監禁から始まる恋物語

秋月朔夕

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番外編 百合の花は暴虐な龍のモノ1

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「なぁ、どうやって五年も俺から逃げ出せていたんだ?」
 「ひっ、ゃ……あぁっ!」
  男が動く度に身体中が痛みで支配された。慣らされる間もなく、挿入された灼熱の棒でわたしのナカを容赦なく引っ掻き回すソレは紛れもなく凶器だ。
 「答えなければ優しくしてやれねぇぞ?」
  既に優しさなんてないじゃないか。録な愛撫もなく、立ったまま強引に貫かれているわたしにとって、それはなんの誘惑にもならない。むしろ、こんなこと早く終わればいい。そのためなら余計な愛撫なんているものか。ぐっ、と眼を瞑り耐えてやる。しかしそれがいけなかっただろう。
 「答えろって俺が言ってんだろ?」
  男の苛立った声と共にガブリ、と思い切りうなじを噛まれ、そこから血が滴った。
 「ぃたっ、」
  予期せぬ痛みに思わず身体を強張らせると、男は好都合だとばかりに腰を抱えてより一層わたしの奥深い所まで侵入してきた。
 「……苦しいか?」
 苦しいというよりも痛みの方が強い。男が乱暴に身体を揺さぶるたびに骨が軋んでいき、ボロボロと涙が零れ落ちていく。この行為が少しでも和らげればと思って必死に首を縦に振れば、男の口角が上がる。
  一瞬希望が見えた気がしたが……
「仕方ねえよな? だってお前はそれだけ悪いことをしたんだからよ」
  この男がそんなに甘いはずがない。獰猛な笑みを浮かべ、まだ傷が塞がっていないうなじを容赦なく噛みつかれるとわたしは悲鳴をあげた。男は満足そうに喉奥で嗤い、荒々しい律動を再開させる。わたしはそんな現実から眼を逸らしたくて、どうしてこんなことになったのか考えることにした。





  男と出会ったのは十六歳の頃だった。家に帰ろうと歩いていたら、前からやってきた乗用車に乗っている若い男三人が道を聞きたいとわたしの横に止まった。そしてなにげなく地図を見ようと身体を屈めた途端、後ろに乗っていた男が強引に車に引きずりこませたのだ。なにがなんだか分からないままに眼を白黒させているうちに手首を縄で縛られ、さらに猿轡と目隠しまでさせられる。事件に巻き込まれたのかと怖くて身体を震わせていると、貴方が逃げようとしない限りなにもしません、と静かな声でわたしに告げる。つまりそれはわたしが男達に反抗しようとすればその時は容赦しないということだろうか。
 (怖い。どうしていきなりこんなことになるの……?)
  ゆっくりと頬に伝う涙を拭えないままに、車はただ前を進んでいった。




 「……来たか」
  やっと拘束が解かれた時、視界いっぱいに入ったのは恐ろしいくらいに顔が整った男だった。年齢は三十を超えたくらいだろうか。高い鼻梁にわたしを射抜く鋭い眼光。弧を描く薄い唇はどこか色っぽくて男を見ているだけで彼の持つフェロモンに当てられてしまいそうだ。それにうっすらと生やした髭も男に良く似合っていてワイルドさを引き立てている。きっとこの男だからこそ赤い派手なスーツを着こなせているのだろう。平均よりも少しだけ低いわたしの頭二つ分ほど高い身長に、服の上から見ても鍛えていることがはっきりと分かる胸筋。これほど欠点のない容姿なんかテレビや雑誌なんかでも見たことない。そんな男がわたしになんの用があるというのか全くもって分からない。
 「あ、の……?」
  わたしから要件を聞いても良いのだろうか。だって車内で男達は頭の機嫌を損ねるな、と散々わたしに念を押していた。『頭』というのはきっと眼の前の人のことだろう。だだっ広い和室はお互いなにも口を開かないせいで、遠くからししおどしの音まで聞こえてくる。動こうとしない男に、もしかして目的の人物と間違えてわたしが連れてこられたのでは、という考えが頭によぎる。しかしそのまま一歩足を後退させれば力加減のないままに腕を捻りあげられた。
 「いっ、」
  ギリギリと骨が軋む音が聞こえているというのに、男は全く力を緩める気配はない。むしろわたしの反応を楽しむかのように力を強めていく。
 「ああっ!」
  わたしが苦悶の末に流す涙を至極の宝石だというようにうっとりと空いている方の手で掬い上げる男に、とてつもないほどの異常さを感じ、本能的に逃げろと脳が命じた。しかし、そんなこと男が許すはずもない。すぐに畳の上に押し倒され、乱暴に服を剥いでいく。
 「……慣らしはしないぞ。お前が誰によって処女を散らされるか――はっきりと身体に教え込むために」
 「ひっ!」
  わたしはこの時の男の残忍な顔を忘れることはないだろう。そしてその時の痛みも――名前も知らない男に無理矢理貫かれて、ナカで出された恐ろしさも。逃げ出せた後も悪夢となってわたしを襲ったのだから。




  男に囚われて三年。彼の執着はどこまでもわたしを追いつめた。わたしが家に帰りたいと泣けば、家族がいない時間を見計らって放火させ文字通り帰る場所をなくし、外に出たいと言えば、逃げようとする足が悪いと腱を傷つけられ、引きずるようにしか歩けなくさせた。これではもう走ることは出来ない。そして避妊なんてすることもなく子供を産ませたのだ。男にとって子供はわたしを繋ぎとめるための道具。だけど、わたしにとってはここで暮らす中でのなによりの支えだ。もちろん最初の頃はあんな男の子供なんて冗談ではない、と恐れ慄いた。けれど、日に日にお腹は大きくなるにつれて愛しさは込みあげてくる。
 (――これはわたしだけの子。父親なんて最初からいない)
  あんな恐ろしい人なんて父親ではない。赤ちゃんがお腹を蹴るたびにわたしは優しくお腹を撫で、早く会いたいと願った。しかし、それがいけなかった。男は赤子に嫉妬し、出産してすぐにわたしから赤子を取り上げたのだ。会えるのは一週間に一度。それも男が少しでも気まぐれを起こせば、本邸に連れてくることはない。わたしに出来るのはひたすら男に甘えて、ご機嫌を取ることだけ。そうしなければ、息子には会えない。だから耐えるしかないのだ。
 (龍成はわたしの希望だから)






 「おかえりなさい、龍一」
 「ああ」
  出迎えて頬にキスを贈れば、彼は機嫌良さそうにわたしの髪を撫ぜる。龍一は恋人の真似事をしたがる。だからわたしは男に甘えるようにし、なるべく彼の希望に沿って年下の彼女を演じる。そうしなければ、息子に会えないから。
  ――彼が開ける襖の音で眼が覚めるようになったのはいつのことか。
  長い間、常に神経を張らせて彼の機嫌を取ることに専念しているとたまに自分の気持ちが分からなくなりそうな時もある。わたしから全て奪った男だ。自由に歩き回る足も、わたしの家族が営んでいた小さな花屋も、わたしにもあるはずだった未来を選ぶ権利も。なにもかも男は消した。自分が惚れたから、と。たったそれだけで男はわたしの色んな可能性を打ち消したのだ。恐ろしくて憎い。それなのにわたしが男を受け入れた振りをすると、一瞬だけ彼の顔が苦痛に歪むことを知っている。その後にかき消すかのように不遜な態度を示すが、最初の頃のように乱暴に扱うことはなかった。そしてなにかとプレゼントを与えてくるようになった。服も鞄も宝石もそんなものはいらない。大体屋敷どころか部屋からも出れないというのに、そんなもの貰っても使う機械なんてあまりない。着飾ったところで見せる相手なんて龍一と見張りの男達と三歳になる息子しかいないのに。それでも彼はわたしの奪った分の埋め合わせをするかのように贈り続ける。モノでわたしが釣れると思っているのか。始めはそんな反発心があったのは事実だ。しかし男はそんなものを乞うことはなかった。一方的に愛の言葉を告げてくるのと一緒で、一方的に贈り物を押し付けてくる。それは三年経った今でも変わることはない。
 「……なにを考えている?」
  ああ、しまった。少しボンヤリし過ぎたようだ。こんな時、決して嘘を言ってはいけない。そんなことをすれば余計に彼を怒らせるだけだから。
 「龍一のことを……」
 「俺の?」
  訝しげにわたしを見つめる彼の眼が鋭く光る。きっと下手なことを言ってしまえば、ひどく身体を蹂躙されてしまうだろう。わたしはそのことを想像すると内心逃げ出したくてたまらなかった。けれど、そんなことしてしまえば余計に恐ろしいことになるのは明白だ。
 「どうして龍一はわたしが好きだと言うのを嫌がるのかな、って考えていたの」
  そう。それはずっと気になっていたことだった。彼は恋人のような真似事をさせる癖に、いざわたしが彼に好意を示そうとすれば激しく怒り、獰猛さを露わにさせる。閉じ込める程に好いているというなら、その相手にも同じ気持ちになって欲しいものではないのか。しかし彼の答えは簡潔だった。
 「お前の気持ちはいらねぇからだ」
 「え……?」
 「百合。お前は普通の娘だ。そんなお前が年が一回り以上違う男に無理矢理犯されて、あげくお前が逃げないように――たったそれだけの理由で子供まで産ませている。そんな状態で愛なんて芽生えるはずないだろう」
  静かに語る龍一にわたしは無意識のうちに息を呑んだ。彼は知っていたのだ。最初からわたしが龍一を好きになることはないことを。しかし、それでも良いのだと男は続けた。
 「だが、俺はそれでも百合を逃すことはない。たとえお前に憎まれていようと一生俺という存在に縛り付けて、俺だけを刻み続けてやる。だからお前の気持ちなんか関係ない。」
 (可哀そうな人……)
  きっとこの人は家族や友人から与えられる無償の愛情なんて知らずに育ってきたのだろう。そのことが悲しいと思った。
 「龍一。わたしは、もう逃げないよ」
  正確には『逃げられない』のだが――それでも事実には変わりない。
 「貴方が望む限り、ずっと傍に居る」
  その言葉を告げると同時に彼に押し倒された。
 「百合、百合、百合っ……!」
  彼にとっては愛の告白よりも嬉しかったのだろう。力の加減もなしに抱きしめられて骨が軋んだけれど、それを気にする余裕もなくわたしの名前を呼び続ける。
 「りゅういち」
  これはただの同情だ。決して愛情ではない。
  それでもわたしはこの時、確かに男のために涙を流したのだ。
 (不器用な人)
  だから仕方ないと思った。諦めて彼と共に過ごそうと――




 彼がわたしから息子を奪うまでは確かにそう思っていたのだ……

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