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第七話 流罪
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あいかわらず風は冷たいが、明るい陽射しが山に畑に降り注いでいた。
手前の林から、雉鳩独特の鳴き声が聞こえてくる。
街並みの先には天神川と稲穂の輝く田があった。
イダテンは熊の毛皮を打ち掛け、手には弓を、背には箙代わりの筒袋を、腰には手斧を手挟んで岩の上に立った。ヨシが葛籠の中に保管してくれていたのだ。
足の痛みは残っているが、腫れはかなり引いてきた。
熱の下がりきらない火照った顔で、眼下の寝殿造りの美しい邸に目をやる。
この敷地だけで一町歩はあるだろう。
都から遠く離れた鄙びた地には過ぎた邸だった。
邸は丘陵を削った高台にある。
背後の左右には吹晴山と長者山がそびえ、邸の後方には大岩を幾重にも重ねたような崖がそそり立っている。
邸の手前と左右は、高台の段差を利用して空堀や土塁を築き、塀を立て、三つの郭で囲んでいた。
その空間に使用人や職人、侍たちの住む長屋に加え、馬場や弓場を取り込んでいるのだ。
邸に至るまでの門は一直線に並んでいない。
日常を考えると不便極まりない作りだった。
敵が攻めてくるときの備えである。
唯一、牛車を直接、邸に着けるための橋が長者山側から伸びている。
ただし、この橋もいざとなれば跳ね上げることができる。
つまり、外部からの侵入を阻む造りになっているのである。
これは、もはや砦である。貴族である国司の住む邸ではない。
反乱から国司を守るため――表向きはそのようになっている。
この邸が完成したのは船越の郷司が謀反を企てたとされた直後だったからだ。
実際には、郡司であり、この地の実質上の支配者である宗我部国親が、自分が住むつもりで建てたのだ。
国司に任命されても貴族の多くは都を離れるのを嫌い、代官に任せて都にとどまるからだ。
しかも反乱騒ぎがあったばかりの地だ。
赴任してくる者などいるはずがないと高をくくっていた。
だが、予想外のことが起こった。
若くして内大臣まで登りつめながら、叔父との政争に敗れた男が国司として任命されたのだ。
先人の例を出すまでもなく、明らかな流罪である。
そのような男が都にとどまることは、謀反とみなされる。
それでも代々、この世の最高実力者を出し続けた家柄である。
国親にしてみれば、邸の提供は懐柔するための意味もあっただろう。
阿岐権守自身も二、三年もすれば恩赦で、長引いたとしても任期とされる四年で都に帰れると思っていたはずだ。
わがもの顔で振舞っていた宗我部らにとっても、十年は予想外だったに違いない。
上空では飛天が舞っていた。
ユガケをつけた右腕を横に差しだし、指笛を吹く。
黄色い脚を伸ばし、飛天がイダテンのもとに降りてきた。
暗青灰色に覆われた美しい毛並み、そして輝くような黄色の眼。
自由に空を飛び、群れを作らず誇り高い。
自分も鷹に生まれたかったと幾度思ったことだろう。
翌日は、近くの森林に入って、うさぎを狩った。
人に比べて回復も早い。右腕も肩までは上がるようになった。
木漏れ日の差し込む陽だまりに立ち、小さな角笛を口に咥える。
竜笛と違い、大きく切れ込みを入れてある。
父の形見の中にあったものだ。
吹いても人の耳には聞こえない。
しばらくすると獣道から灰褐色の老いた獣が二匹現れた。
犬に似ているが、体は大きく痩身で足が長い。
狼だった。
一匹の牙はひときわ大きく喉元が白い。もう一匹は暗褐色だった。
名を呼んだことは無いが、雪牙、帳と名づけていた。
狼たちは、イダテンが仕留めたうさぎを食べ終えると満足そうに帰っていった。
近頃では自分たちで餌をとることも難しくなっているようだ。
狼は群れで狩りをする。
老いた二匹だけでは難しかろう。
住処を移す決断が遅れた理由の一つでもある。
二匹には秘めた想いがあるはずだ。
が、それを成し遂げることはできぬだろう。
それでも、想いを持てることがうらやましかった。
それが、生きるということなのだろう。
――帰り道で視線に気がついた。
長屋から出た時に見張りがついていることには昨日から気がついていた。
とはいえ、行く手を遮るそぶりもない。
見守っていると言っても差し支えないほどである。
どうやら、国司の邸に近づかねば問題はないようだ。
ならばと開き直って、祠や神社、寺などを見て回ろうと考えた。
むろん、騒ぎにならぬよう、ひとけの無いときに限られるが。
イダテンは神も仏も信じてはいない。
だが、それらを祀る建築物には魅せられていた。
それを生み出す工匠たちには尊敬の念さえ抱いていた。
都にはこの地とは比較にならぬほど素晴らしい寺社や塔があるという。
天井の上や床下に入り込んで引手、継手、積み上げ構造と言われる手法をこの目で見たい。
そして、出来ることなら自分の手で造ってみたい、とさえ思った。
*
あいかわらず風は冷たいが、明るい陽射しが山に畑に降り注いでいた。
手前の林から、雉鳩独特の鳴き声が聞こえてくる。
街並みの先には天神川と稲穂の輝く田があった。
イダテンは熊の毛皮を打ち掛け、手には弓を、背には箙代わりの筒袋を、腰には手斧を手挟んで岩の上に立った。ヨシが葛籠の中に保管してくれていたのだ。
足の痛みは残っているが、腫れはかなり引いてきた。
熱の下がりきらない火照った顔で、眼下の寝殿造りの美しい邸に目をやる。
この敷地だけで一町歩はあるだろう。
都から遠く離れた鄙びた地には過ぎた邸だった。
邸は丘陵を削った高台にある。
背後の左右には吹晴山と長者山がそびえ、邸の後方には大岩を幾重にも重ねたような崖がそそり立っている。
邸の手前と左右は、高台の段差を利用して空堀や土塁を築き、塀を立て、三つの郭で囲んでいた。
その空間に使用人や職人、侍たちの住む長屋に加え、馬場や弓場を取り込んでいるのだ。
邸に至るまでの門は一直線に並んでいない。
日常を考えると不便極まりない作りだった。
敵が攻めてくるときの備えである。
唯一、牛車を直接、邸に着けるための橋が長者山側から伸びている。
ただし、この橋もいざとなれば跳ね上げることができる。
つまり、外部からの侵入を阻む造りになっているのである。
これは、もはや砦である。貴族である国司の住む邸ではない。
反乱から国司を守るため――表向きはそのようになっている。
この邸が完成したのは船越の郷司が謀反を企てたとされた直後だったからだ。
実際には、郡司であり、この地の実質上の支配者である宗我部国親が、自分が住むつもりで建てたのだ。
国司に任命されても貴族の多くは都を離れるのを嫌い、代官に任せて都にとどまるからだ。
しかも反乱騒ぎがあったばかりの地だ。
赴任してくる者などいるはずがないと高をくくっていた。
だが、予想外のことが起こった。
若くして内大臣まで登りつめながら、叔父との政争に敗れた男が国司として任命されたのだ。
先人の例を出すまでもなく、明らかな流罪である。
そのような男が都にとどまることは、謀反とみなされる。
それでも代々、この世の最高実力者を出し続けた家柄である。
国親にしてみれば、邸の提供は懐柔するための意味もあっただろう。
阿岐権守自身も二、三年もすれば恩赦で、長引いたとしても任期とされる四年で都に帰れると思っていたはずだ。
わがもの顔で振舞っていた宗我部らにとっても、十年は予想外だったに違いない。
上空では飛天が舞っていた。
ユガケをつけた右腕を横に差しだし、指笛を吹く。
黄色い脚を伸ばし、飛天がイダテンのもとに降りてきた。
暗青灰色に覆われた美しい毛並み、そして輝くような黄色の眼。
自由に空を飛び、群れを作らず誇り高い。
自分も鷹に生まれたかったと幾度思ったことだろう。
翌日は、近くの森林に入って、うさぎを狩った。
人に比べて回復も早い。右腕も肩までは上がるようになった。
木漏れ日の差し込む陽だまりに立ち、小さな角笛を口に咥える。
竜笛と違い、大きく切れ込みを入れてある。
父の形見の中にあったものだ。
吹いても人の耳には聞こえない。
しばらくすると獣道から灰褐色の老いた獣が二匹現れた。
犬に似ているが、体は大きく痩身で足が長い。
狼だった。
一匹の牙はひときわ大きく喉元が白い。もう一匹は暗褐色だった。
名を呼んだことは無いが、雪牙、帳と名づけていた。
狼たちは、イダテンが仕留めたうさぎを食べ終えると満足そうに帰っていった。
近頃では自分たちで餌をとることも難しくなっているようだ。
狼は群れで狩りをする。
老いた二匹だけでは難しかろう。
住処を移す決断が遅れた理由の一つでもある。
二匹には秘めた想いがあるはずだ。
が、それを成し遂げることはできぬだろう。
それでも、想いを持てることがうらやましかった。
それが、生きるということなのだろう。
――帰り道で視線に気がついた。
長屋から出た時に見張りがついていることには昨日から気がついていた。
とはいえ、行く手を遮るそぶりもない。
見守っていると言っても差し支えないほどである。
どうやら、国司の邸に近づかねば問題はないようだ。
ならばと開き直って、祠や神社、寺などを見て回ろうと考えた。
むろん、騒ぎにならぬよう、ひとけの無いときに限られるが。
イダテンは神も仏も信じてはいない。
だが、それらを祀る建築物には魅せられていた。
それを生み出す工匠たちには尊敬の念さえ抱いていた。
都にはこの地とは比較にならぬほど素晴らしい寺社や塔があるという。
天井の上や床下に入り込んで引手、継手、積み上げ構造と言われる手法をこの目で見たい。
そして、出来ることなら自分の手で造ってみたい、とさえ思った。
*
手前の林から、雉鳩独特の鳴き声が聞こえてくる。
街並みの先には天神川と稲穂の輝く田があった。
イダテンは熊の毛皮を打ち掛け、手には弓を、背には箙代わりの筒袋を、腰には手斧を手挟んで岩の上に立った。ヨシが葛籠の中に保管してくれていたのだ。
足の痛みは残っているが、腫れはかなり引いてきた。
熱の下がりきらない火照った顔で、眼下の寝殿造りの美しい邸に目をやる。
この敷地だけで一町歩はあるだろう。
都から遠く離れた鄙びた地には過ぎた邸だった。
邸は丘陵を削った高台にある。
背後の左右には吹晴山と長者山がそびえ、邸の後方には大岩を幾重にも重ねたような崖がそそり立っている。
邸の手前と左右は、高台の段差を利用して空堀や土塁を築き、塀を立て、三つの郭で囲んでいた。
その空間に使用人や職人、侍たちの住む長屋に加え、馬場や弓場を取り込んでいるのだ。
邸に至るまでの門は一直線に並んでいない。
日常を考えると不便極まりない作りだった。
敵が攻めてくるときの備えである。
唯一、牛車を直接、邸に着けるための橋が長者山側から伸びている。
ただし、この橋もいざとなれば跳ね上げることができる。
つまり、外部からの侵入を阻む造りになっているのである。
これは、もはや砦である。貴族である国司の住む邸ではない。
反乱から国司を守るため――表向きはそのようになっている。
この邸が完成したのは船越の郷司が謀反を企てたとされた直後だったからだ。
実際には、郡司であり、この地の実質上の支配者である宗我部国親が、自分が住むつもりで建てたのだ。
国司に任命されても貴族の多くは都を離れるのを嫌い、代官に任せて都にとどまるからだ。
しかも反乱騒ぎがあったばかりの地だ。
赴任してくる者などいるはずがないと高をくくっていた。
だが、予想外のことが起こった。
若くして内大臣まで登りつめながら、叔父との政争に敗れた男が国司として任命されたのだ。
先人の例を出すまでもなく、明らかな流罪である。
そのような男が都にとどまることは、謀反とみなされる。
それでも代々、この世の最高実力者を出し続けた家柄である。
国親にしてみれば、邸の提供は懐柔するための意味もあっただろう。
阿岐権守自身も二、三年もすれば恩赦で、長引いたとしても任期とされる四年で都に帰れると思っていたはずだ。
わがもの顔で振舞っていた宗我部らにとっても、十年は予想外だったに違いない。
上空では飛天が舞っていた。
ユガケをつけた右腕を横に差しだし、指笛を吹く。
黄色い脚を伸ばし、飛天がイダテンのもとに降りてきた。
暗青灰色に覆われた美しい毛並み、そして輝くような黄色の眼。
自由に空を飛び、群れを作らず誇り高い。
自分も鷹に生まれたかったと幾度思ったことだろう。
翌日は、近くの森林に入って、うさぎを狩った。
人に比べて回復も早い。右腕も肩までは上がるようになった。
木漏れ日の差し込む陽だまりに立ち、小さな角笛を口に咥える。
竜笛と違い、大きく切れ込みを入れてある。
父の形見の中にあったものだ。
吹いても人の耳には聞こえない。
しばらくすると獣道から灰褐色の老いた獣が二匹現れた。
犬に似ているが、体は大きく痩身で足が長い。
狼だった。
一匹の牙はひときわ大きく喉元が白い。もう一匹は暗褐色だった。
名を呼んだことは無いが、雪牙、帳と名づけていた。
狼たちは、イダテンが仕留めたうさぎを食べ終えると満足そうに帰っていった。
近頃では自分たちで餌をとることも難しくなっているようだ。
狼は群れで狩りをする。
老いた二匹だけでは難しかろう。
住処を移す決断が遅れた理由の一つでもある。
二匹には秘めた想いがあるはずだ。
が、それを成し遂げることはできぬだろう。
それでも、想いを持てることがうらやましかった。
それが、生きるということなのだろう。
――帰り道で視線に気がついた。
長屋から出た時に見張りがついていることには昨日から気がついていた。
とはいえ、行く手を遮るそぶりもない。
見守っていると言っても差し支えないほどである。
どうやら、国司の邸に近づかねば問題はないようだ。
ならばと開き直って、祠や神社、寺などを見て回ろうと考えた。
むろん、騒ぎにならぬよう、ひとけの無いときに限られるが。
イダテンは神も仏も信じてはいない。
だが、それらを祀る建築物には魅せられていた。
それを生み出す工匠たちには尊敬の念さえ抱いていた。
都にはこの地とは比較にならぬほど素晴らしい寺社や塔があるという。
天井の上や床下に入り込んで引手、継手、積み上げ構造と言われる手法をこの目で見たい。
そして、出来ることなら自分の手で造ってみたい、とさえ思った。
*
あいかわらず風は冷たいが、明るい陽射しが山に畑に降り注いでいた。
手前の林から、雉鳩独特の鳴き声が聞こえてくる。
街並みの先には天神川と稲穂の輝く田があった。
イダテンは熊の毛皮を打ち掛け、手には弓を、背には箙代わりの筒袋を、腰には手斧を手挟んで岩の上に立った。ヨシが葛籠の中に保管してくれていたのだ。
足の痛みは残っているが、腫れはかなり引いてきた。
熱の下がりきらない火照った顔で、眼下の寝殿造りの美しい邸に目をやる。
この敷地だけで一町歩はあるだろう。
都から遠く離れた鄙びた地には過ぎた邸だった。
邸は丘陵を削った高台にある。
背後の左右には吹晴山と長者山がそびえ、邸の後方には大岩を幾重にも重ねたような崖がそそり立っている。
邸の手前と左右は、高台の段差を利用して空堀や土塁を築き、塀を立て、三つの郭で囲んでいた。
その空間に使用人や職人、侍たちの住む長屋に加え、馬場や弓場を取り込んでいるのだ。
邸に至るまでの門は一直線に並んでいない。
日常を考えると不便極まりない作りだった。
敵が攻めてくるときの備えである。
唯一、牛車を直接、邸に着けるための橋が長者山側から伸びている。
ただし、この橋もいざとなれば跳ね上げることができる。
つまり、外部からの侵入を阻む造りになっているのである。
これは、もはや砦である。貴族である国司の住む邸ではない。
反乱から国司を守るため――表向きはそのようになっている。
この邸が完成したのは船越の郷司が謀反を企てたとされた直後だったからだ。
実際には、郡司であり、この地の実質上の支配者である宗我部国親が、自分が住むつもりで建てたのだ。
国司に任命されても貴族の多くは都を離れるのを嫌い、代官に任せて都にとどまるからだ。
しかも反乱騒ぎがあったばかりの地だ。
赴任してくる者などいるはずがないと高をくくっていた。
だが、予想外のことが起こった。
若くして内大臣まで登りつめながら、叔父との政争に敗れた男が国司として任命されたのだ。
先人の例を出すまでもなく、明らかな流罪である。
そのような男が都にとどまることは、謀反とみなされる。
それでも代々、この世の最高実力者を出し続けた家柄である。
国親にしてみれば、邸の提供は懐柔するための意味もあっただろう。
阿岐権守自身も二、三年もすれば恩赦で、長引いたとしても任期とされる四年で都に帰れると思っていたはずだ。
わがもの顔で振舞っていた宗我部らにとっても、十年は予想外だったに違いない。
上空では飛天が舞っていた。
ユガケをつけた右腕を横に差しだし、指笛を吹く。
黄色い脚を伸ばし、飛天がイダテンのもとに降りてきた。
暗青灰色に覆われた美しい毛並み、そして輝くような黄色の眼。
自由に空を飛び、群れを作らず誇り高い。
自分も鷹に生まれたかったと幾度思ったことだろう。
翌日は、近くの森林に入って、うさぎを狩った。
人に比べて回復も早い。右腕も肩までは上がるようになった。
木漏れ日の差し込む陽だまりに立ち、小さな角笛を口に咥える。
竜笛と違い、大きく切れ込みを入れてある。
父の形見の中にあったものだ。
吹いても人の耳には聞こえない。
しばらくすると獣道から灰褐色の老いた獣が二匹現れた。
犬に似ているが、体は大きく痩身で足が長い。
狼だった。
一匹の牙はひときわ大きく喉元が白い。もう一匹は暗褐色だった。
名を呼んだことは無いが、雪牙、帳と名づけていた。
狼たちは、イダテンが仕留めたうさぎを食べ終えると満足そうに帰っていった。
近頃では自分たちで餌をとることも難しくなっているようだ。
狼は群れで狩りをする。
老いた二匹だけでは難しかろう。
住処を移す決断が遅れた理由の一つでもある。
二匹には秘めた想いがあるはずだ。
が、それを成し遂げることはできぬだろう。
それでも、想いを持てることがうらやましかった。
それが、生きるということなのだろう。
――帰り道で視線に気がついた。
長屋から出た時に見張りがついていることには昨日から気がついていた。
とはいえ、行く手を遮るそぶりもない。
見守っていると言っても差し支えないほどである。
どうやら、国司の邸に近づかねば問題はないようだ。
ならばと開き直って、祠や神社、寺などを見て回ろうと考えた。
むろん、騒ぎにならぬよう、ひとけの無いときに限られるが。
イダテンは神も仏も信じてはいない。
だが、それらを祀る建築物には魅せられていた。
それを生み出す工匠たちには尊敬の念さえ抱いていた。
都にはこの地とは比較にならぬほど素晴らしい寺社や塔があるという。
天井の上や床下に入り込んで引手、継手、積み上げ構造と言われる手法をこの目で見たい。
そして、出来ることなら自分の手で造ってみたい、とさえ思った。
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