思い込みの恋

秋月朔夕

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 結局、わたしは彼に何も切り出せないまま一緒に登校している。チラリと彼を見上げても笑い返されるだけで特に会話もなかった。



(……なんなの? こんな気まずい登校ある? こんなんだったらわざわざ迎えになんて来ないで、別々で登校したって良かったじゃない!)


 心の叫びは彼に聞こえることはない。曲がり角を進んでしまえば駅前に到着する。そこまで来たら確実に誰かに見られてしまうだろう。


(どうしよう。このままじゃ確実に一緒に登校していることがバレちゃう)


 そうなったら今まで接点がなかったわたし達がなぜ一緒に居るのか女子達によって問い質されるに違いない。そんな面倒臭い展開ごめん被りたい。

 いっそこの前のように忘れ物したと言って家まで一人で戻ろうか、と考えたタイミングで彼がわたしの手を握った。
 ぎゅっと絡められた手はいわゆる恋人繋ぎで、こんなこと彼のファンの子達に見られたらどうなるか考えただけでも恐ろしい。反射的に手を振り払おうとしたのに、余計に力を込められた。


「蓮くん……」
「どうかした?」
「なんで手を握るの?」


 怖々と彼の様子を見ながら尋ねれば、それはそれは人の良い笑みを見せてくれる。


「だって俺達『恋人』でしょ」
「え」
「せっかく彼女と登校しているんだから俺は手を繋ぎたい」


 (……待て、待て、待て! わたし金曜日に別れるって言ったよね?)

 それとも熱のせいで記憶が改竄されてしまったのか――いや、そんなことはないはずだ。きっとない。そう思いたい。けれど彼の微笑みを前にすると自信がなくなってくるから不思議だ。

「ねぇ、蓮くん。この前わたし別れるって言わなかった?」
「うん。言ってたね」
「え、じゃあ……」
「……でもあれ熱のせいでしょ?」
「は?」


 あっさりと言い切る彼に呆然とした。あんぐりと口を開けていると彼は不思議そうに首を傾ける。


「だから『熱のせい』なんだよね?」

 いや、違う。よくよく見ると彼の眼の奥はこれぽっちも笑っていない。要は今なら熱のせいにしてやるよ、という彼の副音声が聞こえた気がした。
 つまりこれは警告なのだ。もしも今ここで彼の希望通りの答えを言わなければどうなるのか――少なくともわたしにとって良い展開になる筈もない。

 ことなかれ主義を貫き通すならば、今はただ頷けばいい。それだけできっと彼は満足し、この場は上手く切り抜けられる。
 そう分かっているのに、自分の意思をあっさりと切り捨てられたことが腹立たしくて、悔しい。
 このまま彼に従うことは簡単だ。けれど、どうしても自分の意思を無視したくなかった。


「わた、し、は……」
「ほら、行こうよ」


 彼の望む答えをあからさまに御膳立てされていたのに、彼の意に沿わない答えを口にしようとした。そのことを悟ったのか彼の拘束が更に強くなる。痛いくらいに力の込められた手は、そのまま彼の苛立ちが表れているのだろう。振り解こうにも力の差は歴然としていて難しい状態だ。
 だからわたしはせめてもの抵抗として歩みを進めなかった。


「……いや。一緒に行かない」
「一花」

 

 注がれる視線が鋭いものに変わる。眉を寄せた彼の表情はひどく厳しい。けれど、わたしだって意思のある人間だ。全て彼の思い通りにしたくなんかない。


「一緒に行きたくない」


 はっきりと言い切れば、ぷつんと彼の糸が切れた。


「――そう。分かった。一花が勝手にするなら俺も勝手なことをするね」


 宣言通りに彼はわたしの手を離すことなく、そのまま前を歩いていく。強制的に進まされたせいで、足がもつれて無様にそのまま転んでしまいそうだ。
 足の長さの違いから小走りになっているわたしに対して、一瞥もくれることなくどんどん先を歩く。こっちの都合も考えずに好き勝手にしようとする蓮くんにだんだんと苛立ちが積もっていく。


「れんくん」


 名前を呼んでも答えてくれない。既に何人かの生徒とすれ違っている。彼女らは指を指したり、こっちを見ながらコソコソ話されたりしていてとても不快だ。

(ああ、見られてしまった……)


 何度か呼んでいるのにちっとも歩みを止めることがない彼に、もう我慢の限界だった。
 名前を呼んでも無視されるだけなので握られた手の甲を思い切り爪を立ててやる。


「っ、」
「……歩くの早いよ」


 痛みで顔を顰める彼にざまぁみろと心の中で舌を出す。やられたからにはやり返す。それくらいしたって良いじゃないか。
 既に目撃された後だ。今更手を離して別々に登校しても余計な憶測されることは分かりきっている。それならせめて、もう少しで良いからゆっくりと歩いて欲しい。わたしの様子を顧みることなく進まれた彼について行ったせいで、小走りになった状態が続いていた。そのせいで情けなくも既に息が切れ切れだ。


「ごめん」


 ぽつりと消え入りそうな程小さな声で謝った彼は握り締められていた手の力を抜き、今度は横に並んでわたしのスピードに合わせて歩いていく。


 それでも、結局わたし達は学校に到着するまで会話をすることはなかった。


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