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第十五話 『陰陽師』
しおりを挟む【輝夜】
しかし、枯葉を踏みしめ枝葉をかき分け登ってきたのは、水干姿の役人風の男四人だった。
手には輿を持っている。
あわてて扇を開いて顔を隠す。
その後方から藍白の狩衣に身を包んだ、いかにも人のよさそうな男が進み出て会釈してきた。
名を吉平という。
「陰陽助(おんようのすけ)自らのお迎えですか」
占術、予言が得意と聞いている。
弟は作暦や方術が得意とも。
吉平は、わたしの前に進み出ると膝を突き、丁寧に頭を下げる。
近くの木に輿を立てかけた役人たちは、両膝をつき、さらに深く頭を下げる。
床がある場所であれば叩頭しているだろう。
いや、それどころか、傍によることさえできない身分である。
いかに鄙びた山中であるとはいえ、どこに耳目があるか知れたものではない。
万が一にも、わたしの身分が明らかにならぬように、男は言葉を選んで話しかけてきた。
「わたしの失態でございます。まことに申し訳ございません……お怪我はございませんか?」
予期することができなかった。そうわびたのだ。
「少々、足を痛めました。が、大事はありません」
わたしが起こしたことは十分すぎるほどの大事である。
それには触れず、そう答えた。
責任を逃れようとしたわけではない。
最善の責任の取り方が思い浮かばなかったのだ。
「申し訳ございません。輿を用意致しましたので」
どこに向かうつもりだったのかとも尋ねてこない。
状況を把握して駆けつけてきたということだ。
「気が利きますね」と、皮肉を口にした。
「父より、用意するように、と」男は返してきた。
つまりは、この男の父、左京権大夫が、ここを探し当てたのだ。
不幸な男だ。
目の前の男は、すでに老人と言ってよい歳である。
加えて殿上人と呼ばれる身分である。
にもかかわらず、未だに父に指図されている。
しかも、生涯、その父と比べ続けられるのだ。
思わず同情した。
これ以上はないという後見(うしろみ)を持ちながら、今の立場に甘んじている自らに身を重ね。
だが、気遣えば自分の弱みを認めたことになる。
「左京権大夫に伝えなさい……遅すぎる、と」
男が深々と頭を下げた。
真に力があるのなら、早々に予見して出かけるのをやめさせればよかったのだ。
身勝手な言い分である。
わかってはいたが、我慢がならなかった。
口にしてから、この男の父であれば、式神を飛ばし、昨夜の様子を一部始終覗き見ることが出来たであろうことに気がついた。
だからこそ、ここを探し当てたのではないか。
吉平が、何か口にしていたが耳になど入ってこなかった。
かっと赤面していくのがわかった。
吉平は、その気持ちを察したかのように頭を下げ続けている。
そうさせている自分にも腹が立った。
吉平が沈黙を破る。
「彼らは、物の怪に……鬼に襲われたのです。私が彼らの主人に説明いたします」
借りていた従者の事だ。
「ご実家に火事見舞に向かわれる途中で、洛中に現れた物の怪どもが従者たちを襲ったのです。万が一、こたびの件が、中宮大夫様の耳に届くようなことがあれば、私の名をお出しください」
吉平は、危ない橋を渡ろうとしていた。
事実が明らかになれば、吉平一人の責任で済む話ではない。
吉平の父の名を貶め、罪に問われ、職を奪われ、家財を奪われ、一族郎党が路頭に迷うことになるだろう
「素知らぬふりをして帰れと言うのですか?」
矜持が許さなかった。
と言って、表ざたにできるはずもない。
政敵に知られようものなら、吉平の一族の失脚どころの騒ぎではない。
国が乱れる騒ぎとなろう。
それほどの大事を起こしたのは、誰あろう、このわたしなのだ。
無責任な矜持を持ち出した自分自身に腹が立った。
気遣いの言葉ひとつ掛けられなかった自分に腹が立った。
一門を守るため。なにより、わたしのわがままで命を落とした者たちの菩提を弔うために出家します、と即座に口にできなかった自らの弱さが情けなかった。
嗚咽がこみ上げ、涙が、鼻水が次々とこぼれ落ちた。
この身が、おなごであることにほとほと嫌気がさしながらも、つくづくおなごなのだと思った。
このような時にもかかわらず、化粧をしていなくてよかった、と考える自分がいた。
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