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「一年前、アルズールは言ったのだ。今ここでエズメラルダを助けなければ、永遠に彼女を失う、と」
 深いため息をついた。
「どうせ、たわごとだろうと思っていた。はじめは、今回もどうせ同じだろう、わたしを従わせるために大げさに話をしているだけだと。しかし、明らかに前回とは様子が違っていた。今まですべてのことをアルズールに任せていたのに……導師カミロが出向いてきた」
 導師カミロは、エルデュリアの最高指導者で、八十をとうに超えた老人だった。
「二人きりで話がしたいと呼び出され、見せられたのは水鏡に映る、あなたと、龍王の仲睦まじい姿」
 最後の方は、声がふるえた。思いつめたように炎を見つめる。
「最初は、信じられなかった。わたしは今でも、狂おしいほどにあなたを思っているのに、あなたの心がすでに、誰かのものになっているなんて。でも、あなたが龍王を見つめるそのまなざしを見て確信した。本当に、あなたを失いそうになっていることを。なぜなら……それは、五年前には確かにわたしに向けられていたものだったから」
 手元の小枝を音を立てて折り、炎の中に投げ入れる。
「導師カミロは言った。一年前は、どうにかあなたを救うことができた。でも今回はむずかしい。あなたの気持ちが揺らいでしまった以上、ほかに打つ手はない、と。おそらく、わたしが行ってもあなたを連れ戻せる確率は半分。出発を遅らせれば確率はどんどん低くなる、と。本当に、その通りだった。到着があと少し遅れていたら、あなたは……」
 唇をかんだ。しばらく考えこむように炎を見つめていたけれど、
「龍王は、あなたがわたしを心の中で求めていた、と言った。それは……本当なのだろうか」
 ためらいがちに視線を上げた。
 忘れていたはずの愛しい思いがこみあげる。
 エズメラルダも、伏し目がちにうなずいた。
「……あの方をお慕いする気持ちのその深いところには、いつもあなた様がいました。でも、あきらめていました。もう、無理なのだと」
「どこかで思いこんでいたのだと思う。あなたが、心変わりなどするはずがない。あれほど心を寄せ合ってきたわたしから、離れることはないと」
 アルハンドロは悔しそうに顔をゆがめた。そしてふと思い出したように、
「彼のあなたに対する愛情が惚れ薬のせいだと、いつから知っていたのだ?」
「首の傷が癒え、意識を戻したその日に」
「なんと……」
「予言者はあらかじめそれを知らせることで、あたくしの心があの方へ傾くのをけん制しようとしていたのです。けれど、いくらあの者たちとて、人の心まであやつることはできませぬ。そして、あたくしも自分の気持ちを偽ることは致しませんでした。なんでも自分たちの予言通りに事が運ぶとは思うな。あたくしの人生はあたくしが決めるのだ、と。……今となっては、これもあの者たちが見た予言のうちの一つであったと思うしかないのだけれど」
 おかしかった。自分もアルハンドロと同じことを考え、行動していた。予言者に抗えると思っていた。
「やはり、あなただな」
 アルハンドロは懐かしそうに笑った。
「五年前と、少しも変わっていない」
「変わりましたわ」
 失ったものを頭の中で数えながら小さく笑う。
「生きていくことが、こんなにつらいなんて思ったことなどなかった。あの頃は、希望しかなかった」
 火がぱちん、と、音を立ててはぜた。
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