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第23話 監禁
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木くずのにおいがする。
暗かった。
窓のない部屋だ。
部屋だとわかるのは、ほたるスイッチの小さな光が目に入ったからだ。
夜、真っ暗な中でも照明スイッチの場所がわかる、あれだ。
ずいぶん上にある。階段があるのだろう。
おそらく、ここは地下室。
鬼山が出てきたときの分厚いドアや、日曜大工が趣味ということを考えれば、防音部屋に違いない。
☆
翔太が、空を飛ぶ化け物に見えたのだろう。
あのあと、田抜は、おびえたようにゴルフクラブをふり回した。
派手にふき飛び、壁に当たりはね返る。
ふつうの体であれば、死んでいたかもしれない。
が、軽い体は、衝撃も少なかった。
痛みをこらえ、立ちあがり、逃げ道を探す――が動けなくなった。
鬼山が、笑いながら声をかけてきたのだ。
「往生際が悪いぞ。残された女の子が、どうなってもいいのか」
☆
おとなしく捕まる前に一仕事したことで、田抜は、さらに殴ってきた。
気絶したふりをした。
そのタイミングで、鬼山のスマホに電話がかかってきたことが幸いし、拷問もなしに、ここに押しこまれたのだ。
☆
口には、丸めたタオルを噛まされている。さるぐつわ代わりだ。
田抜に殴られた体が、痛む。さすがにゴルフクラブはきつい。
おまけに自由がきかない。
後ろ手にしばられた上に、足は細い荷造りひものようなものでぐるぐると巻かれている。
これだけやれば、ほどけないと思っているのだ。
だけど、手の方は、かなりあまい。
手首と手首をつないでいるひもに、20、30㎝の遊びがある。
翔太のスポーツ万能を支えているのは、体のやわらかさだ。
痛みをこらえ、あおむけになって背中をぐるりと丸め、ひざを額の上にまで持ってくると、後ろ手にしばられた手を一気に引きぬく。
これで手の平と指の自由はきく。
口にくわえさせられていた、さるぐつわ代わりのタオルをはずし、一息つく。
作業場であれば、ひもを切る道具ぐらいあるだろう。
カギは開いていないだろうが、どちらにせよ明かりは必要だ。
暗闇の中、ひじとひざを使って、ほふく前進で、出口と思われるほたるスイッチのある方向に向かう。
2メートルほど進んだところで、顔に何かが当たった。
酒のにおいがする。体を起こし、ひざを近づけ、腕をのばす。
毛布が、かぶせられている。
――毛布をなでまわした腕がふるえはじめた。
人の形だ。
しかも、ぴくりともしない。
おびえながらも、転がっている身体をゆする。
だめだ、生きているとは思えない。
大きく息をはきだす。
――違った。
美月ではなかった。
美月よりはるかに大きい。たぶん大人だ。しかも男の。
だけど、まだ、安心はできない。
この横に転がっている可能性もあるのだ。
今は無事だとしても、こうなるのは時間の問題なのだ。
それでも、美月ではないとわかって落ち着きを取りもどしたのだろう。
部屋の奥の方から聞こえてくる、かすかな息づかいに気がついた。
「岩崎?……岩崎か?」
小声で問いかけるが返事はない。
☆
工具棚と作業台の奥。
美月は、長イスの上に横たわっていた。
照明は常夜灯にした。
毛布にくるまれた死体と思われるものに目がいかないように。
念のため、近くにあったビニールシートをかけた。
体を起こし、さるぐつわと、目かくしをはずしてやる。
目かくしは涙でぬれていた。
「大丈夫か?」と声をかけると、
「来てくれると思ってた」と気丈に笑顔をみせた。
美月が、ここにいると推理して乗りこんできたのなら救いもある。
ところが、檻の中に自分から飛びこんだあげく、まんまと捕まってしまったのだ。
翔太が、ここに放りこまれた時の様子で、美月にもわかっているはずだ。
にもかかわらず「けがはなかった?」と気づかいまでみせる。
情けなかった。
どう答えていいのかわからなかった。
「……たいしたことはない」と口にするのが精いっぱいだった。
「ひもを切らなきゃ」と、道具を探すふりをして、美月に背を向ける。
目元ににじんだ涙をぬぐう。
常夜灯をつけたときに、内側から開け閉めできるはずの回転カギが動かないことも確認した。
鬼山が持っていたリモコンのコントロール下にあるのだ。
自力で逃げ出せる可能性は、宝くじが当たるより低いだろう。
だが、美月はあきらめていなかった。
「腰のポシェットを開けてみて」
思わず期待した。
「スマホ?」
「スマホは、飛ぶときに落としたの」
落としたのではない。
翔太を助けるために、飛ぶために投げ捨てたのだ。
「どこにいるかわかるようにって、買ってもらったのにね」
翔太のミスが美月を窮地に追いこんだのだ。
どんなに頑張っても挽回が無理なのは、翔太にもわかっている。
だからこそ救い出さなければならない。
ーー自分が盾になってでも。
ポシェットの中に入っていたのは、ツメ切りだった。
工具箱の中を探せば、もっといいものがあったかもしれない。
だが、これを使うことにした。
刃と刃のすき間に荷造りひもを入れて、引きちぎるように切っていく。
美月をしばった腕のひもを切ろうとして、顔が髪の毛にふれ、かすかに残るシャンプーの香りに気を取られた。態勢がくずれ、腰に痛みが走る。
こらえきれず、うめき声をあげる。
「痛むの?」
「ゴルフクラブで何度もね」
口にして、後悔した。美月が怖がるだろう。
なにより、男子たるもの、やせがまんと言われようが見栄を張るべきだった。
好きな女の子の前であれば、なおのこと。
だけど、美月は笑顔を見せた。「それにしては元気ね」と。
「それだけ、鬼山たちをてこずらせたってことでしょ?」
はげまされてばかりでは男として情けない。
心配させないよう軽口で返す。
「いや、おれも悪いんだ。力まかせにクラブをふり回す田抜に、『今のスイングじゃ、OBですよ』って言ったからね」
美月が笑ってくれる。わたしも、そんな風に言い返したかった、と。
「気絶したふりをしてたんだけど、何度も何度もほおをぶつのよ。頭にきちゃって、『お父さんに聞いて! お父さんは必ず助けに来るわ。なぜって、お父さんが空飛ぶ大泥棒だからよ!』って大声でわめいてやったの」
美月は翔太の反応をたしかめるように間をおいた。
「――そうなのか?」
「まさか!……でも、鬼山がなんていったと思う?」
「――来てもらいたいものだーーじゃないかな?」
「すごい! よくわかったわね」
あの場に立ち会っていれば見当はつく。
鬼山の、大どろぼう身内説は、ここからきたのだろう。
会話がはずみすぎたことに気づき、くちびるの前で指を一本立てる。
外に声はもれないと思うが、突然ドアが開く可能性もある。
美月が小さく舌を出す。
翔太は、うす暗い部屋の天井を見あげる。
鉄筋コンクリート造りだということが一目でわかる。
壁際の天井にパネルが張られていない。梁の上を太い電気のコードが通っているのも見える。
最初は、ただの倉庫だったのだろう。
鬼山が日曜大工――DIYに興味を持って、あわてて遮音シートを貼りつけたように見える。
道具箱を開け、もう一度パネルの張られていない天井を見あげる。
鬼山は、美月と翔太という切り札を持っている。
少年少女探偵団として、テレビで大泥棒に挑戦した翔太。
その翔太につきあって、夜中に大どろぼうの正体をつきとめようとした美月。
二人の死体が、どこかの山中で見つかれば、まっ先に容疑者にあげられるのは大泥棒だ。
義賊あつかいしてきたマスコミも、手のひらを返したようにたたくだろう。
鬼山は、いつでも優位に立てるのだ。
「逃げ出せるかしら?……ここから」
さっきまでとは打って変わった声で、ふるえながら美月が問いかけてきた。
本当は、一番最初に口にしたかったに違いない。
怖がらせたくはなかった。
それでも、絶望的な状況にあることを包み隠さず伝えた。
美月の協力が必要だったからだ。
さらに伝えた。
「しばられて、ここに入れられる前に、鬼山のスマホに電話がかかってきた――たぶん秘書からだ。すぐに下見に行くと言っていた……山の奥だ」
カンのするどい美月は、その意味に気がついただろう。
「だいじょうぶ。手は打ってある」
安心させようと、笑って見せる。
「もうひとつ考えていることがある……準備ができたら話すよ」
暗かった。
窓のない部屋だ。
部屋だとわかるのは、ほたるスイッチの小さな光が目に入ったからだ。
夜、真っ暗な中でも照明スイッチの場所がわかる、あれだ。
ずいぶん上にある。階段があるのだろう。
おそらく、ここは地下室。
鬼山が出てきたときの分厚いドアや、日曜大工が趣味ということを考えれば、防音部屋に違いない。
☆
翔太が、空を飛ぶ化け物に見えたのだろう。
あのあと、田抜は、おびえたようにゴルフクラブをふり回した。
派手にふき飛び、壁に当たりはね返る。
ふつうの体であれば、死んでいたかもしれない。
が、軽い体は、衝撃も少なかった。
痛みをこらえ、立ちあがり、逃げ道を探す――が動けなくなった。
鬼山が、笑いながら声をかけてきたのだ。
「往生際が悪いぞ。残された女の子が、どうなってもいいのか」
☆
おとなしく捕まる前に一仕事したことで、田抜は、さらに殴ってきた。
気絶したふりをした。
そのタイミングで、鬼山のスマホに電話がかかってきたことが幸いし、拷問もなしに、ここに押しこまれたのだ。
☆
口には、丸めたタオルを噛まされている。さるぐつわ代わりだ。
田抜に殴られた体が、痛む。さすがにゴルフクラブはきつい。
おまけに自由がきかない。
後ろ手にしばられた上に、足は細い荷造りひものようなものでぐるぐると巻かれている。
これだけやれば、ほどけないと思っているのだ。
だけど、手の方は、かなりあまい。
手首と手首をつないでいるひもに、20、30㎝の遊びがある。
翔太のスポーツ万能を支えているのは、体のやわらかさだ。
痛みをこらえ、あおむけになって背中をぐるりと丸め、ひざを額の上にまで持ってくると、後ろ手にしばられた手を一気に引きぬく。
これで手の平と指の自由はきく。
口にくわえさせられていた、さるぐつわ代わりのタオルをはずし、一息つく。
作業場であれば、ひもを切る道具ぐらいあるだろう。
カギは開いていないだろうが、どちらにせよ明かりは必要だ。
暗闇の中、ひじとひざを使って、ほふく前進で、出口と思われるほたるスイッチのある方向に向かう。
2メートルほど進んだところで、顔に何かが当たった。
酒のにおいがする。体を起こし、ひざを近づけ、腕をのばす。
毛布が、かぶせられている。
――毛布をなでまわした腕がふるえはじめた。
人の形だ。
しかも、ぴくりともしない。
おびえながらも、転がっている身体をゆする。
だめだ、生きているとは思えない。
大きく息をはきだす。
――違った。
美月ではなかった。
美月よりはるかに大きい。たぶん大人だ。しかも男の。
だけど、まだ、安心はできない。
この横に転がっている可能性もあるのだ。
今は無事だとしても、こうなるのは時間の問題なのだ。
それでも、美月ではないとわかって落ち着きを取りもどしたのだろう。
部屋の奥の方から聞こえてくる、かすかな息づかいに気がついた。
「岩崎?……岩崎か?」
小声で問いかけるが返事はない。
☆
工具棚と作業台の奥。
美月は、長イスの上に横たわっていた。
照明は常夜灯にした。
毛布にくるまれた死体と思われるものに目がいかないように。
念のため、近くにあったビニールシートをかけた。
体を起こし、さるぐつわと、目かくしをはずしてやる。
目かくしは涙でぬれていた。
「大丈夫か?」と声をかけると、
「来てくれると思ってた」と気丈に笑顔をみせた。
美月が、ここにいると推理して乗りこんできたのなら救いもある。
ところが、檻の中に自分から飛びこんだあげく、まんまと捕まってしまったのだ。
翔太が、ここに放りこまれた時の様子で、美月にもわかっているはずだ。
にもかかわらず「けがはなかった?」と気づかいまでみせる。
情けなかった。
どう答えていいのかわからなかった。
「……たいしたことはない」と口にするのが精いっぱいだった。
「ひもを切らなきゃ」と、道具を探すふりをして、美月に背を向ける。
目元ににじんだ涙をぬぐう。
常夜灯をつけたときに、内側から開け閉めできるはずの回転カギが動かないことも確認した。
鬼山が持っていたリモコンのコントロール下にあるのだ。
自力で逃げ出せる可能性は、宝くじが当たるより低いだろう。
だが、美月はあきらめていなかった。
「腰のポシェットを開けてみて」
思わず期待した。
「スマホ?」
「スマホは、飛ぶときに落としたの」
落としたのではない。
翔太を助けるために、飛ぶために投げ捨てたのだ。
「どこにいるかわかるようにって、買ってもらったのにね」
翔太のミスが美月を窮地に追いこんだのだ。
どんなに頑張っても挽回が無理なのは、翔太にもわかっている。
だからこそ救い出さなければならない。
ーー自分が盾になってでも。
ポシェットの中に入っていたのは、ツメ切りだった。
工具箱の中を探せば、もっといいものがあったかもしれない。
だが、これを使うことにした。
刃と刃のすき間に荷造りひもを入れて、引きちぎるように切っていく。
美月をしばった腕のひもを切ろうとして、顔が髪の毛にふれ、かすかに残るシャンプーの香りに気を取られた。態勢がくずれ、腰に痛みが走る。
こらえきれず、うめき声をあげる。
「痛むの?」
「ゴルフクラブで何度もね」
口にして、後悔した。美月が怖がるだろう。
なにより、男子たるもの、やせがまんと言われようが見栄を張るべきだった。
好きな女の子の前であれば、なおのこと。
だけど、美月は笑顔を見せた。「それにしては元気ね」と。
「それだけ、鬼山たちをてこずらせたってことでしょ?」
はげまされてばかりでは男として情けない。
心配させないよう軽口で返す。
「いや、おれも悪いんだ。力まかせにクラブをふり回す田抜に、『今のスイングじゃ、OBですよ』って言ったからね」
美月が笑ってくれる。わたしも、そんな風に言い返したかった、と。
「気絶したふりをしてたんだけど、何度も何度もほおをぶつのよ。頭にきちゃって、『お父さんに聞いて! お父さんは必ず助けに来るわ。なぜって、お父さんが空飛ぶ大泥棒だからよ!』って大声でわめいてやったの」
美月は翔太の反応をたしかめるように間をおいた。
「――そうなのか?」
「まさか!……でも、鬼山がなんていったと思う?」
「――来てもらいたいものだーーじゃないかな?」
「すごい! よくわかったわね」
あの場に立ち会っていれば見当はつく。
鬼山の、大どろぼう身内説は、ここからきたのだろう。
会話がはずみすぎたことに気づき、くちびるの前で指を一本立てる。
外に声はもれないと思うが、突然ドアが開く可能性もある。
美月が小さく舌を出す。
翔太は、うす暗い部屋の天井を見あげる。
鉄筋コンクリート造りだということが一目でわかる。
壁際の天井にパネルが張られていない。梁の上を太い電気のコードが通っているのも見える。
最初は、ただの倉庫だったのだろう。
鬼山が日曜大工――DIYに興味を持って、あわてて遮音シートを貼りつけたように見える。
道具箱を開け、もう一度パネルの張られていない天井を見あげる。
鬼山は、美月と翔太という切り札を持っている。
少年少女探偵団として、テレビで大泥棒に挑戦した翔太。
その翔太につきあって、夜中に大どろぼうの正体をつきとめようとした美月。
二人の死体が、どこかの山中で見つかれば、まっ先に容疑者にあげられるのは大泥棒だ。
義賊あつかいしてきたマスコミも、手のひらを返したようにたたくだろう。
鬼山は、いつでも優位に立てるのだ。
「逃げ出せるかしら?……ここから」
さっきまでとは打って変わった声で、ふるえながら美月が問いかけてきた。
本当は、一番最初に口にしたかったに違いない。
怖がらせたくはなかった。
それでも、絶望的な状況にあることを包み隠さず伝えた。
美月の協力が必要だったからだ。
さらに伝えた。
「しばられて、ここに入れられる前に、鬼山のスマホに電話がかかってきた――たぶん秘書からだ。すぐに下見に行くと言っていた……山の奥だ」
カンのするどい美月は、その意味に気がついただろう。
「だいじょうぶ。手は打ってある」
安心させようと、笑って見せる。
「もうひとつ考えていることがある……準備ができたら話すよ」
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