監禁から始まる恋物語

秋月朔夕

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番外編 監禁者の名前は

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  ――ここに来て三か月。未だにわたしは外に出してもらえることはなかった。

 (まぁ、別にそれでもいいんだけどね)
  もともとインドアなわたしは特に問題はない。仕事も辞めさせられたが元々上司にパワハラされていて転職を考えていたから丁度良かったし、買い物なら男が勝手に買い込んでくるから、わざわざショッピングに行かなくてもいい。ちょっと外の空気を吸いたかったらバルコニーに出ればいい。それにわたしが逃げ出さない様子を見て、友達に電話を掛けられることもできるようになったし(会話は盗聴はされているようだけど)ネットも好きに開けるようになったこともありがたい。
 (だって小説とか読みたいし)
  平日の昼間にベッドでゴロゴロしながらネットサーフィンなんて最高過ぎる。わたしは基本的にぐうたらなのだ。だからこそ(男のことが好きになったというのもあるけれど)この生活も全く苦ではない。しかし問題が一つ。
 (未だに名前を教えてもらってないんだよね……)
  どうしてなのか何度聞いても甘いキスで誤魔化してくる。
 (……怪しい)
  もしかしてわたしは覚えてないだけで前に男に会ったことあるんじゃないのか。けれど、男の容姿はもろにわたしの好みだ。忘れるなんて考えられない。
 (うーん、もしかして小さい頃?)
  小説や漫画でもよくあるじゃないか。女は忘れてしまっているけれど、男の方は忘れられなくて初恋を引きずるという話は。
  ――だとしたらそれはいつの頃だろう。
  見た目は男の方が威圧感があるからかわたしよりも上に見える。だけど、それはあくまでわたしの推察だ。そこまで考えて男の年齢すら知らないことに気付いた。男はなにも自分のことを教えない。その代わりにわたしのことを聞き出そうとする。それはいったいどういう意味があるのだろう。
  ――わたしには分かりそうにもなかった。









 (ナナが変だ)
  今日は仕事が早く片付き(まぁ部下に放り投げ)早くナナの手料理を食べようと(あわよくばナナも食べようと)して帰ってきたら、部屋に籠っている。具合が悪いのかと尋ねても首を横に振るばかりだし、仕方なく手料理を諦めることにした。
 (……とりあえず出前でも取るか)



 「ナナ飯が届いたぞ」
 「う、ん……」
  とりあえず食欲はあると言っていたので、彼女の好きな寿司にしてみた。しかしいつもなら大トロを見て輝かん顔をするはずなのに、今日は沈んだ表情のまま。ちっともコッチを見てくれない。ノロノロと彼女がベッドから立ち上がるのを目端で確認しながらも、原因を必死に思いめぐらせてもなにも分からない。俺がナナのことが分からないなんて気持ち悪い。
 (一体なんだっていうんだっ!)
  昼間に監視カメラで彼女の様子を眺めていたが、特に変わった様子はなかった。けれど、それはあくまで行動面でのことだ。ナナが俺にどのような感情を持っているか聞いてもいないんだから分かるはずがない。
 (…………もしもナナが俺のことを嫌っていたら?)
  俺との生活は本当は嫌だと思っていて、けれど俺が極道だから怖くてなにも言い出せないとしたら――それは心の中で思うくらいは彼女の自由だ。しかしそれを態度に出されるとなると話は違ってくる。俺が許せるのはあくまで『心の中で思う自由』だけだ。態度に出すところまでは許してはいない。
 (まぁ――もしも本当にそんな馬鹿なことをしたら、ナナの反抗心が削げ落ちるように徹底的に俺が調教してやるだけだ)




 「それでなにが気にいらないんだ?」
  ダイニングで向かい合いながら寿司を食べているが未だに彼女はコチラを見ないで俯いたまま甘エビを口に運んでいる。俺の機嫌が良くないと分かったのだろう。肩をビクリと跳ねさせ恐る恐る視線を上げた彼女は言いたいことがあるように何度か口を閉口させて、結局押し黙る。何だ。そんなに俺に言いにくいことなのか。だとしたらそれは――
「……ここでの生活が嫌にでもなったか?」
  たとえそうだったとしても離してはやれないが、一応聞いておいてやる。しかしナナは勢いよく首を横に振り、違うのだと懸命に訴えてくる。
 「だとしたら、なんでそんなに俺を避ける?」
  いい加減訳の分からない行動の原因を知りたいのに、なかなか口を開かない彼女に苛立ってくる。力任せに大理石の黒いテーブルを殴りたい衝動をなんとか抑え、溜息を吐きだすとナナはオロオロと俺を見つめた。
 「今なら、怒らない。だから早く言ってくれ」
  出来るだけ優しい声を出してやると、彼女の口がハクハクとせわしなく動き、やがて意を決したかのように口を開いた。
 「………………名前」
 「うん?」
 「どうして名前を教えてくれないの?」
  名前。まさかそれだけのために拗ねていたのか。
 (俺のことを知りたくて)
  だとしたら、それはなんて可愛いのだろうか。こんなに考えてくれていたのなら、ナナが思い出せなくてもそれで良い。それに自分の名前は幼い頃、ある事情によって変わっているのだから。今教えてあげれるのは、子供の頃口にすることが許されなかった本名だ。それを伝えられるだけでも幸福ではないか。
 「俺の名前は龍成だ」
 「りゅうせい?」
 「そうだ。御堂龍成。それが俺の名前だ」
  分かりやすいように持っていたスマートフォンに打ち込んで見せてやると嬉しそうにもう一度俺の名前を呼んだ。


  ――ああ、どうしよう。
  名前を呼ばれただけで、こんなにも幸福な気持ちが胸に広がる。これでナナが本当に俺を好きになったらどうなるか……
(胸のドキドキで死なないように、今の内にこの幸せを少しでも慣れておかないとな)
  まずはベッドの中で名前を呼んで貰おうか。そう決めた俺は立ち上がりナナを抱え込んだ。彼女は当然のことに小さな悲鳴を上げて驚いているけれど、そんなもので俺が止まるはずがない。


  戸惑いから快楽に溶けるまであと何分掛かるのだろう。
  そのことを頭に思い浮かべるだけで自然に喉の奥から笑いが込みあげてくる。
  今夜は随分甘い夜になりそうだ……



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