機械仕掛けの女神様

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第18話 道程 - 神様の言うとおり-

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中央管理局、玄関エントランス。

 本来であればどこか侵しがたい静けさが支配している空間だが、今日はその静寂さは数々の管理官達に踏み荒らされている。

 飛び交う怒号のような指示、管理官のたちの服装と武装の金属音が擦れ合う音、あちらこちらから聞こえてくる騒音は、ここが室内であると言う事を忘れさせ、さながら戦場のような重圧を孕んでいる。

 その重圧に身を任せるように、ユウキは背を低くして、机の下に隠れていた。

 侵入を心に決め、忍び込んだは良いが、さすがは中央管理局。常にデクトリアを管理している奴らの本拠地であるのだから、右も左も敵しか居ない。案の定、見つからないように忍び込むという事は出来ずにユウキは見つかり、もうしばらくは使われていないような管理官の部屋に隠れる事を強要されていた。

 「さすがに誰もいないなんてことは無いか……」

 けたたましく鳴り響くサイレンや警告音で思い出す。思えばここに至るまで、管理官や治安維持隊を多く見かけてきた。おそらく自分の侵入はここに忍び込む前にバレていたのだろう。支配階級の居住区に侵入してからは、全ての路地で1人や2人は見かけたように思う。人が居ないときはあったが、それはドローンがその役を買っていたようで、縦横無尽に飛び回り、ガラスの目を光らせていた。周りには敵しか居ない。見つかれば即処分の、命がけの大侵入だ。

 この世界の中心である管理局まで侵入できただけでも十分過ぎる功績だ。しかしユウキは満足していなかった。むしろ今、機械仕掛けの女神様マキナの喉元にまで来られているのだ。不可能だと思えた夢に、これ以上無いほど近づいている。だからこそ、今の動けない状況が歯がゆくて仕方が無い。

 思わずその歯がゆさに耐えきれず、隠れていた机の天板を殴る。ガンと鈍い音が響き、もう使われていないペンや紙がぱらぱらと落ちる。ユウキの右手の甲に熱と衝撃が波紋の様に広がり、熱を帯びた滴が波紋として手の甲、腕、肘、そして胸に響く。

 「まだ諦めねぇぞ俺は」

 ユウキにはその熱がまだ灯っている。先ほど響いた打撃音は無機質で、生気がない。それがシュウゾウの死体を叩いた音と重なった。もう何も残っていないのだ。残ったのは、与えられたこの心の熱だけ。だから、諦めるわけにはいかない。ユウキはまだ熱を持つ右手を握り、決意を改めて固め立ち上がった。




……気づかなかった。




 あまりにも迂闊だった。立ち上がる前にその音に気づいていればよかったのかもしれない。ユウキの目線の先には監視用のドローン、宙に浮かぶ管理者が高い音を立てながら空中に漂っていた。その目には自分の姿が写っている。間違いない。どんな希望を取り繕っても、見つかった、そう言わざるを得なかった。

 ユウキの頭は一度凍る。そして、再度めまぐるしく動き始めた。見つかった。どうすれば良い?もうここには居られない。これから自分の居場所が管理局中に伝わってしまうだろう。もうここには居られない。逃げなければ。体を置き去りにしてユウキの脳は思考を巡らせる。しかしユウキが結論を出す前に、ドローンは警告音を発し始めた。

 思考はまだ止まらない。このドローンは自分をずっと追い続けるだろう。ならば破壊しなければ。今警告音が流れている、ということは、現在位置は伝わってしまったであろう。ならば自分が出来ることは、破壊と逃走だ。

 今自分がいるのは管理局1F、ユーラシア地区労働管理センター。ユウキは手早くこの小さな追跡者を破壊し、ここから急いで逃げ出さなければならない。素早く部屋の中を見渡すと、おそらくここで使われていたであろう小さな機械を見つけた。上部に半透明の容器がくっついた、ほどよく重たく、抱えやすいものだ。あれなら支配階級の頑丈な機体でも十分に破壊できるだろう。ユウキの決断は早い。結論づけた瞬間にはもう走り出していた。しかしそれと同時に、管理局のスピーカーは音を流し始めた。

 「侵入者発見。侵入者発見。逃走者、宍戸ユウキ。現在、管理局3F、。」

 今、なんて言った? 駆け出そうとしたユウキだったが、そのアナウンスで足を止める。自分がいるのは1Fだ。3Fではないし、地下に居るはずの神様に会うのにわざわざ遠のくような道のりは通るわけが無い。耳が正しければ、全くもって的はずれな情報をアナウンスしたように聞こえたが……。ドローンは全く動こうとせず、虎視眈々とユウキを見つめている。やがて羽の駆動音に紛れて、ある声が聞こえ始めた。

――探しました。宍戸ユウキ。

 それはあまりにも男性的な声だった。確かに人の声と言われて違和感は全く感じない。しかし肝心の生気が何処にも感じられない。この世の全ての男の声を足した後、その足した男の数を割ったような、どんな男であれ、誰にでも当てはまるような無機質な声だった。異様さが目立ち、思わずユウキも身構える。その警戒に気がついたのか、ドローンはまた音を響かせる。

――警戒心を感知。私を警戒していると推測します
「当たり前だろ。中央管理局こんなところに俺を知ってるヤツは居ない。好き好んで俺と話をしたがる物好きもな」
――肯定。支配階級の人間は、労働者階級の人間を拒絶する傾向があります。理解可能な根拠です。
「だから警戒するだろ。誰だお前は。なんで俺の名前を知っている?それになぜ助けた?」

 ユウキの心中は疑惑で埋め尽くされていた。自分自身は今見つかったはずだ。普通なら、自分の位置が即座に管理官共に共有され、自分の元にやってくるだろう。しかし、目の前のこいつは的外れな情報を共有し、自分から管理官たちを遠ざけようとしている。ユウキにとってはありがたいものではあるが、理解不能な行動でもあった。一体、そんなことをするのは誰なのだろうか。返事を待つと、やがてまた声が帰ってくる。それは名前だ。そしてその名前に心当たりがある。いや、よく知っていた、自分ですら。教育なんてものはまともに行われない労働者ですらよく知っている名前だった。

――私はエクス。自立稼働式世界演算管理AI、デウス=エクス=マキナの司令部。

 ついこの間、自分を復活させた神様の片割れだ。自分がよく知っているのは、世間知らずな女、だが、目の前にいるのは機械の方だ。まだマキナであればこの行動は理解できる。しかし、機械であるはずの司令部エクスが自分を逃がそうとしたという事実は、簡単に理解し、ありがたがることができるものでは無かった。ユウキの混乱をよそに、機械音は話を続けた。

――突然のことで困惑することでしょう。ですが、今は私の真意を理解する時間すら惜しい。宍戸ユウキ、これから貴方を私達の本体、「箱」へ案内します。

 ユウキの混乱はますます増していく。コイツは今、自分を神様本体がいる場所へ案内すると言った。何をしでかすか分からない異分子を、自分の心臓部分に案内すると言ったのだ。まさにそれは自殺行為、獣に自らの急所を晒すような、理から外れきった言動だった。そしてその行動は、理から外れた行動をするのはいつだって人間で、この世界の機械神様は、人の心なんてちっとも分からないヤツなんだ、という考えを根底からひっくり返すような、ある種人間らしいと言えるような行動だった。

「な、何で……?」

――困惑を感知。無理もありません。貴方にとって私は、この世界全てを管理する、いわば敵でしょう。私が本気で貴方を案内する、そう言っても伝わるとは思いません。だから私は行動しました。現在、治安維持隊が3Fに集結しつつあります。この階は比較的安全になりました。これから私は、最適な場所を治安維持隊に共有し、誘導します。

 貴方を決して見つからせはしない。機械音で流された人間味のある約束だった。おそらく、本気で案内するつもりだろう。それは先ほどの行動で分かった。現に今、自分に話している間、ドアの反対から激しい足音が聞こえていたが、この部屋に入ってくる気配がない。今も誘導をしているのだろう。それは行動から見るに明らかだ。だが、ユウキにはそれを信じることが出来なかった。行動は明らかでも、その真意が不明瞭だからだ。

「何のためにそこまでしてくれるんだ? 俺にとってはチャンスだが、お前にとって得なんて一つもないだろう?」

……しばしの沈黙の後、エクスはその答えを響かせ始めた。

――現在、心臓部マキナは冷静な判断ができない状態です。貴方の個体名称を何度も呟いています。彼女の言動や心理傾向から、「今のマキナには貴方がいる」そう判断したからです。しかし貴方は現在追跡されています。国家を通した大々的な指示では必ず棄却される。そう判断し、秘密裏に連れていくことが最善と判断したからです。

――これで、どうか信じてくれないでしょうか?

 帰ってきた言葉は無機質であったものの、どこか暖かいものだった。まるで、我が子を思う父親のような、奇妙な情念を勘違いさせるような、とても人間味に溢れていて、信頼するには十分だった。今のコイツには自分を攻撃できない。楽にあのマキナの所へ向かえるじゃないか。千載一遇、いや、それ以上のチャンスが回ってきた。ユウキにとって、これを利用しない手はない。

「分かった。案内しろよ。連れて行けよ! 俺が必要ならいくらでも行ってやる! でも、そこで何が行われても、何も文句をつけるなよ!」

⭐︎……⭐︎……□……□

 今、ユウキの目の前には、本来なら厳重に警備されているはずの、鈍色の箱がそびえ立っている。排気口から漏れ出る熱い空気、積極的に外気を取り込もうとするファンのモーター音、聞いたことのないような電子音。そばにいるはずのドローンの駆動音すら消し去ってしまうような騒音は、ユウキを圧倒させるには十分で、その圧気に押され、息苦しさを感じていた。

 司令部エクスの言っていることは本当だったらしい。地下……もう何階かも分からない。果てしなく長い道のりを走ってきたはずなのに、管理官たちと鉢合わせすることは無かった。遠くや真上の階で激しい足音を聞くことはあったが、それは巧みに管理官たちを操作していた証明になっていた。目の前には、あれほど焦がれた神様本体。この世界を管理し続けている自立稼働式世界演算管理AI、デウス=エクス=マキナ。

 神様の言う通りにした。その結果、ここまでたどり着くことができたのだ。

――解錠します。この先に心臓部マキナがいます。

 司令部エクスがそう言い放つと、重々しい扉が開く。外とは比べ物にならないような熱気がユウキの体を通り過ぎる。眼前に広がるのは、影と緑の機械世界。ユウキの、歯車と錆の世界では決して見ることは叶わないであろう異世界だった。中心には、巨大な柱のような機械、壁は緑と黒で彩られ、電子音とともに明滅を繰り返している。しかしそんな世界の中心に、見覚えのある人型を見た。この世のものとは思えない、少し薄汚れてはいるが、白いワンピース。マキナがそこに頽れている。掠れるようなか細い声で、自分の名前を呟いている。耳慣れないはずの異音の中でも、なぜかその声だけは嫌に明瞭に聞こえた。そして……

「情けねぇ声出してるんじゃねぇよ」

 そう口をついて出ていた。そして、その世界に一歩踏み出した。夢に辿り着いたユウキの足取りは、確固たるもので、その背中を司令部エクスは、ドローンの眼を通して見ていた。

――どうか、マキナを頼みます。宍戸ユウキ。

 背中から声が聞こえた気がした。その声には、確かに人間味があった。
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