直に感心する。
「これから試験用紙を配ります。歴史学を選択するものは挙手を。なお配られた問題用紙の中に回答用紙が挟まっており、問題開始の合図があるまで中を開いてはいけません」
淡々と話はじめる試験官の女性。なんだか高校を受験した時を思い出す。中々に本格的じゃないか。
歴史学選択者に用紙を配り終えた試験官は、次に算学を選択する者に挙手するよう促す。俺は迷いなく手を上に挙げた。
用紙が配られると同時に引き上がる緊張感。でも大丈夫、どうせ中学校レベルの問題だ。
「では……始めっ!」
試験官の合図で一斉に捲られる問題用紙。
こうして緊張の入学試験は幕を開けた。
◆◇◆◇◆◇
「はぁ~。疲れたよ。ワタルはどうだった?」
大きなダブルサイズのベットで、柔らかな羽毛布団に身をうずくめながら足をジタバタさせるミル。
俺たち二人は無事初日の試験を終え、宿へと戻ってきていた。今ではすっかりこの宿も受験者たちによって埋まっており、早くに宿をとっておいてよかったなとつくづく思う。
「完璧だ。まあ合格するだろうな」
俺の余裕感をへし折るような桁違いの問題が出る……なんてことはなく、やはり例年通りの難易度の問題が展開されていた。
書き間違いや計算間違いなんかがなければほぼ満点で間違いないだろう。まあ十歳が解くにはかなり難しいものであることに違いはなかったが。
「こっちは大変だったよ~。だって魔法選抜って言ってるのに、散々走らされたんだよ?」
ミルは納得がいかないという風に、頬を膨らませてみせた。
確かに魔術選抜なのに、走らせるなんて体力的なものをやらされたというのは些か疑問を感じる。
ミルの話では特別枠の魔法選抜希望者の数は軽く千を超えていたという。その中からたった一人を選ぶわけなのだから、むしろ納得できるか?
全員の魔法を見ている時間なんて無い。
魔法に自信がある人間に体力テストを課して一気に落とす。合格者を一気に減らすには…全く合理的じゃないか?
「ミルは大丈夫だったか?」
ミルの身体能力に関しては全く知らない。
だがミルの言動から焦りを感じないことから悪くない成績であったことは窺える。
というかこの街を巡った時にミルの無尽蔵な体力を見せつけられた。
「まあね。体力とか運動には自信あるんだ。なんか、十個のグループに分かれて走らされたんだけど、最後まで残ってたのは私含めて十人くらいだったから…多分一次試験は突破できたと思うよ」
ミルは案の定自信満々に胸を張る。
「最後まで?どういう方式だったんだ?」
「ええとね、一番大きな校舎の裏に小さな山とか森が見えるよね?」
「ああ」
広大な校内はかなり自然豊かである。森や丘以外にも湖みたいなものまであるそうだ。
「そこが訓練用のコースみたいで、走れるようになってるの。そこは周回できるようにコースが繋がっていて、体力が尽きるまでずっと走らされたんだ」
「体力が尽きるまで…歩いて回ってたら無限に周回できそうなもんだが」
「いや、先頭を走る試験官のペースから少しでも遅くなると、つまみ出されちゃうの」
なんて酷なことを……
つまり訓練用の障害物もあるようなコースを、時間が来るまで走らせたってことか。
ミルはグループが残り十人いるところまでは粘って走り続けたらしい。頑張ったな。
にしてもグループで十位以内か。合格まで油断はできないな。
「実は走っている最中に魔法を使ってもよかったんだけど、私は魔法で自分の体を浮かせられるから結構試験内容とは合っていたと思うんだ。普通、体を強化するような魔法を使う人は剣術選抜の方に行くでしょ?」
「確かに。じゃあ運がよかったんだな」
ってか浮いた状態って、それ走ったって言うのか?
試験官が何も言ってないってことはいいとは思うが…
「まあね。二次試験は魔法をふんだんに使わないといけないみたいだから、頑張るよ」
「二次試験まで残ってればいんだけどな。まあ明日を待とう」
一次試験の結果は、セラリスの広場という広場に設置されている掲示板で開示される。
そこに受験番号が無かった場合は、残念ながら二次試験を受けることはできない。
俺はポケットに入っている番号が書かれたカードを再度確認し、試験終了後に試験官が言っていた言葉を思い出す。
『二次試験で必ず番号カードを使います。絶対に失くさないで下さい。あなた方が合格したことを証明するものは、そのカードただ一つのみとなりますので』
そんな、意味深な発言をしていた。
つまり…例え俺が一次試験に合格していたとして、このJ87と書かれたカードを他人に譲渡すればその他人が一次試験の合格者になるということだ。
いわば…金を使った裏口入学なんかが可能なシステム。
俺は明日明後日と絶対にこのカードを守り抜かなければならない。まあ大丈夫だと思うが。
「──夕食をお持ちしました」
ノックと共にドアが開かれ、部屋に夕食が持ち込まれる。今日も今日とて中々美味しそうなメニューだ。
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