王子としらゆき

秋月朔夕

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第一話 三年ぶりの再会

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「しらゆき」


  三年ぶりにそう呼ばれ、思わず立ち止まった瞬間、腕をグイッと引っ張られる。痛くはないけれど、わたしが振り払えないくらいの力で震える左腕を捕まれた。



  ――しらゆきと呼ぶのは彼だけだ。
   白石雪乃だからしらゆき。

  出会った時からそう呼ばれ続けた。
  しかし、たとえふざけてだとしても他の人が真似してわたしをしらゆきと呼ぶと、手のつけられなくなるくらい怒るため、彼にしか呼ばれることがなかった。




 (三年間逃げ続けたのになんで今さら?)

  顔を見るのが怖くて俯くわたしを「しらゆきお願いだから、顔を見せて」と甘いテノール声がわたしを蝕む。
  俯いたまま首を横に振ると、気分を害したのか強制的に顎を掴み固定された。
  おそるおそる彼の顔を見ると日本人離れした端正な顔が視界いっぱいに映る。


 (あいかわらず童話の中から飛び出た王子様みたい……)

   一瞬だけ、ぼんやりとそう思ったけれど、彼の瞳を見ればギラギラと危ない光を帯びているのが本能的に分かり、逃げようと足に力を入れたが、彼に抱き抱えられる方が早かった。


 「『また』逃げるの……?」
  クスクス笑いながらも目だけは笑っていない。逃がさないけどね、と言いながら突然責めるように口づけた。
  『また』の部分を強調する彼は、三年前逃げ出したわたしを、責めている。
   いくら人通りが少ない道路でも、誰が通るかも分からない。それなのに彼は呼吸すら奪うように深くする。

 (もしも、見られたら……?)
  今わたしは最近出来た彼氏のアパートの近くだ。むりやりされたって言っても信じてくれなかったら……?
  やっと得た幸せを失いたくない!!
 それに彼は財閥の社長で記者なんかに見られたら格好のネタになる。
  必死に胸を叩いて抵抗しても、離れるどころかさらに深くなる。息も出来なくて頭が真っ白になるくらい苦しくなり、足がガクリと音をあげる。


  彼の腕が地面に倒れそうになったわたしの腰を左腕で支えながら、「見られたらよかったのにね」と呟きながら頬を撫でた。
   酸素の足りない頭じゃ一瞬言葉通りの意味が分からなくて、彼を見つめたら、酷薄に歪む彼と目が合う。

 「私のプライベートを暴こうと熱心にカメラを手に追いかけてくる彼らか、君の『彼氏』に見られたら堂々と婚約宣言でもできたのになぁ」


  彼氏の家ここからちかいんだろ?と呟く彼にゾッとした。
  ――調べられているんだ……


「残念だけど、もう二度と彼には会えないよ」
  端正な顔立ちをしている分、暗く笑う顔が凄味を増して恐ろしくて、彼の腕の中で思い切りもがく。この腕の中にいたら危険だ。


 「離してっ」

 「やっと声が聞けた。でもね、その願いは聞けないかな。もう二度と離さないよ……自由になんかしたら、君はいつだって私の元から飛び立つんだから。逃がすくらいなら無理やりにでも手に入れることにしたんだ……」


 (――狂ってる)

  呆然とする隙を縫われ、身体を持ち上げられて、車の後座席に放り込まれてしまった。
  ガチャと鍵を掛けられた鈍い音を聞いて、正気に戻り逃げ出そうとしたけれど、もう遅い。「マンションまで」と運転手に告げながら、彼は腕に閉じ込める。暴れるどころか動くことも出来ない。それでも言葉で説得しようとしたら深いキスで黙らされてしまう。


 (優しかった彼はもういないの?)
  こうなる前は誰よりも優しく包み込んでくれた。本当に大切な存在だった。二十年間兄のように思っていた彼はもういない。

  ――もう一度戻れたら幸せなのにな……
そう思うと、寂しくなって涙が出てしまった。泣きたくなんかないのに……


 静かに涙を流す彼女に、彼は自分に触られるのがそんなに嫌かと思い、指で乱暴に涙を拭いながら、不機嫌になっていく。



 「泣くほど嫌?」
   嫌がっても離すことなんかできないけれど。泣いてる彼女は答えない。


  三年の間、彼女が私の元にいないのは自業自得だと身が引き裂く思いで耐えた。だけど、彼女に『特別な人』が出来たと聞いたらダメだった。彼女が幸せならば、我慢できると思った自分は馬鹿だ。
  そのことを聞いた時、嫉妬で目の前が真っ赤になって抹殺計画を練ってしまったくらいだ……


 ――だけど、そんなことしたら万にひとつでも振り向いてもらえなくなる。

   私を止めたのは道徳とか、倫理ではなくて彼女の存在だ。それが、自分でも怖くなる。

 (彼女が自分を拒否すれば壊してでも、自分だけを受け入れるようにしてやる)

  なんで離れられると思っていたんだろうな……
 三年も離れていた今までが異常だっただけだ。
  もう離すことはない。


――それでも無理やり奪いつくそうとしているくせに、振り向いて欲しいと願う自分はなんて愚かなんだろう……
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