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「何を言う。わたしは……エズメラルダを……」
「この方は、すでにご自身の運命をご存じだ」
「なんだと……?」
 アルハンドロの表情があからさまにこわばった。
「あなたが言ったのか? それとも、予言者が……」
「何年、あたくしを求める者たちの間をさまよったと思われますか?」
 エズメラルダは血の気の失せた顔でアルハンドロを見た。
「あの者たちがそのような話を、あたくしの前でしないとでもお思いになりましたか」

 魔物の巣から逃げた後、行く先々で、力を持つ者たちは、「エズメラルダという女は最強の王子を生んだらそのまま死ぬそうな」と笑った。「そのほうがかえって都合がいい。よそ者を王妃として迎えたいものは誰一人としておらぬからな」「我らが欲しいのは最強の王子と聖地エルデュリア。あの女は、用が済めば売春宿にでも売り飛ばせ」酒の席でそう話すのを吐き気をこらえながら聞いた。

「あの者たちが欲しいのはあたくしの心ではない。将来産み落とすであろう最強の王子と聖地エルデュリア。あの者たちがあたくしの心を奪わぬ限り、最強の王子は生まれぬ。生まれなければ、永遠に彼らの慰みものになる。それを恐れ、ただひたすら逃げ続けるだけの日々」

 なんとつまらない人生なのだ。

 自分で自分をわらった。

 どうせつまらないのなら、自分のできる範囲で幸せを求めるしかないではないか。それがたとえ、本物ではないと
しても。

「この方は、そんな運命からあたくしを救ってくださろうとしている」
「あなたを殺そうとしているのだぞ!」
「殺すというなら」
 エズメラルダはぞっとするような声を出した。

「あたくしの心はすでに一年前、とっくに死にました」

 今までなぜ、来てくれなかった。なぜ、救ってくれなかった。

 終わってしまったことを責めても、仕方がないのだけれど。

「一年前……」
 アルハンドロはうわごとのようにつぶやいた。
「最初に出会ったとき、この方は自らの命を絶とうとしていたのです」
 龍王は優しくエズメラルダの首の傷に触れた。その傷の大きさを見て、アルハンドロもそれが真実だと気づいたようだった。剣をにぎった手を下ろした。
「そんなあたくしを、この方が救ってくださったのです」
「なぜ、こんなことに……」
 青ざめたまま、放心したようにつぶやく。
「この、エメラルドグリーンの瞳をうらみます」
 エズメラルダはつぶやいた。
「最強の王子などほしくない。エルデュリアなどどうでもいい。ただふつうに生きたかった。それで……それだけで、よかったのに」
 涙がこぼれた。
 それをあわてて指でぬぐう。

 なんということだ。決してこの方の前で泣いたりしないとちかったのに。

「お決めください」
 涙を飲みこんだ。アルハンドロに正面から向き合った。
「このままあたくしを一突きにするか、ここから立ち去るか」
「しかし……」
「あなた様を心の底から愛しておりました」
 エズメラルダの覚悟を感じ取り、アルハンドロは絶句した。
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