23 / 33
第21話 翔太、危機一髪
しおりを挟む
田抜はくずれるように、座りこんだ。
「――いやです」
声がふるえていた。
「――できるわけないでしょ! なんで、わたしが罪をかぶらなきゃならないんです?」
「だれが罪をかぶれと言った?」
鬼山の言葉に、田抜は怒りを隠せない。
「……誘拐殺人ですよ! 警察だって、さすがに見て見ぬふりはできないでしょう?」
「やったのは、空を飛ぶ泥棒だ……そうだろう?」
鬼山が、田抜の肩に手をかける。
田抜は、尻をついたまま後ずさり、悲鳴のような声をあげる。
「警察だけじゃありませんよ。暴力団が……共友会までが、開発公社の件をかぎまわっているんですよ」
「やつらは証拠ひとつにぎっておらん。だまっていればすむことだ。木津根と同じことを言わせるな」
ふるえ続ける田抜に、ゴルフクラブをつきつける。
それをふりはらうように、田抜が立ちあがった。
「やりますよ……やればいいんでしょう?」
ふるえながらも声を張りあげる。
「ただし、まず――わたしがサインしたあの念書を、わたしの目の前で燃やしてください――念書を持っているのはあなただけなんですから。それが条件です。それが、できないというなら手を引かせてもらいます。ええ、引かせてもらいますとも」
「おまえはそれでいいかもしれんが、家族はどうなる? 嫁は難病。息子は受験だったな?」
そう口にして、ゴルフクラブで胸をつく。
「おまえとわしは一蓮托生だ。いいかげん、腹をくくらんか……馬鹿者!」
一喝された田抜は肩をおとし、力なくうつむいた。
「汚職にはならないって、あなたが言うから……」
「じきに、すべてが片づく。あの女の子が城山小学校の生徒だということもわかってるんだ……そんなことより、これから先、おまえができることを考えろ。やつは、もう一度ここへ現れる。必ずな」
「どうして、そう決めつけるんです? あいつは、われわれの信用を地に落としたじゃありませんか――目的は十分達成したでしょう?」
鬼山は、口の中にためた葉巻の煙をはき出す。
「来るさ……人質を助けにな」
「女の子が、あいつの仲間と決まったわけではないでしょう? もし、そうだったとしても、危険をおかしてまで助けに来ますか?」
「やつの子どもでもか?」
「――大泥棒の? まさか!」
田抜が身を乗りだす。
「空を飛ぶ化け物が、あちこちにいると考えるよりはすじが通っているだろう……片づける前に、力づくで口を割らしてやる……その答えを……やつの正体を、警察とテレビ局に流せば、皆の興味はそっちに集中する」
「大丈夫なんですか?」
「おまえさえだまっていれば、何の心配もない」
田抜は落ちつきをなくし、あたりを見まわす。
「心配してるのは、大泥棒を逆なでしていることですよ。相手は、警察の包囲網でさえ突破するようなやつなんですよ」
「たしかに、やつは頭が切れる。行動力もある。信じられんほどにな。だからこそ、ここに来る」
「人質を取り返すために、われわれに刃を向けてきたら、どうするんです? 打つ手はあるんですか?」
食いつく田抜にはかまわず、鬼山はゆっくりと立ちあがり、庭の見える大きなガラスの前に向かう。
ゴルフクラブを杖がわりにする鬼山の歩みは遅い。
「無謀な行動力は、命取りになる……それを教えてやる」
と、背を向けたまま、ポケットからリモコンのようなものを取り出す。
「これひとつで、片がつく……もう一日早ければ、やつを逃がさずにすんだものを」
「家じゅうのカギの操作ができるというリモコンでしょう?……だめですよ! ガラスを割られて、逃げられたじゃないですか」
鬼山は、田抜の落胆したようすにも動じず、庭の見えるガラスの前で、葉巻をくゆらす。
「それが取りこし苦労だということを、教えてやる。だまって、ついてこい」
田抜は、ため息とも返事ともつかない声を発し、一階の廊下に向かう鬼山のあとをついていく。
――翔太は、体のふるえをとめることができなかった。
美月は、ここに閉じこめられているのだ。
おそらく、鬼山がカギをかけた、あの分厚いドアの向こうに。
自分一人の力で、美月を助け出す。
できる事ならそうしたい。
美月が誘拐されたのは自分のせいなのだから。
だけど、あの部屋にはカギがかかっている。
姿を見せない木津根は、あの中で、美月を見張っているだろう。
鬼山もいれば田抜もいる。
翔太が、やるべきことは、はっきりしている。
ここで起こっていることを、一刻も早く、だれかに伝えることだ。
問題は、だれに伝えるか、だ。
警察の上層部に、鬼山の息がかかっていることは、今の話で、はっきりした。
かといって、信用できると思っていた、お父さんや、藤原先生は大泥棒本人かもしれない。
――いや、むしろその方が、いいのかもしれない。
空飛ぶ大泥棒は、鬼山や警察の裏をかいてきた。何度も何度も。
事前の情報さえあれば、失敗はしないだろう。
お父さんをたよろう。
お父さんが、大泥棒であれば、何とかしてくれるだろう。
大泥棒でないなら、テレビ局にいる友達に連絡してくれるだろう。
以前は鬼山におさえこまれていたという新聞社も、今は公社の疑惑を追っている。
この時間、お父さんは、カフェにいるはずだ。
一番近い公衆電話は、近くのショッピングセンターだが、直接カフェまで走った方が確実かもしれない。
やっぱり、スマホは必要だ。
これが、片づいたら、お母さんに一番安いスマホでいいからと、ねだってみよう。
カチャ、という音がどこからか聞こえてきた。
鬼山がどこかの部屋に入ったのだろう。
その音にわれにかえる。
シャンデリアをつるした金具から手を放し、ふわりと階段に舞いおりる。
硬貨をポケットにつっこみ、ペケの首輪とリードを拾い玄関に向かう。
なるべく音を立てないようにとドアノブに手をのばす。
ノブは動かなかった。
正確には、遊びの分だけわずかに動いた。
だいていたペケをおろして、力をこめる――が、やはり、ノブは動かない。
翔太のあせりを感じたのか、ペケも立ちあがり、ドアにツメをたてる。
ひたいにあせがにじむ。
入るときには、こんなに固くなかったのに。
――と、ペケがうなり声をあげる。
大きな笑い声がホールに響きわたる。
翔太の顔から血の気がひいていく。
「勇敢な探偵だな。たった一人で乗りこんでくるとは大した度胸だ。もっとも、大人の世界では、それを無謀と呼ぶんだが」
ふり向いた先に、鬼山と田抜が立っていた。
それぞれが、ゴルフクラブを持って。
「――いやです」
声がふるえていた。
「――できるわけないでしょ! なんで、わたしが罪をかぶらなきゃならないんです?」
「だれが罪をかぶれと言った?」
鬼山の言葉に、田抜は怒りを隠せない。
「……誘拐殺人ですよ! 警察だって、さすがに見て見ぬふりはできないでしょう?」
「やったのは、空を飛ぶ泥棒だ……そうだろう?」
鬼山が、田抜の肩に手をかける。
田抜は、尻をついたまま後ずさり、悲鳴のような声をあげる。
「警察だけじゃありませんよ。暴力団が……共友会までが、開発公社の件をかぎまわっているんですよ」
「やつらは証拠ひとつにぎっておらん。だまっていればすむことだ。木津根と同じことを言わせるな」
ふるえ続ける田抜に、ゴルフクラブをつきつける。
それをふりはらうように、田抜が立ちあがった。
「やりますよ……やればいいんでしょう?」
ふるえながらも声を張りあげる。
「ただし、まず――わたしがサインしたあの念書を、わたしの目の前で燃やしてください――念書を持っているのはあなただけなんですから。それが条件です。それが、できないというなら手を引かせてもらいます。ええ、引かせてもらいますとも」
「おまえはそれでいいかもしれんが、家族はどうなる? 嫁は難病。息子は受験だったな?」
そう口にして、ゴルフクラブで胸をつく。
「おまえとわしは一蓮托生だ。いいかげん、腹をくくらんか……馬鹿者!」
一喝された田抜は肩をおとし、力なくうつむいた。
「汚職にはならないって、あなたが言うから……」
「じきに、すべてが片づく。あの女の子が城山小学校の生徒だということもわかってるんだ……そんなことより、これから先、おまえができることを考えろ。やつは、もう一度ここへ現れる。必ずな」
「どうして、そう決めつけるんです? あいつは、われわれの信用を地に落としたじゃありませんか――目的は十分達成したでしょう?」
鬼山は、口の中にためた葉巻の煙をはき出す。
「来るさ……人質を助けにな」
「女の子が、あいつの仲間と決まったわけではないでしょう? もし、そうだったとしても、危険をおかしてまで助けに来ますか?」
「やつの子どもでもか?」
「――大泥棒の? まさか!」
田抜が身を乗りだす。
「空を飛ぶ化け物が、あちこちにいると考えるよりはすじが通っているだろう……片づける前に、力づくで口を割らしてやる……その答えを……やつの正体を、警察とテレビ局に流せば、皆の興味はそっちに集中する」
「大丈夫なんですか?」
「おまえさえだまっていれば、何の心配もない」
田抜は落ちつきをなくし、あたりを見まわす。
「心配してるのは、大泥棒を逆なでしていることですよ。相手は、警察の包囲網でさえ突破するようなやつなんですよ」
「たしかに、やつは頭が切れる。行動力もある。信じられんほどにな。だからこそ、ここに来る」
「人質を取り返すために、われわれに刃を向けてきたら、どうするんです? 打つ手はあるんですか?」
食いつく田抜にはかまわず、鬼山はゆっくりと立ちあがり、庭の見える大きなガラスの前に向かう。
ゴルフクラブを杖がわりにする鬼山の歩みは遅い。
「無謀な行動力は、命取りになる……それを教えてやる」
と、背を向けたまま、ポケットからリモコンのようなものを取り出す。
「これひとつで、片がつく……もう一日早ければ、やつを逃がさずにすんだものを」
「家じゅうのカギの操作ができるというリモコンでしょう?……だめですよ! ガラスを割られて、逃げられたじゃないですか」
鬼山は、田抜の落胆したようすにも動じず、庭の見えるガラスの前で、葉巻をくゆらす。
「それが取りこし苦労だということを、教えてやる。だまって、ついてこい」
田抜は、ため息とも返事ともつかない声を発し、一階の廊下に向かう鬼山のあとをついていく。
――翔太は、体のふるえをとめることができなかった。
美月は、ここに閉じこめられているのだ。
おそらく、鬼山がカギをかけた、あの分厚いドアの向こうに。
自分一人の力で、美月を助け出す。
できる事ならそうしたい。
美月が誘拐されたのは自分のせいなのだから。
だけど、あの部屋にはカギがかかっている。
姿を見せない木津根は、あの中で、美月を見張っているだろう。
鬼山もいれば田抜もいる。
翔太が、やるべきことは、はっきりしている。
ここで起こっていることを、一刻も早く、だれかに伝えることだ。
問題は、だれに伝えるか、だ。
警察の上層部に、鬼山の息がかかっていることは、今の話で、はっきりした。
かといって、信用できると思っていた、お父さんや、藤原先生は大泥棒本人かもしれない。
――いや、むしろその方が、いいのかもしれない。
空飛ぶ大泥棒は、鬼山や警察の裏をかいてきた。何度も何度も。
事前の情報さえあれば、失敗はしないだろう。
お父さんをたよろう。
お父さんが、大泥棒であれば、何とかしてくれるだろう。
大泥棒でないなら、テレビ局にいる友達に連絡してくれるだろう。
以前は鬼山におさえこまれていたという新聞社も、今は公社の疑惑を追っている。
この時間、お父さんは、カフェにいるはずだ。
一番近い公衆電話は、近くのショッピングセンターだが、直接カフェまで走った方が確実かもしれない。
やっぱり、スマホは必要だ。
これが、片づいたら、お母さんに一番安いスマホでいいからと、ねだってみよう。
カチャ、という音がどこからか聞こえてきた。
鬼山がどこかの部屋に入ったのだろう。
その音にわれにかえる。
シャンデリアをつるした金具から手を放し、ふわりと階段に舞いおりる。
硬貨をポケットにつっこみ、ペケの首輪とリードを拾い玄関に向かう。
なるべく音を立てないようにとドアノブに手をのばす。
ノブは動かなかった。
正確には、遊びの分だけわずかに動いた。
だいていたペケをおろして、力をこめる――が、やはり、ノブは動かない。
翔太のあせりを感じたのか、ペケも立ちあがり、ドアにツメをたてる。
ひたいにあせがにじむ。
入るときには、こんなに固くなかったのに。
――と、ペケがうなり声をあげる。
大きな笑い声がホールに響きわたる。
翔太の顔から血の気がひいていく。
「勇敢な探偵だな。たった一人で乗りこんでくるとは大した度胸だ。もっとも、大人の世界では、それを無謀と呼ぶんだが」
ふり向いた先に、鬼山と田抜が立っていた。
それぞれが、ゴルフクラブを持って。
4
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
甘い誘惑
さつらぎ結雛
恋愛
幼馴染だった3人がある日突然イケナイ関係に…
どんどん深まっていく。
こんなにも身近に甘い罠があったなんて
あの日まで思いもしなかった。
3人の関係にライバルも続出。
どんどん甘い誘惑の罠にハマっていく胡桃。
一体この罠から抜け出せる事は出来るのか。
※だいぶ性描写、R18、R15要素入ります。
自己責任でお願い致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる