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1章
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しおりを挟む「昨夜。どうして部屋に来なかったんですか?」
「……お酒を飲んでいたら少し酔いが回ってしまいまして」
「ユリウス。それは『誰』と飲んでいました?」
わたしの質問に彼は視線を逸らす。その反応から沈黙が彼の答えであるのだと悟る。
昨日の日中に『ジェシカ』がやってきた。だというのに、彼女は先程もユリウスと共に居たのだ。
彼女の来訪から丸一日経過していることを考えると屋敷に泊まった可能性は高い。
その間、妻であるわたしを放置して、彼はずっと『ジェシカ』を相手にしていたのだとしたら?
確証はないものの、煮え切らないユリウスの態度に疑いは深まる。
「……つい先程。貴方と一緒に居た女性は誰です?」
こんな風に問い詰めるような言い方は良くない。
分かっているが、どうしても抑えきれず、語尾がキツくなった。
「それは、言えません」
彼はゆるりと被りを振った。
質問に答えないユリウスに腹立たしい気持ちになる。
「『ジェシカ』という女性ですか?」
「……ええ、そうです」
言いづらそうに肯定した彼に、わたしは下唇を噛んで、冷静になろうと努める。しかし、よくよくユリウスを見やれば、彼のシャツの襟首に何かが付着していた。
それを目を凝らして観察し、次いで直接触れて確かめるーーだってそこには女性の口紅がありありと残っていたから。
「これはどういうことです!」
物的証拠を見つけて眦を上げた。彼はそれに目を丸くして見当違いなことを口にする。
「……もしかして嫉妬しているんですか?」
ブチリ、と頭の中で何かが切れる音がした。
彼の声が少し弾んでいるように聞こえたのも良くなかった。わたしはベッドから降りて早足で扉に向かう。
「ユリウスの馬鹿! もう知りません!」
衝動的に部屋を抜け出す。
感情のまま突き進むわたしに『監視役』の男達も慌ててやってくる。それを尻目にわたしはひたすらに歩き続ける。
目的地なんてものはない。ただ今は湧き上がる黒い感情を発散させるために歩いているに過ぎないのだから。
(ユリウスは追ってこないか……)
廊下の突き当たりにある階段まで歩いて、ようやく足を止める。早足で歩いたとて、ユリウスなら十分に追い付ける速度だ。しかし彼は追ってくることもしなかった。
(我ながらなんて面倒な女なの)
自分から逃げておいて、いざ彼が追ってこなかったら寂しいと思うだなんて。
暗い気持ちのまま階段を登る。
確か二階にはユリウスの私室があった。ならば、そことは逆の方角に進もうと廊下の角を曲がる。
けれどその先の部屋で、使用人達がなにやら噂話をしている声が聞こえてきたのだ。
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