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御堂は暇さえあればわたしにベタベタ触る。
(うっとうしい)
特にこのマンションに来てからは仕事内容も変わり、本格的に『御堂』お抱えの弁護士として暗躍しているようだ。経営していた会社はとんとん拍子に成長していっているというのに、あっさり部下に預けた理由を聞けば、お嬢さんと居る時間が増えるからですよ、とこともなげに言ってのけるのだから恐れ入る。
(そんなの別に良かったのに……)
むしろ出来るだけ会いたくなんかない。そう思っているのに御堂が働く事務所はわたし達が住んでいる部屋の真下の階にあるらしく、パソコン作業や書類整理などは一人で出来る仕事はわざわざ戻ってきて作業している。もともとこのマンションは本家の所有物だ。だからこそ、その筋の関係者しかここにはいない。これはわたしが逃亡しにくいように仕向けてきた結果なのだろう。
(どれだけ厳重な[『檻』を作れば満足するのよ)
大体わたしはあの写真とビデオがある限り御堂から逃げられない。それなのにこんな所に閉じ込めているのは、もはやただの自己顕示欲に近いのではないのかと思う。とくにこの部屋に来てからは御堂にしか会ってはいない。しかも一歩外に出ようとすれば、即座に玄関の前にいる見張りの男二人に確保されるのだという。
(ああ、もう……息が詰まってしまいそう)
まだここに来てから一ヶ月と少ししか経っていないというのに、わたしにはこの生活が続くとなると絶望しかなかった。
「……御堂お願いがあります」
夕食が終わって、彼は機嫌が良さそうにリビングのソファでわたしと紅茶を飲んでいる。わたしはそれを確認してから切り出すと、御堂は意外そうに眼を丸くした後に、至極嬉しそうに後ろからわたしに抱き付いてきた。
「お嬢さんが私にお願いだなんて珍しいですね」
「…………叶えてくれますか?」
「貴方の願いならば、出来るだけ叶えてあげたいと思いますよ」
『必ず』と言わないところが御堂らしいと感じた――彼は自分に不利がない範囲でしか叶える気はないのだ。それでもいい。わたしは少しでも彼と関わる時間を短くしたい。だから賭けに出ることにする。
「学校に行きたいんです」
言い切ってしまったのは良いけれど、これで御堂の機嫌が悪くなって今夜ひどくなってしまったらどうしよう。彼はわたしが離れようとすることを嫌う。だからこそこの一言を告げるだけで、心臓がせわしなく鳴り響き、密かに身体が震えている。それでもギュっと拳を握って自分を鼓舞してやる。そして恐る恐る御堂を見れば、彼はふむ、と顎に手を当ててなにか考えている。
「御堂?」
「……お嬢さんが望むなら良いですよ」
「え」
「行きたいのでしょう?」
「ほんと? 後でウソとか言わない?」
嬉しいけれどこうもあっさり認められると思っていなかったから信じられないという気持ちが強くなる。だけど御堂はわたしの髪を撫でながらお嬢さんは疑い深い人ですねぇ、とさらに肯定している。これは本当なのだ。わたしは学校に行ける。嬉しさに顔を綻ばせると彼はクツクツと喉の奥で嗤った。
――嫌な予感がした……
「お嬢さんは本当に可愛いですね。そうも素直に私の言うことを信じるのですから」
「やっぱりウソなんですか……?」
そうだとしたらなんて嫌な男なのだろう。希望の光を見せといて、あっさりと立ち切ってしまうのだから。自然彼に対しての声が険しくなる。けれど、そんなことで彼は怯むことはない。むしろ機嫌が上がったかのように、撫でる手つきが優しい。それがさらにわたしを不安にさせる。
「ウソとは言っていませんよ」
「だったらさっきから含みをある言い方をして――なんだというのです」
「条件があるのですよ」
「条件?」
この状況で出される条件なんて良いモノじゃないことくらい分かっている。けれど、それでも学校に通える希望はまだあるのだ。ならば今は御堂の望みを聞くしかないだろう。
「条件は一つです」
だからなんだというのだ。さっさと言って欲しい。御堂はいつもそうだ。含みのある言い方でわたしを追いつめて、反応を楽しんでいる。最初の頃は物腰の柔らかい彼に騙されていたことが何回あったのだろうか。思い出すだけで腹が立つ。
「――わたしがその条件を呑んだら貴方はわたしの願いを叶えてくれますか?」
こうなったらやけだ。どうせ彼がその気になったら条件なんかなしに勝手に思うがままにされてしまう身だ。それならば、少しくらい我慢してでも目的を果たした方がずっと良い。
だけどこの時のわたしは知らない。彼が底知れぬ笑みを浮かべていたことも、恥辱にまみれることになることも――軽はずみな言動をすぐに嘆くことになることも知らないで、わたしはただ自分の意地を貫き通してしまった……
(うっとうしい)
特にこのマンションに来てからは仕事内容も変わり、本格的に『御堂』お抱えの弁護士として暗躍しているようだ。経営していた会社はとんとん拍子に成長していっているというのに、あっさり部下に預けた理由を聞けば、お嬢さんと居る時間が増えるからですよ、とこともなげに言ってのけるのだから恐れ入る。
(そんなの別に良かったのに……)
むしろ出来るだけ会いたくなんかない。そう思っているのに御堂が働く事務所はわたし達が住んでいる部屋の真下の階にあるらしく、パソコン作業や書類整理などは一人で出来る仕事はわざわざ戻ってきて作業している。もともとこのマンションは本家の所有物だ。だからこそ、その筋の関係者しかここにはいない。これはわたしが逃亡しにくいように仕向けてきた結果なのだろう。
(どれだけ厳重な[『檻』を作れば満足するのよ)
大体わたしはあの写真とビデオがある限り御堂から逃げられない。それなのにこんな所に閉じ込めているのは、もはやただの自己顕示欲に近いのではないのかと思う。とくにこの部屋に来てからは御堂にしか会ってはいない。しかも一歩外に出ようとすれば、即座に玄関の前にいる見張りの男二人に確保されるのだという。
(ああ、もう……息が詰まってしまいそう)
まだここに来てから一ヶ月と少ししか経っていないというのに、わたしにはこの生活が続くとなると絶望しかなかった。
「……御堂お願いがあります」
夕食が終わって、彼は機嫌が良さそうにリビングのソファでわたしと紅茶を飲んでいる。わたしはそれを確認してから切り出すと、御堂は意外そうに眼を丸くした後に、至極嬉しそうに後ろからわたしに抱き付いてきた。
「お嬢さんが私にお願いだなんて珍しいですね」
「…………叶えてくれますか?」
「貴方の願いならば、出来るだけ叶えてあげたいと思いますよ」
『必ず』と言わないところが御堂らしいと感じた――彼は自分に不利がない範囲でしか叶える気はないのだ。それでもいい。わたしは少しでも彼と関わる時間を短くしたい。だから賭けに出ることにする。
「学校に行きたいんです」
言い切ってしまったのは良いけれど、これで御堂の機嫌が悪くなって今夜ひどくなってしまったらどうしよう。彼はわたしが離れようとすることを嫌う。だからこそこの一言を告げるだけで、心臓がせわしなく鳴り響き、密かに身体が震えている。それでもギュっと拳を握って自分を鼓舞してやる。そして恐る恐る御堂を見れば、彼はふむ、と顎に手を当ててなにか考えている。
「御堂?」
「……お嬢さんが望むなら良いですよ」
「え」
「行きたいのでしょう?」
「ほんと? 後でウソとか言わない?」
嬉しいけれどこうもあっさり認められると思っていなかったから信じられないという気持ちが強くなる。だけど御堂はわたしの髪を撫でながらお嬢さんは疑い深い人ですねぇ、とさらに肯定している。これは本当なのだ。わたしは学校に行ける。嬉しさに顔を綻ばせると彼はクツクツと喉の奥で嗤った。
――嫌な予感がした……
「お嬢さんは本当に可愛いですね。そうも素直に私の言うことを信じるのですから」
「やっぱりウソなんですか……?」
そうだとしたらなんて嫌な男なのだろう。希望の光を見せといて、あっさりと立ち切ってしまうのだから。自然彼に対しての声が険しくなる。けれど、そんなことで彼は怯むことはない。むしろ機嫌が上がったかのように、撫でる手つきが優しい。それがさらにわたしを不安にさせる。
「ウソとは言っていませんよ」
「だったらさっきから含みをある言い方をして――なんだというのです」
「条件があるのですよ」
「条件?」
この状況で出される条件なんて良いモノじゃないことくらい分かっている。けれど、それでも学校に通える希望はまだあるのだ。ならば今は御堂の望みを聞くしかないだろう。
「条件は一つです」
だからなんだというのだ。さっさと言って欲しい。御堂はいつもそうだ。含みのある言い方でわたしを追いつめて、反応を楽しんでいる。最初の頃は物腰の柔らかい彼に騙されていたことが何回あったのだろうか。思い出すだけで腹が立つ。
「――わたしがその条件を呑んだら貴方はわたしの願いを叶えてくれますか?」
こうなったらやけだ。どうせ彼がその気になったら条件なんかなしに勝手に思うがままにされてしまう身だ。それならば、少しくらい我慢してでも目的を果たした方がずっと良い。
だけどこの時のわたしは知らない。彼が底知れぬ笑みを浮かべていたことも、恥辱にまみれることになることも――軽はずみな言動をすぐに嘆くことになることも知らないで、わたしはただ自分の意地を貫き通してしまった……
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