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しおりを挟む彼女と関わろうと思ったキッカケが起きたのは梅雨の頃。
傘を差して学園に向かえば、服装検査を行なっている最中だった。
(……げぇ。今日だったけ?)
まぁ、いいか。どうせ呼び止める奴はいないだろう。というか例え呼び止められても、教師だろうが先輩だろうが立てなくてもいい親父の顔を立てるため、俺の顔を確認さえすれば少しの小言だけで解放される筈だ。
そう思ってそのまま通り過ぎようとしたのに、突然腕を掴まれた。
「服装検査まだ受けていないですよね?」
掴まれた腕はすぐに離される。一瞬だけふわりと風に乗って花のような甘い匂いが鼻腔を擽る。本能的にもっと嗅ぎたいと思ったが、残念なことに雨がそれをすぐに霧散させたようだ。
しかしながら生真面目な声の正体を確認した時、俺は思わず眉を顰めた。
(最悪……)
声の主がよりにもよって『伊藤すみれ』だったことに内心舌打ちした。
他にも何人も服装検査をしている奴らが居たのに彼女に当たるとは思ってもいなかった。
(というか、彼女は風紀委員ではないはずだろ!)
チラリと周りを見渡せば、何人かの生徒がこちらを睨んでいたことで、恐らく彼女が俺の腕を掴んだのを見ていたのだろうなということを悟る。
めんどくせぇ、と溜息を吐き出したくなる気持ちを堪え、あえてニヤニヤと挑発するような笑みを作ってやる。
(こんなったら相手を苛立たせて、なるべく早く切り上げるか)
伊藤すみれに関わる気持ちはこれっぽっちもない。だからこそ彼女にとって嫌な奴になることで、彼女を怒らせ、今後も避けてもらうことでこれ以上馴れ合いになりそうなことを避けようとした。
わざと軽薄的に笑えば、久しぶりに意図して使った顔の筋肉が引き攣ったように感じる。
昔、母親に無理矢理させられていた子役時代の演技がさびれていたのだなとぼんやりと思ったが、ありがたい事に彼女は気付かなかったようで内心ほっとする。
「えー。だって俺必要ねぇもん」
「それはこちらで決めることでしょ」
「んー、じゃあセンセー達に俺が違反しているって伝えるの? 多分伝えても無理だと思うよ」
教師達がいる方向を指差してやれば、やはりというべきか奴らはあからさまにこちらから目を逸らしている。
ちなみに風紀委員会の奴らはさっきまで俺を睨んでいたくせに、彼女が振り向いた途端になりを顰め、心配げな眼差しで彼女を見ている。あまりの変わり身の早さに、もはや彼らこそ役者に向いているのではないかと思う。
(まぁ、将来的に表舞台に立つ奴らばっかりだからなぁ)
俺らは企業の為、お家の為に、自分がどう見られているか常日頃、意識して生活している。
本音と建前を使い分けるなんてお手の物。むしろそんなもの息をするより容易いものだ。だからこそ瞬時に猫を被れるし、思ってもいないことを言うのも日常だ。それはどれだけ嫌悪している相手だろうと自分や家に利があれば、そんなことおくびにも出さないように幼い頃から躾けられているからだ。
しかしながらそんなことを知らないお綺麗な彼女は教師達の対応だけが信じられないようで、どこか呆然としていた。
「うそでしょ」
「だってセンセー達だって人間だよ? 誰だって面倒事に関わりたくないし、職場で上の人間の機嫌を損ねたくない。俺の親が理事長なんて仕事しているから余計に波風立てたくないんだろうねぇ」
「……それでも規則は規則でしょ」
伏し目がちに悔しそうに唇を噛み締めるさまはひどく艶めいてみえる。赤く充血していく唇は紅を引いたように婀娜っぽい。無意識にそこまで考えてはっとした。
(俺は無意識に何を思った?)
闇が深い者程、光を求める――それは自分にだって多少なりと当てはまるのではないかと気付き、ぶるりと身体を震わせる。
脳裏に過ったのは彼女を盲目的に見ている奴ら。
俺はそんな薄気味悪い奴らと違う。絶対にそうならない。
(この女は危険だ)
たった数分。特別な会話をした訳でもないのに彼女に引き摺り込まれそうになっている。
彼女は自分の魅了に気付いていない。だからこそこんなにもタチが悪いのだ。
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