思い込みの恋

秋月朔夕

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『ねぇ、蓮くん。わたし達の関係終わりにしましょう』


 この次に続く言葉があった。自分なりに勇気を出して言いたかったこと。それは――彼の激昂によって遮られる。




「別れ話なら聞かないって言っただろうっ!」



 ガンッと音を立てて椅子を蹴られ、背後にあった長机にそのまま押し倒される。
 逃げる隙間などないくらいに密着した身体に、お互いの吐息すら感じられる顔の近さ。わたしが少しでもみじろぎすれば、両腕の拘束が強まっていく。


「れ、んくん……」
「俺は、たとえどんなに汚い手を使ったとしても一花を繋ぎ止めたい」


 ぞっとする程に低い声だった。全ての感情を削ぎ落とした顔に怯んだ隙に、彼は片手だけでわたしの制服のボタンを外していく。これはまずい。せめてきちんと言いかけていた続きを話そうとしても聞きたくないとばかりに、彼の舌がわたしの口内に侵入して蹂躙していく。
 歯列をなぞり、上顎を辿る動きはわたしの口の中を観察しているかのようにじっくりと嬲る。
 その上、せめてもの抵抗で逃げを打つように縮こまっていたのをねっとりと舌を絡め取られ、更に彼の舌を避けようとすればお仕置きとばかりに唇を柔らかく噛まれる。
 嗜虐的な行為に、ぞくりと腰が痺れ、鼻に掛かった甘い声が口から漏れた。

「ふ……ぁ……っ」

 息が苦しくて、瞳は生理的な涙が溜まり、頭がぼんやりとしていく。
 その間にも彼の手はわたしのブラのホックを片手で外し、そのまま乱暴に上にずらされる。男の人の前で胸を曝け出したという事実が恥ずかしくて、彼の視界から隠したくて暴れても、腕を掴まれた状態でまともな抵抗が出来るわけもない。
 せめて少しでも彼の目に触れたくなくて身体をよじれば、わたしの思惑とは反対に胸を突き出した形になってしまい、どうしようもない恥ずかしさで眦から涙が溢れた。
 はらはらと涙を流せば、堰を切ったかのようにボロボロと大粒の涙が頬を伝っていく。子供のように泣きじゃくるわたしを彼は口付を止めた代わりに、酷く冷めた顔でこちらを見下ろしていた。
 
「もぉ、ゃだ……」
「そうだろうねぇ。別れようとするくらい嫌いな男に犯されそうになっているんだから。けどさぁ、一花も悪いんだよ? せっかく付き合ったっていうのに一花は、ずーっと俺と離れることばっかり考えて。そろそろ俺だって我慢の限界だ。生半可に縛り付けるから離れようとするんだろう? それなら今度は徹底的に縛り付けてやる」


 ヒクヒクとしゃっくりを上げて泣きじゃくるわたしには彼の言葉の半分も理解出来ていない。
 ただ彼が言葉を紡ぐたびに荒れていくさまが、ひどく淋しくて、悲しかった。


 結局、抵抗らしい抵抗も出来ずに彼はスカートの中から下着を剥ぎ取る。当然ろくに愛撫もされていないそこは濡れているわけもない。それなのに、彼は強引に指を挿れようとしてきたのだ。



「いたっ、いっ! お願っ、やめっ……」


 関節一本分だろうと受け入れたことのない場所には負担が大きい。ましてや乾いている状態なのだ。無理矢理身体の中心を抉られる痛みに、泣き叫んでも彼は止める気配がない。それどころか温度のない声で囁くようにわたしを脅してくるのだ。


「ねぇ、そんなに大声をあげていいの? この部屋の鍵開いてるんだよ」


 彼の声にハッとする。そうだ。戸口はカーテンで見えないようにしているけれど、確かに彼の言う通り鍵は掛けてない。もしこの状況を覗かれたらどうなるか。そんなこと火を見るより明らかだ。


「……やだ。やめてっ、お願い、だから……話を聞い、てっ」
「嫌だよ。どうせ一花の話なんて碌なことじゃないし」


 既に腕の拘束は解かれている。それでも彼の胸を押して抵抗しても、日頃から鍛えている彼に敵うわけがない。彼の苛立ちを募らせるだけの愚かな行為。
 そんなこと分かっている。けれどもここで諦める訳にはいかなかった。



(せっかく好きだって分かったのに……)


 このまま彼にわたしの心を踏み躙られるのならば、きっとこの先、彼を許せなくなる。好き勝手に蹂躙してきた相手と見てしまうことになる。そんなのは嫌だ。



(でも、どうしよう。どうしたら、いいの?)


 こうしてる間にも彼の指は増やされている。ぎちぎちと強引にナカを押し広げられていく痛みと、無遠慮に身体を暴かれていく恐ろしさ。制服を剥ぎ取られてしまったことで、隠すこともなく身体を曝け出している状態に対する羞恥心。それらが全て混乱する要因となる。
 だからこそ最悪なタイミングで、彼の怒りを注ぐような言動をしてしまうのだ。




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