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第三話 秋~前林菜摘と加藤明の場合~
秋②
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「長谷川先輩! は、長谷川先輩のところの焼きそば、お、おいしいです!」
「あ、う、うん。ありがとう、加藤君。菜摘ちゃんは、ど、どうかな? おいしい?」
「はい、出来立てで美味しいです」
「……」
そんなことがあって私は今、加藤と灯香先輩、そして鳴海先輩の四人で文化祭を回っている。
あの会話をしたときは、まだ先輩たちの仲が悪くなってるなんて話、聞いてなかった。
そのせいで今、とても居心地の悪い思いをしている。
喧嘩をして、お互いにツンツンしているのならまだよかったのかもしれない。
今の先輩たちは、お互いに必死でお互いを避けようとしているような、視界に入れないようにしているような、そんな避け方。
そのくせ、チラチラと相手を盗み見ている物だから、なんだかとても中途半端でめんどくさい。
灯香先輩と加藤が必死に和気あいあいとした雰囲気を作ろうとしているが、もうそれを意識している時点で和気あいあいなんてしていない。
「こ、このあとどこ回りますか、長谷川先輩!」
食べ終わった焼きそばのパックを四人分まとめてごみ箱に捨ててから、加藤が灯香先輩に問いかける。
うしろから見ててもわかるくらいの赤面具合。
というか、手足左右一緒に動いてるし。ああ、イライラする。
「へ? あ、うん。そうね、どこ回ろうか。ね、菜摘ちゃんはどこか行きたいところある?」
ギギッと音がしそうなほど硬い動きで私を振り向く灯香先輩。
私の横、そして先輩のまうしろには鳴海先輩がいる。
灯香先輩の振り向いた角度はおそらく、私が見えて鳴海先輩が見えない、そんな角度なんだろう。
それを探るために、きっとそんなおかしな動きで振り向いたんだと思う。
そんな感じでずっと会話をしているから、私も加藤も灯香先輩を気遣って鳴海先輩に一度も声をかけないし、鳴海先輩も口を開いていない。
それでも黙々とついてくるから、鳴海先輩はよくわからない。
頑張って灯香先輩に話しかける加藤と、それに対して強張った笑顔で返す灯香先輩。
すさまじく意識されながらもまるでそこに存在していないように扱われる鳴海先輩。
段々見てられなくなる。
私はガシッと隣にある腕を掴んだ。三人がビクッと私に注目するのを感じる。
「えっと……前林ちゃん、だっけ? 俺に用?」
初めて聞いた鳴海先輩の声は、戸惑っている。
当たり前だ。初対面の、しかも二つ下の学年の女子にいきなり腕を掴まれるなんて、思ってもみなかっただろうから。
申し訳ないな、とは思う。だけどあえてそれらはスルーして、私は目の前の教室を指差す。
「ここがいいです」
加藤と灯香先輩の表情が一瞬にして強張る。
無理もない。
目の前には黒を背景にして血のような色でおどろおどろしく書かれたお化け屋敷の文字。
灯香先輩がホラー苦手なのはリサーチ済みだし、加藤に関しては、暗闇で肩を叩いただけでパニックを起こして泣き叫ぶくらいの怖がりだ。……もう十年以上も前の話だから、今は流石にましになってると思うけど。
逆に私は全然大丈夫な口で、どれだけじめじめとしたホラーでも、スプラッターでも、真顔で見れる。
鳴海先輩が噂通りとても軽い人なら、それこそ何度も行っているだろうから慣れたものだろう。
お化け屋敷なんて、仲を深めるには定番中の定番だ。
「な、菜摘ちゃん? 私、こういうの苦手って……」
「大丈夫! 先輩にはとぉっても頼りになる加藤がいますから!」
加藤の肩が跳ね上がる。
あえてプレッシャーをかけるようなことを言って悪いとは思うが、ここは男の見せ所だ、頑張れ。
最初に考えていた、灯香先輩と鳴海先輩の間を取り持とうという作戦は諦めた。
今の状態の二人を近づけても、きっとうまくいきっこない。
ならば、いつも通り私は加藤の応援をする。
心の中で、うまくいかないことを願いながら。わかってる、最低なことくらい。
グイッと鳴海先輩の腕を引っ張ってその腕に絡みつく。
加藤よりも太い腕は、引き締まっていてガッチリと硬い。
一瞬それに驚いて反射的に離れかけるが、腕の力を入れて耐える。
鳴海先輩、ごめんなさい。
なんとなく見辛くて、加藤のほうを向けない。
ついでに言うと、灯香先輩にも申し訳なくて、そちらを向くこともできない。
「私は鳴海先輩と回るので! いいですよね、先輩?」
見上げると、鳴海先輩は笑う。
「うん、いいよ」
「よし、決まりですね! じゃあ、並びましょう!」
なにか言われる前に、そのまま鳴海先輩の腕を引っ張って教室の前に行く。
「すみません、四人入りたいんですけど」
ドアの前に立っている生徒に声をかける。すると、その生徒はにこりと笑う。
「ようこそ二年D組のお化け屋敷へ。二人一組での入場になりますが……もうなってるようですね」
その口元がヒクッと動いたのは、気のせいだということにしておこう。
大丈夫。私も君と同じ、いわゆる非リア充だから。
「では、一組ずつ入ってもらいます。前の一組が出てきたら、次の一組が入る、という感じでお願いします。はい、これ。カードです」
生徒から一枚ずつカードをもらう。
今年の文化祭は各教室や階段を訪れると美術部特製のイラストが描かれたラミネートカードが配られる。
花言葉がテーマになっているようで、カードには写実的に描かれた花やその花を擬人化させたようなもの、その花と戯れる動物などが描かれている。
ぺラリと表を見ると、そこには真っ白なマーガレットで恋占いをする少女の絵。
横に書かれた花言葉は、秘めた愛。思わず笑ってしまう。
「じゃあ、先は――」
「加藤、行ってきなよ」
「え」
ただでさえ強張っていた加藤の顔がさらに強張る。空いてるほうの手で加藤を引き寄せて耳元に口を寄せる。
「ずっと怖いの待ってるか、それともさくっと終わらせるか、どっちがいい?」
「それは……」
「ちなみに、私が先だった場合、わざとゆっくり回ってから出てくるからね」
「先に行きます……」
「よし、頑張れ」
軽く肩をはたく。
少しだけ、加藤の表情が柔らかくなった気がする。
それが、ちょっと嬉しい。そのまま加藤は灯香先輩と一緒に教室へと入って行った。
「あ、う、うん。ありがとう、加藤君。菜摘ちゃんは、ど、どうかな? おいしい?」
「はい、出来立てで美味しいです」
「……」
そんなことがあって私は今、加藤と灯香先輩、そして鳴海先輩の四人で文化祭を回っている。
あの会話をしたときは、まだ先輩たちの仲が悪くなってるなんて話、聞いてなかった。
そのせいで今、とても居心地の悪い思いをしている。
喧嘩をして、お互いにツンツンしているのならまだよかったのかもしれない。
今の先輩たちは、お互いに必死でお互いを避けようとしているような、視界に入れないようにしているような、そんな避け方。
そのくせ、チラチラと相手を盗み見ている物だから、なんだかとても中途半端でめんどくさい。
灯香先輩と加藤が必死に和気あいあいとした雰囲気を作ろうとしているが、もうそれを意識している時点で和気あいあいなんてしていない。
「こ、このあとどこ回りますか、長谷川先輩!」
食べ終わった焼きそばのパックを四人分まとめてごみ箱に捨ててから、加藤が灯香先輩に問いかける。
うしろから見ててもわかるくらいの赤面具合。
というか、手足左右一緒に動いてるし。ああ、イライラする。
「へ? あ、うん。そうね、どこ回ろうか。ね、菜摘ちゃんはどこか行きたいところある?」
ギギッと音がしそうなほど硬い動きで私を振り向く灯香先輩。
私の横、そして先輩のまうしろには鳴海先輩がいる。
灯香先輩の振り向いた角度はおそらく、私が見えて鳴海先輩が見えない、そんな角度なんだろう。
それを探るために、きっとそんなおかしな動きで振り向いたんだと思う。
そんな感じでずっと会話をしているから、私も加藤も灯香先輩を気遣って鳴海先輩に一度も声をかけないし、鳴海先輩も口を開いていない。
それでも黙々とついてくるから、鳴海先輩はよくわからない。
頑張って灯香先輩に話しかける加藤と、それに対して強張った笑顔で返す灯香先輩。
すさまじく意識されながらもまるでそこに存在していないように扱われる鳴海先輩。
段々見てられなくなる。
私はガシッと隣にある腕を掴んだ。三人がビクッと私に注目するのを感じる。
「えっと……前林ちゃん、だっけ? 俺に用?」
初めて聞いた鳴海先輩の声は、戸惑っている。
当たり前だ。初対面の、しかも二つ下の学年の女子にいきなり腕を掴まれるなんて、思ってもみなかっただろうから。
申し訳ないな、とは思う。だけどあえてそれらはスルーして、私は目の前の教室を指差す。
「ここがいいです」
加藤と灯香先輩の表情が一瞬にして強張る。
無理もない。
目の前には黒を背景にして血のような色でおどろおどろしく書かれたお化け屋敷の文字。
灯香先輩がホラー苦手なのはリサーチ済みだし、加藤に関しては、暗闇で肩を叩いただけでパニックを起こして泣き叫ぶくらいの怖がりだ。……もう十年以上も前の話だから、今は流石にましになってると思うけど。
逆に私は全然大丈夫な口で、どれだけじめじめとしたホラーでも、スプラッターでも、真顔で見れる。
鳴海先輩が噂通りとても軽い人なら、それこそ何度も行っているだろうから慣れたものだろう。
お化け屋敷なんて、仲を深めるには定番中の定番だ。
「な、菜摘ちゃん? 私、こういうの苦手って……」
「大丈夫! 先輩にはとぉっても頼りになる加藤がいますから!」
加藤の肩が跳ね上がる。
あえてプレッシャーをかけるようなことを言って悪いとは思うが、ここは男の見せ所だ、頑張れ。
最初に考えていた、灯香先輩と鳴海先輩の間を取り持とうという作戦は諦めた。
今の状態の二人を近づけても、きっとうまくいきっこない。
ならば、いつも通り私は加藤の応援をする。
心の中で、うまくいかないことを願いながら。わかってる、最低なことくらい。
グイッと鳴海先輩の腕を引っ張ってその腕に絡みつく。
加藤よりも太い腕は、引き締まっていてガッチリと硬い。
一瞬それに驚いて反射的に離れかけるが、腕の力を入れて耐える。
鳴海先輩、ごめんなさい。
なんとなく見辛くて、加藤のほうを向けない。
ついでに言うと、灯香先輩にも申し訳なくて、そちらを向くこともできない。
「私は鳴海先輩と回るので! いいですよね、先輩?」
見上げると、鳴海先輩は笑う。
「うん、いいよ」
「よし、決まりですね! じゃあ、並びましょう!」
なにか言われる前に、そのまま鳴海先輩の腕を引っ張って教室の前に行く。
「すみません、四人入りたいんですけど」
ドアの前に立っている生徒に声をかける。すると、その生徒はにこりと笑う。
「ようこそ二年D組のお化け屋敷へ。二人一組での入場になりますが……もうなってるようですね」
その口元がヒクッと動いたのは、気のせいだということにしておこう。
大丈夫。私も君と同じ、いわゆる非リア充だから。
「では、一組ずつ入ってもらいます。前の一組が出てきたら、次の一組が入る、という感じでお願いします。はい、これ。カードです」
生徒から一枚ずつカードをもらう。
今年の文化祭は各教室や階段を訪れると美術部特製のイラストが描かれたラミネートカードが配られる。
花言葉がテーマになっているようで、カードには写実的に描かれた花やその花を擬人化させたようなもの、その花と戯れる動物などが描かれている。
ぺラリと表を見ると、そこには真っ白なマーガレットで恋占いをする少女の絵。
横に書かれた花言葉は、秘めた愛。思わず笑ってしまう。
「じゃあ、先は――」
「加藤、行ってきなよ」
「え」
ただでさえ強張っていた加藤の顔がさらに強張る。空いてるほうの手で加藤を引き寄せて耳元に口を寄せる。
「ずっと怖いの待ってるか、それともさくっと終わらせるか、どっちがいい?」
「それは……」
「ちなみに、私が先だった場合、わざとゆっくり回ってから出てくるからね」
「先に行きます……」
「よし、頑張れ」
軽く肩をはたく。
少しだけ、加藤の表情が柔らかくなった気がする。
それが、ちょっと嬉しい。そのまま加藤は灯香先輩と一緒に教室へと入って行った。
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