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 実質、アルハンドロ王子がアマーナを見限った、という噂が各地に知れ渡った。その日から、エズメラルダを、強いては聖地エルデュリアを我が国のものにせんと、毎日のように沼地に騎士や勇者のすがたを見ることになった。けれども、その誰もがアルハンドロではなかった。断末魔の声や叫び声が聞こえるがすぐに聞こえなくなる。そのすぐ後には馬の死骸や打ち捨てられた甲冑などを見た。

 どれほど待ってもアルハンドロが来る気配はなかった。

 閉じ込められてから約一年後、エズメラルダはとうとうそこから逃げ出した。勇者たちが残した武器もあったし、魔物の動きも熟知していたので、それほど大変ではなかった。むしろ、恐ろしいのは人間の方だった。エズメラルダが逃げたという噂が広まるや否や、行く先々で追いかけられ、捕まった。そして逃げてはまた、捕まる。罪も犯していないのに、犯罪者の気分だった。そして、三年が過ぎた。

 湖の王国で捕らえられ、妾にしてやると言われたので断ると、毒を盛られた。逃げる途中で刺客に襲われた。相当のケガを負わせたため刺客は逃げ出したが、今回ばかりはエズメラルダも無傷というわけにはいかなかった。

 森の王国に逃げ込み、岩陰に身をひそめ、うとうとしかかったとき、
「ここにいたぞ!」
 勇者の手下に捕らえられたのだった。
「まさかこんなところでこんなお宝を見つけるとは、俺の運も捨てたもんじゃないな」
 勇者はエズメラルダを見るなり下卑た笑いを浮かべた。
 王に盛られた毒に当たり、ただでさえ動きが鈍っているところに、刺客と戦った後だった。勇者の馬に乗せられ屋敷に向かう途中で、今度は鎧を身に着けた森の王国の使者と遭遇した。

「そこに控える姫を献上せよ!」

 王の使者は言った。その後は見慣れた風景だった。話し合いの後、勇者はエズメラルダを引き渡し、代わりに褒美を受け取ることで合意した。

 その日は森の王国の外れにある小屋に入れられた。一応調度品はあるが、他国の下級貴族の娘を泊めるにふさわしい程度のしつらえだった。使用人の一人もあてがわれなかった。風呂に入り、自らけがの手当てをし、用意された服を身に着けた。部屋に運ばれた食事を一人ですませ、あとは窓から外を見ていた。
 これくらいのところなら、窓を蹴破り、門を守る兵をなぎ倒してでも逃げることは可能だった。
 けれど、もうそんな気も起らなかった。

 逃げた先に何がある? なにもない。どれだけ逃げても、アルハンドロが迎えに来ることはないのだから。

 むなしかった。
 空を見あげた。空自体はアマーナにいたときに見上げたものと変わりはない。なのに、今の自分ときたら。

 あの勇者の、ごちそうを前にしたような表情を思い出し、吐き気を覚えた。

 そこに控える姫を献上せよ、だと?

 人のことをなんだと思っているのだ。
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