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2章

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 なんでもないと緩く被りを振れば、彼はそれ以上の追求をしなかった。
 そのことに内心安堵しながら、食事の準備をして貰おうとベルを鳴らして、メイドを呼ぶ。
 すぐにやって来た彼女らに付け合わせのオードブル、スープやサラダ、飲み物等を用意して貰えば、あっという間に卓上は皿でいっぱいになった。
 テキパキと準備を終えたメイド達は、部屋から退出し、また二人きりの空間となる。

 その間も、わたしの横に座ったユリウスはニマニマと口元を緩めて「リーシャの手料理」と何度も呟いては、サンドイッチの入った籠を持つ。
 どうやら角度を変えて、パンの断面図を眺めているらしい。


(あ、コレ見覚えがある)


 ふと脳裏に過ったのは前世で新しくユリウスのグッズを手に入れた自分の姿。
 あの時のわたしもこうして、彼の姿を描かれたグッズを飽くことなく眺めていたものだ。


(そう考えるとわたし達って似た者夫婦なのかもしれない)


 思いも寄らぬところでユリウスの愛情が知れて、なんだか気恥ずかしい。
 しかし、いつまでもそうして眺めているばかりでは、せっかくのスープも冷めてしまう。


「ユリウス。そろそろ食べましょう」
「ですが、食べてしまえばなくなるじゃありませんか」


 何を当たり前のことをと思うものの、わたしだって彼の姿を描いたホールケーキを食べるのは何時間もためらったものだ。
  

(あの時のわたしは何十枚も写真を撮ったものだけれど、今は気軽に写真に残せないものね)

 彼が苦悩する理由に納得はする。だけど、いつまでも食べないとなるとせっかくのパンが乾いてしまう。それではなんだか勿体ない。 


「ユリウス。何度だって作りますから」
「ですが……」

 名残惜しそうに彼は眉根をきつく寄せる。


「だってこれは『初めて』貴女が僕に作った手料理ですよ。なのに、残す術がないというのは悔しいにも程がある!」


 ギリギリと歯噛みするユリウスの気持ちはよく分かる。
 わたしとて逆の立場であったのならば、どうにか残したいと思うだろう。けれど、彼に食べて貰いたくて用意したのだ。出来れば、しっとりとしたパンが乾燥する前に口にして欲しいというのもまた本音。


「せっかくユリウスに作ったというのに、食べてはくれないんですか?」


 気落ちした声で彼に問う。そしてゆっくりと彼を見上げれば「うっ」と呻いたユリウスは胸を押さえ、葛藤するようにきつく目を閉じた。


「…………分かりました。食べましょう」


 長い沈黙の末。彼は息を吐き出して、観念した。
 あからさまに気力を消耗した様子の彼に苦笑しながら、声を掛ける。


「そんなに喜んで貰えるとわたしも嬉しいです」
「すみません。大人げない行動だって自覚はしています。だけど、リーシャが僕のために作ってくれたその気持ちが何よりも喜ばしいんです」


 ふわりと微笑ったユリウスの横顔は見惚れる程に美しい。思わずぼんやりと呆け、そして彼の言葉を噛み締めると愛おしいという想いでいっぱいになる。



(やっぱりわたしはユリウスが好き)

 彼を知るごとに想いは大きく膨れ上がる。
 その気持ちを小さくする術なんてわたしは知らない。
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