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 あたくしは、一体何をしているのだ。

 昔の美しい思い出に浸って何になる。

 足音が近づいてきた。はっとして顔を上げる。鍵を開ける音。
 そこにいるのは龍王だった。この部屋から出ようとなりふり構わずにいるエズメラルダを見て、小さく笑った。
「とんだ姫君様だ」
「……どう、なさったのですか?」
 頬にはすり傷、服も汚れ、あちこちが破れている。思わず駆け寄って、その体を抱きしめた。
「今日の戦いは一段と激しくてね」
 疲れたように笑った。
「どの国から雇われたのです? なぜ、あたくしを連れて行ってくださらない? 少しの助けにはなりましょうものを」
「それは無理です」
 龍王はエズメラルダを見つめた後、その額に唇を当てた。
「今日は、戦いの助太刀ではない。国を守る戦いなのです」
「そんな……」
 全身から血の気を引いていった。
「では、あたくしをここに閉じ込めたのは、あたくしを守るためだったのですのね?」
龍王は返事をしなかった。
「そして国を襲われたのも……」
「あなたは何も、心配などすることはないのです」
 エズメラルダは体を離し、きっ、と、龍王を見上げた。
「なぜです?」
「愛しい人」
 さみしそうに笑った。そしていつもよりも優しく、強く、エズメラルダを抱いた。
「あなたをここから逃がすために、一足先にここに来ました」
「それは……」
 さみしそうに笑った。そしていつもよりも優しく、強く、エズメラルダを抱いた。
「別れのときが来たのです」
 どきん、と、心臓が大きな音を立てた。血の気が引いていく。さきほど脳裏をかすめた一抹の不安。
「予言者……ですね」
 エズメラルダの言葉に、龍王は静かにうなずいた。
「地下室に、ウデュという名の龍を用意しています。食料も着替えも、すべて整っている」
 青ざめた顔。苦しい表情でエズメラルダを見つめる。
 わかっていたことだ。
 こうして、この方もあの者どもに言われるままあたくしを引き渡すのか。
 せめて、あと少しこの時間を引き延ばすことができたら。
 龍王の胸に頬を押し付けた。
「……抱いてください」
 気がついたら、そんなことを口走っていた。龍王は優しくエズメラルダの髪をなでていたが、
「本気にしてしまいますよ」
 と、真面目ともつかぬ顔で言った。エズメラルダはただ、うなずいた。
 龍王はその涼しげな眼を、わずかに細めた。
「あたくしは、いつでも本気ですわ」
 見つめあった。
「後悔は……しないのだな」
「決して」
「……あなたを、愛している」
 唇を奪われた。体の中心に電流が流れたような感覚。一年も一緒に暮らした。毎日顔を合わせ、肩を寄せ合った。ささやきあった。けれど、初めての口づけ。
 優しく何度か触れたあと、絡みつくように動く。時に速く、時におそく。体の芯からとけていくような快感にふるえた。舌がしのびこんでくる。動きを合わせた。
 ベッドに倒れ込む。粗末なベッドは激しい音を立てた。耳元に感じる息づかい。心臓が高鳴る。唇が首筋の傷に触れたとき、思わず目を閉じた。全身に小さな痺れが走る。
 声を漏らしそうになるのを必死にこらえながら、
「あなた様を、お慕いしております」
 自然と言葉がもれた。龍王は動きを止めた。切ないまなざしで見つめる。その視線に触れ、体中が熱くなる。
胸にじわりと熱いものがこみ上げた。その冷たい指が胸のふくらみに触れる。
「あ……」
 体をよじらせた。首筋の唇がデコルテへと這った。
 そのときだった。
 龍王の体がわずかにふるえた。そしてそのまま、動きを止めた。
「そこまでにしていただこう」
 その声に、エズメラルダの体が凍り付いた。
 まさか。
 おそるおそる目を開く。そこにいたのは。
 一瞬にして体が凍り付く。
「アル……ハンドロ様……」
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