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1章
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しおりを挟む「失礼。訪ねるには少し早かったようですね」
ドアが閉まるその直前。わたしは慌てて、彼に声を掛ける。
今の訪問を逃せば、いつまた彼がやって来るか分からないからだ。
「あ、あの」
「なんです?」
未だ夜着のままのわたしに配慮してか、彼は廊下に出たまま。少し扉が開いた状態でわたしの返答を待っている。
(しまった。慌てて引き留めたから、何を言うべきかまだ考えていない)
もしも、閉じ込められていない状態であれば、再度自分から彼の元へ訪ねられるだろうが。この現状を慮れば、それは無理だということを理解している。
だからこそ、つい気が急いて、彼を引き留めてしまった。
沈黙が長くなるにつれ、何を言えば良いか分からなくなる。答えに窮していると、視界に入ったのは三着のドレスだ。
「……素敵なドレスを用意してくださってありがとうございます」
「別に。使用人に命じて適当に用意させたものですから」
嘘だ。彼の用意したわたしの持ち物やドレス。果ては部屋の内装まで、リーシャの好みに合うように、彼が入念に厳選したものだ。
それを知っているからこそ、ユリウスの冷たい声に怯まなかった。
「だけど、使用人にわたしの物を用意するように命じたのは紛れもなくユリウスでしょう? でしたら、やはりお礼を言いませんと」
「……っ。随分と人の良いご回答だ」
皮肉を口にしているものの、言葉尻に棘はない。
立ち去る気配もないことから、今ならば彼の好みのドレスを知れるチャンスではないかと閃く。
「せっかくですから、ユリウスが今日わたしの着るドレスを選んでくれませんか?」
「どうして僕が……」
「夫の好みに合わせたいというのは妻として不自然な話ではないでしょう?」
「つ、つま……!」
あ、しまった。また距離感を間違えてしまっただろうか。
「えっと。ユリウスが嫌なようでしたら、適当にわたしが選びますが……」
「いいえ! 仕方ないですから僕が選んであげましょう!」
引こうとした途端。ユリウスは急に手のひらを返してきた。
「では用意して貰ったドレスを今そちらに持ってこさせますので」
「え。衣装部屋から選んできますが?」
何を当たり前のことを、といわんばかりの返答に、わたしはユリウスの本気を知る。
「だって僕が好きなように貴女の身なりを決めて良いのでしょう。半端なことは嫌いです。ドレスに合わせた靴や髪飾り。それに宝石も僕が自ら選んで差し上げます。ああ、なんでしたら僕が貴女の髪を結っても良い」
いや、これはユリウスが結う気じゃん。
では衣装部屋に行きますから、と言い残して彼は戸を閉める。
わたしと共に部屋に残っているメイドは、自分の主の態度にどこか呆然としている様子であった。
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