奪われた英雄と不死の魔王

林檎茶

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5. 終結

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「墓参りに行った先で、俺はディラの錬金生物を悪用したシシリアに体を奪われたんだ」
 
 俺はバレンをこの身に宿した時のことを思い出しながらディラに、帰った先の故郷で錬金生物と邂逅し体を奪われた時のことを話した。
 ディラは驚いている。そして、横にいるシシリアに軽蔑の目を向けている。
 ディラもようやく真実に気がついたのだ。
 シシリアが先走ったこと、横にいるヴェルテの肉体に魔物の魂が入っていることを。
 魔物となった俺の言葉を信じてくれているのは幸いだったが、よく考えてみれば今の俺の体はディラが生み出したものであるため分かるのだろう。

 ディラがシシリアに預けた錬金生物。
 それを俺の魔力暴走による村への到着の遅れを見越してサリア大森林に先回りしたシシリアが、あの墓標に配置したのだとしたら辻褄が合う。
 ディラがそのことを知らないのも、まだ『入れ替わり』が完成していないという嘘をシシリアがついていたことから納得できる。
 俺の提案に頷いたあの時から、もう裏切ることを決めていたのだ、シシリアは。信用してしまった俺がバカだったのだが。
 ゆえに、シシリアに向け今一度問う。

「シシリア。なぜ裏切ったんだ」

 聞かずとも大体の予想はできる。
 魔王を身に宿した俺の体を、裏切るだけで簡単に手に入れることができる。
 シシリアにとってそれほど魅力的な話もなかったのだろう。

「単純なことさ。魔王も、ヴェルテも、私は失いたくなかった。魔物を生み出すという人智を超えた魔法を使える者と、一国をも滅ぼせる程の魔法を使える者だぞ?その両方を失うことなど、魔法研究者である私にとって損失でしかない」

 案の定の返答だった。シシリアの考えに理解を示しつつも、俺は同情を促すように尋ねる。

「そうだろうな。だが…俺としてはそれは困る。もう一度そこにいるヴェルテの皮を被った魔物と俺に入れ替わりの魔法を使ってくれないか」

 ここでシシリアがOKと言ってくれさえすれば解決なのだが、

「断る。せっかく手に入れた、魔王を身に宿した英雄ヴェルテだぞ?そう易々と手放せるわけなかろう。事実、こうしてこのヴェルテは私の言いなりとなって動いている。最初は魔物特有の衝動的な暴虐性があったようだが、今では私が植え付けたヴェルテの擬似人格も正常に働いていることだしな」

「そうか。じゃあ俺は…俺たちは全力でお前を潰しに行くぞ」

 決して実力で勝てるとは思っていない。
 だから、ここは撤退を選ぶしかない。
 俺たちの逃げる姿を見て後ろから攻撃を仕掛けることはディラが許さないだろう。
 ディラは反応からして俺たちの味方をしてくれるはず。『ヴェルテ』の意識が宿るこの俺を、魔物の姿をしているからという理由で殺したりはしないはずだ。
 撤退した上で俺がやることは、『入れ替わり』の魔法をなんとか解読して自分のものにするか、『英雄』としてのシシリアの信頼を地に落とすような行動に出るかの2択だ。後者のただの嫌がらせなような行動には極力出たくないが。
 と思っていたのだが──ここで予想外の事態が起きる。

「姫。今の話は本当なのですか?だとしたら姫の正体は忌むべき英雄ヴェルテであると?確かに、私たちの『魔王様』の気配はシシリアの横に佇むヴェルテの姿をした男から感じるのですが?」

 低く、威圧するように、ガレイは疑問を呈してきた。
 俺は慄く。
 そうだ、俺は無条件でこの魔物たちが俺に付いてきてくれると、そう思ってしまっていた。
 違う、そもそもこの魔物たちが崇拝していたのは俺ではなく、ニアでもなく、魔王バレンだったのだ。
 俺はただの勘違い野郎だ、自惚れだ、見誤った。

 ガレイは俺の記憶にシシリアが介入しているのを見抜いたように、ヴェルテの体に魔王が封印されていることを見抜いたようだ。
 ガレイから伝播する魔物たちの俺に向けた疑惑、疑念は頂点に達している。
 今の俺は四方八方を敵に囲まれた、袋の鼠としか言えない状況に陥っていた。
 自分の軽薄さと浅はかさに辟易しながら、どうするべきか考えているが──、

「それにしても、ヴェルテ。なぜ貴様は死んでいない?私は入れ替わりの後、魔物の体となったヴェルテをすぐに殺せと命令していたはずなんだがな?」

 俺の思考を遮ってシシリアは独り言のように、躊躇なく俺を殺そうとしていた旨を話した。
 やはりシシリアは明確な敵だと思ってよさそうだが、その発言の真意も気になる。
 確かに俺があの場で殺されなかったのは疑問だったが、もしかしてあのヴェルテの肉体にはシシリアには操作されない『別の自我』のような者が存在するのか?
 そしてシシリアは楽しくなってきたと言わんばかりに、俺を罵倒するような言葉を続ける。

「私もだが…なあ、ヴェルテ?詰めが甘いな?お前は魂に魔法が宿ると思っていたようだが、実際は肉体の方に魔法が宿るのだよ。もしも魂に魔法が宿るのならば、君はその姿でも英雄としての魔法が使えたはずだ」

 それはこの体になって良く分かった、事実だ。
 
「──したがって魔王の『肉体』をその身に封印したヴェルテの体を手に入れられれば、私はどちらの魔法も手中に収められるということになる。しかも、交換する前の魂も私の手によって用意できるという破格の条件付きでな。そんな案件を私が蹴飛ばすわけないだろう!恨むなら、人を選ぶ目が無い自分自身を恨むんだな!便利な『魔法』という存在をこの国に伝えたのは大層なことだったが、魔法について造詣が深かったのは私の方だったようだな?もはやこの国に英雄は私一人だけでいい!ディラ。貴様も私の配下にならないか?殺すには惜しい人材だ」

 突如、シシリアは声を荒げ狂人としての素振りを全面に出した。
 ディラは汚物を見るような目をシシリアに向けている。
 頼む、ディラ。お前だけが俺の頼りになってしまった。
 シシリア、そしてシシリアの傀儡となったヴェルテ。その二人に勝てるだけの実力がディラにあるかどうかはわからない。
 戦闘が始まったら俺も精一杯ディラに加勢しよう──と意気込んだ、次の瞬間。

 思いがけない味方が、この状況を一変させた。

「何を…しているッ…!!」

 音もなく。
 シシリアの心臓部に…魔法で作り出された風の刃を突き刺さした者がいた。
 隠密魔法と、風魔法による造形。
 俺が得意だった魔法。
 俺にしか使えなかった魔法。
 つまり、主であるはずのシシリアに致命傷を与えたのは…俺の姿をした魔物だった。
 いいや、今あの姿を支配しているのは──、

「バレン!!」

 俺の親友、バレンだ。
 あの決意と憎悪に染まった目、俺の肉体の主導権を奪えるような親和性、俺に対して向ける穏やかな笑み──。
 刃を引き抜いた。

 血を吐いて倒れ込むシシリア。
 まるでこうなることが分かっていたかのように腕を組んでその光景を見守るだけのディラ。
 再度現れた魔の王たる存在に歓喜を示す魔物たち。

 今この空間は混沌としていた。
 唯一の救いは、英雄たちの活躍に期待していたであろう国民たちの姿があまり見えず、暴動のようなものが起こっていないことだけか。
 あれだけの人を中心部へ避難させているのかはわからないが、どうせ今もあの危機感の欠片もない国民たちは英雄の実力を信じて昼間から飲んだくれていることだろう。
 まあ、城壁の外からは内部が見えないので全て憶測に過ぎないのだが。
 今この光景が、国民全員に見られていてもおかしくない。そうだとしたら今城壁内は阿鼻叫喚だろう。

 俺の姿をしたバレンは、初めて使うはずの風魔法を巧みに駆使して飛翔し、城壁の上から俺の元へと降りてくる。

「ヴェルテ。すまない。まさかこんなことになってしまうとは、思ってもいなかった。愚かな僕を許してくれ…」

 俺の体を精一杯抱擁するバレン。
 あまりの体格差に視界が遮られる。

「いいんだ、バレン。俺も約束を守れなかった……この姿はニアから奪ってしまったものなんだ。俺が…ニアを殺してしまったんだ…」

 俺は託されたというのに、失ってしまった。
 罪悪感に押しつぶされそうになる。

「違う、それは僕の責任だ。君にそんな業を背負わせるつもりなんてなかった。なんとかニアだけは逃すことができたけど、僕は故郷の村を破壊するという魔物としての衝動を抑えられなかった。だから、あのどうしようもない衝動が抑えきれないことは僕も知っている。知っているんだ。…そしてまた、頼むことになってしまう。僕のバレンとしての意識はもうじき消える。そして、魔力暴走に耐えられなくなって魔物を生み出すだけの存在となったシシリアの意志を継いだ人形だけが残る。それだけは絶対に避けたいんだ。君に君の体を傷つけろと頼むのは気が引ける。だけど…時間がないんだ」

 ヴェルテの声だというのに、声色は優しいバレンそのものだった。
 昨日出会ったばかりだと言うのに懐かしさを感じるその声に、思わず涙が滴る。

「大丈夫だ。最初から…そのつもりだった」

 俺はぼやけた視界のままバレンからシシリアを刺したのと同じ刃を受け取る。
 ここまで来るのに、予想外の遠回りをしてしまった。
 紆余曲折はあったものの、結局ここまで来れたことには驚いているが。

 微笑むバレンに刃を向ける。
 魔法を使わず、剣で人を殺すなんて初めてのことだ。
 手が震える。自分の姿をしているものに刃を突き刺すなんて、前代未聞だ。
 震えをなんとかして抑える。涙を拭いとる。

 しかしそんな俺の決意に反して、

「何をしようとしている?」

 ガレイが、魔物たちが怒りに満ち満ちた顔で立ちはだかった。
 本当に…障壁ばかりだ。
 俺はただ、親友の願いを叶えてやりたいだけなのに!

「お前たち。手出ししないでくれ。これからは僕がいなくても、お前たちだけで慎ましく暮らしてくれ。頼む。これは僕からの最後の願いなんだ」

 優しく諭すようだったが、その言葉には力強さが込められていた。
 ここにいる魔物たちは今まで人間に手出ししてこなかった賢いまたは臆病なものたちだ。
 魔王のこの言葉に反論し、俺に牙を向けるような魔物たちはいない。
 ガレイは一瞬戸惑ったような素振りを見せたものの…泪を流しバレンの言葉に頷いたことで、この場は静寂が支配し始めた。やはりガレイは賢い。

 整えられた環境。
 ニアの華奢な腕で持つ刃はずっしり重く、人を殺すには十分な重厚感を持っていた。
 ただ微風が草を揺らす音だけが鮮明に耳に届き精神が集中されていくのがわかる。

 さよなら、バレン。さよなら二十三年間共にした俺の体。
 妹の姿をした親友に殺される。なぜ、神はバレンにこのような残酷な運命を突きつけたのだろう。
 深く息を吸い込み…俺はゆっくりと──バレンの心臓に刃を突き刺して、溢れ出る生暖かい血の感触を浴びた。

 崩れ落ちるバレンを宿していたその肉体を号哭と共に受け止め──俺の計画は漸く終結した。


◆◇◆◇◆◇◆


 あれから3日が経った。
 
 ヴェルテ、それからシシリアの死は魔物によるものだと国民にはディラの口から報告された。
 その衝撃で凱旋パレードに騒ぎ立っていた王都は一瞬にして喪に服し、空気が一転。
 だが、結局国民たちは英雄たちの活躍に感謝するよりも、ただお祭り騒ぎをする機会が欲しかったようですぐに元の日常には戻った。 
 城壁の上でヴェルテに刺されたシシリアの姿を見た国民は多かったが、操られたという説明でなんとか事なきを得ることには成功した。
 魔物たちはバレンの指示でそれぞれ暮らしていた場所に帰り、それ以来人前に姿を見せていない。
 今後も、人の目を忍んで慎ましく暮らしてくれることだろう。

 今、俺はディラの研究所に二人でいる。
 何の研究をしているかというと、俺の魔物じみた肌を人間のものにするためのものだ。

「ありがとな、ディラ。お前が裏切らないでくれて俺は嬉しかったよ」

 休憩に入って横で黙々と何やら難解なパズルを解くディラを横目に、俺は中々言えなかった感謝を告げる。

「はあ?…まあ、当たり前だろ?俺はヴェルテを普通に尊敬してたしね。だけどちょっと嫌がらせをしてしまったことは謝ろう」

「嫌がらせ?」

 思い当たる節はないが…

「あの錬金生物の姿になった時、最悪の体だと思っただろ?あれは意図的にそうしたんだ。ヴェルテに嫌がらせをするためにね」

「なんでそんなことを…」

「僕は君を尊敬してるとは言ったけど、好きってわけではなかった。魔法を誰でも扱える普遍的なものにして、特別なもので無くした君をね。だからちょっとした嫌がらせのつもりであの体をデザインした。まさか、あんなことになるとは思っていなかったけどね」

 ディラはそう語るものの、悪びれはなさそうだった。
 なぜならディラは、救済措置も施していたから。
 
「そうか。でも、ディラはあの錬金生物にもう一つの魔法をかけてくれていただろ?…最初に・・・食った人間の姿になれるっていう」

「まあね。君が魔王を宿した君自身を殺して『ヴェルテの死体』を手に入れたら、それを食わせて元のヴェルテの姿を取り戻させる計画だった。残念ながら叶わなかったけどね」

「それはいいよ。今は感謝してる。その魔法がなかったら、俺はいまだに王都にも辿り着けずにのたれ死んでいたはずだ。その魔法の存在をシシリアに秘密にしといてくれたのも助かった」

「ふん。サプライズにしようと思ってたからね。…それにしてもその姿、中々可愛いじゃないか。口調を女の子っぽく改めたらどうだ?」

 魔力の過剰分を制御するためか、バチバチと何やら手のひらの上で錬成しながら、ディラはそんなことを言ってきた。
 色恋沙汰の類にはまるで興味がないと思ってたので、まさかディラの口から『可愛い』なんて言葉が出るとは意外だ。
 …よし、ちょっと色仕掛けをしてみるか。

「…そう?わかったわ。ウフフ」

 完全に決まった!
 あざとく両手に顎を乗せ小顔効果を狙った上での上目遣い。
 自分で言うのもなんだがこの姿は可愛いが過ぎるし、これで落ちない男なんていないはずだ!

「やばい、中身がヴェルテだとわかっているからか、悪寒がした。もうやめろ。普通に胃の中の物が込み上げてきた」

「お前が言い出したんだろ⁉︎」

 ディラの広くない研究室に二人の楽しげな声が響く。
 こうして世界から魔王は消え、人々への脅威は無くなった。
 残されたこの二人の英雄が今後共同に魔法を研究し、人類に様々な貢献を生み出していくことは言うまでもないだろう。
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