空飛ぶ大どろぼう

八神真哉

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第15話 真夜中のデート

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女の子というのは、たいしたものだ。
たぶん、男なんか問題にならないぐらいの勇気や度胸があるに違いない。

「翔太くん? わ、た、し……わかる?」
受話器から、美月の声が聞こえたとき、翔太はそう思った。

お母さんより先に受話器をとってよかった。
同時に、心からそう思った。

翔太の家の電話番号は、山岸さくらに教えてもらったのだという。
それ自体は不思議ではない。
先生が宿題を班ごとに出したときに、おたがいに番号を教えあったからだ。

さくらは最初、さくらと凛の番号しか教えてくれなかったという。
意地悪でそうしたわけではないだろう。
ふだんは、男子と女子で連絡を取り合うことはないからだ。

美月は、探偵団に参加できなかったおわびを、みんなに言いたいから、と説明したらしい。
だが、さくらが、美月の言葉をそのまま信じたとは思えない。

藤原先生に質問ぜめにあったとき、美月が翔太に答えを教えていたときも、ときどき、こちらに目をやっていた。

月曜日の朝に、教室の黒板に大きなハートマークと二人の名が書かれていないことを祈るのみだ。

     ☆

シャンプーの香りだろうか。
とてもいいにおいがする。
ペケを抱いてとなりに座っている美月の横顔をそっとのぞく。

学校での美月は、やはり年相応の子どもらしさを残している。
しかし、月明かりの下で見ると、白い肌やあざやかなくちびるがいっそうひきたって、ずいぶんおとなっぽい。

すずしい春の夜風が木の葉や枝にくわえ、美月の髪や赤いワンピースをそよがせる。
今日の服装や持ち物、ピアノを習っていること。
美月をむかえに来た高級車――くやしいけれど、お金持ちのお嬢様なんだろうな、と思う。

翔太は、美月が電話をくれた理由を知って苦笑した。
用件はたったひとつ。
「今夜、どこを見張るの?」だったからだ。

細野刑事の忠告のあとふきげんになった翔太を見て、無視するに違いないとふんだのだ。
言ってきかないのなら、無茶をしないよう見張ろうというわけだ。
無茶をしようと決心させた原因が自分にあるとは気づかずに。

翔太と美月は、大きなくすの木の太い枝の上に座っていた。
場所は、鬼山の家から二百メートル近く離れた小高い丘の上。
鎌倉時代に、お城があったと言われている場所だ。今は公園になっている。

住宅地より五十メートルは高い。
見張るには絶好のポジションだ。
ここからなら、空に飛び立つ大泥棒を見のがすことはないだろう。

美月がスマホを操作している。
あれで電話をかけてきたのだ。
ピアノのレッスンなどでむかえに来てもらうときなどに使うらしい。

理由はともかく、ずるいと思う。
自分の親に知られることなく男子の家に電話できるのだ。
翔太の方は、お母さんをごまかすのに必死だったというのに。

「現れるかしら?」
ペケを抱いた美月がこちらを見る。
ペケは、きげんがよかった。
翔太が、だいてやっているときよりいいぐらいだ。

首のあたりを後ろ足でしきりにひっかくので、首輪をとってやったからだろう、と思い直す。
買ってやった首輪が気にいらないらしい。
たよりないほど軽くなった自分の体と、重すぎる首輪では相性が悪いのかもしれない。
その首輪は、枝に引っかけた。

「夜なら闇が味方してくれる」
「そうね」
「それに、大泥棒はこれまで、木曜8時、町会議員。金曜10時、県会議員の順で犯行を重ねている……次は土曜日夜12時。国会議員の鬼山の家だろう。そういうやつだよ。その方がマスコミも騒いでくれる」

「すごい! 絶対、当たってると思うわ。その推理」
笑顔の美月が乗り出してきたひょうしに、お互いの肩がふれる。

それに気づいた美月が、照れたように腕の時計に目をやる。
赤いバンドの腕時計だ。ぶらぶらしている足にも赤い靴。
「つまり、もうすぐってわけね」
「うん」と、答えたものの、不安がよぎる。
美月の前だからこそ余計に。

「翔太くん。もしかしたら重しを代えた?」
「えっ?」
「コインの音がしなかったから」
やはり、美月はカンがいい。

ジャンバーのポケットからカメラを取り出し構えて見せる。
ひと月ほど前に、お父さんがゆずってくれたのだ。
コンパクトだが高性能。2000万画素。5倍ズーム。LEDリングライト搭載。
4K動画にも対応している。

なにより、赤いボディに黒いワクのデザインがカッコいい。
うれしくて、専用ストラップを自分の貯金で買ってしまうほどに。

「きれいね」
美月にほめられると、よりうれしい。
赤いワンピースに黒髪のツインテールの美月にも似ている。

「一石二鳥って、わけさ」
「二兎を追うもの一兎も得ずって、ことわざもあったと思うけど」
「ちぇっ、見てろよ」
「うそ、うそ」

美月が笑う。
その笑顔を画像におさめたかった。
大泥棒を捕まえることができたら……声をかける勇気がわいてくるだろうか。

夜もふけ、ほとんどの家は明かりを落としている。
そのなかで、こうこうと明かりを灯している大邸宅がある。
鬼山邸だ。

近くの道路に不法駐車が目立つ。
「車が多いな。警察の車もあるんだろうけど」
「全部、警察の車よ。あの人の家の周りだけは不法駐車はないって言われているの」
そういい捨てると、眉をひそめて鬼山の大邸宅に目をやった。

いったいどこで、そんな情報をとってくるのだろう。
とはいえ、それはガセネタではないだろう。

あのあたりは、ペケの散歩でよく通る。
住宅地にしては道幅が広い。
くわえて、不法駐車もないから走りやすいのだ。

それをやらせているのは鬼山だ。
美月は、そう言っているのだ。
鬼山には警察を動かす力があると。

そこまで考えて、思わず声をあげそうになった。
――鬼山が、国会議員としての力を使って、安田刑事を首にした。

そんなことが、できるのだろうか?
だが、美月は、そう信じているに違いない。

もちろん、想像することや、信じることは、その人の自由だ。
だが、問題は、美月が翔太に隠しごとをしていることだ。
そうでもなければ、家族にだまって、こんな時間に出てくることはなかっただろう。

「聞きたいことがあるんだ」
美月がふり向いた。
その笑顔が消えないことを祈り、口にする。

「安田刑事の――」
最後まで言い終えることができなかった。

なにかが壊れるような音が聞こえてきたからだ。
鬼山邸の方向から。

――空飛ぶ大泥棒だ。

鬼山の策が当たったのだ。
家にはだれも住まわせず、人感センサーを設置。
金にあかせて、すべての窓を自動ロックにすると言っていた。
リモコンで解錠も可能だと。

閉じこめられた大泥棒は、窓を割って逃げ出すしかなかったのだろう。
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