空飛ぶ大どろぼう

八神真哉

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第21話 翔太、危機一髪

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田抜はくずれるように、座りこんだ。
「――いやです」
声がふるえていた。

「――できるわけないでしょ! なんで、わたしが罪をかぶらなきゃならないんです?」
「だれが罪をかぶれと言った?」

鬼山の言葉に、田抜は怒りを隠せない。
「……誘拐殺人ですよ! 警察だって、さすがに見て見ぬふりはできないでしょう?」

「やったのは、空を飛ぶ泥棒だ……そうだろう?」
鬼山が、田抜の肩に手をかける。

田抜は、尻をついたまま後ずさり、悲鳴のような声をあげる。
「警察だけじゃありませんよ。暴力団が……共友会までが、開発公社の件をかぎまわっているんですよ」

「やつらは証拠ひとつにぎっておらん。だまっていればすむことだ。木津根と同じことを言わせるな」
ふるえ続ける田抜に、ゴルフクラブをつきつける。

それをふりはらうように、田抜が立ちあがった。
「やりますよ……やればいいんでしょう?」

ふるえながらも声を張りあげる。
「ただし、まず――わたしがサインしたあの念書を、わたしの目の前で燃やしてください――念書を持っているのはあなただけなんですから。それが条件です。それが、できないというなら手を引かせてもらいます。ええ、引かせてもらいますとも」

「おまえはそれでいいかもしれんが、家族はどうなる? 嫁は難病。息子は受験だったな?」
そう口にして、ゴルフクラブで胸をつく。
「おまえとわしは一蓮托生だ。いいかげん、腹をくくらんか……馬鹿者!」

一喝された田抜は肩をおとし、力なくうつむいた。
「汚職にはならないって、あなたが言うから……」

「じきに、すべてが片づく。あの女の子が城山小学校の生徒だということもわかってるんだ……そんなことより、これから先、おまえができることを考えろ。やつは、もう一度ここへ現れる。必ずな」
「どうして、そう決めつけるんです? あいつは、われわれの信用を地に落としたじゃありませんか――目的は十分達成したでしょう?」

鬼山は、口の中にためた葉巻の煙をはき出す。
「来るさ……人質を助けにな」
「女の子が、あいつの仲間と決まったわけではないでしょう? もし、そうだったとしても、危険をおかしてまで助けに来ますか?」

「やつの子どもでもか?」
「――大泥棒の? まさか!」
田抜が身を乗りだす。

「空を飛ぶ化け物が、あちこちにいると考えるよりはすじが通っているだろう……片づける前に、力づくで口を割らしてやる……その答えを……やつの正体を、警察とテレビ局に流せば、皆の興味はそっちに集中する」
「大丈夫なんですか?」

「おまえさえだまっていれば、何の心配もない」
田抜は落ちつきをなくし、あたりを見まわす。
「心配してるのは、大泥棒を逆なでしていることですよ。相手は、警察の包囲網でさえ突破するようなやつなんですよ」

「たしかに、やつは頭が切れる。行動力もある。信じられんほどにな。だからこそ、ここに来る」
「人質を取り返すために、われわれに刃を向けてきたら、どうするんです? 打つ手はあるんですか?」

食いつく田抜にはかまわず、鬼山はゆっくりと立ちあがり、庭の見える大きなガラスの前に向かう。
ゴルフクラブを杖がわりにする鬼山の歩みは遅い。
「無謀な行動力は、命取りになる……それを教えてやる」
と、背を向けたまま、ポケットからリモコンのようなものを取り出す。

「これひとつで、片がつく……もう一日早ければ、やつを逃がさずにすんだものを」
「家じゅうのカギの操作ができるというリモコンでしょう?……だめですよ! ガラスを割られて、逃げられたじゃないですか」

鬼山は、田抜の落胆したようすにも動じず、庭の見えるガラスの前で、葉巻をくゆらす。

「それが取りこし苦労だということを、教えてやる。だまって、ついてこい」
田抜は、ため息とも返事ともつかない声を発し、一階の廊下に向かう鬼山のあとをついていく。

――翔太は、体のふるえをとめることができなかった。

美月は、ここに閉じこめられているのだ。
おそらく、鬼山がカギをかけた、あの分厚いドアの向こうに。

自分一人の力で、美月を助け出す。

できる事ならそうしたい。
美月が誘拐されたのは自分のせいなのだから。

だけど、あの部屋にはカギがかかっている。
姿を見せない木津根は、あの中で、美月を見張っているだろう。
鬼山もいれば田抜もいる。

翔太が、やるべきことは、はっきりしている。
ここで起こっていることを、一刻も早く、だれかに伝えることだ。

問題は、だれに伝えるか、だ。

警察の上層部に、鬼山の息がかかっていることは、今の話で、はっきりした。
かといって、信用できると思っていた、お父さんや、藤原先生は大泥棒本人かもしれない。

――いや、むしろその方が、いいのかもしれない。
空飛ぶ大泥棒は、鬼山や警察の裏をかいてきた。何度も何度も。
事前の情報さえあれば、失敗はしないだろう。

お父さんをたよろう。

お父さんが、大泥棒であれば、何とかしてくれるだろう。
大泥棒でないなら、テレビ局にいる友達に連絡してくれるだろう。
以前は鬼山におさえこまれていたという新聞社も、今は公社の疑惑を追っている。

この時間、お父さんは、カフェにいるはずだ。
一番近い公衆電話は、近くのショッピングセンターだが、直接カフェまで走った方が確実かもしれない。

やっぱり、スマホは必要だ。
これが、片づいたら、お母さんに一番安いスマホでいいからと、ねだってみよう。

カチャ、という音がどこからか聞こえてきた。
鬼山がどこかの部屋に入ったのだろう。
その音にわれにかえる。

シャンデリアをつるした金具から手を放し、ふわりと階段に舞いおりる。
硬貨をポケットにつっこみ、ペケの首輪とリードを拾い玄関に向かう。

なるべく音を立てないようにとドアノブに手をのばす。

ノブは動かなかった。
正確には、遊びの分だけわずかに動いた。
だいていたペケをおろして、力をこめる――が、やはり、ノブは動かない。

翔太のあせりを感じたのか、ペケも立ちあがり、ドアにツメをたてる。
ひたいにあせがにじむ。
入るときには、こんなに固くなかったのに。
――と、ペケがうなり声をあげる。

大きな笑い声がホールに響きわたる。
翔太の顔から血の気がひいていく。

「勇敢な探偵だな。たった一人で乗りこんでくるとは大した度胸だ。もっとも、大人の世界では、それを無謀と呼ぶんだが」

ふり向いた先に、鬼山と田抜が立っていた。
それぞれが、ゴルフクラブを持って。

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