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 エズメラルダは、幼少のころからアルハンドロを知っていた。とび色の髪と青い目を持つその美しい王子は、王位継承者であるにもかかわらず、父からも母からも愛を受けずに育ったせいか、いつもどこかに暗い影を宿していた。ほかの貴族の子弟との遊びには加わらず、いつも本を読むか、一人、剣術や馬術、武術の練習を黙々とこなしていた。

 八人兄弟の長女であるエズメラルダは、二歳年下のアルハンドロを放っておくことができなかった。いつも七人の妹や弟の世話を焼き、面倒を見ていた彼女を、いつも遠くからうらやましそうに見ていることを知っていた。

 強引に仲間に引き込もうとすれば、かえって彼を傷つけてしまうことも気づいていた。一人になる時間を作っては、兄弟や友達の目を盗んでひそかに声をかけた。それは、「剣術を教えてくださいな」ということもあったし、「この間、新しい本を読みましたの」ということもあった。自分が飼いならした自分の三倍ほどもある鳥獣を見せたりもした。アルハンドロはうれしそうな様子も見せなかったけれど、拒みもしなかった。そうして年月を重ねるうちに、エズメラルダは本で知識を深め、馬を上手に扱うことを知り、武術と剣術の達人にもなった。
そして、アルハンドロのことを特別に思うようになった。

 あれは、十五歳の時に行った、お城の舞踏会の日だった。

 舞踏会の喧騒に疲れて庭へ出た。みんなの体臭と、それを隠す大量の香水の香り。今にもふくらみがこぼれてしまいそうなほど胸の大きくあいたドレスに、細く締めたウエスト。長くて重いドレスにかかとの高い靴。エズメラルダにとってはすべてが窮屈だった。

 大きな満月が空にかかり、手入れのされた庭を美しく照らしていた。
 高く結い上げていた髪をほどき、靴を脱いだ。庭に置かれた長椅子のひとつに足を投げ出して座った。こんなところを見られたら、父からも母からもひどく叱られるとわかっていたけれど、我慢ができなかった。
 ふと、東屋に人影を見つけた。
 アルハンドロだった。
 ひとりでいることを好むと知っていたから、あえて声をかけなかった。靴を持って、はだしでこっそりと東屋の陰に隠れた。ただ、彼がぼんやりと見上げている月を、東屋の壁のこちら側から見上げた。ふたりだけの時間だった。おそらく、彼は自分がここにいることさえ気づいていない。それでも、ふたりだけで同じ空間にいる。それだけでなにか秘密めいていてわくわくした。
 ふいに、彼は言った。
「エズメラルダ。そこにいるのは、あなただろう?」
「あっ……。ええ……」
 まさか気づかれていたとは。
「でておいで……もし、いやでなければ」
 おずおずと姿を現したエズメラルダに、アルハンドロは、一瞬、驚いたような表情を見せた。それで、自分が髪を下ろしてはだしのまま突っ立っていることを思い出した。
「ごめんなさい」
 あわてて靴をはこうとすると、
「そのままで」
 アルハンドロは、ほほ笑んだ。こんな風に笑うのを見るのは初めてだった。
「今日は、一段と美しい」
「でもあたくしは、こんな……」
 胸が高まり、頬が熱くなる。
「もう少し、近くへ」
 どきどきしながらアルハンドロの隣に立った。アルハンドロは何かを考えるようにしばらくエズメラルダの横顔を見つめていたが、その指をエズメラルダの頬に当てた。
「あなたが好きだ」
 そのまま抱きしめられた。胸の高まりがそのまま伝わってしまうのではないかと思った。
「どんな時も、わたしのそばにいて。決して離れないと約束して。あなただけが、わたしの光だ」
 そして、唇を重ねた。
 あれは、夢だったのだろうか。それとも、あたくしのほかに、心を寄せる方を見つけてしまわれたのか。
 あの時感じた心地よいしびれを、ときめきを、いまだに心は、体は、覚えている。
 アルハンドロの妃になるなど、下級貴族の娘である自分には夢のまた夢。あの日のことも一夜の美しい夢だと自分に言い聞かせていたのに、瞳の色が変わり、夢が現実へと変わった。そのはずだったのに。
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