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1章

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(嘘……)


 彼は女性の手を降り払うことなく、そのまま庭園を遠ざかっていった。
 人気のない場所で夫が女性と二人きりで親密そうにしている姿を見たというのに、わたしは直接彼らに声を掛けることすらしなかった。



 しかし、まさかユリウスに限って他の女性にうつつを抜かすとは考えにくい。そう思おうとしたものの、わたしは彼の詳細まで知らない。
 現に昨晩、彼はわたしの元へ訪ねると言ってくれたのに、なんの連絡もなく放置されていた。
 それは今も……。


(ああ、頭が痛い)

 オロオロとわたしを監視する男達が困ったように顔を見合わせている。
 その態度に、わたしが目撃した今の場面はそのように貴方達が狼狽える程、ユリウスにとってやましいものであったのかと勘付く。



(あの女性が『ジェシカ』なの?)


 艶やかな黒い髪が美しい女性であった。
 一体ユリウスとどういった関わりがある人物なのか。
 気になって仕方がない。
 いっそのこと彼らの行った方角に自分も向かってみるか。
 そう自嘲し、実行する前に止めたのは、そんなことをしてユリウスに迷惑そうな顔をされるのが怖かったから。


 結局わたしは臆病風に吹かれて、負け犬のように部屋に戻ることを選んでしまったのだ。



***


 人払いをして部屋に籠る。
 こんなことなら初めから大人しく部屋に篭っていれば良かった。
 投げやりな気持ちのまま、髪の留め具を全て取って、ベッドに寝転がる。


(あの人は誰……?)

 気になるものの本心ではその女性とユリウスの関係性を知るのが怖い。
 不安を紛らわすようにして布団を被って枕を抱える。
 ーーどのくらいそうしていたのだろう。誰かが部屋に入ってきた。

「リーシャ?」

 ユリウスの声に身体を硬くする。
 昨夜あれほど彼の訪問を待ち侘びていたくせに、今はユリウスに会いたくなかった。
 なんとも自分勝手なのだろうと思う。
 けれど彼と対面すると、胸に溜まった醜い感情が顔を覗かせるに決まっている。それを彼に知られたくなかった。
 だから彼の呼び掛けに返事もせず、布団に篭ったまま寝たフリをしようとしていたのだが。


「リーシャ……」


 彼がベッドの方にやってきて、そのまま腰を下ろした。


「寝ているんですか?」


 返事をすることなく、眠ったフリを続投する。
 このまま去ってくれないかと祈ったが、どうやらユリウスはその気がないようで、布団の上からわたしの背を撫でた。


「昨日はすみません」


 ポツリと彼が謝る。
 しかし、それはなんの謝罪だろう?


(約束通り、夜に来なかったこと? それとも他の女性を優先して密会していたこと?)


 
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