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1章
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しおりを挟む黒い感情が顔を覗かせる。
口を開けば、その衝動のまま何を言い出すか自分でも分からない。だからそれを堪えるために、きつく目を閉じていた。
(……大丈夫。きっとこれは、わたしの思い過ごしよ)
昨夜はたまたまユリウスに急用が出来ただけ。
先程ユリウスがエスコートしていた女性は商談相手か何か。
……そう考えれば良い。
(早く部屋から出ていって)
今日ばかりは彼の訪問が嬉しくない。
少し時間を置いて、わたしの心が落ち着いてから改めてユリウスと対峙したい。そう思ってしまうのはわたしが自分勝手だからなのだろうか。
「リーシャ。愛していますよ」
彼の声は言葉通り甘い。だというのに、どうしてかそれを聞いても心がズキズキと痛いまま。
(ユリウスを疑いたくなんかない)
ぎゅっと拳を握り、爪を食い込ませてひたすらに黒い感情を堪えようとした。
(お願いだから、早く出ていって)
嫉妬に塗れた顔で彼と対峙したくない。
だからどうか今だけは。そう願っていたのに、ユリウスがそっと布団を剥がした。
予想していなかった彼の行動に、つい閉じていたピクリと瞼が反応する。それに気付いた彼がもう一度謝った。
「すみません。起こしてしまいましたか?」
昨夜会えなかったので、寝顔だけでも良いから見たくて、と彼は続けた。その声に釣られて彼を見やれば、ユリウスは眉を下げて申し訳なさそうにしていた。
「……こちらこそユリウスが訪ねてきてくれたのに、このような姿で申し訳ありません」
どうせしばらく彼は来ないだろうと思って、ベッドに転がっていたせいで、髪は乱れ、ドレスの裾に薄っすらと皺が出来ている。
「貴女が謝ることはありません。少し顔色が蒼いようですが、調子が悪いのでしょうか?」
そっと彼の手がわたしの頬に触れようと近付く。
いつもであれば、きっとそれを受け入れていただろう。
そう。いつもであれば……。
「……っ、やっ」
ふわりと風に乗って甘い匂いが鼻に届く。
それは彼が付けないであろう女物の香水の香りだ。
(きっとその匂いの主はさっきまでユリウスにくっついていた人のモノ)
直感的に気付き、女の匂いがついたままの腕でわたしに触れて欲しくないと思った。だからつい反射的に彼の手を振り払ってしまう。
ユリウスはわたしが拒絶したことに呆然としていた。
しかし一方でわたしも匂いが移ろう程に長い時間密着していたのかと思うと、黒い感情が大きく膨れ上がる。
「ユリウスが付ける香水にしては随分と甘い匂いがしますね」
気付いたら、口から嫌味が飛び出ていた。
それに彼は驚いた様子で、瞬きをした。
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