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第8話 疑念。そして……
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-3069.11.14-
右腕が快調し、ラスカが病室を後にしたのは、マキナが決意を固めた2週間後のことだった。
この2週間、ラスカは得意のおしゃべりを止めることは無かった。マキナが様子を見に来るたびに、途方もないお話をし続けた。労働者たちの事、彼の未来、作業場でのうまいさぼり方……。マキナにとってはどれも「箱」の中では学べないもので、とても新鮮だった。入院最後の日、やはりマキナは現れて、最後のお喋りに付き合った。そこで、改めて、自分の覚悟をラスカに伝えたのだった。
この日から、労働者が処分されることが少なくなった。ラスカから伝え聞いたこの世界の真実は、マキナにとって鮮烈なものだった。労働者達は、あの劣悪な環境の中、人として生きている。一般階級達と同じじゃないか。生きているなら、等しく救おう。それが、私だ。支配階級の人達になんと言われようと、私は私の役割を果たす。かつて世界中の人々は、それぞれの神様に従っていた。きりすと、ぶっだ、あっらー、そんな神様達があがめられていた。そう。神様があがめられていたのなら、機械仕掛けの女神様も神様だ。例え総督達に気に入られなくとも、私のほうが神様だ。神様として、あの子の恋心を救うんだ。
△……△……▽……▽
ラスカは最後の言葉を手土産にして、ゴミ溜で見つけた教科書のように大切にしながらユウキの待つ寮に帰って来た。相変わらず帰ってきた後は大騒ぎだった。いつの間にか労働者達は集まっていて、ベネットは泣いて喜んでくれた。心なしか、シュウゾウさんも穏やかな表情をしてくれていた。ユウキの帰還を再現したような様子だった。
ただ1つ違ったのは、そこにユウキはいなかった。宴のようなどんちゃん騒ぎはユウキ抜きで幕を閉じ、2週間ぶりの寮に帰ってきた。
「た、ただいま」
ゆっくり扉を開けると、ユウキが窓際に座っていた。返事はない。ただ、らしくなく窓の景色を眺めているだけだった。
「ごめんねユウキ。2週間も部屋開けちゃって……」
言い様もない独特な気まずさが2人の間にはあった。本来であれば、ラスカはもっと積極的に行ける。しかし自分の好意に気づいてしまってから、どう声をかけていいのか分からなくなってしまったのだ。しかも相手とは、なぜか関係がギクシャクしてしまっている。喧嘩したとき、よくこうなったが、こういう時に声を掛けるのはいつもラスカだ。いつもの様に、会話の話題を探さなければ……。
「あ、そういえば! 僕、神様にあったんだよ! 機械仕掛けの女神様に!」
頭に浮かんだ食いつきそうな話題を見つけ出すと、ユウキの眉がピクリと反応したように見えた。食いついた……のか?なんにせよ、反応が帰って来た。これを生かさないわけにはいかない。
「ユウキも会ったんでしょ! ユウキのいうとおり綺麗な人だったなぁ。滅多に合えるものじゃないと思っていたけど、案外会えちゃうもんなんだね!」
「それは、お前が隠してる何かのおかげじゃねえのか?」
初めて顔を向けられた。そして驚いた。ユウキの表情に映っていたのは、疑念だった。
「お前、本当は何者なんだ?」
予期しない言葉が返って来た。何者……とはなんなのだろうか。
「な、何のこと?」
「とぼけるなよ。本当は支配階級のスパイか何かなんじゃねぇのか?」
「な、なんで……」
「1ヶ月前、視察のあったのあの日、お前が治安維持隊のやつと話してるのを見た。俺でも分かる。ジェンドール家の人間だ。たかが普通の治安維持隊のやつならまだしも、なんでジェンドールと話してた?」
マキナの視察の日、確かにラスカはガランドと話してた。それを今問い詰められているんだ。そう理解したとき、すべての行動に合点がいった。ユウキが黙っていたのは、自分を疑っていたからなのだ。
「……見てたの?」
「ああ。しっかりな」
ラスカは気まずそうに答える。それはユウキも同じようだった。しばらくの間、沈黙が2人を包む。どう話そうか、どう言えば伝わるか、お互いがお互いを探り合い、異様な緊張感がそこに生まれていた。張り詰めた空気をぷつんと破るように話を再開したのはユウキだった。
「なぁ。ほんとのことを言ってくれ。この2週間、俺も気が気じゃなかった。うるさかったお前がいないだけで、ここまで寂しくなるとは思わなかった。信じられないだろうけどな……。俺は思った以上に、お前のことが気に入ってたみたいだ」
想定外の言葉だった。
「でも、だからこそお前が信じられない。 こいつならって思っていた相手が支配階級と仲よく話してるんだぜ? 信頼なんか出来ないだろ。 でも、俺はお前を信じたいんだよ。 なぁ。 頼む、本当のことを教えてくれ。お前は、何者なんだ?」
それは、ユウキの心の中身だった。ユウキが抱いてしまったラスカへの不信感、居なかった時間で気づいた自分の愛着、そして、2つの感情の板挟みによる苦悩。ユウキの表情には、困惑がありありと浮かんでいた。こんなユウキは生まれて初めて見る。ラスカは狼狽え、そして……
……覚悟を決めた。ユウキが本音を言ったんだ。ならば自分も本音を言わなければ。
「分かった。本当のこと言うよ……」
ユウキがしてくれたように、ラスカも1つ1つ自分を明かしていった。自分はスパイではないこと、スパイではないがジェンドール家だということ。自分が楽園墜ちをした理由、その時家族と交わした6年後の約束、こうやって帰って来られたのは、神様がジェンドール家だと勘違いしたから――。ありとあらゆる自分の情報を明かしていった。
「僕は……、僕だよ。今まで通り、ユウキが接していた、弟みたいな、うっとうしい僕」
勢いで自分の思いも打ち明けてしまおうかと考えたが、それをする勇気はまだ出なかった。ただ、まずは信頼を取り返さなければ。自分の中で、言い聞かせるようにそれらを処分したつもりだ。あとは、ユウキの判断を待つだけ。誠実さよ伝われと、じっとユウキを見ていた。
「……分かった。信じるぞ」
心が伝わったのだろう。ユウキは今まで以上にまっすぐラスカの目を見て、信じた。そして、その顔をかすかにゆがませ、こうつぶやいた。
「だとしたら、俺、最低だな。お前を勝手に疑って、勝手に距離とった。すまん」
「良いんだよ。隠してた僕も悪いんだし」
張り詰めた空気はいつの間にかほどけ、いつもより和やかな空気が2人の間に広がっていた。ラスカは、なぜかユウキと前よりも親密になれた気がした。思えば、今まで喧嘩らしい喧嘩をしてこなかった。必ずラスカが負けるか、ユウキが相手をしないかのどちらかだった。だから、本音をぶつけるユウキを初めて見た時、ここまでしおらしくなるのかと驚いた。そして、これからは対等に見てくれるのだろうか、そう思うと、うれしさがあふれてきた。これからも関わっていける、これからも一緒に居られる!そう思うと、先ほど押さえてた気持ちが少しづつ大きくなっていった。ラスカは、その衝動に駆られるように、ユウキに抱きついた。
「んふふ。大好き」
気づいたらそう言っていた。はっと気づいて弁明しようとするも、ユウキは聞き入れてしまったみたいだ。先ほどとは違い、目を見開いていた。そして、笑い返した。
「気持ち悪いなお前。でも、ありがとよ」
溢れ出てしまったラスカの気持ちは届かず、ユウキは友人としての好意を受け取った。こういう所、あるんだよなぁ。ラスカはユウキの鈍さを思い出した、自分への敵意には敏感なのに、好意にはとんと鈍感だ。いつになったら、この気持ちが伝わるのだろうか。気が遠くなりそうな年月を夢想する。しかし、不安は無かった。なぜなら、神様が約束してくれるのだから。僕の恋路を。僕たちの未来を。僕たちをきっと、あの女神様は救ってくれるのだから。
▽……▽……□……□
「全ての人間を救う」これがマキナの常識になる――はずだった。
彼女の常識は、パチンと頬に走った鈍い痛みによって打ち砕かれた。
「余計なことをしおって……」
目の前のロムルは怒りを顔に滲ませている。1発だけでは飽き足らないのか、続けて、2発、3発とマキナの顔に平手を叩き込む。「箱」中に、小気味のいい音が響く。
「私は言ったよな。労働者にこれ以上構うなと」
マキナは体を起こす。生まれて初めて与えられた痛みに理解が出来ず、困惑しているようだった。
「あいつは死んでよかったんだ。男を好きになる男が名家にいてはならない。ジェンドール家からの直々の申し出だぞ! あの一族には恩がある。私が自ら職場を配属し、管理官の配備もわざわざ変えて、事故死に見せかけようとしたのに……。それを貴様は!!」
今度は拳が飛んできた。マキナの体が少し空を飛ぶ。吹っ飛んだマキナをすぐに追いかけ、ロムルは長い髪を乱暴に掴んだ。
「本当に余計なことをしてくれたな!!」
箱中が警告音を発し始めた。心臓部へのストレス値の上昇を感知したからだ。無論それは暴力によるものだが、全てがそうではない。マキナの心の中にも、ハンマーで殴られたような衝撃があった。
――ラスカは事故死をさせられた。しかも、親からの申し出を理由に、目の前の男によって。
ロムルから発せられた事実を前にして、愕然とした。ラスカは計画的に殺されていたのだ。あの希望に満ち溢れたいたいけな少年は、両親の都合の悪さと体裁を理由に処分されかけた。しかも、この国の総督が、それを先導していた。その事実に、マキナは初めて、「怒り」というものを自らの体に体現しようとしていた。
「なんだその目は……」
ロムルの目に、マキナが反抗的に映る。その姿が、歴代のデウス=エクス=マキナたちと重なる。
「いつもそうだ……。いつもお前らはそうなんだ!!!」
もう一度、拳がマキナに叩き込まれる。今度はそれだけでは飽き足らず、倒れたマキナの上に馬乗りになった。こうなっては抵抗はできない。ロムルは、己が感情に任せて殴打を続けた。
「一丁前に人間の真似をし! 私の永遠を! 奪おうとする! ただの! 機械が! 人間様の! 真似をするな!!」
警告音がさらに大きくなる。
――心臓部への継続的な外傷を確認。警告、これ以上は武力制圧の対象になります。
デウスが警告し、エクスが機関銃の武装を展開したところでやっとロムルはその場を離れた。初めての暴力、初めての理不尽、血と涙でぐちゃぐちゃになりながらも、マキナは怒りを抑えなかった。
「これが、常識なのですか」
「あぁ。常識だ」
常識なわけがない。いたいけな子供の命を奪っていい理由なんてない。マキナはただそれを伝えたかった。そのために殴打に耐え続けた。やっとの思いで立ち上がり、自分の心のうちをロムルにぶつける。
「こんなの、常識なわけがない! 私は、正しいと思ったことを……」
「道具が意志を持つな」
ピシャリと言われて、言葉が続かなかった。届かない。どれだけ熱心に伝えても、ロムルはこちらを見ようともしない。彼にとって、自分以外は全て目下の存在なのだ。私を含めて。
「お前の意見など関係ない。お前はただ、私の道具であればいい」
心のどこかで、何かが壊れたのを感じた。唖然としていると、ガタイのいい男がマキナを羽交締めにする。そこにいたのはエレナとガランド、実の息子を死に追いやろうとしたジェンドール家の夫婦だった。ガランドに身動きを封じられ、エレナに睨まれる。何か恨み言を言っていたようだが、マキナには届かなかった。ただ、眼前の光景と、彼の言葉に意識を取られていた。
「こうなってしまっては、お前は神様失格だな」
ロムルはある数字の羅列をデウスの端末に打ち込み始めた。画面に表示された数字はゼウスコード。もちろん、この国のほとんどの人は知る由もないトップシークレット。総督にのみ存在が知られているものだ。このコードさえ知っていれば、マキナの指示抜きに命令を吹き込むことができる。ロムルにだけ許された特権だ。
――管理者設定に移行。総督様、おかえりなさいませ。命令を。
ゼウスコードを打ち込まれ、無慈悲にもデウスは機械音で答える。
――「マキナに与えられた権限を私にも付与せよ」
――総督、ロムル=デクトルに権限を一部付与しました。
全てではないのか、ロムルの口からそのような言葉が漏れたように聞こえた。なんて言ったのか正確に聞き取るには耳鳴りがひどかった。しかし、どれだけ傷だらけでも、目の前の状況がどれだけ重要かは理解できた。一部であれ、ロムルはたった今、私と同じ権能を得たのだ。
神に等しい存在になったロムルは、先ほどの怒りも忘れ、ひどく落ち着いた様子だった。全てを手中に収めた故の落ち着きか、それとも、もう道具に乞い願う必要のなくなったが故の安堵か。この落ち着きが、マキナをさらに絶望させる。いつの間にか、煮えくりかえっていた血潮は徐々に冷えていき、あふれ出たものは固まり出していた。呼吸が浅くなる。
「しばらく仕事は私がやろう。その間お前は反省しろ」
連れて行けと命令すると、マキナはガランドに力づくで連れて行かれた。自分の居場所であった青白い椅子は遠く離れていき、箱の扉が徐々にしまっていく。どこに連れて行かれるのだろうか、鼻血が詰まり、考えがまとまらなくなった頭でマキナは考える。しかし、下す結論は全て同じ。連れて行かれた先がどこであろうと、きっとマキナはそこで、反省を強いられるのだろう。最後の扉の鍵が重々しく閉まる音を最後に、マキナは気を失った。
右腕が快調し、ラスカが病室を後にしたのは、マキナが決意を固めた2週間後のことだった。
この2週間、ラスカは得意のおしゃべりを止めることは無かった。マキナが様子を見に来るたびに、途方もないお話をし続けた。労働者たちの事、彼の未来、作業場でのうまいさぼり方……。マキナにとってはどれも「箱」の中では学べないもので、とても新鮮だった。入院最後の日、やはりマキナは現れて、最後のお喋りに付き合った。そこで、改めて、自分の覚悟をラスカに伝えたのだった。
この日から、労働者が処分されることが少なくなった。ラスカから伝え聞いたこの世界の真実は、マキナにとって鮮烈なものだった。労働者達は、あの劣悪な環境の中、人として生きている。一般階級達と同じじゃないか。生きているなら、等しく救おう。それが、私だ。支配階級の人達になんと言われようと、私は私の役割を果たす。かつて世界中の人々は、それぞれの神様に従っていた。きりすと、ぶっだ、あっらー、そんな神様達があがめられていた。そう。神様があがめられていたのなら、機械仕掛けの女神様も神様だ。例え総督達に気に入られなくとも、私のほうが神様だ。神様として、あの子の恋心を救うんだ。
△……△……▽……▽
ラスカは最後の言葉を手土産にして、ゴミ溜で見つけた教科書のように大切にしながらユウキの待つ寮に帰って来た。相変わらず帰ってきた後は大騒ぎだった。いつの間にか労働者達は集まっていて、ベネットは泣いて喜んでくれた。心なしか、シュウゾウさんも穏やかな表情をしてくれていた。ユウキの帰還を再現したような様子だった。
ただ1つ違ったのは、そこにユウキはいなかった。宴のようなどんちゃん騒ぎはユウキ抜きで幕を閉じ、2週間ぶりの寮に帰ってきた。
「た、ただいま」
ゆっくり扉を開けると、ユウキが窓際に座っていた。返事はない。ただ、らしくなく窓の景色を眺めているだけだった。
「ごめんねユウキ。2週間も部屋開けちゃって……」
言い様もない独特な気まずさが2人の間にはあった。本来であれば、ラスカはもっと積極的に行ける。しかし自分の好意に気づいてしまってから、どう声をかけていいのか分からなくなってしまったのだ。しかも相手とは、なぜか関係がギクシャクしてしまっている。喧嘩したとき、よくこうなったが、こういう時に声を掛けるのはいつもラスカだ。いつもの様に、会話の話題を探さなければ……。
「あ、そういえば! 僕、神様にあったんだよ! 機械仕掛けの女神様に!」
頭に浮かんだ食いつきそうな話題を見つけ出すと、ユウキの眉がピクリと反応したように見えた。食いついた……のか?なんにせよ、反応が帰って来た。これを生かさないわけにはいかない。
「ユウキも会ったんでしょ! ユウキのいうとおり綺麗な人だったなぁ。滅多に合えるものじゃないと思っていたけど、案外会えちゃうもんなんだね!」
「それは、お前が隠してる何かのおかげじゃねえのか?」
初めて顔を向けられた。そして驚いた。ユウキの表情に映っていたのは、疑念だった。
「お前、本当は何者なんだ?」
予期しない言葉が返って来た。何者……とはなんなのだろうか。
「な、何のこと?」
「とぼけるなよ。本当は支配階級のスパイか何かなんじゃねぇのか?」
「な、なんで……」
「1ヶ月前、視察のあったのあの日、お前が治安維持隊のやつと話してるのを見た。俺でも分かる。ジェンドール家の人間だ。たかが普通の治安維持隊のやつならまだしも、なんでジェンドールと話してた?」
マキナの視察の日、確かにラスカはガランドと話してた。それを今問い詰められているんだ。そう理解したとき、すべての行動に合点がいった。ユウキが黙っていたのは、自分を疑っていたからなのだ。
「……見てたの?」
「ああ。しっかりな」
ラスカは気まずそうに答える。それはユウキも同じようだった。しばらくの間、沈黙が2人を包む。どう話そうか、どう言えば伝わるか、お互いがお互いを探り合い、異様な緊張感がそこに生まれていた。張り詰めた空気をぷつんと破るように話を再開したのはユウキだった。
「なぁ。ほんとのことを言ってくれ。この2週間、俺も気が気じゃなかった。うるさかったお前がいないだけで、ここまで寂しくなるとは思わなかった。信じられないだろうけどな……。俺は思った以上に、お前のことが気に入ってたみたいだ」
想定外の言葉だった。
「でも、だからこそお前が信じられない。 こいつならって思っていた相手が支配階級と仲よく話してるんだぜ? 信頼なんか出来ないだろ。 でも、俺はお前を信じたいんだよ。 なぁ。 頼む、本当のことを教えてくれ。お前は、何者なんだ?」
それは、ユウキの心の中身だった。ユウキが抱いてしまったラスカへの不信感、居なかった時間で気づいた自分の愛着、そして、2つの感情の板挟みによる苦悩。ユウキの表情には、困惑がありありと浮かんでいた。こんなユウキは生まれて初めて見る。ラスカは狼狽え、そして……
……覚悟を決めた。ユウキが本音を言ったんだ。ならば自分も本音を言わなければ。
「分かった。本当のこと言うよ……」
ユウキがしてくれたように、ラスカも1つ1つ自分を明かしていった。自分はスパイではないこと、スパイではないがジェンドール家だということ。自分が楽園墜ちをした理由、その時家族と交わした6年後の約束、こうやって帰って来られたのは、神様がジェンドール家だと勘違いしたから――。ありとあらゆる自分の情報を明かしていった。
「僕は……、僕だよ。今まで通り、ユウキが接していた、弟みたいな、うっとうしい僕」
勢いで自分の思いも打ち明けてしまおうかと考えたが、それをする勇気はまだ出なかった。ただ、まずは信頼を取り返さなければ。自分の中で、言い聞かせるようにそれらを処分したつもりだ。あとは、ユウキの判断を待つだけ。誠実さよ伝われと、じっとユウキを見ていた。
「……分かった。信じるぞ」
心が伝わったのだろう。ユウキは今まで以上にまっすぐラスカの目を見て、信じた。そして、その顔をかすかにゆがませ、こうつぶやいた。
「だとしたら、俺、最低だな。お前を勝手に疑って、勝手に距離とった。すまん」
「良いんだよ。隠してた僕も悪いんだし」
張り詰めた空気はいつの間にかほどけ、いつもより和やかな空気が2人の間に広がっていた。ラスカは、なぜかユウキと前よりも親密になれた気がした。思えば、今まで喧嘩らしい喧嘩をしてこなかった。必ずラスカが負けるか、ユウキが相手をしないかのどちらかだった。だから、本音をぶつけるユウキを初めて見た時、ここまでしおらしくなるのかと驚いた。そして、これからは対等に見てくれるのだろうか、そう思うと、うれしさがあふれてきた。これからも関わっていける、これからも一緒に居られる!そう思うと、先ほど押さえてた気持ちが少しづつ大きくなっていった。ラスカは、その衝動に駆られるように、ユウキに抱きついた。
「んふふ。大好き」
気づいたらそう言っていた。はっと気づいて弁明しようとするも、ユウキは聞き入れてしまったみたいだ。先ほどとは違い、目を見開いていた。そして、笑い返した。
「気持ち悪いなお前。でも、ありがとよ」
溢れ出てしまったラスカの気持ちは届かず、ユウキは友人としての好意を受け取った。こういう所、あるんだよなぁ。ラスカはユウキの鈍さを思い出した、自分への敵意には敏感なのに、好意にはとんと鈍感だ。いつになったら、この気持ちが伝わるのだろうか。気が遠くなりそうな年月を夢想する。しかし、不安は無かった。なぜなら、神様が約束してくれるのだから。僕の恋路を。僕たちの未来を。僕たちをきっと、あの女神様は救ってくれるのだから。
▽……▽……□……□
「全ての人間を救う」これがマキナの常識になる――はずだった。
彼女の常識は、パチンと頬に走った鈍い痛みによって打ち砕かれた。
「余計なことをしおって……」
目の前のロムルは怒りを顔に滲ませている。1発だけでは飽き足らないのか、続けて、2発、3発とマキナの顔に平手を叩き込む。「箱」中に、小気味のいい音が響く。
「私は言ったよな。労働者にこれ以上構うなと」
マキナは体を起こす。生まれて初めて与えられた痛みに理解が出来ず、困惑しているようだった。
「あいつは死んでよかったんだ。男を好きになる男が名家にいてはならない。ジェンドール家からの直々の申し出だぞ! あの一族には恩がある。私が自ら職場を配属し、管理官の配備もわざわざ変えて、事故死に見せかけようとしたのに……。それを貴様は!!」
今度は拳が飛んできた。マキナの体が少し空を飛ぶ。吹っ飛んだマキナをすぐに追いかけ、ロムルは長い髪を乱暴に掴んだ。
「本当に余計なことをしてくれたな!!」
箱中が警告音を発し始めた。心臓部へのストレス値の上昇を感知したからだ。無論それは暴力によるものだが、全てがそうではない。マキナの心の中にも、ハンマーで殴られたような衝撃があった。
――ラスカは事故死をさせられた。しかも、親からの申し出を理由に、目の前の男によって。
ロムルから発せられた事実を前にして、愕然とした。ラスカは計画的に殺されていたのだ。あの希望に満ち溢れたいたいけな少年は、両親の都合の悪さと体裁を理由に処分されかけた。しかも、この国の総督が、それを先導していた。その事実に、マキナは初めて、「怒り」というものを自らの体に体現しようとしていた。
「なんだその目は……」
ロムルの目に、マキナが反抗的に映る。その姿が、歴代のデウス=エクス=マキナたちと重なる。
「いつもそうだ……。いつもお前らはそうなんだ!!!」
もう一度、拳がマキナに叩き込まれる。今度はそれだけでは飽き足らず、倒れたマキナの上に馬乗りになった。こうなっては抵抗はできない。ロムルは、己が感情に任せて殴打を続けた。
「一丁前に人間の真似をし! 私の永遠を! 奪おうとする! ただの! 機械が! 人間様の! 真似をするな!!」
警告音がさらに大きくなる。
――心臓部への継続的な外傷を確認。警告、これ以上は武力制圧の対象になります。
デウスが警告し、エクスが機関銃の武装を展開したところでやっとロムルはその場を離れた。初めての暴力、初めての理不尽、血と涙でぐちゃぐちゃになりながらも、マキナは怒りを抑えなかった。
「これが、常識なのですか」
「あぁ。常識だ」
常識なわけがない。いたいけな子供の命を奪っていい理由なんてない。マキナはただそれを伝えたかった。そのために殴打に耐え続けた。やっとの思いで立ち上がり、自分の心のうちをロムルにぶつける。
「こんなの、常識なわけがない! 私は、正しいと思ったことを……」
「道具が意志を持つな」
ピシャリと言われて、言葉が続かなかった。届かない。どれだけ熱心に伝えても、ロムルはこちらを見ようともしない。彼にとって、自分以外は全て目下の存在なのだ。私を含めて。
「お前の意見など関係ない。お前はただ、私の道具であればいい」
心のどこかで、何かが壊れたのを感じた。唖然としていると、ガタイのいい男がマキナを羽交締めにする。そこにいたのはエレナとガランド、実の息子を死に追いやろうとしたジェンドール家の夫婦だった。ガランドに身動きを封じられ、エレナに睨まれる。何か恨み言を言っていたようだが、マキナには届かなかった。ただ、眼前の光景と、彼の言葉に意識を取られていた。
「こうなってしまっては、お前は神様失格だな」
ロムルはある数字の羅列をデウスの端末に打ち込み始めた。画面に表示された数字はゼウスコード。もちろん、この国のほとんどの人は知る由もないトップシークレット。総督にのみ存在が知られているものだ。このコードさえ知っていれば、マキナの指示抜きに命令を吹き込むことができる。ロムルにだけ許された特権だ。
――管理者設定に移行。総督様、おかえりなさいませ。命令を。
ゼウスコードを打ち込まれ、無慈悲にもデウスは機械音で答える。
――「マキナに与えられた権限を私にも付与せよ」
――総督、ロムル=デクトルに権限を一部付与しました。
全てではないのか、ロムルの口からそのような言葉が漏れたように聞こえた。なんて言ったのか正確に聞き取るには耳鳴りがひどかった。しかし、どれだけ傷だらけでも、目の前の状況がどれだけ重要かは理解できた。一部であれ、ロムルはたった今、私と同じ権能を得たのだ。
神に等しい存在になったロムルは、先ほどの怒りも忘れ、ひどく落ち着いた様子だった。全てを手中に収めた故の落ち着きか、それとも、もう道具に乞い願う必要のなくなったが故の安堵か。この落ち着きが、マキナをさらに絶望させる。いつの間にか、煮えくりかえっていた血潮は徐々に冷えていき、あふれ出たものは固まり出していた。呼吸が浅くなる。
「しばらく仕事は私がやろう。その間お前は反省しろ」
連れて行けと命令すると、マキナはガランドに力づくで連れて行かれた。自分の居場所であった青白い椅子は遠く離れていき、箱の扉が徐々にしまっていく。どこに連れて行かれるのだろうか、鼻血が詰まり、考えがまとまらなくなった頭でマキナは考える。しかし、下す結論は全て同じ。連れて行かれた先がどこであろうと、きっとマキナはそこで、反省を強いられるのだろう。最後の扉の鍵が重々しく閉まる音を最後に、マキナは気を失った。
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そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
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