62 / 117
2章
62
しおりを挟む「久しぶりね、リーシャ」
「……お姉様。お久しぶりです」
ゆっくりとこちらにやってきたのは姉であるフレデリカであった。
三つ年上の彼女は幼少より身体が弱く、あまり社交界に出ていない。しかし線の細い風貌は花のように美しく、パーティーに参加すれば男性達に囲まれることは珍しくなかった。
だが男性達にとっては残念なことに、フレデリカは自身の身体が弱いことを気にしており、結婚に乗り気ではない。
その上、医者からもフレデリカが子を産むのは難しいと診断されたものだから、両親は彼女の望みを優先した。
そんな彼女も一度だけ恋をしたのだと頬を染めたことがあったのはちょうど去年の今くらいの頃ではなかったか。
「貴女の顔が見れて嬉しいわ」
ふわりと微笑む。白くて細やかな指が柔らかく頬を撫ぜて、すっと離れていく。ただそれだけの動作ですら優雅で、淑女のお手本のようだと思った。
「わたしもお姉様にお会い出来て嬉しいです。今日はお身体の調子はどうですか?」
「最近はすこぶる調子が良いの。今も庭園へと散歩しようと思って出てきたところよ。良かったら貴女もどうかしら?」
久しぶりに話がしたいわと言われて、どうして断られようか。
来た道を戻りながら、二人で談笑する。
最初は天気のこと。そして最近読んだ本ので内容に、まだ学園に通っている弟の様子。当たり障りのない話をしているうちに庭園へと着く。
ここで座りましょうかと彼女が示した場所は大きな木の裏にあるベンチであった。
「ねぇ、リーシャ。先程浮かない顔をしていたけれど、何かあったのかしら?」
パチリと瞠目してからこちらに向き直る姉に、わたしは勘付かれてしまった気まずさから唇を噛む。
「なにもありませんよ」
「そうかしら。貴女気まずくなるとよく唇を噛む癖。直っていないように思えるけれど?」
確信を持った言い方に思わず不貞腐れたくなる。
しかし、事実。ユリウスとの仲は表面上なにも問題ない。
ただわたしが一方的に悩んでいるだけ。
「……お姉様は前に恋をされたと仰っていましたね」
「そうね」
「今もそのお相手をお慕いされているんですか?」
わたしの質問に姉は驚いたようにしてウェーブ掛かった髪を揺らす。
しかしその動揺は一瞬だった。
「ええ。わたしの想いは変わらないわ」
たおやかな声で肯定する。彼女が想いを寄せる男性の名前をなんとなくわたしは聞けていない。
「どうしてその男性を好きになられたのですか?」
「以前パーティーに出た時。お酒に呑まれ過ぎた男性に絡まれたの。その時わたしを助けて下さったのよ」
節目がちに語る彼女の瞳はどこか熱が籠っているように見えた。
「そうだったんですね」
「誰にも打ち明けたことのない秘密の話よ。絶対に誰にも言わないで頂戴ね」
「ええ。もちろんです」
口に人差し指を当てて、念押しする彼女に頷く。
そうすると彼女は安心したみたいに胸を撫で下ろした。
「じゃあ、リーシャ。次は貴女の番よ」
「……え」
「先程何か口篭ったでしょう。わたしが打ち明けたのだから、貴女だって言って頂戴。じゃなきゃ、なんだか寂しいじゃない」
じっとわたしが口を開かないか見つめるフレデリカの姿に、わたしは降参したように口を開く。普段であれば深窓の令嬢を体現化したような彼女であるが、意外にも意固地であることをわたしは知っているからだ。
(口実を作ってしまったわ)
内心ガックリと項垂れる。けれど、姉である彼女の口が硬いことは知っている。ならば、今くらいは悩みを吐露しても許されるのではないだろうか。
「……結婚した夫を愛しています」
「まぁ……!」
「お互いに想い合っているのだと思います。ただ……」
「ただ?」
促すようにして相槌が打たれる。
話すか話さないか。悩みながらも言葉を選ぶ。
12
お気に入りに追加
426
あなたにおすすめの小説
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
【R18】白と黒の執着 ~モブの予定が3人で!?~
茅野ガク
恋愛
コメディ向きの性格なのにシリアス&ダークな18禁乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまった私。
死亡エンドを回避するためにアレコレしてたら何故か王子2人から溺愛されるはめに──?!
☆表紙は来栖マコさん(Twitter→ @mako_Kurusu )に描いていただきました!
ムーンライトノベルズにも投稿しています
【完結】ヤンデレ設定の義弟を手塩にかけたら、シスコン大魔法士に育ちました!?
三月よる
恋愛
14歳の誕生日、ピフラは自分が乙女ゲーム「LOVE/HEART(ラブハート)」通称「ラブハ」の悪役である事に気がついた。シナリオ通りなら、ピフラは義弟ガルムの心を病ませ、ヤンデレ化した彼に殺されてしまう運命。生き残りのため、ピフラはガルムのヤンデレ化を防止すべく、彼を手塩にかけて育てる事を決意する。その後、メイドに命を狙われる事件がありながらも、良好な関係を築いてきた2人。
そして10年後。シスコンに育ったガルムに、ピフラは婚活を邪魔されていた。姉離れのためにガルムを結婚させようと、ピフラは相手のヒロインを探すことに。そんなある日、ピフラは謎の美丈夫ウォラクに出会った。彼はガルムと同じ赤い瞳をしていた。そこで「赤目」と「悪魔と黒魔法士」の秘密の相関関係を聞かされる。その秘密が過去のメイド事件と重なり、ピフラはガルムに疑心を抱き始めた。一方、ピフラを監視していたガルムは自分以外の赤目と接触したピフラを監禁して──?
【R18】悪役令嬢(俺)は嫌われたいっ! 〜攻略対象に目をつけられないように頑張ったら皇子に執着された件について〜
べらる@R18アカ
恋愛
「あ、やべ。ここ乙女ゲームの世界だわ」
ただの陰キャ大学生だった俺は、乙女ゲームの世界に──それも女性であるシスベルティア侯爵令嬢に転生していた。
シスベルティアといえば、傲慢と知られる典型的な“悪役”キャラ。だが、俺にとっては彼女こそ『推し』であった。
性格さえ除けば、学園一と言われるほど美しい美貌を持っている。きっと微笑み一つで男を堕とすことができるだろう。
「男に目をつけられるなんてありえねぇ……!」
これは、男に嫌われようとする『俺』の物語……のはずだったが、あの手この手で男に目をつけられないようにあがいたものの、攻略対象の皇子に目をつけられて美味しくいただかれる話。
※R18です。
※さらっとさくっとを目指して。
※恋愛成分は薄いです。
※エロコメディとしてお楽しみください。
※体は女ですが心は男のTS主人公です
マフィアな彼から逃げた結果
下菊みこと
恋愛
マフィアな彼から逃げたら、ヤンデレ化して追いかけて来たってお話。
彼にとってはハッピーエンド。
えっちは後半がっつりと。
主人公が自業自得だけど可哀想。
ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。
【R18】助けてもらった虎獣人にマーキングされちゃう話
象の居る
恋愛
異世界転移したとたん、魔獣に狙われたユキを助けてくれたムキムキ虎獣人のアラン。襲われた恐怖でアランに縋り、家においてもらったあともズルズル関係している。このまま一緒にいたいけどアランはどう思ってる? セフレなのか悩みつつも関係が壊れるのが怖くて聞けない。飽きられたときのために一人暮らしの住宅事情を調べてたらアランの様子がおかしくなって……。
ベッドの上ではちょっと意地悪なのに肝心なとこはヘタレな虎獣人と、普段はハッキリ言うのに怖がりな人間がお互いの気持ちを確かめ合って結ばれる話です。
ムーンライトノベルズさんにも掲載しています。
【R18】偽りの檻の中で
Nuit Blanche
恋愛
儀式のために聖女として異世界に召喚されて早数週間、役目を終えた宝田鞠花は肩身の狭い日々を送っていた。
ようやく帰り方を見付けた時、召喚主のレイが現れて……
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる