23 / 24
23
しおりを挟む
「一年前、アルズールは言ったのだ。今ここでエズメラルダを助けなければ、永遠に彼女を失う、と」
深いため息をついた。
「どうせ、たわごとだろうと思っていた。はじめは、今回もどうせ同じだろう、わたしを従わせるために大げさに話をしているだけだと。しかし、明らかに前回とは様子が違っていた。今まですべてのことをアルズールに任せていたのに……導師カミロが出向いてきた」
導師カミロは、エルデュリアの最高指導者で、八十をとうに超えた老人だった。
「二人きりで話がしたいと呼び出され、見せられたのは水鏡に映る、あなたと、龍王の仲睦まじい姿」
最後の方は、声がふるえた。思いつめたように炎を見つめる。
「最初は、信じられなかった。わたしは今でも、狂おしいほどにあなたを思っているのに、あなたの心がすでに、誰かのものになっているなんて。でも、あなたが龍王を見つめるそのまなざしを見て確信した。本当に、あなたを失いそうになっていることを。なぜなら……それは、五年前には確かにわたしに向けられていたものだったから」
手元の小枝を音を立てて折り、炎の中に投げ入れる。
「導師カミロは言った。一年前は、どうにかあなたを救うことができた。でも今回はむずかしい。あなたの気持ちが揺らいでしまった以上、ほかに打つ手はない、と。おそらく、わたしが行ってもあなたを連れ戻せる確率は半分。出発を遅らせれば確率はどんどん低くなる、と。本当に、その通りだった。到着があと少し遅れていたら、あなたは……」
唇をかんだ。しばらく考えこむように炎を見つめていたけれど、
「龍王は、あなたがわたしを心の中で求めていた、と言った。それは……本当なのだろうか」
ためらいがちに視線を上げた。
忘れていたはずの愛しい思いがこみあげる。
エズメラルダも、伏し目がちにうなずいた。
「……あの方をお慕いする気持ちのその深いところには、いつもあなた様がいました。でも、あきらめていました。もう、無理なのだと」
「どこかで思いこんでいたのだと思う。あなたが、心変わりなどするはずがない。あれほど心を寄せ合ってきたわたしから、離れることはないと」
アルハンドロは悔しそうに顔をゆがめた。そしてふと思い出したように、
「彼のあなたに対する愛情が惚れ薬のせいだと、いつから知っていたのだ?」
「首の傷が癒え、意識を戻したその日に」
「なんと……」
「予言者はあらかじめそれを知らせることで、あたくしの心があの方へ傾くのをけん制しようとしていたのです。けれど、いくらあの者たちとて、人の心まであやつることはできませぬ。そして、あたくしも自分の気持ちを偽ることは致しませんでした。なんでも自分たちの予言通りに事が運ぶとは思うな。あたくしの人生はあたくしが決めるのだ、と。……今となっては、これもあの者たちが見た予言のうちの一つであったと思うしかないのだけれど」
おかしかった。自分もアルハンドロと同じことを考え、行動していた。予言者に抗えると思っていた。
「やはり、あなただな」
アルハンドロは懐かしそうに笑った。
「五年前と、少しも変わっていない」
「変わりましたわ」
失ったものを頭の中で数えながら小さく笑う。
「生きていくことが、こんなにつらいなんて思ったことなどなかった。あの頃は、希望しかなかった」
火がぱちん、と、音を立ててはぜた。
深いため息をついた。
「どうせ、たわごとだろうと思っていた。はじめは、今回もどうせ同じだろう、わたしを従わせるために大げさに話をしているだけだと。しかし、明らかに前回とは様子が違っていた。今まですべてのことをアルズールに任せていたのに……導師カミロが出向いてきた」
導師カミロは、エルデュリアの最高指導者で、八十をとうに超えた老人だった。
「二人きりで話がしたいと呼び出され、見せられたのは水鏡に映る、あなたと、龍王の仲睦まじい姿」
最後の方は、声がふるえた。思いつめたように炎を見つめる。
「最初は、信じられなかった。わたしは今でも、狂おしいほどにあなたを思っているのに、あなたの心がすでに、誰かのものになっているなんて。でも、あなたが龍王を見つめるそのまなざしを見て確信した。本当に、あなたを失いそうになっていることを。なぜなら……それは、五年前には確かにわたしに向けられていたものだったから」
手元の小枝を音を立てて折り、炎の中に投げ入れる。
「導師カミロは言った。一年前は、どうにかあなたを救うことができた。でも今回はむずかしい。あなたの気持ちが揺らいでしまった以上、ほかに打つ手はない、と。おそらく、わたしが行ってもあなたを連れ戻せる確率は半分。出発を遅らせれば確率はどんどん低くなる、と。本当に、その通りだった。到着があと少し遅れていたら、あなたは……」
唇をかんだ。しばらく考えこむように炎を見つめていたけれど、
「龍王は、あなたがわたしを心の中で求めていた、と言った。それは……本当なのだろうか」
ためらいがちに視線を上げた。
忘れていたはずの愛しい思いがこみあげる。
エズメラルダも、伏し目がちにうなずいた。
「……あの方をお慕いする気持ちのその深いところには、いつもあなた様がいました。でも、あきらめていました。もう、無理なのだと」
「どこかで思いこんでいたのだと思う。あなたが、心変わりなどするはずがない。あれほど心を寄せ合ってきたわたしから、離れることはないと」
アルハンドロは悔しそうに顔をゆがめた。そしてふと思い出したように、
「彼のあなたに対する愛情が惚れ薬のせいだと、いつから知っていたのだ?」
「首の傷が癒え、意識を戻したその日に」
「なんと……」
「予言者はあらかじめそれを知らせることで、あたくしの心があの方へ傾くのをけん制しようとしていたのです。けれど、いくらあの者たちとて、人の心まであやつることはできませぬ。そして、あたくしも自分の気持ちを偽ることは致しませんでした。なんでも自分たちの予言通りに事が運ぶとは思うな。あたくしの人生はあたくしが決めるのだ、と。……今となっては、これもあの者たちが見た予言のうちの一つであったと思うしかないのだけれど」
おかしかった。自分もアルハンドロと同じことを考え、行動していた。予言者に抗えると思っていた。
「やはり、あなただな」
アルハンドロは懐かしそうに笑った。
「五年前と、少しも変わっていない」
「変わりましたわ」
失ったものを頭の中で数えながら小さく笑う。
「生きていくことが、こんなにつらいなんて思ったことなどなかった。あの頃は、希望しかなかった」
火がぱちん、と、音を立ててはぜた。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
【完結】帰れると聞いたのに……
ウミ
恋愛
聖女の役割が終わり、いざ帰ろうとしていた主人公がまさかの聖獣にパクリと食べられて帰り損ねたお話し。
※登場人物※
・ゆかり:黒目黒髪の和風美人
・ラグ:聖獣。ヒト化すると銀髪金眼の細マッチョ
新しい人生を貴方と
緑谷めい
恋愛
私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。
突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。
2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。
* 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!
【R18】幼馴染な陛下は、わたくしのおっぱいお好きですか?💕
月極まろん
恋愛
幼なじみの陛下に告白したら、両思いだと分かったので、甘々な毎日になりました。
でも陛下、本当にわたくしに御不満はございませんか?
最悪なお見合いと、執念の再会
当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。
しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。
それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。
相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。
最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる