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第十九話 友というもの
しおりを挟む土を手に取り、しみじみと見つめる。
おばばと共に耕した山間の岩の転がる荒地とは比較にならぬほど地味が肥えている。
イダテンは鍬を振るい、土を掘り起こし、山の斜面を削り、新しい畑を作った。
食い扶持は返さねばならない。
この山を三郎たちが開墾して使うのは構わないらしい。
昨日は、斧を振るい、木を切り倒し、丸太を尖らせた棒を使い、根を引き抜き、石をさらった。
寒さに震える時期だと言うのに額から汗が流れ落ちる。
端切れで汗をぬぐい、下の畑を見下ろした。
三郎とミコは大豆の収穫に励んでいる。
昨日は、隣の畑の里芋を掘り出していた。
大豆の前には麦を植えていたと言う。
ヨシに雑穀や菜の作り方を教わっておけば、移り住んだのちも役に立つだろう。
*
大豆の収穫は難しくない。
さやの中で豆が音を立てるようになれば、簡単に茎が折れるようになる。
幼いミコでも簡単に収穫出来る。
三郎は、収穫が、ひと段落ついたところでミコの手を引き、斜面を登った。
そこには、イダテンがたった一人で作りだした新しい畑があった。
三畝ほどはあろう。たいそうな広さだ。
一昨日までは山の斜面だったのだ。
心底感心した。
「たいしたものじゃ。おまえの力なら、山一つ畑に変えるのにひと月もかかるまい。山では焼畑もやるのであろう? 結構な畑もちではないのか」
「そのようなものはない」
イダテンは不機嫌そうに汗をぬぐった。
「そうか、それはつまらぬことを聞いた」
三郎は、素直に謝った。
イダテンが担ぎ込まれたときに身に着けていた衣が、コウゾやシナの皮の繊維から作られた生地だったことを思い出したのだ。
百姓と変わらぬ暮らしとはいえ、三郎たちは、そのようなものは一度も着たことがない。
「何を植えるつもりだ」
珍しくイダテンの方から訊いてきた。
妙に嬉しくなり鼻の穴をふくらませて答えた。
「おお……何が良いかのう」
「お花がいい」
ミコが、嬉しげに言う。
「そんなものでは腹はふくれぬ」
「お花がいいの!」
ミコが頬をふくらませ、小さなこぶしで叩いてきたが三郎は取り合わなかった。
「畑を増やしても、この場所では水を運ぶのが大変じゃからのう。山から栗の苗でも取ってくるか。収穫は少々先にはなるが面倒はなかろう」
「水は引けばよい。この先に小さな沢があろう」
予想もしなかった答えが返ってきた。
「あるにはあるが……流れを変えるは厳しかろう……いや、おまえなら、出来るやもしれぬが、流れを変えて、すべてを奪えば下流で水を使っている者とのいさかいになる」
「必要なときだけ引けばよいのだ」
イダテンが指さした先を見ると、畑の上にある斜面の木々の間を竹が長々と這っているのが見える。
この辺りに竹藪はない。
イダテンの顔を見つめるが、説明する気はないらしい。
まさかと思いながらも、斜面を駆け登る。
イダテンと会ってから、ずいぶんと走らされている気がする。
縦に割って節をくりぬいた竹が延々と繋がっていた。
先をたどりながら目を見張った。
高低差を考えて木の根元を選び、細く割った竹の杭で、ずれぬように補強してあった。
「兄上。これ、なに?」
息を切らせて登ってきたミコが問いかけてきたが、かまってなどいられなかった。
繋ぎ目を重ね、水が漏れないように工夫がしてある。
高低差の大きい場所や大きく曲がる場所では様々な工夫が見られた。無駄なく下まで届けるためだろう。
さらにたどっていくと、やがて、小さな沢に出た。
沢の流れから外れたところに水の湧く場所がある。
その周りの青々とした苔の上を紅葉や楓、櫟などの落ち葉が色鮮やかに彩っていた。
竹もそこで終わっていた。
イダテンがミコを連れて近づいてきた。
「……一人で作ったのか?」
「この流れに、その竿を差し込めば畑まで届く。畑の手前には水を暖かくするための池も掘った」
問いとは違う答えが返ってきたが、手伝う者などいるはずもない。
「試してみたか?」
無表情にうなずくイダテンを見て、三郎は悔しさにうなった。
「そういうときはのう、イダテン……まずは、わしを呼んでこういうのじゃ……『三郎、面白いことを考えたで、手伝え』とな……ああ、悔しいのう、悔しいのう」
と、声をあげた。
「それが、人との付き合いというものじゃ。友というものじゃぞ」
三郎が地団太をふんでいるうちに、ミコが、よいしょとばかりに流れに竿を差しいれた。
イダテンが、その一竿と指差した竹だ。
それを目にした三郎は、「ああっ!」と悲鳴のような声をあげた。
水は軽やかな音を立て、節をくりぬいた竹の溝を伝って畑のある方向に下って行った。
*
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