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2章

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「加えて、お前をノエル家の一員として迎え入れること。その条件を呑め、と私に迫りもした」
「わたしがノエル家の一員として今日まで生きてきたーーということはお父様はその条件を呑んだんですね。お父様はその条件で見返りは何を要求されたのですか?」
「……人前では私を愛するフリを続けること。ただそれだけだ」

 ささやかともいえるその願いを取引の材料として持ちかけたのは、自身の矜持を保ちたかったのか。それとも人前でくらい甘い幻想を抱きたかったのかわたしには分からない。
 けれど実際に母の演技は完璧だった。今この時までは、母は父を愛していたと信じていたし、仲の良い夫婦であると思っていた。

「私は今もエリザベートを愛しているよ」
「愛……」
「そう。愛だ。愛こそが私の生きる原動力だ。エリザベートも私の愛を知っているからこそ、人前では私を愛してくれていた。だからこそ、分からなくなってしまった」
「何をですか?」
「私と二人きりになったエリザベートの態度はひどく冷たいものだよ。だが、私がお前に優しくさえすれば、その夜は甘えさせてくれる」

 うっとりと頬を赤らめる。興奮にのぼせ上がったその顔は熱を帯びている。

「お母様が優しくしてくれるから、お父様もわたしに優しくしていたという訳ですか」
「ああ、そうだ。内心どれ程お前を憎んでいようと態度にさえ出さねば済む話だからね。エリザベートと約束している以上、私からはお前を害せない」
「だから、わたしを害せる存在を探されたのですね」


 母のことを語る時とは対照的に、わたしの話になると父の目は冷ややかなものに変わった。


「エリザベートは愛する男の忘れ形見であるお前を確かに愛している。だからこそ、私はお前が憎らしい」

 父に憎いと言われると、胸が痛くなる。
 だけど、それは父を好きだったからだ。
 その感情が大きかったがゆえの反動。それはきっと父も同じだ。母を愛しているからこそ、わたしが憎い。



「それなら、どうして今更わたしに真実を話されたのですか?」

 ーーそう。今更だ。母と密約があるのであれば、最後まで貫き通せばわたしだって嘘を誠として捉えられただろう。


「長い間、私は長い時を掛けて周囲を欺いてきた」
「ええ」
「私はお前を不幸にしたかった」
「……そのようですね」


 改めて言われるとじくじくたる思いが嵐のように胸中を駆け巡る。
 それでも泣かなかったのは目の前の男に屈したくなかったから。
 わたしを不幸にしたい男の前で泣けば、きっと男が喜ぶ。
 そんなことは絶対に嫌だ。もはや意地に近い感情で悠然と微笑む。


「結婚してお前が不幸になるのを心待ちにしていたのに……どういう訳か、幸福な家庭とやらを築こうとしていた。腹立たしいことこの上ない。エリザベートに似ていたから我慢もしてやったが、もうお前の顔を見るのも不快だ。計画が失敗したのだから、最後くらいは思いを吐き出す権利は残っているだろう?」
「……わたしが誰かにこの話を相談するとは考えなかったのですか?」
「話したところで、長年私が積み重ねた行動をみな信じるだろうよ」
「お母様、さえも?」
「…………いいや」


 続けた父の言葉はひどく弱々しいものだった。

「エリザベートはお前の結婚を見届けた後。自分の実家に戻ったよ」

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